息子が差し出した1杯のコーヒー
私は前の夫と死別して3年後、今の夫と再婚しました。
病気で亡くなった前妻との間に、中学生と小学生の息子がいました。
29歳で思春期の息子の母になってからは、毎日が心配で一日として心の休まる日はありませんでした。それに加え、夫は仕事がうまくいかなくなると酒に溺れ家庭を省みなくなり、下の息子はややもすると問題を起こして私を困らせました。それでも、言葉数の少ないのを除けば、頼もしくしっかりした長男のおかげで助かりました。
考え深く優しい長男は、自分の小遣いでも稼ごうと新聞配達を始めました。長男は、雨が降っても雪が降っても、朝の4を時に起きて毎日新聞配達に出て行きました。
そんなある冬の日、新聞配達終えて家に帰っていた長男が足を痛そうにしていました。
「どうしたの。怪我をしたの。」
「凍った道で転んだんだ。大丈夫だよ、母さん。」
私に心配をかけまいとそう言っているのか、長男は次の日新聞配達に出る時も依然と足は痛そうでした。
「ダメだわ。今日は、お母さんが一緒に行くわ。」
大きなことを言って一緒に出たものの、初めての新聞配達なので時間がかかり、うまくいきません。
大した数でもない新聞をやっと配達してマンションの入り口に戻ってくると、すでに自分の分を終えた長男が待っていました。長男は自販機で買ったコーヒーを差し出して言いました。
「寒いでしょ。コーヒー1杯飲んでちょっと休んでください。お母さん。」
普段、言葉の少ない長男の暖かい一言に涙が浮かびました。幼くして母を失い、他の子よりも早く大人びた長男。疲れていた気持ちを優しく撫でてくれる誰かの暖かい一言がとても恋しかったその時、息子の一言は厳しい世間に身を縮めていた私の体と心をさっと広げてくれたのでした。
時には夫のように、時には友達のように長い歳月を共に歩いてきた長男は、私の人生に光を照らしてくれた大切な灯台です。