8合目以上の所有権持つ浅間大社の反発は必至

静岡、山梨両県は、2022年夏から富士山登山に環境保全を目的とする「法定外目的税」をスタートする作業に入った。現在は、任意の協力金を登山者らに呼び掛けている。川勝平太静岡県知事は「不公平感をなくすのが目的。登山道整備や安全対策などの費用に充てる」と発言、“税金”徴収に前向きだ。
8合目以上は浅間大社が所有
2013年6月、世界遺産委員会(事務局・仏パリ)は富士山を日本人の信仰の聖地として認め、世界文化遺産に登録した。信仰の中心となる8合目以上は富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市)所有の境内地。国は世界遺産推薦に際して、この事実を明らかにしなかった。過去に所有権を巡り、同神社は国と激しく闘ってきただけに、信仰の聖地に強制的な“税金”を持ち出せば、激しい反発も予想される。
世界遺産登録を機に、静岡、山梨両県は2014年夏から5合目にある4つの登山口で保全協力金を徴収している。金額は1000円。徴収率は60%超と高いが、両県はこれに代わって法定外目的税として“入山料”を徴収する検討を進めてきた。今年3月末までに新制度の骨子案をつくり、来年度、国や地元議会などの同意を経て、2022年夏に“税金”徴収をスタートさせる予定だ。
富士山は世界遺産登録以前から日本の代表的な観光地であり、夏季の2カ月間だけで5合目まで約400万人、頂上を目指して約30万人が押し寄せるだけに、過剰利用が最大の問題だった。ところが、両県は過剰利用を抑えるための対策を行わず、“税金”収入確保の検討に入った。これは、入山規制を行うことなく、世界中からより多くの観光客を迎えたいのが本音だからなのだろう。!!
富士山が世界遺産として認められたのは、世界的な観光地の名山としてではなく、長い歴史を持つ「信仰」が高く評価されたことを忘れているようだ。日本の要求で、西洋芸術に影響を与えた「芸術の源泉」の要素も加えられたが、実際には、世界遺産委員会は「信仰」のみに高い評価を与えた。
全国約1500を数える浅間神社の中心、富士山本宮の社記によると、垂仁天皇3年(紀元前27年)が富士信仰の始まりとされる。古来、同神社の湧玉池(国の特別記念物)で水垢離(ごり)を取って体を清めてから、本宮に参拝して登り始め、山宮での遥拝を経て、村山登山道を登り、頂上を目指してきた。
8合目から同神社の奥宮境内地に入り、ここからが富士登山の本番となる。噴火口を望むお鉢が山頂大内院と呼ばれ、大内院の底がほぼ8合目に当たるため、江戸時代の人々は雲間にそびえる富士山の8合目以上が神の鎮座する地域と考えてきた。本宮、山宮はご神体の富士山8合目以上を遥拝する独特の浅間造り構造となっている。
国は富士信仰を無視
1604年、徳川家康は浅間造り社殿を造営、さらに頂上支配などを同神社に認めた。幕府は1779年、富士山の6合目以上を境内地とする裁許状を同神社に与えている。
明治期以降、国家神道政策が取られ、すべての神社が、国の支配下に置かれた。第二次世界大戦の敗戦後、政教分離の原則から、法律によって、ご神体山を持つ大神神社の三輪山、二荒山神社の男体山、白山神社の白山などすべて各神社に返還された。
同神社も再び、8合目以上を所有できることになったが、1952年、大蔵省(現在の財務省)は富士山頂の奥宮神社周辺地域のみに限定、従来の所有地に比べて、20分の1以下の土地を同神社に譲与する処分を通告した。
他の神社に比べて、あまりに不公平な処分に同神社は「富士山そのものがご神体であり、富士信仰を無視するもの」と強く反発、不服を申し出た。
国の社寺境内地処分審査会は同神社の訴えを認めて、大蔵省へ答申したが、この答申に対して、山梨県を中心に激しい反対運動が起こった。このため、衆議院行政監察特別委員会に諮られることになったが、国会周辺には筵旗(むしろばた)を持つ人々が取り囲むなど、富士山の“私有化阻止”を求める国民的な運動に広がった。
衆院特別委員会に同神社の佐藤東・宮司、小林行雄・文部省調査局長らを証人として呼び、同神社の所有に正当性があるかなどを審査した。佐藤宮司だけでなく、小林局長は「富士山は日本国土、民族精神の象徴だが、所有権の問題としては浅間神社に戻すのが最も適格」などと証言したが、同委員会は多数決で富士山を国有とし、特別立法で対応する決定を行った。

このような動きの中で、大蔵大臣は行政決定をできないまま4年が経過した。このため、同神社は1957年、国を相手取り、境内地の帰属を求める裁判を起こした。地裁、高裁とも同神社の訴えを認めたが、国は最高裁へ上告、その後、長い争いを経て、1974年4月になって、「富士山8合目以上の土地について宗教活動を行うのに必要な境内地」とする最高裁の判決が確定した。
その後、同神社の再三の要請にもかかわらず、大蔵省は土地譲渡の手続きを無視した。最高裁判決から30年もたった2004年12月、1952年当時の国に対する同神社の訴えを取り下げることを条件に、同神社へ8合目以上を払い下げる通知を交付した。
この結果、気象庁、環境省、国交省関係の土地を除いた、約385万平方メートルの8合目以上の土地が同神社所有となった。
しかし、それでも富士山の所有権問題は解決しなかった。最高裁判決、財務省の払い下げ決定にもかかわらず、今度は静岡・山梨両県の関係市町が市町境の確定を行わないため、同神社は8合目以上の登記手続きができないままである。
市町の境界に争いがある場合、県知事の判断で裁定できるはずだが、両県知事は県民感情を考慮して、この問題を棚上げしてしまった。
結局、長い裁判を経て、所有権を勝ち取り、国の手続きも終えているのに、同神社の悲願とも言える富士山8合目以上の「所有権」確定は宙に浮いたままの状態が続いている。
神社は参拝料を徴収できない
世界遺産登録後も、両県は、同神社の所有権について何ら配慮することなく、すぐに任意の富士山保全協力金を始めた。これを“税金”徴収という強制的な制度にしてしまえば、5合目以上が「公有地」であるとほとんどの国民は錯覚してしまうだろう。同神社が長い闘いの末に勝ち取った「所有権」は骨抜きにされ、富士信仰と8合目以上の関係性も失われる可能性が高い
多くの神社は境内地への入山に際して、参拝料を取るなどして神社の存続を図っている。ところが、同神社の場合、参拝料の徴収もできず、協力金は両県の収入となっている。
甲田吉孝宮司は「山小屋トイレ改修費用の90%に助成金が使われるなどしているが、奥宮のトイレ改修など政教分離の原則で当神社への支援は一銭もない。協力金の使途を見れば、そのほとんどは徴収のための費用に使われている。一体、何のための協力金なのか疑問は大きい」などと述べる。
世界遺産条約の本来の目的は、世界遺産の適切な保存管理で援助を必要とする国に国際援助の枠組みを提供することであり、条約の条項も世界遺産委員会が行う国際援助の方法について多くの部分が割かれている。
日本の場合、ユネスコへ拠出する側であり、日本の世界遺産は自国の費用のみで維持管理するのが筋である。富士山を保全管理するために、過剰利用を抑制せずに、増加する登山者らから“税金”を徴収するのは本末転倒だろう。
そもそも世界遺産推薦に当たって、8合目以上が同神社の神聖な境内地であるという真実を隠してきた経緯がある。両県が「不公平感をなくすため」“税金”徴収を打ち出すのならば、同神社は世界遺産委員会に「信仰」の聖地として守られていない現状を訴え、国際社会に「所有権」を認めてもらうべきである。