仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

下げた手を握り締めてⅣ

2008年07月02日 12時49分23秒 | Weblog
 次の火曜日、ヒロムは目黒駅にいた。誰かに相談したいのだが、ヒトミ以外にそんな話ができそうな相手がいなかった。ヒトミは六人組の女性の中では一番体格がよかった。ポチャっとした感じが安心感を与える、そんな感じだった。
 ヒトミは事務所以外でヒロムに会うのは初めてだった。出かけようとして一瞬、迷った。天気もよかった。普段は仕事がらデニムのパンツにブラウスといった服装だった。ヒトミは押入れにしまい込んだ衣装ケースからスカートを出した。腰からふわっと拡がった感じのバラの柄のスカートだった。姿見で自分の姿を確かめた。デニムに戻した。戸口に来て、また、部屋に戻り、衣装ケースを取り出した。デニムのタイト系のスカートがあるはずだった。ケースの横にへばりついていた。姿見を見た。化粧の感じとブラウスが合わなかった。化粧ボックスを出した。眉を書き直し、口紅の色を変えた。アイシャドーのセンターにハイライトを入れた。お客さんの顔ならともかく、自分の顔でこんなに時間をかけたことはなかった。すると今度はブラウスが気に入らなかった。シースルーっぽいインド綿のシャツに替えた。そうこうしているうちに待ち合わせの時間から三十分以上過ぎていた。時計を見て、ヒャっと声を上げた。肩紐の長いポシェットを引っ掛けて飛び出した。
 
 ヒロムがイライラし始めたとき、外人が声を掛けてきた。
「少しお時間をいただけますか。」
日本語だった。ヒロムはそれなりに英語はできた。しかし、頭の中で文章を構成し、確認してからでないと話せないため、会話は苦手だった。
「何でしょう」
「あなたは神を信じますか」
「いいえ」
「何故ですか」
「何故といわれても、たぶん、人の力の及ばない部分を支配する超越者の存在はあるかもしれないけれど、それを神と呼べるかどうかは、解りません。」
ヒロムも丁寧な日本語で答えた。
「神を信じないで、どうして生きていけるのでしょう。」
「信じなくとも、存在がここにあるからです、」
「存在・・・・」
「私は生まれてきた。その事実があるということです。」
「あなたは面白いですね。」
「何故、」
「だいたいの日本人は怖がって話もしてくれません。でも、あなたは何か、信じるものがあるように感じます。」
「さあ、それはどうでしょう。」
「パンフレットをお渡しいたします。神について興味が生まれたら是非、お越し下さい。」
「頂いても、僕は行かないと思います。誰か他の人に」
外人は、ヒロムの手を握り、笑顔でパンフレットを手渡した。
「超越者は神です。それをお気づきになれば、幸福に手が届きます。」
「それは証明できないでしょう。」
「はい、証明はできませんが信じることはできます。」
「同じですね・・・・」
ヒトミが走ってきた。
「ごめんなさい。」
「これから、お出かけですか。」
と言うと外人はジョセフですと名のり、名刺をヒロムに渡し、笑顔で去って行った。紳士的な振る舞いが好感できた。外人を見送ってから、ヒトミに向き直った。
「何時だと・・・・」
そういいかけて言葉が止まった。普段のヒトミとは別人だった。女は凄い、と思った。
「ゴメン、ごめんなさい。ちょっと、時間がかかちゃって。」
ヒロムは緊張していた。ヒトミが美しいと感じた。
「いいよ。呼び出したのは僕のだから。」
「今の人、誰。」
ヒロムは名刺を手渡した。
「少し歩こう。」
ヒロムは歩き出した。名刺を見ていたヒトミは、聞こえなかったのか、その場に立ったままだった。ヒロムが動き出したのに気づき、小走りに後を追った。