聖書のはなし ある長老派系キリスト教会礼拝の説教原稿

「聖書って、おもしろい!」「ナルホド!」と思ってもらえたら、「しめた!」

ダニエル書三章「四人目がいる」池戸キリスト教会説教

2017-05-28 18:26:12 | 聖書

2017/5/28 ダニエル書三章「四人目がいる」池戸キリスト教会説教[1]

1.金の像を拝め

 バビロンの王ネブカデネザルが巨大な金の像を立てました[2]。宗教はいつも権力の道具として利用され創り出されます。ネブカデネザルも求心力を強めるために、金の像を造りました[3]。著名人を集め、大オーケストラを集めて、炎の炉までこしらえて、権力を誇示しました。現代でも、万博やオリンピック、超高層ビルや宇宙開発などなど、驚くほど大きいものを造って、自分たちの力を誇示しよう、後代に名を残そうという傾向は変わりません。自慢が好きで、大口を叩きたがり、すぐにお金の話になるという、端からは滑稽にしか見えないパターンです。ここバビロンでもまた同じエピソードが一つ増えただけです[4]

 しかし、そんなものに圧倒されず、金の像の前に膝を屈めなかった若者が三人いました。密告されても、13節から15節で王直々に礼拝を命じられても、彼らは態度を変えません[5]

16…「私たちはこのことについて、あなたにお答えする必要はありません。

17もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。

18しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。」

 こう短く言い切って、自分たちの神に対する忠実を貫きます。「貫く」といってもそこには生真面目さや頑固さというよりも自由さがあります。肩肘張って「偶像崇拝は罪だから」といきり立ったり、説明や説得をしたりせず、私たちの仕える神ではない神には仕えません、金の像は拝みません、と短く答える余裕があります。アンデルセンの「裸の王様」では、大人たちが王さまのご機嫌を損ねまいとする中、子どもが「王さまは裸だ」と叫びました。この若者たちは子どものようです。自由で恐れず率直です[6]。彼らが炉の中で、炎で死ぬどころか、縛られていたはずの縄を解かれて歩いていたというのは象徴的です。その後も、彼らは王の言葉に素直に従って出て来ます。「これで思い知ったか」とも言わず、このチャンスに伝道しよう悔い改めを説こう、何かを要求しようともしません。そんなことを考えないからこそ、彼らは自由にあれたのかもしれません。その後も今まで通り、自分の職務を淡々と果たしたようです。

 初代教会がローマ帝国の迫害期にあった姿と重なります。面だって信仰を表明することが危険な時、伝道など出来ない中、彼らの喜び、他者に対する憐れみ、病人や子どもに対する態度が周囲にキリストの香りを放ちました。それで信仰を疑われて密告された場合は、死をも恐れずに信仰を守りました。その自由な態度こそが、史上どの時代よりも多くのキリスト者を生み出して、やがてはローマの迫害を止めさせ、国教として認めさせるに至りました。しかし彼らは決してそのようにしたいと思ってはいませんでした。そのような影響力を行使したいという野心から自由だったからこそ、彼らの存在は地の塩となったのです。

2.ネブカデネザルの本心

 対するネブカデネザルはどうでしょうか。バビロンの王として巨大な帝国を治め、金の像を造り、諸州の有力者を平伏させ、逆らう者は殺すほどの権限がありました。しかしそれに従わないたった三人の若者の振る舞いに、彼の目論見はすべて泡と消えてしまいました。彼は怒り狂い、顔つきも変わり、火を七倍熱くせよという無茶で無意味な命令をわめき散らします[7]

ダニエル三24そのとき、ネブカデネザル王は驚き、急いで立ち上がり、その顧問たちに尋ねて言った。「私たちは三人の者を縛って火の中に投げ込んだのではなかったか。」彼らは王に言った。「王さま。そのとおりでございます。」

25すると王は言った。「だが、私には、火の中をなわを解かれて歩いている四人の者が見える。しかも彼らは何の害も受けていない。第四の者の姿は神々の子のようだ。」

 こうしてネブカデネザルは三人に出て来るように言って、彼らが出て来ると彼らは全く火の害を受けず、髪の毛は焦げもせず、上着は臭いさえしなかった。ネブカデネザル王は、三人の仕える神を侮る者は、手足を切り離し、その家をゴミとする、と宣言します。でも、自分の愚かさは棚に上げていますね。三人を褒めそやし、この神を礼拝させようと健気ですが、しかしそれさえも舌先三寸に過ぎず、また四章では高ぶってしまうのです。そもそも王が、巨大な金の像を造って拝ませよう、脅してでも平伏させようとしたこと自体が、王の問題を暴露しています。歴史に残る帝国を造っても心は満ち足りません。人々の生殺与奪の権を握ったようで、実はそうではなく、彼は自分の心さえ治めることが出来ていませんでした。彼は惨めで、渇いて、為す術を知りませんでした。心は深い闇に囚われて、自分を見失っていました。神は三人の若者の存在でネブカデネザルの本心を浮き彫りにされ、彼に迫られました。

 三人の若者が拝んだ神、私たちもここで礼拝する、生ける本当の主なるお方は、ネブカデネザルのなろうとしたような王とは全く違います。力尽くで拝ませ、拝まなければ怒り、地獄に落とす方ではなく、私たちを虚しいものを追い求める心や生き方をあぶり出しながら、本当に自由で伸びやかで、喜びに満ちた生き方へと導かれます。背伸びをしたり何かで心を見たそうとしたりする渇いた生き方から、神の恵みを知る故に自由で、淡々と他者に仕える生き方へと導いてくださいます。王が怒ろうと国家が命じようと、燃える火があろうと、何にも阻まれることなく、いやその最悪な状況さえ神は用いることがお出来になるのです。

3.四人目の存在

 三人の若者は「神は火の燃える炉から私たちを救い出すことが出来ます。しかし、もしそうでなくても、私たちはあなたの神々に仕えません」と言いました。でも、実際には彼らが予想もしない展開でした。火の燃える炉の中にあって、神の子のような四人目がともにおられて、三人と一緒に歩いていたのです。炉に投げ込まるか助かるか、ではなく、炉に投げ込まれて、そこにも神がともにおられた、という展開になったのです。その四人目も、最後に

「神々の子のようだ」

と言われるだけで、派手に火を消したり、火の中から神々しく現れたりはしませんでした。金の像を破壊したり、逆に天から火を振らせて三人以外を焼き殺すことも出来たでしょうに、そうはしません。ただ、四人目として一瞬いて、消えたお方です。でも裏を返せば、目には見えなくとも、いつも神がこの三人とともにおられた、ということです。目には見えなくとも、私たちの予想通りにならなくても、いつも神は私たちとともにおられるのです[8]

 今も神以外のものを拝むよう強いられる戦いがあります[9]。でもそのような難しい課題を厭い、最初から逃げ出せとは聖書は言いません。悩みを抱え、迷いつつ、ここにともにおられる神を信じる者として生き、人と関わり、ノーをノーと言う自由を、聖書から教えられます。私たち自身、神ならぬものを神のごとく崇めたり、背伸びをし、人の賞賛を求めたりしやすい者です。怒りっぽさや操作的な言葉、また信仰的に見えて、実は妄想を握りしめている者なのです[10]。そんな現実に神は働き、人が心から変わるよう、長いスパンで関わり続け、偶像を砕かれる方です。それは主イエス・キリストのご生涯に最も明らかです。イエスは、裸の王様のごとき振る舞いをする人間を笑ったり滅ぼしたりせず、むしろ、ご自身が裸にされて殺されることを厭わずに私たちの所に来られました。イエスは見えなくとも私たちとともにおられます。人の予想もしない形でともにおられ、悲しみや禍を通して導かれ、神の恵みを現されます。この神を私たちが知り、このお姿を学ぶ時、迫害に屈するかどうか以上に大きな視点で、毎日を、また目の前にいる一人一人を、見ることが出来るようになるのです。[11]

「全能の主よ。あなたを知らずに虚栄を求め、実に不自由で脆い生き方を繰り返す人間に、あなた様は長く働き続け、あなた様へと立ち戻らせてくださいます。幼子のように神を礼拝し、信頼する信仰へと私たちもお導きください。私たちのため十字架の死も厭わなかったイエスを知り、それ以外の一切からも自由にされ、あなたの愛する一人一人を愛し、尊ばせてください」



[1] こうした特別な機会でお話しする時は、なるべく旧約の有名な逸話を改めてご一緒に読むようにしています。このダニエル書三章の「金の像と燃える炉」の話は教会学校でもドキドキしながら聞いた話しでしょう。私たちが同じような立場に置かれる事はないことを願いますが、そうだとしても、この物語が光となって助けになるような読み方をしていられたらと幸いです。

[2] 「高さ六〇キュビト、幅六キュビト」は単純計算すれば、三〇メートル×三メートルとなります。しかし、バビロンは六進法(エジプトは一〇進法)だったことを考えると、厳密な数字というよりも「何十メートルもある」ぐらいに理解してもよいのかもしれません。

[3] ネブカデネザルは、エルサレムの国も支配下に治めて全盛期にありました。広い諸国を統一するために、宗教を利用しようとしたのは、多くの国々の発想です。

[4] そういう大風呂敷が好きな愚かさを嘲笑うかのように、2節の「太守、長官、総督、参技官、財務官、司法官、保安官、および諸州のすべての高官」というリストは二回(2、3節)、5節の「角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音」という楽器のリストは四回も繰り返されています(5、7、10、15節)。27節には「太守、長官、総督、王の顧問たちが集まり、」と短いバージョンが出て来ますが、これもシャデラクたち三人の出来事を経て、もはやあのお歴々たちのリストを繰り返す虚しさにきづいたかのような印象を与えます。

[5] 錚々たるリストや金の像、またそれを拝まなければ投げ入れられるという火の燃える炉まで目にしながらも、怯まなかったのです。彼らにとっては、目の前にある圧倒的なリアリティよりも、目には見えない主の臨在の方が確かなリアリティでした。

[6] 実際にそんなことがあれば、その子どもはたちどころに捕らえられ、殺されるでしょう。この三人の若者は、殺されることも恐れずに、童心を失わず、本当のことを言う自由な人たちでした。

[7] 勿論、七倍とは温度の数字を七倍(例えば500度を3500度に)という意味ではありません。それは不可能ですし、測りようがありません。燃料を七倍、もしくは限界まで投与せよ、ということでしょう。そういう表現自体が、王が正気を失った激怒の状態にあることを示しています。

[8] この「四人目」が誰か、この時点では後のイエス・キリストだとまでは言う必要はないでしょう。しかし、後に来られたイエスは、確かに神が私たちとともにおられることをそのまま現してくださいました。世の終わりまでいつも私たちとともにおられると言われました。

[9] 今年上映された映画「沈黙」でもあったように、それは簡単に答が出ない複雑な問題です。単純に世界から身を引けば簡単でしょうが、それもまた、聖書が取っている生き方ではないのです。いやむしろ、このややこしい世界の中で、ともに苦しみ悩みつつ、神を信頼し、御言葉に従う生き方をするのが、キリスト者への招きです。

[10] この三人の友人が、バビロンに居た事自体、ユダの堕落の結果でした。神ならぬものを拝み続けた結果、神は遂にユダの罪を裁かれて、エルサレムを滅ぼされ、バビロンに屈服させられて、ダニエルと三人の若者たちもバビロンに来たのです。しかし、神はそれでも彼らを滅ぼさず、そこにともにいてくださいました。不真実な民をも見捨てることなく、そこで火の中にともにいてくださいました。

[11] そう信じてこそ、ダニエル書三章は私たちに希望や勇気をもたらしてくれるエピソードとなるのです。

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エステル記四章1-17節「エステル記 もしかするとこの時のため」

2017-05-21 15:30:16 | 聖書

2017/5/21 エステル記四章1-17節「エステル記 もしかするとこの時のため」[1]

1.あらすじ

 エステル記の最初は、前の王妃ワシュティが、王の宴会で余興の見世物になることを拒んで退位させられる事件から始まります[2]。ユダヤ人の少女エステルは幸か不幸か大変な美女で、王にも側近にも気に入られて王妃に選ばれました。しかし「王妃」といっても飾り物か奴隷のようなもので、先の王妃ワシュティの罷免が示したとおり、少しでも自己主張をすれば、王の憤りにあって殺されかねない、女性の立場は大変不利だったことが大前提なのです[3]

 この五年後、ハマンという人物が王に重んじられて王に次ぐ地位を与えられます。このハマンが実に悪い奴でした。権力欲の塊で、王の家来たちを跪かせるのが好きでした。しかし、エステルの親戚のモルデカイは、ユダヤ人として人間に礼拝を捧げることは断固としてしませんでした。ハマンはモルデカイに憤り、モルデカイをやっつけようとします。モルデカイだけではなく、ユダヤ民族を根絶やしにしようとします。ハマンはくじを投げて決めた日付に、ペルシャ中でユダヤ人を根絶やしにしてよい、家財も略奪して良い、という法令を発布するのです。それで町中に大混乱が起きた、と言う所で、今日の四章になるのです。

 四章でモルデカイは大声でわめきながら荒布をまとって嘆き、エステルに事情を説明します。そして、エステルに、王にあわれみを求めるように言うのです。これにエステルは11節でこう応えます。

「誰でも王に召されずに王の所に行く者は死刑に処せられます。王が金の笏を伸ばして許せば生き延びますが、自分はこの三十日召されてはいないのです」。

 これに対して、

13モルデカイはエステルに返事を送って言った。「あなたはすべてのユダヤ人から離れて王宮にいるから助かるだろうと考えてはならない。

14もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」

 この言葉がエステルの覚悟を決めさせて、この後の行動に繋がっていくのです。途中は割愛しますが、最終的にはハマンの法令は骨抜きにされ、ユダヤ人が大勝利をします。詳しくは是非それぞれにエステル記を読んでいただきたいのですが、この出来事を記念する

 「プリムの祭り」

は今日でも祝われています。そしてそこでは必ず「エステル記」が読み上げられるのです。

2.エステルの決断

 この四章は、そういう最終的な展開は分からない時点でのモルデカイとエステルの会話が伝えられています。私たちはよく

「自分がああしなかったら、誰かがそこにいなければ、あの時こうしていなかったら、こうはならなかった」

と言いたがります[4]。このエステル記を読んでも、エステルが王妃でなかったら、勇気を出していなかったら、モルデカイが以前にクーデターを防いでいなかったら、ユダヤ人の抹殺計画は実行されていたに違いない、エステルが王妃だったから、モルデカイがいたから、この時の勇敢な行動をしたから、プリムの祭りがあったのだ、と考えたがるのです[5]。モルデカイのここでの言い分はそれとは違います。

四14もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」

 そしてこの言葉を受け止めたエステルも、どうぞ自分のために断食して祈って下さい、と言いつつ、自分のしていることが絶対に正しいとか、使命だとか、神の御心だからうまくいくとか、うまくいくように祈って下さい、とは言っていないのですね。

16…たとい法令にそむいても私は王のところへまいります。私は、死ななければならないのでしたら、死にます。

と言うのですね。自分がやらなくても他から助けは来る。自分がやったらうまくいく、守られると確信できるわけではなく、死ななければならないのかもしれない。でも、それでもこれは自分が出来ること。うまくいく保証はない。やらなくてもいい理由はいくらでも挙げられる[6]。でも、自分がやらないなら、それは逃げだ。そういう凜とした覚悟が光っているのです。[7]

 ここまで「神」という言葉を使わずにお話ししていますが、エステル記のどこにも「神」という言葉はありません[8]。エステル記ほど神の摂理や不思議な導きを感じさせる書は他にないのに、エステル記は神を持ち出しません。でも私たちの人生もそうです。神が見えない、神がいるとは到底思えない時が多いのです。それでも私たちは、安易に「神がしてくださる」とか「これは神の導きだ。きっとうまくいくに違いない」とか「危険が多いから、きっとしなくてもいいといことに違いない」と言いがちです。エステル記が示すのは、無闇に「神」を持ち出して安心したがるのでなく、「自分がここに来たのは、もしかすると、この時のためかもしれない」、でも「そうに違いない」と断言はしない敬虔さです。

 しかも、ここまでエステルはいくつもの理不尽な目に遭っていました。王宮に無理矢理召し上げられて、王の后という不自由な立場で、女性をモノのように扱う中で、いちいち声を張り上げたり正義感に駆られた行動を取ったりはしませんでした[9]。でも、民族が皆殺しになろうという今この時は、最も王に近い場所にいるのが自分だとモルデカイの助言を素直に聞いて、死をも覚悟して踏み出したのです。それがうまくいくか、神の御心という確信があるか分からなくても、立ち上がったのです[10]

3.キリストの雛形

 私たちもこのような立場に置かれることはあるでしょう。私たちが迷う時に、エステルやモルデカイの言葉が参考にもなるでしょう。しかし、そういう道徳以上に覚えるべきは、ここに神が用いられた救いの物語がある、ということです。

 エステルやモルデカイの、死を覚悟した行動がありました。その時だけの勇気だけではなく、それに先立つ誠実な行動がありました。民の命を守るために、小さな自分の命を差し出したエステルが用いられました。これと同じ事が後に起きました。イエス・キリストが私たちのいのちを救うために、十字架を背負ってくださいました。私たちのために、本当に死をも引き受けてくださいました。エステルのように、イエスが私たちのために謙り、泥をなめて、そしてイエスは本当に死んでくださいました。それも十字架の苦しみの死と、神の正義による罰を引き受けて、死んでくださったのです。ご自分に降りかかる数々の不条理や不正や恥辱のために文句を言うよりも、私たちの命を救うために、犠牲となってくださったのです。

 エステルが救おうとしたユダヤ人たちは、エルサレムに帰らずペルシャに留まっていた、言わば世俗的で信仰も曖昧な人々でした。それでもエステルは彼らが滅びることを望みませんでした。イエスもそうでした。私たちが神に従うから、礼拝に来るから、ではありません。私たちを滅びてはならないものと見てくださったのです。不安や恐れに怯える生き方から、救われた喜びをもって生かしてくださるのです。

 そして、これはエステル記の時代的な限界を打ち破る点ですが、もう自分の敵に対する復讐心からも自由にして、喜び祝い、神の恵みをたたえ合う共同体をお造りくださるのです。更に、神がエステルやモルデカイをそうされたように、私たちも、自分のなすべきことを淡々と、しかし時には勇気をもって果たし、死やリスクを恐れずに生きる者としてくださる。互いのために断食をしたり、祈り合ったりさせてくださる。そうして、神の御心がハッキリは見えない中でも、神は働いておられる。人の思いを超えた不思議な摂理で、全てを益として下さる。そういう信頼をもって生きる者に私たちを変えてくださる。そういう大きな物語を信じさせてくれるエステル記です。

「エステルの置かれた過酷で不確かな状況は形を変えて今もあります。しかしこの世界であなたは働いておられ、全てを不思議に治め、御子は命がけで私たちを守り、新しくしてくださいます。その大きな導きを信じ、御名をみだりに唱えず、曖昧さを恐れず、知恵と勇気をもって、互いに祈り合い、ともに歩ませてください。喜び歌う民として歩む幸いを頂かせてください」

Esther, mosaic from The Dormition Church on Mount Zion in Jerusalem.

[1] 今月の一書説教も「みことばの光」に沿って、エステル記を取り上げましょう。「歴史書」の最後に当たります。「ルツ記」と並んで女性の名前がつけられた稀な書であり、エステルはペルシャ帝国でも王妃として選ばれる絶世の美女でした。その王宮での宴会、美女、暗殺計画や策略、知恵比べ、どんでん返しなど、全てドラマの材料が揃った実話が、エステル記です。

[2] 王妃の不服従に王が憤って、王国中の妻たちへの見せしめともするため、王は王妃を更迭したのです。酔った勢いで、王妃の座を取り上げたのですが、後から王は当然淋しくなって、そのため国中の美女たちを集めて、その中から王妃を選ぼうということになりました。これもまた本当に酷い話です。エステルも無理矢理王宮に連れてこられ、一年かけて身支度をさせられてから、一晩王とベッドを共にさせられて、それで気に入られなければ二度と呼ばれない、という大変屈辱的な扱いを受けました。

[3] 「憤り」とはエステル記の一章12節、二章1節(アハシュエロス)と、三章5節、五章9節(ハマン)、七章7節、10節(アハシュエロス)に繰り返される、キーワードです。

[4] 私たちが言いがちなのは「自分が居なかったらこうはならなかった」とか「自分がしなくても神様がしてくださる」ではないか。自意識過剰と、責任放棄との間に居やすい私たち。ここには神ご自身以上に「確かさ」や「安心」を求める人間の傾向があります。しかし、エステル記はそのどちらも言いません。神の御心を断定することには慎重です。「エステルの勇気が民を救った」という言い方も、エステルたちとしては心外でしょう。むしろ私たちは、「自分に対する神の御心は分からないし、神の御心だからうまくいく、とも言いかねる」という慎みを大事にすべきです。悩むことや曖昧さを避けようとせず、祈り、状況の確実さばかりを求めず、不確かな中でも自分のなすべきことをなしていくのです。また、祈ってもらうこと、他者の知恵を借り、勇気をもらい、損得や危険を恐れる思いと向き合うのです。そうやって、自分の生きるべき道を淡々と進んでいくものでありたいと思わされます。

[5] エステルの勇気だけが功を奏したのではありません。二章最後に書かれるクーデター防止も大事な鍵です。あそこでモルデカイが、憎きペルシャの王への裁きだとほくそ笑んで黙殺しなかった誠実さが伏線となります。私たちが普段から、敵をも大切にする行動を取っているか、は小さなことではない、と言えます。

[6] エステルの居た状況は、あらゆる意味でタイミングが悪かったのではないでしょうか。女性が差し出がましい行動を非常にしにくい時期、「今は自分の動く時ではない」といくらでも言える状況でした。しない理由はいくらでも挙げられます。自分がしなくても誰かが、とはモルデカイも認めていました。しかしそれでも、損や反発を承知の上で、自分が動かなければならない時があるということでしょう。そしてそれは、他ならぬ自分が一番よく分かっているのではありませんか。

[7] エステルの名は「星」の意です。

[8] 「神」や「主」の名が使われないのは、エステル記と雅歌だけです。

[9] また、八章3節では、エステルは王の足下に平伏して、法令の取り消しを懇願しています。モルデカイはハマンの足下に平伏すのを拒みましたが、エステルは王に平伏して嘆願をする。ここに、自分の方法を頑固に貫きはしない、柔軟な態度を見ることが出来ます。

[10] この上で典型的なのは、五章のエステルの「二度目の宴会への招待」という判断です。あの判断の真意は不明です。しかし、二度目を提案したために、ハマンの憤りがモルデカイに向かい、翌朝にもモルデカイは磔になりかねませんでした。しかし、同夜にアハシュエロス王が不眠となり、歴史書を読ませ、モルデカイの忠義を思い起こして、それに報いていないことに気づいたために、ハマンの企みはモルデカイの栄誉に一転しました。このエピソードもよくよく重要です。しかし、いずれにしてもあの出来事は少なくともエステルが予想も計算もしていなかったことは間違いありません。ひとときの判断が吉と出るか、凶と出るか、後からでなければ分かりませんし、「あの時こうしていれば」という後悔は現実的ではありません。そういう人間の判断の限界も含めつつ、それを超えて働かれる神の導きが語られています。そして、結果としては、この一日があったからこそ、モルデカイの徴用が起こり、大臣として二人で働きかけることが出来たのだが。

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ダニエル書2章20-23節「ダニエル書 たといそうでなくとも」

2017-04-23 14:30:28 | 聖書

2017/4/23 ダニエル書2章20-23節「ダニエル書 たといそうでなくとも」

 今月取り上げるダニエル書は実に愉快な書です。ある学者は

「大いに説教に取りやすい本」

だと言っています[1]。特に六〇周年記念礼拝を前に、ダニエル書は神の支配を教えてくれます。

1.捕囚の真っ只中で

 ダニエル書の舞台は、旧約聖書でも最も暗くどん底の時期でした。イスラエルの民が、何百年も神に逆らい続けた末、遂にバビロン帝国の侵入を許し、三回に渡ってエルサレムから大勢の人々がバビロンに連れて行かれたのです。これを「バビロン捕囚」と言います。この第一回の捕囚の中に、ダニエルがいました。まだ少年だったそのダニエルが、バビロンの王に仕えるための人選に選ばれて、教育を施されて、やがてバビロンが滅びてペルシヤ帝国が始まるまで、七〇年にわたります。少年だったダニエルが、九〇歳近い老人になった期間です。その間、ダニエルは異国のバビロンの王に仕えて、大臣として勤めたのです。ずっと異国で、自分とは違う民族、違う文化、何より違う信仰の中で生きたダニエルです。そういう中で、神がダニエルを通して繰り返して証しされたのは、先に読みました言葉のような信仰です。

二20ダニエルはこう言った。「神の御名はとこしえからとこしえまでほむべきかな。知恵と力は神のもの。

21神は季節と年を変え、王を廃し、王を立て、知者には知恵を、理性のある者には知識を授けられる。

22神は、深くて測り知れないことも、隠されていることもあらわし、暗黒にあるものを知り、ご自身に光を宿す。」

 大バビロン帝国にあって、天にいます神こそ知恵と力があり、季節と年を変え、王を廃し王を立てる真の支配者。私たちの神こそ歴史の王だと告白するのです。それは大変な勇気でした。ダニエル書一章から六章までの前半は、一章ごとに、ダニエルと三人の友人が、自分の信仰をどう守ったかがドラマチックに描かれます。灼熱の炉に投げ込まれ、指が現れて壁に字を書き、ライオンの穴に落とされ、摩訶不思議な夢が説き明かされるなど、実に劇的なストーリーがあり、ダニエルたちのピンチと勇気とが生き生きと描かれます。特に三章の「金の像と燃える炉」事件は劇的ですね。金の像を拝めと命じられて、三人の友人は怯まず言うのです。

16私たちはこのことについて,あなたにお答えする必要はありません。

17もし、そうなれば、私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。

18しかし、もしそうでなくても、王よ、ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝むこともしません。

 説教題もここからですが、教会の歴史では迫害の場面で引き合いに出される有名な言葉です。

2.王たちの心が露わに

 この少年たちの信仰とともに、ダニエル書では相手の王の人間くささも鮮明です。ダニエルたちの存在で、バビロンの王も一人の人間であり、弱さや間違いがあり言い訳がましい、ただの人間であることが浮き彫りにされるのです。ここでネブカデネザル王は、二章で不思議な夢を説き明かしてもらい、ダニエルたちの神の力に触れたはずなのです。それでも彼はほどなく金の巨像を拝ませようとしました。それを三人がきっぱり拒むと、王は激怒して、炉を七倍も熱くせよと命じます。実に無茶で無意味で大人げないです。神は火の中で三人とともにいて、守ってくださいます。それを見てネブカデネザルは態度を豹変させます。でも次の四章でまた彼は高ぶってしまい、正気を失ってしばらく獣のように過ごすのです。四章にはこうあります。

四17…いと高き方が人間の国を支配し、これをみこころにかなう者に与え、また人間の中の最もへりくだった者をその上に立てることを、生ける者が知るためである。』

 神は世界を治めるだけでなく、最も謙った者を置かれる。これがダニエル書のテーマです。そもそも神こそは世界の王なのです。聖書の最初、創世記で人が神に背いて以来、人は自分の力で世界を幸せになろう、神抜きで人生を勝ち取ろうとします[2]。しかし、たとえそれに成功し、王や世界の頂点にまで上り詰めたとしても、人は人です。神にはなれません。王といえども人に過ぎず、自分の心さえ治められないのです。神こそ、もっと大きな力とご計画で世界を支配されます。

 でも同時に神は、その王の心にまで問いかけ、高ぶりを打ち砕かれます。王だけではなく私たちの心の奥深くまで、神は見ておられます。私たちの思い上がりを砕いて、謙り、神に立ち返るように熱く働かれます[3]。人が神である事を止め、謙虚に正直になり、人を支配しようとせず、むしろ他者にしもべとして仕え、なすべきことを淡々としていく。でも、神ならぬものに頭を下げる事はしない。そういう謙虚な人を通して、神の御心が前進していく。それが、神の歴史の治め方です。謙りこそ、神のご計画なさっている歴史の筋書きです[4]

 ダニエルは王の傲慢を裁く以上に、彼自身が謙りの人でした[5]。いつも神の前に祈り、自分の仕事を忠実になしていました[6]。また、九章にはダビデの長い祈りが出て来ます。それは自分たちが今バビロンにいるのが、民族として神に逆らった罪の結果であることを正直に認めて祈った、悔い改めの祈りです[7]。謙虚で正直な姿です。

 しかし、神が人間の国をお任せになる支配者として相応しい、最も謙った者とは誰でしょう。それは、イエス・キリストです。

3.最も謙った「人の子」

 イエスこそ、最も謙ったお方であり、マリヤの胎に宿り人間として成長され、十字架の死にまで謙ったお方ですね。また、その生涯、分け隔て無くあらゆる人の友となった方でした。イエスはご自身のことをよく

「人の子」

と言われました[8]。それは、イエスが人間の子、つまり人間であられる、ということではなくて、実はこのダニエル書7章13節の引用なのですね。

七13私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。

14この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。

 ダニエルが見させられた幻には、やがて「人の子のような方」がおいでになって、永遠の主権を与えられると約束されていました。国々の支配の歴史の最後には、「人の子のような方」が全世界をいつまでも治めるようになる、と約束されました。イエスはその「人の子」という名称を用いてご自分を名乗られて、ダニエル書にあったメシヤである事を仄めかされたのです。そしてそれは、ダニエル書にあるように、神が人の心を見られ、人の高慢を打ち砕かれ、その心を謙りに至らせるお方であることと繋がっています。また、ダニエルの三人の友人たちが、

「たといそうでなくとも」

と偶像崇拝を拒んで火に投げ入れられた時も、四人目となって友にいてくださったお姿にも重なるでしょう。主イエスは私たちとともにおられるのです[9]

 ダニエル書は七〇年に及ぶダニエルの生涯、バビロン捕囚という聖書の歴史の最もどん底、神が歴史の王だと生き生きと描き出した書です。その大胆な告白とドラマは、神の民への大いなる励ましです。そこには「人の子」として来られるイエスの予告も述べられています。神は人に向き合い、試練や夢や友、様々な形で働きかけ、歴史を導かれるのです。神の子キリストは本当に謙った王として世に来られ、人の高ぶりを打ち砕いて、新しい国を始めてくださいました。

 やがてその国が永遠に幕を開ける時が来るでしょう。それまでも主が私たち一人一人の歩みを導いてくださり、ともにいてくださいます。その途中、神ならぬものが勝ち、自分の信仰など取るに足りなく見える現実もあるのです。でも、私たち一人一人は決して些末ではない。神の大きな謙りのご計画の中で、小さな一人の魂の旅路も、かけがえないエピソードとされるのだ、とダニエル書は励ましています。そう信じて主を信じ、主にのみ従うのです。

「歴史の主なる神様。ダニエル書の七〇年、鳴門教会の六〇年、それぞれに恵みがあり、戦いがありました。悔い改めと戦いは尽きませんが、それ以上に豊かな主の憐れみを信じます。暴力のほうが強く見え、人の心にある闇や暴力に、たじろぎます。だからこそ、どうぞ私たちが、謙虚に、真実に、口と存在をもって、主イエスの御支配を告白し続けることができますように」



[1] 「ダニエル書は旧約聖書の中でも、読むにも理解するにもやさしいものではなく、ましてやその解説をするのはむずかしいことです。何世紀にもわたって、まじめな学者たちや気むずかしい研究者たちが、ああでもない、こうでもないと、幸せなほじくりかえしをつづけてきましたが、今日に至ってもなお解けない問題が数多くあります。…むしろダニエル書の作者が彼の時代の同胞に何を語ったのかを見、彼を通じて神が後々の世に、またわれわれの時代に、何を告げられたかに耳を傾けようとします。すると、ダニエル書は大いに読みやすい本です。説教者の耳にちょっと一言ささやかせてもらえれば、大いに「説教に取りやすい」本です。ダニエル書はわれわれの時代に、われわれ現代世界の現状に、地上の国々すべてを支配したもう歴史の神からのことばをもって、明瞭に力強く語りかけています。」D・S・ラッセル『ダニエル書 ザデイリースタディバイブル21』(牧野留美子訳、ヨルダン社、1986年)、九-一〇ページ。

[2] 「神のみが王である。人間が王となろうとして失敗して、やがて神が王として回復される」は聖書全体のテーマ。ダニエル書で繰り返されているこのテーマの箇所は、特に、四25…こうして、七つの時が過ぎ、あなたは、いと高き方が人間の国を支配し、その国をみこころにかなう者にお与えになることを知るようになります。…27それゆえ、王さま、私の勧告を快く受け入れて、正しい行いによってあなたの罪を除き、貧しい者をあわれんであなたの咎を除いてください。そうすれば、あなたの繁栄は長く続くでしょう。」34…私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。35地に住むものはみな、無きものとみなされる。彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。御手を差し押さえて、「あなたは何をされるのか」と言う者もいない。…37今、私、ネブカデネザルは、天の王を賛美し、あがめ、ほめたたえる。そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだった者とされる。」五21「ついに、いと高き神が人間の国を支配し、みこころにかなう者をその上にお立てになることを知るようになりました。」六25「そのとき、ダリヨス王は、全土に住むすべての諸民、諸国、諸国語の者たちに次のように書き送った。「あなたがたに平安が豊かにあるように。26私は命令する。私の支配する国においてはどこででも、ダニエルの神の前に震え、おののけ。この方こそ生ける神。永遠に堅く立つ方。その国は滅びることなく、その主権はいつまでも続く。27この方は人を救って解放し、天においても、地においてもしるしと奇蹟を行い、獅子の力からダニエルを救い出された。」「七13私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。14この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」七18「しかし、いと高き方の聖徒たちが、国を受け継ぎ、永遠に、その国を保って世々限りなく続く。」七26「しかし、さばきが行われ、彼の主権は奪われて、彼は永久に絶やされ、滅ぼされる。27国と、主権と、天下の国々の権威とは、いと高き方の聖徒である民に与えられる。その御国は永遠の国。すべての主権は彼らに仕え、服従する。』」、その他。

[3] 神が王であり、謙った者を喜ばれる、とは聖書の中心的なメッセージであることを思う。その心を主は見ておられる。人の心にある恐れ、神を知らぬが故の不安、孤独、限界をご存じ。私たちの旅は、最後まで欠けや失敗から自由ではない。最後には善人や聖人になっているだろう、というのは、それ自体が、謙遜を欠いた、人間の理想でしかない。本当に謙った心は、ますます自分の不完全さを認め、良く見せようなどと思わなくなっている心。その「へりくだった人」とは誰か? 謙遜ぶる人ではなく、必要事情に自分を貶める人でもなく(その裏には「本当はもっとすごいはずの自分」というイメージがある)、あるがままの現実を認める人。謝るべき事はゴメンナサイと言い、分からないことは分からないと言え(分かったふりや、とりあえず謝ったり、恥をかくことを恐れたりしない)、人と自分を比べようとせず、悲しみや恐れや嘆きから逃げようとせず、特権意識を持たない。それが「砕かれた心」である。

[4] たとえば、十二3思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(自分を義とした人ではなく、他の人を義とした者、つまり神との関係を整えるよう導いた人。)

[5] ダニエルの偶像崇拝への禁忌の姿勢は大いに学ぶべきです。しかしそれと同時に、それほど王宮での責任は偶像崇拝と結びついていた現実も考慮すべきです。そうした環境を頭から批判して、潔癖に生きようとする道もあったでしょう。しかしダニエルは異教の文化を否定せず、それを批判し闘おうとするよりも、その異教の王たちに心から仕えたのです。また、ダニエルら四人以外にも大勢の若者がイスラエルから来ていたが、信仰の貞潔を貫いたのはこの四人だけでした。四人は他の若者たちを裁いたり、否定したりはしなかったのではないでしょうか。

[6] ダニエル書六10「ダニエルは、その文書の署名がされたことを知って自分の家に帰った。-彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた。-彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」

[7] 九章で明らかになるのは、実はダニエルの属するイスラエル民族こそは、神に逆らい、御声に従わずに、神によって裁かれ、打たれた民に他ならない、という事実である。しかし、その中でダニエルは、神がただ主権者であるだけでなく、憐れみ深い王であるゆえに、自分たちにも憐れみを注ぎ、回復を願う希望を告白して祈っているのである。

[8] 当時はメシヤのことを「神の子」と呼んでいましたが、イエスはその呼び方を避けて、「人の子」と言われました。

[9] この先の預言においても、国々の王たちの丁々発止は11章で詳述。聖徒たちが任されることさえ予告される。しかし、神の支配はそのような中で証しされるのだ。

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マタイ28章1-10、16-20節「イースターの大喜び」復活主日説教

2017-04-16 15:35:50 | 聖書

2017/4/16 マタイ28章1-10、16-20節「イースターの大喜び」復活主日説教

 主イエスは十字架の死からよみがえられました。これは、教会が宣教する福音の柱です。キリストの死と復活こそ、教会の土台です。それを信じて洗礼を受け、キリスト者となるのです。しかし、誰も「自分はもう福音が分かった」と言える信仰者はいません。キリスト者は、繰り返し繰り返して、十字架に死によみがえられたイエスのことを聴き続けて、驚き続けるのです。

1.よみがえったではなく、よみがえらされた

 イエスはよみがえられました。十字架に殺された金曜日から数えて三日目の日曜の朝、女達がイエスの墓に行って御体に香料を塗ろうとした所、大きな地震があったと2節にあります。

 2すると、大きな地震が起こった。それは、主の使いが天から降りて来て、石をわきへころがして、その上にすわったからである。

 3その顔は、いなずまのように輝き、その衣は雪のように白かった。

 劇的な光景です。4節で、番兵達が恐ろしさのあまり震え上がって死人のようになったとあるぐらいの衝撃的な場面ですね。イエスの復活を再現しようとしたら、ここは見せ所かもしれません。しかし、そのような圧倒的な場面が強調されるかと思いきや、肝心のイエス御自身はここでは現れません。御使いは女たちにイエスがここにはおられないこと、よみがえられたこと、弟子たちにイエスは先にガリラヤに行っていると伝えるよう言うのです。イエス御自身が、栄光や勝利のお姿で出て来るわけではありません。その言葉を信じて女達が走って戻ると、途中でイエスが出会ってくださるのですが、そこにも神の子らしい特別さはありませんでした[1]

 イエスはよみがえられました。でもそれは、イエスが神の子だから死にも負けずに三日目に復活され、墓の中からご自分で出てこられた、という書き方ではないのです。「よみがえられた」も、受動態の

「よみがえらされた」

で、ご自分の力で復活したと言うより、神がイエスをよみがえらせてくださった、という言い回しです[2]。勿論、イエスは神の子であり、死に勝利する命を持っておられます。しかし同時に、イエスは完全に人となられました。私たちと同じ人間となられ、神の子としての力や特権に逃げることなく、またそう誘いかけるサタンの挑発にも最後まで乗らず、徹底的に人として生きました。そして十字架で死なれました。その三日目の復活も、神の子イエスだから死にも負けずによみがえられた、ではなく、人として死なれたイエスを、天の父なる神がよみがえらせなさった、そういうメッセージです。その時、御使いが墓の入口の石を転がして、大きな地震が起きました。でもイエスがなさったのではありませんでした。御使いの力も借りずに墓から出るより、石を動かしたのは御使いであり、イエスの力や存在は地震を引き起こしたり、輝きで圧倒したりするようなものではなかったのです。

2.イエスの「権威」とは

18イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。

 そう、イエスには権威があります。嵐を静め、病を癒やし、奇蹟を行われました。墓の石を動かしたり吹き飛ばしたりパンに変えることだって出来たでしょう。しかし、そういう奇蹟の力は、本当に人を変え、人を生かすことが出来ないこともイエスの生涯は証明したのです。事実ここでも、御使いを目で見て震え上がった番兵さえ、11節から15節にある通り、多額の金に目が眩んで、捏(でつ)ち上げの作り話に口裏を合わせました。どんな圧倒的な奇蹟や感動や興奮も、人の心を根本から造り変えることは出来ません。

 イエスは、天地で最高の権威をお持ちです。しかし、それを見せつけて脅迫したり脅したりして人を操作しようとはなさいませんでした。むしろ、イエスは御自身を与え、徹底的に人として歩まれました。人間としての限界や痛み、もどかしさ、悲しみや苦しみを担われました。失敗や間違いを犯す、実に人間くさい弟子達を愛され、ともにおられました。神に立ち帰り、謙って、赦し合い、憐れみ深くなり、仕え合う、神の子どもとして生きる道を示されました。力尽くや見せかけなしに、真実に、愛をもって、父なる神への信頼をもって生き抜かれました。そのような生き方は人々にとって余りにも斬新で、抵抗されました。抵抗され、十字架につけられてしまいました。しかし、その十字架でもイエスは御自身を与え続け、父なる神への心からの信頼をもって、人として死なれたのです。

 それは弟子達にとって本当に驚きでした。イエスが死なれて悲しかっただけではありません。愛や正義を説きながらも、いよいよという時には雷を降らせたり御使いを呼び寄せたりして、敵を蹴散らす-それなら人間にはまだ分かります。イエスが奇跡的な力や権威を持ちながら、最後でさえその「伝家の宝刀」を抜かず、死なれたお姿は理解を超えていました。人の思い描くイメージを全く覆して、力よりも愛に生き抜かれたイエスでした。それは、人間的には失敗者の人生でした。十字架の死などと言う最悪の、のろわしい死に方でした。しかし、そのイエスを神はよみがえらせなさいました。その負け犬のような生き方が、実はメシヤの道でした。

3.このイエスの弟子として

 復活なさったイエスは、弟子たちに現れ、こう言われました。

19それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、

20また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」

 「あらゆる国の人々」とあります。ユダヤ人からすれば、とんでもないことでした[3]。自分たちだけが選民イスラエルである。他の国の人々は呪われて、救われる価値がない人だ、と決めつけていました。その人々の所に行き、割礼や何かの条件を満たすこともないまま同じように弟子とする、洗礼(バプテスマ)を授けて同じ仲間にする、なんて考えたこともなかったはずです。でもイエスは仰ったのです。あらゆる国の人々の所に行きなさい。その人々にわたしが命じた教えを守るよう教えなさい。神に立ち返り、神のものとして生きる道、神に信頼して、希望をもって祈る道、非暴力の道、分け隔て無く人と接し、罪人や子ども、最も小さい者を迎え入れて生きる道を教えなさい、と派遣されました。

 それは余りにも楽観的すぎて、世間知らずか革命に思えます。しかしそれこそ命であり、勝利であり、神が最後には認めてくださるのです。イエスの復活は、その敗北のような生涯を、神は顧みておられ、永遠の価値を認められるという証拠です。イエスは徹底的に人として生きられ、命に至る道を歩まれました。どんな民族、どんな過去がある人とも分け隔て無くされました。御自身が、プライドとか賞賛とかなしに人を迎え入れました。神を信頼し、力に力で抵抗しようとせず、罪人の赦しと回復を宣言され、常識をひっくり返して死なれました。このイエスを、父なる神はよみがえらせることで、イエスに天地における最高の権威が与えられたことを宣言なさいました。

 大事なのはイエスを私たちの救い主だと信じるだけではありません。イエスは私たちに、命を与えたいのです。ただ

「イエスを救い主だと信じれば、イエスが復活されたという事実を受け入れれば、死後に永遠のいのちがもらえる」

というような意味ではありません。今、私たちが、神に愛されている者であることを知り、イエスの愛を知り、そうして私たちが、自分の弱さやどんな罪や、人種や文化の違い、暴力や犯罪がある中で、だからこそ、イエスが示された希望の生き方、ともに生きる生き方、非暴力の道、イエスが命じて下さった教えに従う、価値ある生き方を歩ませたいのです。私たちは弱く、18節のような疑う者です。でも20節でイエスがともにおられると言われます。イエスの復活は、私たちが今生きる道につながっています。

「イエスを復活させた主が、私たちにも命を下さることを感謝します。イエスを導かれた主が、私たちにもその道を歩ませようと願い、導かれることを感謝します。本当にイエスはよみがえられました。私たちの疑い、弱さ、誤解よりも大きく、事実、主は今も私たちとともにおられます。ここに命があります。その喜びと希望をもって、それぞれの生活に向かわせてください」



[1] ここには、女たちが御使いの言葉に素朴に従った時、思いもかけず主との出会いが用意されていた、というメッセージを聞き取ることが出来るでしょう。主の言葉に従って生きる時、私たちは予期せぬ出会いや恵みにしばしば驚かされるのです。それは決してささいなことではなく、かけがえのない喜びです。

[2] 参照、山﨑ランサム和彦氏のブログ「鏡を通して」の「復活の福音?」。特に、「復活と父なる神」の項に。 https://1co1312.wordpress.com/2015/04/06/%E5%BE%A9%E6%B4%BB%E3%81%AE%E7%A6%8F%E9%9F%B3/

[3] マタイの読者として意識されているのはユダヤ人です。

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マタイ26章36-46節「わたしといっしょに」棕櫚の主日説教

2017-04-09 20:52:49 | 聖書

2017/4/9 マタイ26章36-46節「わたしといっしょに」棕櫚の主日説教

 今週と来週の説教は受難週とイースターのお話しします。今年の「棕櫚の主日」はゲッセマネの祈りを、先週お話しした「主の祈り」の「試みに遭わせず」に絡めて聞きたいと思います。

1.ゲッセマネの祈り

 この箇所はイエスが十字架に死なれる前夜、木曜日の夜中の出来事です。エルサレムの街中で十二弟子と一緒に、最後の晩餐をなさったイエスは、街を出てオリーブ山に行かれました。その山の「ゲッセマネ」という場所でイエスは、三時間ほど祈られたのです。その後、47節でイエスを売り渡した弟子のユダや群衆達がやって来てイエスを捕らえ、朝まで裁判が行われ、翌朝九時には十字架にかけられるのです。その前夜に、イエスはゲッセマネで祈られました。

 この時のイエスの思いは38節でハッキリと知ることが出来ます。

38そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」

 イエスは十字架を前に、しずしずと、あるいは堂々とされてはおられませんでした。むしろ、悲しみのあまり死ぬほどです、と、死にそうなほどの悲しみに打ちひしがれていました。近づいている十字架を前に、恐れず勇敢に立ち向かう姿ではなく、悲しみに押しつぶされそうなお姿です。それを隠すこともなく弟子達にお見せになったのです。そして、

39それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」

 まず「ひれ伏して祈って」が異常です。当時の祈りは、立って、目と掌(てのひら)を天に向けて祈るのが通常でした。それが正式な祈りの姿勢でした。しかしここでのイエスはひれ伏して祈られます。立っていることさえ出来ませんでした。それほどイエスの悲しみは深く、立つ力さえ抜けてしまったのです[1]。そしてあろう事か「出来ますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と祈られました。潔さなどかなぐり捨て、この期に及んで、十字架を負わずに済ませられるなら取り下げてください、と祈られたのです。なんということか、と思いませんか。

 それほどイエスが受けられた十字架の苦しみは深かった。数時間後の十字架を想うだけで立っていられないほど深くすさまじかったのです。イエスは十字架を受けるために来られました。それを心から負ってくださいました。しかし十字架そのものは、決して喜ばしいものでもへっちゃらでもありません。人の想像を絶する、恐ろしく、逃げ出したい杯でした。そして実際イエスはその悲しみに耐えきれず、十字架刑としては驚くほど短時間で息を引き取られたのです。

2.「悲しみ」の人

 もう一つ心に留めたいのは、それが「悲しみ」であったことです。「恐怖」や「苦しみ」ではなく「悲しみ」でした。イエスは十字架の上で、私たちに代わって死んでくださいましたが、それは神の怒りや罰を受けた苦しみ以上に、悲しみの経験でした。この事は、イエスが十字架の上で語られたのが

「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」[2]

というお言葉であった事からも明らかです[3]。神から見捨てられる、とはどれほど恐ろしい、いや、悲しいか、私たちは想像すら出来ません。また、「どうして」とイエスは言われますが、その理由をイエスは最初からご存じだったはずです。それでも

「どうして」

と叫ばずにはおれないほどの辛い事だったのでしょうか。あるいは、そこで人間イエスとしては予期していなかった、もっと悲しい思いをされたのでしょうか。そうしたことは私たちの理解を超えた神秘です。説明したり納得したり出来ない、神が御子イエスを見捨てるという異常なことがなされたのです。それは、イエス御自身にとっても悲しすぎる、辛すぎることでした。私たちはただその叫び平伏すお姿を、驚きをもって受け止め、噛みしめて味わい、主の恵みを感謝するばかりです[4]

 その悲しみを、イエスは隠されませんでした。悲しみのあまり死ぬほどだと弟子達に打ち明けられました。非常識にも地べたに這いつくばり、叫び涙と汗まみれになって、「過ぎ去らせてほしい」と無様に祈るお姿を、恥じたり隠したりなさいません。苦しみや十字架にも耐える屈強なヒーローではありません。抑も

「悲しみ」

と言われたように、イエスは繊細な心、傷つきやすい感情をお持ちでした。私たちの悲しみを深くご存じのお方であって、悲しみや恐れを退ける方ではなかったのです[5]。そして、ここで一緒に連れていかれた三人の弟子は、選び抜かれた頼もしい弟子達だったでしょうか。いいえ、直前の33節以下の通り、イエスはペテロがまもなくご自分を知らないと否定し、逃げていくことをご存じでした。彼らはそれを否定しましたが、イエスはその弱い現実をご存じでした。しかし、自分を見捨てることを承知の上で、その彼らをそばに置かれ、彼らにご自分の悲しみを打ち明けられ、無力に祈る姿を見せたのです。弟子達とは違い、ご自分の弱さをそのままに差し出され、ともに祈るよう招かれました[6]

3.祈っていなさい

 41節の

「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい」

という言葉は、誘惑への対策として祈れ、ではなくて、祈っていることの大事さを、誘惑に陥らないためにも、と強調されての言葉です。イエスは38節で、ご自分の姿を心に焼き付けよう仰いました。イエスはご自分の悲しみも弱さも隠さず、神に祈りつつ、しかし悲しくて悲しくて死にそうだとしても、

「あなたの御心のようになさってください、どうしても飲まずには済まされぬ杯でしたら、どうぞ御心の通りをなさってください」

と祈られました。見栄とかプライドとかなく、ご自分の悲しみや恐れをもそのままに差し出される、天の父との本当に深い、飾らない関係がそこにはありました。そのような神との関係を私たちにも与えてくださいました。でも、それを私たちに与えてくださるために、十字架の上で、ひととき父から見捨てられるという想像を絶する悲しみを味わわれたのです。そしてそのイエスの測り知れない十字架の御業によって、私たちは神との決して切れることのない関係を頂きました[7]。私たちも、神を

「わが父」

と呼び、心の思いをそのまま申し上げ、神への信頼をもってお従いしてゆく絆、「祈り」を頂きました。

 この時の弟子達は祈らずに眠ってしまいました。自分たちは大丈夫、決して躓かないと大見得を切った弟子達は、誘惑に負ける以前に、神との親しい交わりを知りませんでした[8]。苦しみにあって殺されても自分は挫けない、強く立派だと胸を張りたかったため、祈りもしなかったのです。反対にイエスは、悲しみや弱さを恥じることなく父に打ち明け、弟子達にも見せて、自分の力ではなく、神の御心を願って、力を頂いたのです。無様な言葉や悲しみをも隠さず、祈り続けられました。そしてそのイエスが弟子達に、私たちに言われます。「目を覚まして、祈っていなさい」。一緒に祈ろう、と強く招かれて、十字架にかかってゆかれたのです。

 誘惑に陥らないために祈るのではありません[9]。イエスが信頼し抜かれた神が、私の父ともなってくださいました。その深く素晴らしい関係から引き離そう、「祈らなくても大丈夫だ、祈っても祈らなくても関係ない、悲しみや弱さを覆い隠し、虚勢を張って生きていけば良い」。そう囁く誘惑が世界を覆っていますし、私たちもまだそう信じかけるのです。イエスはその嘘から私たちを救い出してくださいました。御自身の犠牲をもって、私たちを天の父との素晴らしい関係に入れてくださいました。そのイエスとともに私たちは祈るのです。決して独りで祈るのではありません。イエスが私たちをそばに招いてくださったからこそ祈るのです。そのためにイエスは死ぬほどの悲しみを味わい、苦しみの杯を受けられたのです。この受難週、祈らなくても大丈夫、などと思わず、イエスとともに祈る時、祈りを回復する時としましょう[10]

「私たちのため想像を絶する悲しみに遭われた主よ。私たちはあなたを必要としています。あなたは私たちの弱さや失敗、悲しみもご存じの上で、この私たちと一緒にいたいと願われます。何と測り知れない恵みでしょう。与えられた祈る幸いを感謝いたします。主の愛を疑う誘惑から救い出し、神の子どもとされた感謝と喜びに溢れて、祈りつつともに歩ませてください」



[1] ルカの福音書では「二二44イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。」とも書かれています。

[2] マタイ二七46「三時頃、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。」

[3] これをマタイは十字架の上でイエスが言われた唯一の台詞として記録しています。

[4] ヘブル七7「キリストは、人としてこの世におられたとき、自分を死から救うことのできる方に向かって、大きな叫び声と涙とをもって祈りと願いをささげ、そしてその敬虔のゆえに聞き入れられました。」

[5] イザヤ五三3「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた。人が顔をそむけるほどさげすまれ、私たちも彼を尊ばなかった。」

[6] 弟子達の事は11人全員を気遣い、愛しておられた。しかし、特にこの三人には御自身との親しい関係を持たれ、御自身の栄光と弱さとをお見せになって、彼らを育てたもうた。それは更に彼らが、自分たちの弱さを見せつつ、教会を建て上げるためだった、と言えるのではないか。

[7] 「イエスはあなたのために地獄に行くことさえ願われたのだ。あなたのいない天国に行くくらいなら、と……」マックス・ルケード『ファイナルウィーク』234ページ。

[8] 「肉体は弱い」とは体力の問題ではない。ペテロ達は屈強な漁師達。夜も明け方まで漁をする生活を続けてきた。荒れ狂うガリラヤ湖を、徹夜で漕いで切り抜けようとした。そういう「体力」ではなく、神に頼らない「肉」です。対照されている「心」は「霊」であり、「御霊」もしくは「神につながる霊」を指します。すなわち、「祈らなくても頑張っていれば大丈夫」とは「肉」の生き方で、弱く危ない生き方であり、「神に頼らなければ自分は弱い」とわきまえるのが「霊」的な生き方であり、強く安全である、ということです。

[9] 誘惑に陥らない手段として祈りを考えてはならない。祈りという神との関係・会話を続けることが、誘惑への勝利。祈り・信仰から引き離そうとするのが神との関係。その意味では、誘惑に負けないようにとかその他のための熱心な(あるいは習慣的な)祈り自体が、誘惑にかかっている、ということもあり得る。祈りの言葉を並べ立てるだけで、神に聞こう、神を愛そう、神に信頼しよう、というものがないならば、何か違うものを神としているのだから。

[10] 祈祷会に来なくても大丈夫、とは思わずに、参加できる時には来て欲しい。受難日礼拝も参加して欲しい。それは形ばかりであるかも知れないが、少なくとも、それぞれの生活で祈って欲しい。それが難しいからこそ、祈祷会があるのだ。

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