2019年7月12日 本河内高部ダム(再)
本河内高部ダム(再)は長崎県長崎市本河内3丁目の中島川水系中島川上流部にある長崎県土木部が管理する上水道用水および不特定利水目的の重力式コンクリートダムです。
長崎市水道事業は横浜、函館に次いで日本で3番目の近代水道として1891年(明治24年)に創設されました。
本河内高部ダム(元)は日本最初の水道用ダムとして1891年(明治24年)に竣工し当ダムの運用開始とともに長崎市水道事業がスタートしました。
しかし1982年(昭和57年)の長崎大水害では中島川流域で大規模な氾濫が発生し未曾有の大災害となりました。
翌1983年(昭和58年)に長崎県は長崎水害緊急ダム事業に着手、市内の上水用ダムの多目的ダム化事業に取り掛かりますが、建設省(現国交省)の『歴史的ダム保全事業』の指定を受け文化的価値の高い旧ダムを保全しながら新ダムの建設及び再開発が行われることになりました。
本河内高部ダムでは2002年(平成14年)より再開発事業が開始され2006年(平成18年)に竣工しました。
新ダムは日本初の水道用ダムであるアースフィルの旧堤体を保全するため旧ダム上流に新設され、新旧堤体間は盛土で埋め立てられました。
再開発事業竣により総貯水容量は36万1000立米から49万6000立米に増加しダムの目的に『不特定利水』が付加され、またダムの管理は長崎市上下水道局から長崎県に移管されました。
旧ダムは日本初の水道用ダムとして評価が高く土木学会選奨土木遺産、Aランクの近代土木遺産、近代水道百選に選定されるとともに2017年(平成29年)には『本河内水源地水道施設』として本河内浄水場とともに重要文化財に指定されました。
長崎市中心部から国道34号線日見バイパスを東進、妙相寺通交差点で左手の枝道に入りバイパスの高架を潜ると本河内浄水場に到着します。浄水場の左右両岸からダムにアプローチできますが、今回は浄水場の左手(右岸側)を選びました。
浄水場の裏手に1891年(明治24年)に日本初の水道用ダムとして建設された本河内高部ダム旧堤体が現れます。
近代土木遺産に選定されていますが、残念ながら旧堤体は一般公開されておらず敷地外から遠望するのみです。
旧ダムの底樋樋門。そばで見てみたいのですが・・・・。
新ダム上流面。
半円形の取水設備がビルトインされています。
右岸に横越流式洪水吐がありこちらは導流部。
緩やかにカーブを描く横越流式洪水吐。
コンクリートダムに横越流式洪水吐は珍しい組み合わせですが、旧ダム保全のためにこういう形になったのでしょう。
奥は国道34号線日見バイパスの橋梁。
右岸の斜樋。
こちらは建設時の仮排水トンネルを活用し、中島川の不特定利水向けの取水設備です。
天端は車両の進入はできませんが歩行者には開放されています。
新ダムと旧ダムの間は建設残土で埋め立てられ公園になっています。
竣工記念碑。
新ダム下流面
堤高28.2メートルですが建設残土で埋め立てられているため高さは全く感じられません。
旧ダム導水隧道の遺構
煉瓦構造で目地には英国から輸入したセメントが使われていました。
旧ダム給水塔頭頂部。
長崎大水害と言う災厄を契機に歴史的文化遺産と防災事業の両立がうまく図られた好例だと思います。
もちろん当初の姿からは変貌しましたが文化遺産を時代に合わせて守って行くというのはこういうことなんじゃないでしょうか?
惜しむらくは旧ダムが非公開であること。事前予約をすれば浄水場の見学はできるようですが遠方からの訪問ではそれも叶わず。
(追記)
本河内高部ダム(再)には洪水調節容量がありませんが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行うための予備放流容量が配分されました。
3620 本河内高部ダム(元)
長崎県長崎市本河内3丁目
中島川水系中島川
W
E
18.8メートル
127.3メートル
361千㎥/335千㎥
長崎市上下水道局
1891年
-----------
2570 本河内高部ダム(再)(1480)
長崎県長崎市本河内3丁目
中島川水系中島川
NW
G
28.2メートル
158メートル
496千㎥/386千㎥
長崎県土木部
2006年再開発竣工
◎治水協定が締結されたダム
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