ダムの訪問記

全国のダムと溜池の訪問記です。
主としてダムや溜池の由来や建設の経緯、目的について記述しています。

畑ダム(畑貯水池)

2017-09-27 10:05:58 | 福岡県
2017年9月18日 畑ダム(畑貯水池)
 
畑ダムは福岡県北九州市八幡西区畑の遠賀川水系黒川にある日本製鉄(株)と北九州上下水道局が管理する上水及び工水目的の重力式コンクリートダムです。
1934年(昭和9年)に官営八幡製鉄所が中心となって発足した日本製鉄(日鉄)は、さらなる鉄鋼生産の増強を企図しその水源として1939年(昭和14年)より当地へのダム建設事業に着手します。
しかし、戦況悪化に物資不足や空襲をうけ事業は中断したまま終戦を迎えました。。
戦後の復興を受け新たな上水道水源を模索していた八幡市は畑貯水池に着目、北九州水道組合の事業としてダム建設が再開され、1955年(昭和30年)に畑ダムが竣工しました。
ダムは日本製鉄(株)と北九州市上下水道局が共同管理し、同社への工業用水の供給および畑浄水場を通じた八幡西区への上水供給を行っています。
北九州上下水道局が管理する門司区畑にある松ケ江ダムも現地では『畑貯水池』と呼ばれており、ちょっと紛らわしい状況ですが、北九州市上下水道局は八幡西区は『畑貯水池』、門司区は『松ヶ江貯水池』と区別しています。
 
畑ダム左岸を県道61号線が通っており県道沿いに駐車場が整備されています。
また貯水池上流には畑キャンプ場があり、ちょっとしたレクリエーションゾーンとなっています。
下流から
ダム下に畑浄水場があるので堤体には近接できませんが遠望はできます。
クレストに2門のローラーゲートがあり、堤高43.3メートルに対して堤頂長458.8メートルの横長ダムです。
 
下流面
戦中戦後のダムらしく導流壁は直線状。
 
上流から
取水設備は半円形、ゲートピアには重そうなゲート操作室が乗っかっています。
 
右岸のこの施設は?
 
 
天端は徒歩のみ立ち入り可能。
 
取水設備
水位が下がっており取水口がぱっくり口を開けています。
 
堤体直下の畑浄水場。
 
洪水吐導流部と減勢工。
 
総貯水容量734万9000立米。
 
堤体左岸が屈曲しています。
 
(追記)
畑ダムは洪水調節容量を持たない利水ダムですが、治水協定により台風等の襲来に備え事前放流を行う予備放流容量が配分されました。
 
2405 畑ダム(畑貯水池)(1105)
福岡県北九州市八幡西区畑
遠賀川水系黒川
WⅠ
43.3メートル
458.8メートル
7349千㎥/6906千㎥
日本製鉄(株)・北九州市上下水道局
1955年
◎治水協定が締結されたダム

白木ダム

2017-09-27 00:09:35 | 福岡県
2017年9月18日 白木ダム
 
白木ダムは福岡県北九州市八幡西区畑の遠賀川水系黒川右支流白木川にある北九州市上下水道局が管理する上水道用水目的のアースフィルダムです。
竣工記念碑によれば1934年(昭和9年)に当時の香月町の事業により灌漑用溜池として建設され、碑では白木谷溜池と記されています。
1955年(昭和30年)に白木谷溜池の下流1キロに北九州水道組合により畑ダムが建設され、白木谷溜池の水利権も同組合に移り畑ダムの予備水源として上水道目的に変更されました。
現在は1964年(昭和39年)に誕生した北九州市上下水道局が管理を行っています。
 
畑ダム貯水池右岸沿いの道路を上流に向かい、白木橋駐車場から白木川に沿って進むと白木ダムに到着します。
右岸から下流面
北九州市上下水道局が管理するだけあり、夏場にもかかわらずきれいに草が刈られています。
 
天端は轍がありますが車は進入禁止。
 
上流面は石張で護岸されています。
 
右岸の斜樋。
 
貯水池は38万立米
貯水池上流には白木谷梅林という梅の名所があります。
 
左岸から。
 
左岸には白木谷溜池築造記念碑という巨大な石碑があります。
地震等で倒壊しないんでしょうか?
 
記念碑越しに。
 
余水吐が見当たらなかったのですが、帰宅後調べてみるとなんと左岸にトンネル式洪水吐があった模様・・・
これはしたり・・・後の祭りとなりました。
 
2404 白木ダム(1104)
福岡県北九州市八幡西区畑
遠賀川水系黒川右支流白木川
22.2メートル
91メートル
380千㎥/324千㎥
北九州市上下水道局
1934年 

河内ダム

2017-09-26 16:35:48 | 福岡県
2017年9月18日 河内ダム 
 
河内ダムは福岡県北九州市八幡東区の板櫃川水系板櫃川上流部にある日本製鉄(株)が管理する表面石張粗石モルタル工重力式コンクリートダムです。
日露戦争終結以降、国内産業の近代化、重工業化に伴い鉄鋼需要は増加の一途辿り、官営八幡製鉄所は1900年以降の20年間で3期にわたる拡張工事を実施します。
このうち1915年(大正4年)に始まった第一次世界大戦による鉄鋼需要増加に対処するための第3期拡張工事に合わせて建設されたのが河内ダムです。
拡張工事によって増加する製鉄用水源として1919年(大正8年)に建設が始まり8年の歳月を掛け1927年(昭和2年)に竣工しました。
堤高43.1メートルは戦前に完成した貯水池ダムとしては最高を誇り、貯水量700万立米は当時東洋一の規模でした。
また延べ60万人の人力を動員した大事業にもかかわらず殉職者が一人も出なかったとともいわれています。
河内ダム完成により潤沢な用水を確保した八幡製鉄所の拡張は太平洋戦争開戦まで続き、戦前の国内製鉄の大半を八幡製鉄所が担う規模まで膨れ上がりました。
現在は八幡製鉄所を継承した日本製鉄(株)が管理を行い現役のダムとして活躍しています。
河内ダムはその土木技術的価値を評価して土木学会選奨土木遺産及びAランクの近代土木遺産に、日本の近代化に貢献した点を評価して近代化産業遺産に選定されています。
またダム湖上流にある橋梁群も近代土木遺産に指定され、とりわけ南河内橋は日本に現存する唯一のレンズトラス(レンティキュラートラス)型式の橋梁として国の重要文化財に指定されています。
河内ダム一帯は貯水池を周回する遊歩道や自転車専用道路が整備されているほか、湖畔にはキャンプ場や日帰り温泉施設などもあり北九州を代表するレクリエーションエリアになっています。
 
ダム湖左岸を県道62号線が通っておりアプローチは簡単です。
天端わきに駐車場がありここに駐車してダムを見学します。
左岸展望台から
堤体にゲートがない非越流式ダムです。
そそり立つ岩の壁はまるで西洋の城壁のよう。
 
コンクリートダムに横越流式余水吐と言う珍しい組み合わせ。
 
余水吐に架かるアーチ橋。
 
天端高覧には割石がびっしりと張り付けられています。
 
洪水吐の護岸も石張になっています。
 
天端は貯水池を周回する遊歩道になっています
路面は石畳、高覧は割石の石張と鉄で装飾が施されています。
 
 
天端中央には戦前のダムらしい半円形の取水設備があります。
もちろんこれも全面石張。
 
取水設備の石の装飾。
 
竣工記念碑は英語表記
灯台の初点プレートなどもそうですが、戦前は英語表記のものが多く見られます。
 
右岸から
水不足で水位が非常に低くなっていますが、それが逆に石積みの美しさを引き立てています。
 
ダム下にも遊歩道があり堤体を見上げることができます。
ゲートのない石の壁は威圧感さえ漂います。
 
ダム下流にある建屋
こちらもびっしりと石。
 
ダム下の亜字池の噴水、これまた石張。
水面との落差を利用した自噴式噴水で、水質改善を目的に作られました。
 
石積の堤体が素晴らしいのはもとより、ダムの端から端まで至るところに石が張り付けられ恰も石のスワロフスキーの様相です。
天端高覧の割石の装飾。
 
堤体の管理用階段。
 
 
 
取水設備。
 
さらに河内貯水池には3基の橋梁がありそれぞれ近代化産業遺産及び近代土木遺産に選定されています。
これは中河内橋
石積のアーチ3連橋。
 
南河内橋
日本で唯一現存するレンズトラス(レンティキュラートラス)型式の橋梁でこちらは国の重要文化財。
 
ダムの見学に際しては当然ある程度予習はしてゆくのですが、実際に目の当たりにした河内ダムの石の装飾は想像をはるかに凌駕していました。
とにかく素晴らしいの一言!
これまで回ったダムの中から一つ選べと言われれば、ワタクシはここです。
 
3616 河内ダム(1103
近代化産業遺産
福岡県北九州市八幡東区大蔵
板櫃川水系板櫃川
43.1メートル
189メートル
7000千㎥/7000千㎥
日本製鉄(株)
1927年

道原ダム

2017-09-26 13:03:50 | 福岡県
2017年9月18日 道原ダム
 
道原(どうばる)ダムは福岡県北九州市小倉南区道原の紫川水系畑川上流部にある北九州市上下水道局が管理する上水道用水目的のアースフィルダムです。
小倉藩の城下町だった小倉は、明治に入り鉄道の開通や陸軍第12師団の設置などをうけ北九州の政治経済の中心として発展、これに合わせて小倉市は明治末期より近代水道の整備に着手します。
道原ダム及び道原浄水場は1912年(明治45年)に竣工、翌1913年(大正2年)より運用が開始され小倉市水道事業がスタートしました。
現在も現役の水道施設として活躍しており、日量7800立米の水を小倉南区に給水しています。
 
道原ダム及び浄水場建設に当たっては当時陸軍第12師団に軍医として在籍した森鴎外が関わったとされ、また両施設は大正以降の小倉の発展に大きく寄与した点を評価して経産省による近代化産業遺産に選定されています。
 
県道285号の道原バス停から県道28号を西に向かうと道原浄水場の先に道原ダムが見えてきます。
天端左岸に近代化産業遺産の説明板があります。
 
天端は立ち入り可能ですが現在も現役の上水道水源ということで貯水池側には鉄条網付きのフェンス。
 
ダム直下にはダムと同時に運用が始まった道原浄水場があります
全国的に数少ない緩速濾過方式の浄水場です。
 
総貯水容量は47万6000立米
運用開始当初は6万人分の給水を行っていました
明治大正期のダムらしく取水塔は円筒形。
 
道原ダム一番の特徴は余水吐で、越流堤はローマ字の『J』の字型、越流部は2段の階段状
越流堤の形は異なりますが、階段状の越流堤は佐世保の山の田ダムや京都の岸谷ダムとよく似た構造です。
 
 
導流部もカスケード。
これも山の田ダムや岸谷ダム、福山の熊野ダムなど明治大正期の上水用アースダムの余水吐で見られる特徴です。
 
上流から遠望。
 
 
近代化産業遺産にも選定された歴史のあるアースダムです。
上水道水源ということでガードが厳しいのは仕方ないですが、カスケード式導流部を下から見てみたいものです。
 
2371 道原ダム(1102)
近代化産業遺産
福岡県北九州市小倉南区道原
紫川水系畑川
25.9メートル
112.7メートル
479千㎥/450千㎥
北九州市上下水道局
1912年

ます渕ダム

2017-09-26 00:40:20 | 福岡県
2017年9月18日 ます渕ダム 
 
ます渕ダムは福岡県北九州市小倉南区頂吉の紫川水系紫川本流源流部にある福岡県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、県のダム建設事業に北九州市上下水道局が水道事業者として参加し、紫川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、北九州市上下水道局への上水道用水の供給を目的として1973年(昭和48年)に竣工しました。
1994年(平成6年)には北九州市上下水道局井手浦浄水場への導水路を利用した北九州上下水道局ます渕発電所が設置され最大出力520キロワットの小水力発電を行っています。 
 
ます渕ダムは県道258号線沿いにありアプローチは簡単です。
クレストに赤いラジアルゲートが2門あるだけで、オリフィスやコンジットゲートはありません。
これは昭和30~40年代の福岡県営ダムに多く見られる特徴です。
一方、写真には写っていませんが堤体下部右岸に常用洪水吐となるホロージェットバルブがあります。
 
ゲートをズームアップ。
 
対岸に管理事務所があります。
 
上流面
手前の半円形は常用洪水吐としてのホロージェットバルブの取水設備
奥の四角いの利水用取水設備。
昭和30年代の設計と言うことで何かにつけ大掛かりな設備になっています。
 
天端は歩行者のみ通行可能
ここはフェンスはなく高欄に手すりが後付けされています。
ダムの左岸が福智山への登山口になっており晴天の休日ということで多くの登山者が天端を渡ってゆきました。
 
減勢工。
左手は利水放流設備で福岡県営ダムでよく見られる減勢池があるタイプ。
減勢池から一部が河川維持放流され、残りが専用導水路で井手浦浄水場に送られます。
 
アングルを変えて
減勢工は分離型でクレストゲートとバルブの減勢工が導流壁で隔てられています。
 
総貯水容量1360万立米のます渕貯水池。
実はダム湖上流に1940年(昭和15年)竣工の頂吉ダムの遺構があったのですが、事前の予習不足で見落としてしまいました。
 
左岸のインクライン
インクラインの裏手が福智山への登山口となります。
 
左岸から上流面。
 
ダムにつくとダムサイトの県道路肩には数十台の車が止まっています。
ここは釣りのメッカか?と思いきや地元では人気の福智山への登山口だそうです。
昨今ダムが人気と言われますが、登山人気の足元にも及びません。
 
追記
ます渕ダムには洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらなる洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2425 ます渕ダム(1101)
福岡県北九州市小倉南区頂吉
紫川水系紫川
FNW
60メートル
205.5メートル
13600千㎥/13440千㎥
福岡県県土整備部
1973年
◎治水協定が締結されたダム

油木ダム

2017-09-25 19:39:59 | 福岡県
2017年9月18日 油木ダム 
 
油木ダムは福岡県田川郡添田町津野の今川水系今川上流部にある福岡県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、県のダム事業に水源確保に迫られていた北九州市や行橋市・苅田町が水道事業者として参加し、今川の洪水調節、安定した河川流量の維持と既得取水権への用水補給、北九州市上下水道局および行橋市・苅田町への上水道用水の供給、京都地区工業地帯への工業用水の供給を目的として1972年(昭和47年)に竣工しました。
また1996年(平成8年)には北九州市上下水道局へ送水する油木導水路を利用した北九州上下水道局油木発電所が設置され最大780キロワットの利水従属発電が開始されています。
油木ダム運用開始後も福岡県北東部のいわゆる豊前地域では慢性的な水不足が続き、取水制限が頻発しましたが、2017年(平成29年)の伊良原ダム完成によりようやく安定した水道供給が可能となりました。
 
油木ダム右岸を県道418号線が通っておりアプローチは簡単です。
下流から
ゲートはクレストのラジアルゲート2門だけ、オリフィスやコンジットはありません。
これは南畑力丸ます渕など昭和30~40年代に建設された福岡県営ダムで多く見られる共通点です。
 
右岸から。
 
右岸にはダム下へ向かう管理用モノレールが設置されています。
 
左岸の艇庫とインクライン。
 
天端
上下流面ともにフェンスが設置されています。
古い福岡県営ダムではおなじみですが、高欄が低いことによる事故や不法投棄対策のようです。
 
減勢工と利水放流設備。
利水放流設備に減勢池があるのも福岡県営ダムで多く見られる特徴。
 
ダム湖はとくに名称はなく、総貯水容量は1820万立米
訪問時はまれにみる渇水で水位が非常に低くなっています。
 
左岸から
対岸に管理事務所があります。
 
上流面
ラジアルゲートが2門
北九州向けと京築地域向けの2つの取水設備があります。
 
異常渇水のせいでダム湖上流では水没した橋や橋脚が姿を見せています。
 
 
台風通過直後の訪問でしたが、水不足解消には全く役に立たなかったようです。
なお油木ダムが一昨年11月から始めたダム巡り、通算1100基目のダムとなりました。
 
追記
油木ダムには洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらなる洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2422 油木ダム(1100
福岡県田川郡添田町津野
今川水系今川
FNWI
54.6メートル
218メートル
18200千㎥/17450千㎥
福岡県県土整備部
1971年
◎治水協定が締結されたダム

陣屋ダム

2017-09-25 16:03:06 | 福岡県
2017年9月18日 陣屋ダム 
 
陣屋ダムは福岡県田川郡添田町中元寺の遠賀川水系中元寺川上流部にある福岡県県土整備部が管理する多目的重力式コンクリートダムです。
建設省(現国交省)の補助を受けて建設された補助多目的ダムで、中元寺川の洪水調節、安定した流量の維持と既得取水権への用水補給、田川市・川崎町への上水道用水の供給、田川市への工業用水の供給を目的として1975年(昭和50年)に竣工しました。
 
陣屋ダムは県道78号線沿いにありアプローチは簡単です。
ダム下から
非常用洪水吐としてクレストにラジアルゲート2門、常用洪水吐としてコンジットに高圧ラジアルゲート1門を装備。
またダム下右岸の放流設備に放流バブルが2条設置されています。
 
下流面。
 
上流面
青いゲートはコンジットの予備ゲート、その右手に取水設備があります。
 
天端は歩行者のみ立ち入り可能
高欄が低いため事故、不法投棄防止のため上流側にフェンスが設置されています。
 
利水放流設備と減勢工。
ホロージェットバルブから絶賛放流中。
 
 
フェンス越しのダム湖
とくに名称はなく、総貯水容量は265万立米と県営の多目的ダムとしては小さな貯水池です。
 
右岸から見た天端
左岸にダム管理事務所があります。
 
右岸から下流面。
 
右岸の慰霊碑。
 
追記
陣屋ダムには120万立米の洪水調節容量が設定されていますが、治水協定により豪雨災害が予想される場合には事前放流によりさらに106万8000立米の洪水調節容量が確保されることになりました。
 
2429 陣屋ダム(1099)
福岡県田川郡添田町中元寺
遠賀川水系中元寺川
FNWI
48.5メートル
205メートル
2650千㎥/2450千㎥
福岡県県土整備部
1975年
◎治水協定が締結されたダム