仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

割れ目に落ちて9

2012年02月02日 15時08分02秒 | Weblog
「どうしよう。もう、お金ないよ。」
女は震えた。
「逃げよう。」
女は手をとった。
「まだ近くにいるかも。」
指の振動が伝わった。
「ねえ、ねえ、どうしよう。」

意味がわからなかった。

明かりもつけずに女は上着を着て、ジャンパーを投げてよこした。
共同便所の隣の非常口と書かれたドアを開けた。
船についているような鉄のはしごがあった。
女が押した。
はしごを降りた。
女は躊躇していた。
怯えながら女もはしごを降りた。
隣のアパートとの間の狭い路地を抜けて、表通りに出た。
女は辺りを見回した。

終夜営業の喫茶店で朝になるを待った。

何も聞いてはいなかった。

おとうちゃんが言ってたんだよー。
勝負に負けたら終わりだって。
おっきな運がつくのはそんなにないから、そのときに勝たなきゃだめなんだって

おとうちゃんはいつも酔っ払って、おかあちゃんを殴ってたんだよ。
おかあちゃんはそれでも我慢して仕事してたんだよ。

酔っ払うと最後におとうちゃんは言ってたよ。
負けたらな、勝負に負けたら、あとは、死ぬまで、死ぬまで我慢して生きなきゃいけないんだよ。
俺は負けちまったんだよー。はは、負けちまったんだよー。
チキショウー、つまんねえよ。つまんねえよって。

だからさ、負けたくなかったんだよ。
勝負にさ。
そりゃさあ、何でパチンコなんかで借金作るんだって、言うやつもいたよ。
でもね。でもね。勝負だったんだよ。

最初は勝ったんだよ。
スリーセブンがそろってさあ、一日に二十万、三十万になる日もあったよ。
それがさあ、一ヶ月もすると勝てなくなって、一日中うっても、出なくって。
サラ金で金を借りて、そしたら、また、出て。
いい気になって。
ヤミ金からも金を借りて、そうだよ。
ヤミ金の親父を横に座らせて、打ってたときもあったよ。
最初は勝ってたんだよねえー

負けちゃったんだねー。
わたしもつまんない時間をさあ、死ぬまで我慢しなきゃいけないんだって。
そうなんだよ。我慢しなきゃいけないんだって。

我慢しててもさあ。おかあちゃんは出て行っちゃうし、おとうちゃんは死んじゃったんだよ。

女はしゃべり疲れて寝た。