昨夜お風呂に入っているとき、ふっと思い出しました。
あ、そうだそうだ、実家以外でお風呂を順番に入った思い出があったわ・・と。
それは、8年ぐらい前のお話になります。
あるお医者さんに
「よかったら禅のお寺に行ってみないか?ふるらんさんならきっと何かわかるとおもうから」と勧められました。
当時、お仕事で誰が体験に行くかをくじ引きする予定だったのです。
でもそのお医者さんに言われた一言で立候補しました。
一週間、出張扱い、3食付、合間にお経とかお説教あり・・これはいいかもとか安易な感じでした
それがまさかあんな体験になるとは・・・・
バッグ一つに着替えを入れること。
雑誌、読み物などは禁止。
もちろん遊ぶものも。
携帯も持ち込み禁止。
ひえ~これは前途多難・・・
到着したお寺には住職さんと奥さんと二人。
同じ日に女性が他5人。
一切会話禁止。
そう、完全監禁なんですわ・・・・
禁止事項を聞いて自分のお部屋へ・・っていうのも8畳にカーテンの中で自分の布団の大きさの場所と布団が一組、机とライトがあるだけ。
まず荷物の整理が始って・・そして順番に住職のお部屋へ、個人面談。
30分ぐらいで帰ってきていました。
そしてふるらんの番。
住職さんのお部屋には床の間とテーブルと座布団、そしてお坊さんの写真がありました。
住職さんが
「ほお、ふるらんさんは霊感あるんだね~あんたの後ろの人・・こりゃうれしいわい」とニコニコ。
そうなんです、ここの住職さん霊感持ち。
それで話が弾みましてね、1時間越え。
だってそうだもんね・・お互いの守護霊さんの会話ですもん。
そしてお坊さんの上司さん(亡くなっています)のお話とか、面白い面白い。
禅の話とか楽しかったですね。
そんな面接が朝晩。
間にお経のお話とか、人生のあり方とか・・・それが一週間です。
さすがに会話ができないし、買い物もお菓子もない。
出てくるのは3度のご飯だけ。
まぁいい意味で「痩せれるかな?」と解釈
お風呂が順番・・。
みんなで入りたかったわ・・・って会話禁止だから
ふるらんはいいですよ、守護霊さんと会話できるから。
でもほかの子はもういらいらが溜まって、音を立てるようになりました。
そう、自分はここにいる、ってサイン。
それで思い切って、隣の子のカーテンをちょこっとあけていつもの「ニンマリ」
小さな声で会話して、そして部屋全員を巻き込み会話しましたよ。
そう、つまり悪い子ちゃんをしちゃいました。
だってねぇ・・・普通の人がここに来てもしょうがないもん。
帰りたいよぉ~の会話です。
座りっぱなし、禅の修業と、瞑想の繰り返し。
お経の暗記、そして文章目読、仏様の御心・・お勉強。
ふるらんは大好きだから居られるけどこれって、この役目以外の人には・・・ねぇ・・。
会話の意味がわからない・・という女の子も居て当たり前。
「いつもふるらんさんの時は長いよね」
「そうそう、何を話してるの?」
「あ・・それはね・・・身の上相談(・・とごまかし)。それに私、おばあちゃんに育てられてるから、お年寄りとお話するの得意なの」
「そうか。だって意味わかんないときあるから」
「そうそう、難しくて・・」
でしょうねぇ・・・・。
階段の登ってくる音が聞こえるたびに(ここは二階だから)会話を中断。
扉が開くたびにみんな何事も無かったような静けさ・・・・
さすが女は凄いチームワーク。
おかげで瞑想はきちんとできるし、別に時間は気にならないし。
住職さんに
「20分ジャストでやってごらん」をクリアーし・・
(だってねぇ・・守護霊さんが時間教えてくれるし)。
最後には私だけ、お昼ご飯を飛ばして○時間の禅。
他の子には無理。
だってみんなひとりひとり役目が違うもんねぇ・・・
禅ができる、瞑想ができる・・っていうから偉いわけじゃなし。
スピリチュアル能力がアップするわけじゃないし。
禅をやったあとに足がまっすぐにならなかったですよ。
達磨(だるま)大師さんの気持ちがわかる。
終わってから隣の子に足をマッサージしてもらいました。
「ふるらんさん、いずれいい先生につきなさい」
どうやって探したら良いのかな~とか思いました。
その前にその間の生活費は?と疑問に思うのが現実でした
両親はいないしね、誰を頼ればいいの?生活費。
すべて捨てたとしてもご飯は食べなきゃならないし・・
某お坊さんに「お寺に入りなさい」と言われて、その金額にびっくり!
え~~~~!ですよ。
別に髪を剃るのはまったく抵抗ないんですけど、お金は現実ですもん。
今考えるとお金が無くて正解かもね。
ある尼さんに
「お寺より現実が修行よ」と言われましたし。
そのお寺を出て久しぶりに町をあるくと見えるものすべてが大きく見えるのです。
自分よりずっと大きく。
あれ・・・どうなっちゃったんだろ?と思いました。
しばらくベンチに座り、自己修正。
あ・・そうか一週間監禁だから、この世界の高さを忘れてしまっていて・・
怖いなぁ・・・・と感じました
現実から離れるとこんな風になっちゃうんだ・・
半分怖いな、そして宗教とは修行のみではいけないんだ・・と思いました。
精神世界も大切、そして人と交わり生きていくためには現実は大切だと痛感していました。
この時修行という言葉を安易に使ってはいけないと知りましたね。
世の中にはもっと凄い本物中の本物の修行をされている方がいるんだから、恐れ多い言葉ですもの。
人として生まれてきた限り、現実に足をつけようと決意しています
われわれの呼気は、宇宙全域の呼気である。
われわれの吸気は、宇宙全域の吸気である。
かくして、われわれは刹那刹那において
無限の大事を成しているのだ。
このように覚悟することが、
あらゆる不幸を払い、絶対の幸福を創出する。
澤木興道師
まだまだそこまでは・・・とてもとても・・・・
私も一人間で、女の子なんで。

あ、そうだそうだ、実家以外でお風呂を順番に入った思い出があったわ・・と。
それは、8年ぐらい前のお話になります。
あるお医者さんに
「よかったら禅のお寺に行ってみないか?ふるらんさんならきっと何かわかるとおもうから」と勧められました。
当時、お仕事で誰が体験に行くかをくじ引きする予定だったのです。
でもそのお医者さんに言われた一言で立候補しました。
一週間、出張扱い、3食付、合間にお経とかお説教あり・・これはいいかもとか安易な感じでした

それがまさかあんな体験になるとは・・・・
バッグ一つに着替えを入れること。
雑誌、読み物などは禁止。
もちろん遊ぶものも。
携帯も持ち込み禁止。
ひえ~これは前途多難・・・
到着したお寺には住職さんと奥さんと二人。
同じ日に女性が他5人。
一切会話禁止。
そう、完全監禁なんですわ・・・・

禁止事項を聞いて自分のお部屋へ・・っていうのも8畳にカーテンの中で自分の布団の大きさの場所と布団が一組、机とライトがあるだけ。
まず荷物の整理が始って・・そして順番に住職のお部屋へ、個人面談。

30分ぐらいで帰ってきていました。
そしてふるらんの番。
住職さんのお部屋には床の間とテーブルと座布団、そしてお坊さんの写真がありました。
住職さんが
「ほお、ふるらんさんは霊感あるんだね~あんたの後ろの人・・こりゃうれしいわい」とニコニコ。
そうなんです、ここの住職さん霊感持ち。
それで話が弾みましてね、1時間越え。
だってそうだもんね・・お互いの守護霊さんの会話ですもん。
そしてお坊さんの上司さん(亡くなっています)のお話とか、面白い面白い。
禅の話とか楽しかったですね。

そんな面接が朝晩。
間にお経のお話とか、人生のあり方とか・・・それが一週間です。
さすがに会話ができないし、買い物もお菓子もない。
出てくるのは3度のご飯だけ。
まぁいい意味で「痩せれるかな?」と解釈

お風呂が順番・・。
みんなで入りたかったわ・・・って会話禁止だから

ふるらんはいいですよ、守護霊さんと会話できるから。
でもほかの子はもういらいらが溜まって、音を立てるようになりました。
そう、自分はここにいる、ってサイン。
それで思い切って、隣の子のカーテンをちょこっとあけていつもの「ニンマリ」

小さな声で会話して、そして部屋全員を巻き込み会話しましたよ。
そう、つまり悪い子ちゃんをしちゃいました。
だってねぇ・・・普通の人がここに来てもしょうがないもん。
帰りたいよぉ~の会話です。

座りっぱなし、禅の修業と、瞑想の繰り返し。
お経の暗記、そして文章目読、仏様の御心・・お勉強。
ふるらんは大好きだから居られるけどこれって、この役目以外の人には・・・ねぇ・・。
会話の意味がわからない・・という女の子も居て当たり前。
「いつもふるらんさんの時は長いよね」
「そうそう、何を話してるの?」
「あ・・それはね・・・身の上相談(・・とごまかし)。それに私、おばあちゃんに育てられてるから、お年寄りとお話するの得意なの」
「そうか。だって意味わかんないときあるから」
「そうそう、難しくて・・」
でしょうねぇ・・・・。
階段の登ってくる音が聞こえるたびに(ここは二階だから)会話を中断。
扉が開くたびにみんな何事も無かったような静けさ・・・・
さすが女は凄いチームワーク。

おかげで瞑想はきちんとできるし、別に時間は気にならないし。
住職さんに
「20分ジャストでやってごらん」をクリアーし・・
(だってねぇ・・守護霊さんが時間教えてくれるし)。
最後には私だけ、お昼ご飯を飛ばして○時間の禅。
他の子には無理。
だってみんなひとりひとり役目が違うもんねぇ・・・
禅ができる、瞑想ができる・・っていうから偉いわけじゃなし。
スピリチュアル能力がアップするわけじゃないし。
禅をやったあとに足がまっすぐにならなかったですよ。

達磨(だるま)大師さんの気持ちがわかる。
終わってから隣の子に足をマッサージしてもらいました。
「ふるらんさん、いずれいい先生につきなさい」
どうやって探したら良いのかな~とか思いました。
その前にその間の生活費は?と疑問に思うのが現実でした

両親はいないしね、誰を頼ればいいの?生活費。
すべて捨てたとしてもご飯は食べなきゃならないし・・
某お坊さんに「お寺に入りなさい」と言われて、その金額にびっくり!
え~~~~!ですよ。
別に髪を剃るのはまったく抵抗ないんですけど、お金は現実ですもん。
今考えるとお金が無くて正解かもね。
ある尼さんに
「お寺より現実が修行よ」と言われましたし。

そのお寺を出て久しぶりに町をあるくと見えるものすべてが大きく見えるのです。
自分よりずっと大きく。
あれ・・・どうなっちゃったんだろ?と思いました。
しばらくベンチに座り、自己修正。
あ・・そうか一週間監禁だから、この世界の高さを忘れてしまっていて・・
怖いなぁ・・・・と感じました

現実から離れるとこんな風になっちゃうんだ・・
半分怖いな、そして宗教とは修行のみではいけないんだ・・と思いました。
精神世界も大切、そして人と交わり生きていくためには現実は大切だと痛感していました。
この時修行という言葉を安易に使ってはいけないと知りましたね。
世の中にはもっと凄い本物中の本物の修行をされている方がいるんだから、恐れ多い言葉ですもの。
人として生まれてきた限り、現実に足をつけようと決意しています

われわれの呼気は、宇宙全域の呼気である。
われわれの吸気は、宇宙全域の吸気である。
かくして、われわれは刹那刹那において
無限の大事を成しているのだ。
このように覚悟することが、
あらゆる不幸を払い、絶対の幸福を創出する。
澤木興道師
まだまだそこまでは・・・とてもとても・・・・

私も一人間で、女の子なんで。