記憶探偵〜益田啓一郎のブログ(旧博多湾つれづれ紀行)

古写真古地図から街の歴史逸話を発掘する日々。ブラタモリ案内人等、地域の魅力発掘!まち巡りを綴ります。

小倉到津球場で行われた1934年日米野球観戦チケット&終戦前後の定期券

2020年10月13日 20時39分01秒 | 昭和の観光学

先日、8ヶ月ぶりに参加した絵葉書研究会で入手した資料から。意外と貴重だなと思うのが、1945(昭和20)年7月25日から8月24日までの西鉄大牟田線(現・西鉄天神大牟田線)の定期券。終戦を挟んで使用されたもので、この期間には筑紫駅付近で電車が米軍機の機銃掃射を受けて64人もの犠牲者が出ています。定期券は平尾〜春日原間のものですが、終戦を乗り越えた希少な定期券です。

また、1934(昭和9年11月の日米野球大会の入場券は破れているのが残念ですが、これも大変貴重な資料。小倉到津球場で行われた日米野球、しかもベーブ・ルースが予告ホームランを放った伝説の試合の半券です^_^。球場跡地の一角には記念碑も遺ります。この記念碑、2018年秋のKBCドォーモ「偉人」シリーズ・村上巧児編で岡本さんと一緒にロケで訪れました。村上巧児氏は西日本鉄道合併時の社長で、到津遊園(現・到津の森公園)や百貨店の井筒屋を開業したり、西鉄ライオンズ誕生のきっかけを作った方(戦時下で一年だけプロ球団「西鉄軍」結成)です。

2枚目の写真は、福岡日日新聞の永江社長宛の昭和初期の広告ハガキ(ダイレクトメール)。岩田屋や福岡玉屋、そして笠野屋の誓文払いハガキがありました。ちなみに、笠野屋は福岡日日新聞の創業者・藤井孫次郎の生家だそうです^_^。

3枚目は1974(昭和49)年頃のスーパー「ユニード」広告チラシ。渕上呉服店・渕上百貨店から丸栄、そしてユニードへ。昭和の終わりにダイエーに吸収合併されるまでの広告チラシやパンフレット等は意識的に掘り起こし。チラシは当時の世相文化も反映されていて興味は尽きません。何より、私自身がかつてポスターやパンフレット・広告チラシを制作するグラフィックデザイナーだったため、一般の方とは観察の目線が違うかもしれません。築上印刷時代の5年間、マルショク・サンリブや井筒屋、かじや(現・ハローディ)などの広告も担当しました。

4枚目は三井グリーンランド開業当時のパンフレット。まだ絶叫マシンが導入される前の、牧歌的な農業・レジャー施設だった頃の様子がよくわかります。

 

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LOVE FM 76.1MHz 「JAL九州歴史ロマン街道」2020年4月より9月まで第2クール放送(毎月第3・第4・第5土曜日13:00〜13:30)。コロナ禍の影響で一旦放送は終了されました。

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