前章 黎明期
世界初の《武侠映画》は1928年に作られた『火焼紅蓮寺』といわれている。近代長編武侠小説の祖とされる『江湖奇侠傳』の1エピソードを映像化した、悪の巣窟・紅蓮寺を舞台に繰り広げられる、武芸者たちによる正邪入り乱れての闘いを描いたこの作品は大変な人気を博し、武侠映画が禁止される31年までの間になんと18本もの続編が作られたという。こうして中国映画界に《武侠もの》という新たなジャンルが誕生した。
※当時の武侠映画の多くは戦災などで焼失してしまったが、辛うじて後世に残ったこの『紅侠』は当時の武侠映画ブームを窺い知る事の出来る貴重な一本である
やがて日中戦争を原因とする、国内の情勢不安により禁止されてしまった武侠映画は、まだ映画文化が発展途上だった香港へと移る事となる。そして大戦終了後の1949年、クワン・タクヒン(関徳興)の『黄飛鴻正傳』を発端とする武侠映画ブームが開始された。
50年代へと入ると新聞では梁羽生・金庸ら当時新進気鋭の作家たちによる数々の《新派武侠小説》が掲載され好評を博し、またそれらを原作とした武侠映画も同じように大衆の人気を得た。特に幻想味の強い《神怪武侠片》は60年代中盤まで実に数多く作られ、その大半は前後編や三部作など連続活劇スタイルで上映されて、新聞の連載武侠小説を読むかの如く、映画の主人公たちの行く末が気に掛かる観客たちは、足繁く劇場へと詰めかけたのだった。
其の一 それは胡金銓からはじまった
そんな旧態依然のままであった武侠映画に《変化》が訪れたのは1966年の事であった。
俳優出身の映画監督であるキン・フー(胡金銓)が、西部劇や日本の時代劇のような映画的カタルシスに満ちた新感覚の武侠映画『大酔侠』を発表したのだ。カメラマン・賀蘭生(西本 正)や武術指導者のハン・インチェ(韓英傑)らと苦心の末完成させた“京劇の映画的アダプテーション”なる武闘表現は、それまでの舞台演劇的な殺陣とは違う、静と動とのコントラストをはっきりとつけた「間」や、剣同士が当たる時に発せられる効果音を入れたリアルかつスピーディー、そしてトランポリンを使用した立体的なアクションで、多くの観客たちの支持を集めた。
Come Drink with Me:大酔侠 / 1966
※《新派武侠片》の先駆けといわれている『雲海玉弓縁』(The Jade Bow / 1966)ポスター
そして『座頭市』シリーズに代表される日本製アクション時代劇の人気や、先に公開されたニュースタイル武侠映画《新派武侠片》である『雲海玉弓縁』の後押しもあって、結果『大酔侠』はアジア各地で大ヒットを記録する。本作のヒット以降もキン・フーは、独自の映像スタイルによる武侠映画を次々と発表、1971年に発表した『侠女』は後にカンヌ映画祭において高等技術委員会グランプリを受賞するなどその国際的評価は高い。
彼が後の武侠映画に残した最大の「発明」は、宿屋において侠客同士が自分の武功(武術の技)を披露し、相手より精神的に優位に立とうとする《客棧戯》なるシークエンスは、多くの作品で模倣され現在では武侠映画にはなくてはならないおなじみの見せ場となっている。
Dragon Gate Inn:龍門客棧 (残酷ドラゴン 血斗竜門の宿) / 1967
ファンタジー一辺倒だった武侠映画を、次の段階へ推し進めた偉大なパイオニア――それがキン・フーなのだ。
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「中華幻想剣侠物語の魅力」というタイトルもセンスがあります。
まじめに大作といいますか、貴重なドキュメントであると思います。
KAZU大先生、あなたは本当に素晴らしいです。
毎回わたしの拙い記事を読んでくださいましてありがとうございます。武侠映画についての、独立した記事や書籍は香港や中国にはあっても、日本ではクンフー映画と一緒に語られる為、確かにあまりないですね。自分が見たかったもの、読んでみたかったものを無理矢理動画版とテキスト版で作ったって感じです。
KAZU大先生は武侠映画の第一人者なんですね。。。
なぜなら、武侠映画の理解と解説がここまで深いお方は、
少なくともwebで観られる日本人では先生以外存在しません。
なるほど。納得です。素晴らしい!