カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

あなたの決定は自分で決めていない  サブリミナル・マインド

2023-02-01 | 読書

サブリミナル・マインド/下條信輔著(中公新書)

 副題「潜在的人間観のゆくえ」。ずいぶん前に半分くらい読んでいたようだが、別の本でこの書名を見て、再度手に取って読み直した。文章に慣れるのに少し時間がかかる感じはあるが、乗れると付いて行けたということか。後半に進むにつれ、お話は哲学や法律的な問題をはらんでいく。事実がわかると問題がこじれていく感じが、なかなかに面白い。
 サブリミナル効果というのを知ったのは、刑事コロンボを子供のころに観たからだ。犯人がこれを使って被害者をおびき出して殺害する。見たことが分からない一瞬の映像であるにもかかわらず、無意識に行動を促すことができるというのだった。翌日(※後で調べたらコロンボの放送は土曜の夜だったようで、これは翌週の間違いである)の学校でもこれが話題になり、商品の販売促進のために実際にこれが使われている例などがあるらしいという恐怖を味わった。数年後何かの本で、しかしサブリミナル効果というのは、追実験で否定されたというのを読んだ記憶があった。それで僕はすっかりこれはオカルトのような類だと決めつけていた。
 ところがである。無意識下に影響するこのような効果は、その後のさまざまな追実験などで確証的に明らかにされている、とこの本に書いてあるのだ。いくつかは脳に関する別の本でも読んだ記憶があるものもあったが、閾下の影響の方が、実はその後の意思決定につながっているらしいことが分かっているという。そうしてそのことを、影響を受けた本人すら分かっていないのだ。その上で影響を受けたにもかかわらず、本人は別の理由を捏造して根拠にするということも分かっているのだという。自分の意志決定は、自分自身が決めたことではないかもしれないという疑いがある。脳科学の世界では、コンマ何秒という世界で、意思決定の前にそれを促す何かの作用が既に働いているらしいことは分かっていたが、心理学の世界でも、それらを証明する様々な実験が行われ、自己決定は自らの選択でなされていない可能性が証明されている。ただし、それはこれらの実験下で客観視されているものの、本人もそれと気づかないことと、他人が嘘をついている可能性が排除できないことから、日常の選択がすべてそうであることは証明が難しい。
 さらにそれを知ったうえで科学的にその行為を自己決定でないと認めてしまうと、例えば殺人事件などの殺意などは、他の影響で促されての結果であることになりかねない。そうすると、法的に実際に人を裁くことの困難が生まれる。これまでにも過去のトラウマなどの影響で、刑罰が軽減されるという判例が次々に生まれている。敏腕弁護士がこのような精神鑑定を用いて無罪を勝ち取る影響は、社会をますます不安定に陥らせる可能性があるのだ。
 なんだかキツネにつままれたような印象を受けるかもしれないが、これらの考察への展開は、なかなかに面白い。面白がっていいものか分からないくらい面白い。我々が信じているというか、大きな価値観の根拠にしている自己決定というものが揺らぐことで、人間生活の未来そのものが、どうなるか分からなくなる可能性があるのだ。
 もちろんこれは科学的に事実であるから、実際に様々な問題の議論は進んでいる。知らないでは済まされない、人間という動物の面白さを味わってほしい。
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