marcoの手帖

永遠の命への脱出と前進〔与えられた人生の宿題〕

世界のベストセラーを読む(389回目)その3 天地創造の神はお一人ではなかったのか・・・(創世記)

2017-07-16 02:00:00 | #日記#手紙#小説#文学#歴史#思想・哲学#宗教
 「われわれに似せて・・・」のところ、いのちのことば社の新改訳聖書では次のように解説していました。

26節:われわれ---- 創造主は唯一であるのになぜ複数形になっているのか。おもに三つの解釈がある。(1)御使いたちとの合議(→3:22)。(2)威光をを表わす複数形。(3)三位一体。父、子、聖霊の神の本質の現れと見る。この解釈は聖書信仰の立場から特に尊重されてきた。ヨハネ14:23。(3)の解釈が妥当と思われる。
27節:人を御自分のかたちに創造された--- 神は霊であり、形を持っていないので、この場合は神の属性を表している。このことは人間が他の被造物とは本質的に区別された存在であり、神が人間を特別な目的をもって造られたことを表している。(2:7)
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 さて、ここらあたりで既に沢山の文献が出てきそうです。巷の興味本位と言えば叱られるが、学研のミステリーマガジン「ムー」から、現代におけるお偉い神学者の方の論争まで・・・それは、僕も今まで沢山の出版物を目にしてきましたね。

◆とてつもなく科学が進歩していて、例えば、空間を瞬時に移動するとかは朝飯まえ、人のこころを読み取るとか、肉体が消滅しても霊は当然のごとく存在し活動を続けるのであるとか・・・、イエスが言われたとおり、信じて念じれば山なども海に入るという現象も起こせるという具合に・・・。これは、僕らの今という時代には見て確認していないから信じられないが、そういう先人達、あるいは天空から飛来した人々が実は神々でしたと言われても、そうですかというだけである。イエスという方は、実は宇宙人ではなかったのか・・・というようなお話もありましたが、さすが、今ではそんなことをいう人はいないけれど。

◆しかし、ノアの箱舟やら、その天からの乗り物や神の名前などを調べると、結構、当時の古い神話や、考古学で当時の古層の石版などからの解析から 当時、天空(宇宙)を旅しなければ分からないような星々の配置や天空の動きなどが、既に知られていたなどとの興味深い面白半分ではなくてきちんと学問的に知ることができるようなのです。(何十年も前に読んだもの、ゼカリア・シッチンとか言う人の天空から飛来した人々、とかいう本だったかな・・・)

◆ということで、僕などは(1)の御使いたちとの合議 と考えたとしても無理はないのでは、思ったりしてます。というのは、唯一の神の時(指示命令管理としての意向を示す時)は、文書の前に”主なる神”(新共同訳)ということばが、書かれていると思われるのだ。新改訳では”神である主”となっていますけれど。いずれ、この言葉、書かれた文字についても何らかの識別がつけられているということは、聖書は神の言葉として書かれた文字も恐るべしですね・・・ 続く