記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

博多の町家に情緒を感じ、景観再生と自身のルーツを考える。

2007年09月08日 23時28分07秒 | 博多部
 朝夕が涼しくなり風が心地よい。夏の終わり、秋の始まり…。
私は一年中でこの季節が一番好きである。真っ青に晴れた空や、爽やかに
流れる風を感じていると無性にカメラを片手に街へ出歩きたくなる。だか
ら私がここ10年で写してきた町並み写真はこの季節ばかり(笑)。

 ずっと憧れている博多の町家。このところ新聞でも話題になることが多
い。しかし、京都のように町家が話題のお店や観光名所になって紹介され
るのではなく、解体や保存先を探すという話題が大半である。町家といえ
ば、今年の始めから読売新聞では長谷川法世さんの町家めぐりの連載が続
き、すでに半年以上20軒以上の福岡市内に残る町家が、優しい法世さん
の絵や文で紹介されていて、楽しみにしている。

長谷川法世の町家散歩・読売新聞九州発

 西日本新聞でも今週、町家を尋ねる連載が始まった。20年前に教育委
員会が調査しまとめた町家の実態調査書を見直すと、すでに当時Aランク
やBランクがついていた町家も姿を消しつつある。保存活用されているの
は旧三浦邸(現・博多「町家」ふるさと館の町家棟)などごく僅か。三浦
さんは冷泉地区の戦後史(40年史と写真集)を作る際にもたくさんの資
料や写真を提供いただいた。その中にあった、ふるさと館へ移築する前の
商店時代の写真には、ピンクレディーのポスターが貼られてあって時代を
感じた。

 今、仕事でも町家に絡む企画に携わり始めている。改めて今週、旧博多
部(博多小学校区)に残る町家を自転車で巡ってみた。大半が戦災を経験
していることもあり、博多部にはそれほど多くの町家がある訳ではない。
町家は歯抜けとなり、駐車場やマンションが残った僅かな町家を囲む。そ
んな町並み・景観ではまち歩きの楽しさも半減である。それが京都などと
決定的に違うところで、博多らしさ、博多情緒が感じられない理由のひと
つでもある。

 せめてマンションやビルの1F路面に風情ある店が並んでいれば、人通
りだけでなく活気や賑わいも生まれてきそうなものだが、現実には僅かに
残っていた寿通りや綱場町、御供所界隈でも次々に店舗が消えてマンショ
ン等に変わり、通りは寂れるばかりである。

 ふと、自分がいつから町家に興味を持ったのだろうと考えた。記憶を辿
ると、学生時代は盛んにペン画を描いていたのだが、その多くは日本家屋
や萩などの町並み、京都の町並みを写真などを見ながらヒマつぶしにと描
いていたことを思い出した。学生時代の卒業制作も今から思えば日本の原
風景をテーマにした作品である。そして就職後に始めたのは弓道や書道。
どうやら自分のベースには和風があるようだ。

 そう思うと、昭和初期の町並みが詳細に描き込まれた吉田初三郎の鳥瞰
図にハマった理由もすんなり説明がつく。昔の絵葉書にしか残らない町並
みや風景に惹かれる訳である。これまでは「ただ好きだから」というよう
な曖昧な説明しかできなかった趣味・研究だが、自分のルーツや経験を辿
っていくと「これしかない」という結論に達した。

 町並み絵葉書アーカイブに、天神や中洲を追加。やっと800点を超え
た。とりあえず区切りの1000点へ週末スパートである。博多の秋本番
は来週の「放生会(ほうじょうや)」から始まる。

今日の写真は、戦前の福岡にあった菓子舗・和田喜楽堂の明治末の店頭。
橋口町というから今の昭和通り沿い、赤煉瓦館の近くにあったそうだ。
伝統的な博多の町家の佇まいである。

アンティーク絵葉書に観る懐かしの風景・町並み
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鳥瞰図絵師・前田虹映

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