新年の準備をされていました 平成27年12月13日 撮影
年が明けて 平成28年3月7日 に訪ねてみると
大正6年3月建立
「龍王明神」積歓堂 由来記
江戸時代初期頃まで、ここ上野地区は「神野(かみの)の里」と称されていました。また、付近の桂川河川敷一帯は竹藪で、多くのヘビが生息していたことから地元の守り神「龍王明神」としてお祀りされてまいりました。大正6年(1917)3月、上野区住民を発起人として現在の神社が造られました。なお平成24年(2012)、当初からこの土地の所有者である川島吉之助氏とそのご遺族のご好意により、当該土地を含め「龍王神社」は上野地区の氏神である「産土神社」へ寄進されました。 平成24年12月吉日 氏子会一同
前回の神社記事 ➡ 神社上0030 菅原院天満宮 道真公が使った産湯の井戸、愛用の燈籠
このポスターの像は 兜跋毘沙門天(とばつびしゃもんてん)
平安京の時代 羅城門に安置されていたとつたわる
羅城門が崩壊したあとこの仏像が東寺に運び込まれたらしい
関連記事 ➡ 石碑南0133 羅城門跡 道長はここの礎石を持ち帰った
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ポスター 前回の記事 ➡ ポスター0075 京の冬の旅
五七五
しみじみと 悲しい酒を 歌い上げ /武藤
ことわざ
蜉蝣の一期