ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

沓ヶ原ダム

2017-05-16 12:31:11 | 広島県
2017年5月7日 沓ヶ原ダム
 
沓ヶ原ダムは広島県三次市君田町の江の川水系神野瀬川にある発電用重力式コンクリートダムで、日本発送電により1941年(昭和16年)に建設されました。
1951年(昭和26年)の電力分割民営化により上流の高暮ダムともども中国電力が継承して現在に至っています。
高暮ダムや神野瀬発電所の逆調整池となっているほか、ここで取水された水は導水路で下流の君田発電所に送られ最大出力9620キロワットの発電を行っています。
 
松江自動車道口和インターから県道39号を西進、『道の駅フォレスト君田』で分岐を右折して神野瀬川沿いに県道457号を北上すると沓ヶ原ダムに到着します。
まるで表札のようなダムの銘板。
 
天端は立ち入り制限がありません。対岸で山道につながっていることから地元住民が山に立ち入る際の入口になっているようです。
 
ゲートピアを挟んで管理橋の左右両岸はトラス橋になっています。
 
ゲートピアとゲート操作室。
 
左岸の君田発電所への取水口。
 
ダム湖 総貯水容量は75万立米。
 
下流面
左岸から河川維持放流が行われています。
 
堤体直下から
中国電力ではおなじみのゲートピアの上に管理橋がなく、扶壁前面にゲート操作室が乗っかった構造
4門のローラーゲートを挟んで左右両岸は自由越流面になっています。
 
河川維持放流
もともとは排砂ゲートだったところを河川維持用に使っているようです。
 
ダムの案内図
どこの発電ダムでもこういうの置いてくれるわかりやすいんだけど・・・。
 
追記
沓ヶ原ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たに38万6000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1940 沓ヶ原ダム (0990)
広島県三次市君田町櫃田
江の川水系神野瀬川
19.5メートル
106.2メートル
中国電力
1941年
◎治水協定が締結されたダム

扇谷池

2017-05-16 09:38:00 | 広島県
2017年5月7日 扇谷池
 
扇谷池は広島県庄原市川北町にある灌漑用アースダムで、国兼池などとともに1953年(昭和28年)に農林省の事業で整備されました。
 
庄原市街から国道432号線を北上し、川北小学校前を右折、さらに突当たりを左折すると小さな橋の手前に分岐が現れます。
ここに車を置いて害獣防止柵を抜けると扇谷池の堤体直下に到着します。
 
扇谷池最大の特徴は堤体と洪水吐が離れている点です。
地図の赤線が堤体、黒丸が洪水吐となります。
 
一番上の写真の位置から先に進むと墓地に出ます。
墓地を回り込むと堤体の右岸側(北側)に洪水吐が現れます。
 
コンクリート製の立派な洪水吐は、これだけみると独立したコンクリートダムのようです。
 
越流面と減勢工。
 
洪水吐から堤体のほうに(南向きに)進むと斜樋があります。
ちょうど田植え時期ということでバルブが開かれています。
 
斜樋の先に堤体があります。
ここだけ見たら普通の溜池の堤です。
 
上流面はコンクリートで補強されています。
 
総貯水容量は29万5000立米と普通の溜池サイズ。
 
天端から
一番上の写真は下のカーブした道路から撮影しました。
 
当初池への入口が分からず地元の農家の方に道を尋ねると、案の定訝しがられましたが、溜池の調査をしていますというと親切に教えていただけました。
溜池の調査というフレーズはどこでも効果覿面です。
 
1952 扇谷池(0988)
広島県庄原市川北町
江の川水系川北川
17.5メートル
85メートル
管理者未確認
1953年

庄原ダム

2017-05-15 23:19:38 | 広島県
2017年5月7日 庄原ダム 
 
庄原ダムは広島県庄原市川西町の江の川水系西城川右支流大戸川にある広島県営の多目的重力式コンクリートダムです。
庄原市を横断して三次で江の川に注ぐ西城川は豪雨のたびに洪水被害をもたらす一方、夏場の渇水が多く干ばつ被害も多発していました。
そこで広島県は右支流の大戸川に多目的ダムの建設を行い、2015年(平成27年)に竣工したのが庄原ダムです。
庄原ダムは大戸川および西城川の洪水調節、安定した河川流量の保持と既得取水権への補給、庄原市への上水道用水の供給を目的としています。
ダム湖の大戸川ダム湖は総貯水容量70万1000立米でいわゆる生活貯水池として建設されました。
 
国道183号線に庄原ダムの標識があり、これに従って西に向かうと庄原ダムが見えてきます。
ちょうどダムの下流を付け替え道路の高架橋が通っており絶好の撮影ポイントになっています。
クレストは自由越流式洪水吐が2門、その下にオリフィスゲートがあるゲートレスダムで、最近の多くの自治体ダム同様人の顔に見えてしまいます。
 
右岸の管理事務所でダムカードをもらった後ダムを見学します。
上流面。
 
ダム湖の名称は公募で決まった『大戸川ダム湖』ってそのままやん・・・
貯水量が100万立米未満の生活貯水池です。
 
減勢工
波返しのついた導流壁が目を引きす。
 
天端
コスト重視を心掛けたのか飾り気は全くありません。高覧もコンクリートの打ちっぱなし。
 
取水設備の操作室建屋
こちらもプレハブ。
 
左岸から。
 
上流から。
 
下流から高架橋越しに
減勢工がカーブしているので、斜めからの眺めになります。
 
まだ出来立てのほやほやですが、とにかく余計なものには金をかけないという強い意志が感じられる庄原ダムです。
それはそれでいいと思います。
 
 
追記
庄原ダムには42万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに18万1000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
3309 庄原ダム(0987)
広島県庄原市川西町
江の川水系大戸川
FNW
 
42メートル
118.5メートル
広島県
2015年
◎治水協定が締結されたダム

帝釈川ダム(再)

2017-05-15 20:02:19 | 広島県
2017年5月7日 帝釈川ダム(再)
 
帝釈川ダムは左岸が広島県庄原市東城町、右岸が広島県神石郡神石高原町の境界となる高梁川水系帝釈川にある中国電力の発電用重力式コンクリートダムです。
岡山に本拠を置き高梁川水系の電源開発を行っていた山陽中央水電(株)は水量が豊富で急流が続く帝釈川に着目、1924年(大正13年)に完成したのが帝釈川ダムです。
竣工当時の堤高56.9メートルは当時日本一の高さを誇るダムで、ここで取水された水は導水路で下流の帝釈川発電所に送られ当時としては屈指の最大出力4400キロワットの発電を行っていました。
日本発送電による接収ののち、1951年(昭和26年)の電気事業再編政令により中国電力が事業を継承、2002年(平成14年)から2006年(平成18年)にかけての大規模な再開発で現在の姿になりました。
現在は再開発に伴って新設された新帝釈川発電所で最大出力1万1000キロワットのダム水路式発電を行っています。
帝釈川ダムは堤頂長39.5メートルに対し堤高62.4メートルと日本一縦長のダムとなっており、これらの特徴を評価して日本100ダムにも選ばれています。
またダム湖上流に続く帝釈峡は中国地方屈指の景勝地として広島県を代表する観光地となっており、ダム湖の神竜湖も遊覧船が運航されるなど観光スポットの一つとなっておりダム湖百選に選ばれています。
 
県道25号から国民休暇村の標識に従って県道451号に入り、休暇村入口をやり過ごし郷原バス停の分岐を右手に取ると帝釈川ダムの入口に到着します。
この先は車両進入禁止のため徒歩でダムへと向かいます。
 
九十九折れのダムの管理道路を標高差100メートル下り切ると、ダム左岸にある取水口立坑と管理事務所前に到着します。
 
ダムの概要図。
 
1966年(昭和41年)の改修で建設されたトンネル式洪水吐
ちょうどダム湖を遊覧船が通ってゆきます。
 
逆方向から
手前の越流面は建設当時の洪水吐のようです。
 
断崖の通路を進むと・・・。
 
ダムの左岸に到着します。
3基の操作室を挟んで2門のラジアルゲートがあります。
 
堤頂長62.4メートルを見下ろします
実際の高度感を写真ではうまく表現できなのが残念。
 
両岸は石灰岩の断崖が続きます。
 
 
右岸から。
 
堤体と神竜湖
秋には燃えるような紅葉に包まれるそうです。
左手の建屋に行けないものか?と右岸側の山道を進みましたが途中であきらめました。
上流面を見るには遊覧船に乗るのが手っ取り早そう。
 
せっかくの日本一縦長のダムも、下流側から望めないのではやや消化不良。
もっと近場にあるなら何度か通って山上からの撮影ポイントを探すのですが、如何せん広島は遠すぎます。
 
追記
帝釈川ダム(再)は洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流により新たに洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1930 帝釈川ダム(元)
広島県庄原市東城町三坂
高梁川水系帝釈川
62.4メートル
39.5メートル
14278㎥/12995㎥
中国電力(株)
1923年
-----------
3316 帝釈川ダム(再) (0986)
広島県庄原市東城町三坂
高梁川水系帝釈川
62.4メートル
39.5メートル
14278㎥/7490㎥
中国電力(株)
2006年再開発竣工
◎治水協定が締結されたダム

八田原ダム

2017-05-15 17:49:47 | 広島県
2017年5月7日 八田原ダム 
 
芦田川は広島県東部を流下し福山市中心部で瀬戸内海にそそぐ全長86キロの一級河川です。
もともと流量が少ない中で下流域での水需要が大きく下流よりも上流のほうが流量が大きいといういびつな構造になっていました。また流域全体が保水力の小さい花崗岩質となっているうえに、下流域の土地の大半が洪水水位よりも低い地盤高となっており、ひとたび洪水が発生すると多大な被害が発生するため、利水・治水ともに難しい河川として知られていました。
1964年(昭和39年)に福山市周辺が『備後工業特別整備地域』に指定され、日本鋼管(現JFEスチール)が福山に高炉を建設したのをきっかけに、瀬戸内海沿岸地域の工業化、都市化が一気に進展、水需要が急速に高まりました。
新たな水源を確保するため広島県はすでに竣工していた灌漑専用の三川ダムを嵩上げ再開発して多目的ダム化する一方、建設省中国地方建設局により新たに八田原ダムおよび芦田川河口堰の建設がすすめられ、1981年(昭和56年)の芦田川河口堰に次いで1997年(平成9年)に八田原ダムは竣工しました。
八田原ダムは芦田川の洪水調節、慣行水利権分の用水補給と安定した河川流量の維持、備後地域への上水道用水及び工業用水の供給を目的とするほか中国電力府中発電所で最大出力1万2700キロワットの発電を行っています。
また利水放流を利用して八田原ダム管理用発電所で最大出力670キロワットの小水力発電を行っています。
 
八田原ダムはダム湖の芦田湖左岸を県道52号線が通っており、八田原ダムの標識に従って東に折れるとダム左岸の管理事務所に到着します。
左岸から
堤体は左岸側がわずかに屈曲しています。
 
天端は車両通行可能
国交省直轄ダムらしく多くの建屋が並んでいます。
左手前エレベーターは開放され堤体直下に降りることができます。
 
減勢工は左に大きくカーブ 左手は利水放流設備と管理用発電所です
右下の副ダムが変わった形状をしています。
 
右岸高台から俯瞰。
 
上流面と管理事務所。
 
エレベーターで下に降ります
コンジットゲートを真横から見ることができます。
 
利水放流設備や管理用発電所の四角い建屋越しに堤体を見上げます
なんとなくオリエンタルチックな眺め。
 
さらに下流から
減勢工がカーブしているためダムを真正面から見ることはできません
しかし他のダムでは見られない、面白い構図が広がります。
 
こちらは芦田湖上流にある中国電力の取水塔
もともとここには府中発電所の取水ダムである宇津戸川ダムがありましたが八田原ダムの建設により水没、新たに取水塔が建設されました。
現在でも渇水期になると宇津戸川ダムが姿を現すそうです。
 
夢吊橋
地元住民が宇津戸川ダム堰堤を生活通路にしていたためその代替として架橋されました。
このタイプの吊橋としては世界最長で、現在では地元住民の利用はほとんどなく観光施設となっています。
 
上流からゲートを遠望
クレストはラジアルゲートが2門あり、その間にオリフィスゲートの予備ゲートがあります
左にはコンジットゲートの予備ゲートが2門あり一番左手が取水設備となります。
 
追記
八田原ダムには3400万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに2510万5000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1997 八田原ダム(0985)
広島県世羅郡世羅町小谷
芦田川水系芦田川
FNWI
84.9メートル
325メートル
国交省中国地方整備局
1997年
◎治水協定が締結されたダム

福富ダム

2017-05-15 16:25:55 | 広島県
2017年5月7日 福富ダム 
 
福富ダムは広島県東広島市福富町の沼田川本流の河内川との合流点付近にある広島県営の多目的重力式コンクリートダムです。
東広島市と安芸高田市境界の鷹ノ巣山に源を発し東広島市から三原市を南東に貫流し三原市中心部で瀬戸内海にそそぐ沼田川は、流域が保水能力の低い花崗岩質で形成され、豪雨のたびに大きな洪水被害をもたらしてきました。
一方瀬戸内海沿岸は高度成長を受けて工業地帯として大きく発展し水需要は増加の一途を辿っていました。
 
1968年(昭和43年)に沼田川支流の椋梨川に椋梨ダムが建設されますが、治水・利水の抜本的解決には至らず、特に1994年(平成6年)夏の異常渇水時を受けて新たな水源の確保が求められました。
そこで2008年に広島県が沼田川本流に建設したのが福富ダムで、沼田川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への補給、東広島市福富町・三原市大和町及び瓶湖地域への上水道用水の供給を目的としています。
ダム湖の『しゃくなげ湖』は総貯水容量1090万立米と広島県が所管する多目的ダムの中で最大規模となっています。
 
西条から国道375号線を北上すると福富ダムに到着します。
まずは下流から
ゲートは堤体右岸寄りに設置されクレストには自由越流式洪水吐が9門、その下にオリフィスゲートが2門あります。
 
親柱の福富ダムの銘。
 
天端は車両通行可能
大きなもみじが描かれています。
 
減勢工と利水放流設備。
 
ダム湖のしゃくなげ湖。
アーチ橋の右手には道の駅『湖畔の里 福富』があります。
 
右岸から下流面
堤体下部の堤趾導流壁が精悍さを加えます。
 
減勢工左岸の利水放流設備。
 
右岸に積まれたゲート、予備ゲートでしょうか?
 
右岸上流から。
 
上流の道の駅から遠望。
 
1993 福富ダム(0984)
広島県東広島市福富町久芳
沼田川水系沼田川
FNW
 
58メートル
292メートル
広島県
2008年
◎治水協定が締結されたダム

小野池

2017-05-15 15:28:31 | 広島県
2017年5月7日 小野池
 
小野池で『このいけ』と読みます。
小野池は広島県東広島市志和町にある灌漑用アースダムで、ダム便覧によれば1953年(昭和28年)に広島県の事業で建設されました。
現在は小野土地改良区が管理を行っています。
 
志和インターから県道83号を北上し、県道33号に合流するとすぐに左に折れ県道176号に入ります。
そのまま西進すると小野池の左岸に到着します。
左岸上流から 手前に左岸に洪水吐があります。
 
上流面
下部は石組で補強されています。
池は魚釣禁止ですが、アフォーが一人釣りをしています。
 
左岸の洪水吐。
 
洪水吐導流部。
 
天端
轍がありますが、ロープが張られ関係者以外車両進入禁止。
 
貯水池は総貯水容量57万立米と溜池にしてはそこそこの大きさ。
 
実は今回小野池を訪れた最大の目的はこの斜樋の操作室
ダム便覧のフォトアーカイブスでこの絵を見てどうしても実物を目にしたかったのです。
 
明らかにスプレーによる落書
でもレベルが非常に高く、これを見たら子供たちも池に近づかないのではないでしょうか?
 
ちなみに反対にはこんな絵が
こっちは今一つかな?
 
下流面。
 
落書き自体はほめられたものではありませんが、この絵は消さないでいてほしいなあ・・・
 
3562 小野池(0983)
広島県東広島市志和町別府
太田川水系小野川
16メートル
239.5メートル
小野土地改良区
1953年

本垰池

2017-05-15 15:13:39 | 広島県
2017年5月7日 本垰池
 
本垰池は広島県東広島市八本松町にある灌漑用アースダムで、ダム便覧によれば広島県の事業で1962年(昭和37年)に建設されました。
池は自衛隊の演習場内にあるため見学は不可能のようで、ダム便覧のフォトアーカイブスでも立ち入り禁止の写真が掲載されているのみです。
 
今回地図を見ながら池へのルートを辿りましたが案の定どこも入口や途中で立ち入り禁止の標識。
ということで、まあ『予想通り』池の見学は叶いませんでした。
 
1965 本垰池
広島県東広島市八本松町原
黒瀬川水系戸石川
18メートル
85メートル
管理者未確認
1962年

弥栄ダム

2017-05-15 12:23:29 | 広島県
2017年5月6日 弥栄ダム 
 
小瀬川は広島県廿日市市の鬼ヶ城山に源を発し広島・山口県境を形成して瀬戸内海に注ぐ一級河川で、流域は花崗岩質で形成されているため保水能力に乏しく豪雨のたびに大きな洪水被害をもたらしてきました。
しかし県境河川のため広島・山口両県の利水・治水調整は難航し1964年(昭和39年)にようやく中流域に両県共同管理の小瀬川ダムが完成したものの、さらなる洪水対策を求める声が高まっていました。
一方で、高度成長を受けた瀬戸内海沿岸地域の発展に伴う水需要の急速な増加を受けて新たな水源の確保も喫緊の課題となってきました。
これらの諸課題に対処するために建設省は『小瀬川総合開発計画』を策定、大規模な多目的ダムの建設に着手し1990年に竣工したのが弥栄ダムです。
 
弥栄ダムは総貯水容量1億1200万立米と中国地方最大の貯水量を誇り、小瀬川下流部の洪水調整、慣行水利権分の用水補給と安定した河川流量の維持、広島・山口両県への上水道用水の供給、岩国・大竹地域及び柳井地域への工業用水の供給を目的とするほか中国電力弥栄発電所で最大出力7000キロワットの発電を行っています。
ダム完成による治水・利水効果は絶大で1994年(平成6年)秋の大渇水ではダムがなければ280日の給水制限があったものが140日間の給水制限にとどめ、2005年(平成17年)の台風14号襲来においても流域での洪水被害をほぼ皆無に抑えています。
 
弥栄ダムは国道186号線沿いにあり、ダム左岸に管理事務所や資料館、駐車場が整備されています。
左岸から
左右両岸が屈曲した堤頂長540メートルの堤体はまるで巨大な猛禽のようです。
 
天端は車両通行可。
 
ゲート越しに見る減勢工。
 
ダムが県境になっています。
 
上下流ともに建屋がずらっと並ぶ天端。
 
左岸のインクライン。
 
右岸展望台から
弥栄ダム定番の撮影ポイントです。
 
上流面
ダムの周囲には花崗岩質特有の尖峰がそびえています。
 
下流面。
 
左岸上流から
屈曲した堤体がよくわかります。
 
上流から
クレストは4門の真っ赤なラジアルゲート
コンジットの予備ゲートが3門 右手は選択取水設備。
 
下流からもダムを見ることができますが、残念ながら逆光となってしまいました。
 
追記
弥栄ダムには5800万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに4458万5000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1996 弥栄ダム(0982)
左岸 広島県大竹市八丁
右岸
北緯度分秒,東経度分秒
DamMaps
小瀬川水系小瀬川
FNWIP
120メートル
540メートル
㎥/㎥
国交省中国地方整備局
1990年
◎治水協定が締結されたダム

芦田川河口堰

2017-05-12 10:40:19 | 広島県
2017年5月6日 芦田川河口堰
 
芦田川河口堰は広島県福山市の芦田川河口から1.3キロ地点にある多目的可動堰です。
1961年(昭和36年)に日本鋼管(現JFE)が福山に高炉建設を決定したことをきっかけに福山は重化学工業都市へと変貌、工業用水及び都市用水の需要は急速に増大しました。芦田川上流では三川ダムの再開発、八田原ダムの建設などが行われる一方下流部での用水確保の必要性も高まりました。
そこで芦田川河口周辺での塩害防止目的も合わせて建設省中国地方建設局により1981年(昭和56年)に建設されたのが芦田川河口堰です。
現在は国交省中国地方整備局が管理を行い、芦田川の治水(主として塩害防止)および工業用水の供給を目的としています。
芦田川河口堰の堤高は6メートルで河川法上のダムの要件である15メートルに及びませんが、特定多目的ダム法に基づき特定多目的ダムとして建設されたため、法律上もダムとして分類されダム便覧にも正式に掲載されています。 
河口堰建設に合わせて周辺の整備も行われ芦田川右岸には竹ヶ端総合運動公園と水上スポーツセンターが建設される一方、堰の上流は国際大会認定の漕艇コースとなっており中国地方の漕艇競技のメッカとなっています。
 
左岸上流から
主ゲートは10門のローラーゲートで構成されています。
 
下流から。
 
天端は芦田川河口大橋になっています。
 
左岸に魚道があります。
こちらは上流側。
 
下流側
なじみのある階段式魚道ではないのでちょっと違和感があります。
 
ゲートをズームアップ。
 
河口から1.3キロ 文字通りの河口堰です。
 
手前が取水塔
奥は漕艇競技用の艇庫。
 
芦田川河口周辺部の水質は中国地方では常にワースト上位となっています。
そして河口堰では魚道以外は止水された状態のため河口周辺での汽水は起こらずこれが水質悪化の要因であることは否めません。
建設当時の目的の一つであった塩害防止については都市化の進展に伴い河口周辺での農業がほぼ皆無となったことからその必要性について議論が高まっています。
ゲートを開けるか?否か?についてはダム愛好家としても注目したいところです。
 
1985 芦田川河口堰(0972)
広島県福山市簑島町
芦田川水系芦田川
FI
MB
6メートル
450メートル
国交省中国地方整備局
1981年

宇根山大池

2017-05-11 19:19:08 | 広島県
2017年5月5日 宇根山大池
 
宇根山大池は広島県世羅郡世羅町宇津戸にある灌漑用溜池です。
ダム便覧によれば1947年(昭和22年)に竣工され、現在は宇根山大池水利組合が管理を行っています。
 
世羅町中心部から国道184号線を東進、宇津戸上交差点を右折して集落の中を進みます。やがて集落を抜け道路はダートになりますが構わず進むと宇根山大池に到着します。
下流面 手前が崩落しているのが気になります。
 
築造記念碑
碑は比較的新しく竣工した1947年(昭和22年)のものではありません。
 
左岸に石仏があります。お地蔵様かと思いきやよく見ると不動明王でした。
この上の斜面が伐採されています。もしや太陽光発電設置するのでは?
 
天端
轍が見えます。
 
左岸の斜樋と機械室
白壁かわら屋根の純和風は珍しい。
 
総貯水容量は21万9000立米
大池というだけあり比較的大きな溜池です。
 
上流面
やはり奥の伐採が気になります。
 
右岸洪水吐に架かる橋。
この橋も比較的新しいものです。
 
 
洪水吐には切れ込みが入っています。
 
3559 宇根山大池(0971)
広島県世羅郡世羅町宇津戸
芦田川水系綾目川
16.9メートル
74.7メートル
宇根山大池水利組合
1947年

野間川ダム

2017-05-11 17:04:38 | 広島県
2017年5月5日 野間川ダム 
 
野間川ダムは尾道市御調町との境界間際の三原市久井町の芦田川水系野間川にある広島県営の多目的重力式コンクリートダムです。
御調川左支流の野間川は総延長5.3キロの小河川ですが、豪雨のたびに流域に洪水被害が発生する一方、瀬戸内海気候に伴う少雨により灌漑用水不足による干ばつも多発していました。
他方三原市久井町は上水道の大半を地下水に依存し安定した水源の確保が課題となっていました。
これらの諸課題に対処するため広島県は野間川総合開発を策定、野間川源流部に2012年に建設されたのが野間川ダムです。
野間川ダムは野間川の洪水調節および、安定した河川流量の維持と既得灌漑用水への補給、三原市久井地区への上水道用水の供給を目的としています。
ダム湖である栗湖の総貯水容量は56万立米でいわゆる生活貯水池です。
 
野間川ダムは県道375号線沿いにあるのでアプローチは簡単ですが、この県道は尾道側は隘路が続くため御調ダムから北上する場合は注意が必要です。
まずは下流から
クレストには自由越流式洪水吐が2門、オリフィスから放流しています。
 
この地域は栗が名産ということでダム湖は『栗(マロン)湖』となかなかしゃれた名称です。
 
左岸から下流面。
 
天端は歩行者のみ通行可能。
 
左岸側が少し屈曲しています。
 
減勢工
減勢工の部分だけ波返しのついた導流壁があります
右手は利水放流設備。
 
真上から。
 
右岸から。
 
ダム湖上流から。
 
追記
野間川ダムには19万4000立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに5000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
3213 野間川ダム(0970)
広島県三原市久井町吉田
芦田川水系野間川
FNW
 
31.5メートル
112.6メートル
広島県
2012年
◎治水協定が締結されたダム

御調ダム

2017-05-11 15:34:31 | 広島県
2017年5月5日 御調ダム
 
御調で『みつぎ』と読みます。
御調ダムは広島県尾道市御調町の芦田川水系御調川にある広島県営の治水目的の重力式コンクリートダムです。
芦田川の主要右支流である御調川流域は豪雨のたびに洪水被害が頻発しとりわけ1970年(昭和45年)8月の台風10号では流域で壊滅的な被害が発生しました。一方で瀬戸内海気候に属するため降水量が少なく灌漑用水不足による干ばつも多発していました。
これらの諸課題に対処するため広島県により建設されたのが御調ダムです。
御調ダムは御調川の洪水調節および、安定した河川流量の維持と既得取水権への補給を目的としています。
 
御調ダムは県道406号沿いにありアプローチは簡単です。
左岸にダム管理事務所がありダムカードをもらったのちダムを見学します。
 
左岸から下流面
クレストには自由越流式洪水吐が並び、波返しを備えた堤趾導流壁がダムに精悍な印象を与えています。
 
上流面
オリフィスゲートと取水設備が見えます。
 
 
ダム湖(青龍湖)
今年は水草が異常繁殖してダム湖一面黄緑色に変色しています。
 
減勢工と副ダム。
 
右岸管理事務所とインクライン。
 
天端は車両通行可能。
 
右岸から上流面。
 
堤趾導流壁。
 
下流から。
 
追記
野間川ダムには360万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに21万立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
1992 御調ダム(0969)
広島県尾道市御調町津蟹
芦田川水系御調川
FN
 
53.1メートル
206.2メートル
広島県
1988年
◎治水協定が締結されたダム

昭和池

2017-05-11 14:53:40 | 広島県
2017年5月5日 昭和池
 
昭和池は広島県東広島市安芸津町の三津大川にある灌漑用アースダムで、ダム便覧によれば終戦間際の1944年(昭和19年)に当時の安芸津町の事業で建設されました。
現在は東広島市が管理を行っています。
 
広島呉道路の下三永福元インターから県道32号を南東に進み、市の畑で『夫婦滝 昭和池』という小さな標識に従って左折、そのまま道路を北上すると昭和池に到着します。
堤体は2段で構成されています。
 
 
右岸に洪水吐があり道路から天端に橋が架かっています。
天端手前にフェンスがありますが害獣防止用のフェンスで立ち入りは自由です。
 
右岸洪水吐
越流面に切れ込みがあります。
 
水止用の角落しをはめ込み水位を調節するようです。
 
洪水吐の切れ込みをズームアップ。
 
天端
草が覆っていますが轍があります。
 
左岸の斜樋。
 
貯水容量19万6000立米
周囲は三角形の端正な山に囲まれています。
 
写真では分かりにくいんですが上流面はコンクリートで補強されています。
 
全国で9基の『昭和池』が堤高15メートル以上のダムとしてダム便覧に掲載されていますが、今日だけでそのうちの2基を訪問し都合5基となりました。
残る昭和池は京都、兵庫県淡路島、山口県、福岡県となります。
 
1939 昭和池(0968)
広島県東広島市安芸津町三津
三津大川水系三津大川
18.1メートル
101メートル
東広島市
1944年

三永貯水池堰堤

2017-05-11 13:28:54 | 広島県
2017年5月5日 三永貯水池堰堤
 
三永貯水池堰堤は広島県東広島市の黒瀬川水系三永川にある呉市上下水道局が管理する工業用水供給を目的とする曲線重力式コンクリートダムです。
呉市では1917年(大正6年)に本庄ダムが完成していましたが、これはあくまでも帝国海軍呉鎮守府の軍用水道水源として建設されたもので、一般水道の建設が待望されていました。
これを受け1938年(昭和13年)に着工され、1943年(昭和18年)に竣工したのが三永水源地堰堤で、戦中戦後を通じ長く呉市の貴重な上水道水源として活躍しました。しかし1970年代後半から太田川流域の土師ダムや温井ダムを水源とする広島水道用水供給事業がスタートしたことに伴い呉市の水源としての役割は終了、現在は東広島市八本松にある吉川工業団地に工業用水を供給しています。
 
三永貯水池堰堤本体はほぼ竣工当時の姿をとどめており、その歴史的、文化的価値から国の登録有形文化財に指定されているほかCランクの近代土木遺産、近代水道百選にも選定されています。 
三永貯水池および堰堤は上水道水源だったということで普段は立ち入りが制限されていますが、毎年藤の開花に合わせて2週間程度一般公開されています。
湖畔の藤棚は西日本一の規模といわれ、公開期間中には多くの人が貯水池を訪れるます。
今回はゴールデンウィークの真っただ中、子供の日の昼時の訪問となり15分ほど駐車場待ちを余儀なくされました。
 
ようやく車を止めて正門から貯水池へと向かいます。
 
貯水池右岸に園地が広がり、訪れた皆さんは芝にシートを広げたりお弁当を食べたりとくつろいでいます。
一方我が家は藤にも目もくれず堰堤へと一直線!!
ところで公園各所に設置されたベンチ?どう見ても堰堤の一部分を転用したもののようです。
 
 
ようやく堰堤が見えてきました。
大きなアーチと堰堤中央の丸い取水設備という構図は兄貴分の本庄ダムとそっくりです。
 
堤体も本庄ダムと同じ曲線重力式。
 
天端高覧にはアーチ状の装飾が施されています。
 
下流面
本庄ダムとの最大の違いは石張りではない点
本庄ダムの竣工から遅れること25年、既にコンクリートダムの技術が確立しています。
この先左岸には洪水吐もありますが残念ながら望むことは叶いません。
 
貯水池中央の水神と円形の取水設備も本庄ダムと同じ構図。
 
貯水池右岸上流に水路があります。
 
実はこれ黒瀬川からの導水路です。
三永川だけでは貯水量を賄えないようで、黒瀬川からも導水しています。
 
本庄ダムとは異なり堤体に接近して見学することはできません。
警備の方の話では過去に子供の転落事故があり、以来公開期間中でも堤体への立ち入りは制限しているようです。
 
S503 三永貯水池堰堤(0967)
登録有形文化財
近代土木遺産Cランク
近代水道百選
黒瀬川水系三永川
14.2メートル
100メートル
呉市上下水道局
1943年
◎治水協定が締結されたダム