かずさんの、ふらり日々是好日の記

ふっても てっても  日々是好日  泣いてもわらっても 私の一生の中の きょうが一番いい日だから

743 大物の浦(だいもつのうら)

2011-05-25 | 2011立夏~
 今晩は、久しぶりの好天の一日でした。

 20代前半の4年間ぐらい、職場の謡曲部の隅っこで月一のお稽古を受けていました。教えて頂いた先生は、京阪神で活躍されていた京都在住の能楽師の南条秀夫様だった。そのご縁で、大阪・谷町4丁目近くの能楽堂のご公演にも何度か通ったことがある。今思えば、大阪・天保山近くの一職場の稽古に、南条先生のような素晴らしい方に来て頂いていたのに、もっと身を入れて教えて頂いておけばよかったと後悔しています。

 こんなことから、今でも謡曲の一節は知らず知らずに口に出ることがありますが、「高砂」では、尾上の松が有名で今の職場に縁がある土地の神社には5代目の松が健在です。

 私の家の墓は、阪神電車の大物(だいもつ)という、大阪から神戸に向かって尼崎のひとつ前の各駅停車しか止まらない駅から歩いて3~4分ぐらいのところの寺にありますが、ネットで見ていたら、墓参りにいつも通り抜ける下の写真の大物主神社は、平家物語に記述が見えます。

 兄の疑いを受け都落ちを決意した源義経が、西国を目指して船出したのが大物浦で、大物主神社は義経主従が一時身を潜めたという言い伝えが残り、境内には「義経・弁慶隠れ家跡」の碑があるとのことです。

 子供の頃から、何十年も通っている神社ですが、こんな由来があるのを知りませんでした、今度しっかり見てきます。
なお、大物浦を出発した義経たちは、祈りもむなしく大風に吹き戻されやがて吉野の地に落ちていきます。

 また、大物は、謡曲「船弁慶」のゆかりの地としても出てきます。






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