私は中学の国語の授業で日本語の文法を学んだと記憶しています。「動詞には五段活用、上一段活用、下一段活用があり・・・・・」等々。けれども日本語教室で使っている「みんなの日本語初級1」というテキストではそういう教え方はしません。(この件に関し、こちらに国文法と日本語文法が別物であるという解説が出ています。ご参考まで。)規則的な後の二つはともかく、五段活用動詞は例えば「飲ま(a)ない」→「飲み(i)ます」→「飲む(u)」→「飲め(e)」→「飲も(o)う」と口ずさんでいる内に覚えられるので好都合と思えるのですが・・・・・でもそれだといろんな活用形がいっぺんに出てきて学習者(外国人)の記憶容量がパンクしてしまう。それゆえ、第14課で動詞の「て形」を扱った後は、「ない形」(第17課)、「辞書形」(第18課)、「た形」(第19課)が一つずつ登場し、それぞれⅠ動詞(五段活用)、Ⅱ動詞(上&下一段活用)、そしてⅢ動詞(「します」と「来ます」)で活用が違うというように教えます。(ちなみに「意向形」(飲もう) と「命令形」(飲め) が出てくるのは初級2のそれぞれ第31課と第33課です。)例えばこんな感じで。
ところで先の「て形」は初級1のまさに「山場」「峠」といっていいほどの難所。ここから急に難しくなったと感じる生徒さんも少なくありません。規則的なⅡ動詞と数の少ないⅢ動詞は比較的すんなり習得してもらえるのですが、問題なのがⅠ動詞。そもそも見ただけではⅠ動詞なのかⅡ動詞なのかが判別できないし、前者の「て形」は動詞の語幹(丁寧形「〜ます」の「ます」の直前)の音によって異なるのがややこしい。この画像のようにグループ化はできるんですけど。(以下は余談ですが、こちらの分類では一つ欠けています。それは「に」なのですが、実は (方言は別として)「〜にます」という動詞は一つしかありません。それも縁起が悪いということで外したのでしょうね。外国人が「○んでください」のような言い回しを使う機会はまずないはずですし。)それを覚えるための替え歌もいくつか存在するみたいです。
閑話休題。それで初級2に入っても「飲みて」「歩きて」「手伝いて」のような言い間違いを耳にすることはしょっちゅうです。(やはりある程度年齢のいった生徒さんに多く、ベトナムなどから来た技能実習生にはほとんどありません。)その度に直していると「難しすぎる」という不平不満の声が漏れることもありますが、その場合には「みなさんの国の言葉でも不規則な活用をする動詞がたくさんありますね。私も苦労をしましたよ。」と言って理解を求めることにしています。
が、私はある日ふと気が付きました。間違いだったとしても大抵は前後関係から意味が取れるため実害はないし、受ける違和感もさほど大したものではないということに。皆さんも「行きて(往きて)」「帰りて」「遊びて」、さらに「謂ひて曰く」などを古文や漢文の授業で見聞きしていたのではありませんか? つまり古語(の連用形)と思って聞けばいちいち目くじらを立てるほどのことはない。これからは少しぐらい大目に見てもいいかな、と考えたのでした。
しかしながら、物事にはやはり限度というものがあります。「Ⅰ動詞の活用をⅡ動詞と同じにしてしまえ」というのはさすがに暴論でしょう。日本語には同音異義語がやたらと多いですから、例えば「置きます」(Ⅰ)と「起きます」(Ⅱ)、あるいは「行きます」(Ⅰ)と「生きます」(Ⅱ)が耳では区別できなくなってしまうため混乱や誤解が生じるのは必至。もし後者で「もう行きないでください」などと口にしようものなら一騒動が持ち上がりかねません(苦笑)。
追記
国文法で形容詞および形容動詞として扱われている品詞は日本語文法ではそれぞれ「い形容詞」と「な形容詞」なのですが、その活用も結構厄介のようです。それが過去形や否定形になると尚更。「おいしいでした」「おいしいじゃありません」のように語尾の「です」を変えるのでなく、その前にある形容詞自体を活用して「おいしかったです」「おいしくないです」とするべきなのに、それがなかなかスムーズには出てこない。(ついでながら「な形容詞」の場合は「きれいじゃありません」「きれいじゃないです」のように両方ともアリです。ただし初級学習者には「きれくないです」「きれいくないです」といった誤りが頻発します。「きれい」「きらい」「ゆうめい」などを見た目に引っ張られて「い形容詞」だと認識してしまうためです。)両者を組み合わせて最初から「おいしくなかったです」と言える生徒さんはむしろ少数です。(そういえば早口言葉じゃないのに「あたたかかったです」がどうしても言えない人がいて、アニメ「北斗の拳」をつい思い出して一人笑いしたこともありました。こちらは「あたたかくなかったです」の方がまだしも言いやすいみたいです。)
一方「な形容詞」でも耳に違和感がこびり付いたことを思い出します。私が大学院生だった頃、ある留学生さんが来日後少し経ってから日本語を話し始めたのですが、たしか「きれいだです」「べんりだです」といった妙な言い方をよくしていました(注)。これが過去形で「〇〇だったです」だったらひとまずOKですが・・・・で、尋ねてみたら大学の日本語教育センターでそのように教わったとのこと。もしかしたら正しく使いこなすのは困難だろうとの配慮で形容詞部分を固定するという実用的というか便宜的な活用法を考案したのかもしれませんが、明らかな誤りを教えるというのはいかがなものか? 私には端から教育を放棄しているとしか思えませんでした。(注:先述した「みんなの日本語」シリーズが誕生する前の話です。ネットで探しても見つかりませんから絶滅したのでしょう。)
ここからは完全に「おまけ」なのですが、私は話し言葉や拙ブログの記事で「おいしかったです」のような言い回しを使うことはあっても書き言葉ではなるべく回避したい。(語感が汚い上に見た目も幼稚っぽく映りますから。さらにこちらにある通り厳密にいえば「た」「です」という助動詞の連続が文法的誤りに該当するようです。)それで「美味しいと思いました」「面白いと感じました」のような複文に書き換えたりします。ところがこちらによると既に「美しいです」「大きいです」がかつては問題視されていた言い方だったとのこと。何だか「平明・簡素な形」とやらをお情けで使わせてもらっているような気分になりました。でも、そういうのをいちいち気にしていたら日本語が書けなくなってしまうでしょうね。
追記2
「入ります」と「入れます」
「乗ります」と「乗せます」
「続きます」と「続けます」
「進みます」と「進めます」
「並びます」と「並べます」
挙げていけばキリがありませんが、このように日本語では漢字(語幹)が同じ動作でも語尾によって自動詞になったり他動詞になったりします。(検索してこちらの一覧表を見つけました。)それだけでも日本語学習者にとっては十分ややこしいはずです。
さらに、それぞれが本文で触れたⅠ動詞とⅡ動詞のどちらなのかもケースバイケース。(これが英語なら同じ動詞を使い回すことがあっても活用が変わったりはしません。またスペイン語は元から別々の動詞を当てるし、他動詞の目的語を自分自身にする「再帰用法」で自動詞的に使うこともあります。)何となくながら、自動詞にはⅠ、他動詞にはⅡが多いんじゃないかと思ったのですが、実はそんな単純な話ではありませんでした。(冒頭の例はそれに該当するものを意図して集めただけです。)
「出ます」(Ⅱ)と「出します」(Ⅰ)、「降ります」(Ⅱ)と「降ろします」(Ⅰ)のような逆パターンも予想外に多く、リンク先の表では自動詞におけるⅠとⅡの割合がほぼ3:2になっていました。また「残ります」「残します」、「回ります」「回します」、「失くなります」「失くします」はどちらもⅠだし、「見えます」「見ます」はどちらもⅡ。さらにダメ押しとして自動詞の「降ります」(Ⅱ)には同音の他動詞「折ります」(Ⅰ)まで存在することに気が付きました。
今更ながら「何と理不尽な言語だろう」と、ある意味感心してしまうほどですが、この拙稿から学習者の苦労を少しでも想像してもらえたら執筆した甲斐があったというものです。
ところで先の「て形」は初級1のまさに「山場」「峠」といっていいほどの難所。ここから急に難しくなったと感じる生徒さんも少なくありません。規則的なⅡ動詞と数の少ないⅢ動詞は比較的すんなり習得してもらえるのですが、問題なのがⅠ動詞。そもそも見ただけではⅠ動詞なのかⅡ動詞なのかが判別できないし、前者の「て形」は動詞の語幹(丁寧形「〜ます」の「ます」の直前)の音によって異なるのがややこしい。この画像のようにグループ化はできるんですけど。(以下は余談ですが、こちらの分類では一つ欠けています。それは「に」なのですが、実は (方言は別として)「〜にます」という動詞は一つしかありません。それも縁起が悪いということで外したのでしょうね。外国人が「○んでください」のような言い回しを使う機会はまずないはずですし。)それを覚えるための替え歌もいくつか存在するみたいです。
閑話休題。それで初級2に入っても「飲みて」「歩きて」「手伝いて」のような言い間違いを耳にすることはしょっちゅうです。(やはりある程度年齢のいった生徒さんに多く、ベトナムなどから来た技能実習生にはほとんどありません。)その度に直していると「難しすぎる」という不平不満の声が漏れることもありますが、その場合には「みなさんの国の言葉でも不規則な活用をする動詞がたくさんありますね。私も苦労をしましたよ。」と言って理解を求めることにしています。
が、私はある日ふと気が付きました。間違いだったとしても大抵は前後関係から意味が取れるため実害はないし、受ける違和感もさほど大したものではないということに。皆さんも「行きて(往きて)」「帰りて」「遊びて」、さらに「謂ひて曰く」などを古文や漢文の授業で見聞きしていたのではありませんか? つまり古語(の連用形)と思って聞けばいちいち目くじらを立てるほどのことはない。これからは少しぐらい大目に見てもいいかな、と考えたのでした。
しかしながら、物事にはやはり限度というものがあります。「Ⅰ動詞の活用をⅡ動詞と同じにしてしまえ」というのはさすがに暴論でしょう。日本語には同音異義語がやたらと多いですから、例えば「置きます」(Ⅰ)と「起きます」(Ⅱ)、あるいは「行きます」(Ⅰ)と「生きます」(Ⅱ)が耳では区別できなくなってしまうため混乱や誤解が生じるのは必至。もし後者で「もう行きないでください」などと口にしようものなら一騒動が持ち上がりかねません(苦笑)。
追記
国文法で形容詞および形容動詞として扱われている品詞は日本語文法ではそれぞれ「い形容詞」と「な形容詞」なのですが、その活用も結構厄介のようです。それが過去形や否定形になると尚更。「おいしいでした」「おいしいじゃありません」のように語尾の「です」を変えるのでなく、その前にある形容詞自体を活用して「おいしかったです」「おいしくないです」とするべきなのに、それがなかなかスムーズには出てこない。(ついでながら「な形容詞」の場合は「きれいじゃありません」「きれいじゃないです」のように両方ともアリです。ただし初級学習者には「きれくないです」「きれいくないです」といった誤りが頻発します。「きれい」「きらい」「ゆうめい」などを見た目に引っ張られて「い形容詞」だと認識してしまうためです。)両者を組み合わせて最初から「おいしくなかったです」と言える生徒さんはむしろ少数です。(そういえば早口言葉じゃないのに「あたたかかったです」がどうしても言えない人がいて、アニメ「北斗の拳」をつい思い出して一人笑いしたこともありました。こちらは「あたたかくなかったです」の方がまだしも言いやすいみたいです。)
一方「な形容詞」でも耳に違和感がこびり付いたことを思い出します。私が大学院生だった頃、ある留学生さんが来日後少し経ってから日本語を話し始めたのですが、たしか「きれいだです」「べんりだです」といった妙な言い方をよくしていました(注)。これが過去形で「〇〇だったです」だったらひとまずOKですが・・・・で、尋ねてみたら大学の日本語教育センターでそのように教わったとのこと。もしかしたら正しく使いこなすのは困難だろうとの配慮で形容詞部分を固定するという実用的というか便宜的な活用法を考案したのかもしれませんが、明らかな誤りを教えるというのはいかがなものか? 私には端から教育を放棄しているとしか思えませんでした。(注:先述した「みんなの日本語」シリーズが誕生する前の話です。ネットで探しても見つかりませんから絶滅したのでしょう。)
ここからは完全に「おまけ」なのですが、私は話し言葉や拙ブログの記事で「おいしかったです」のような言い回しを使うことはあっても書き言葉ではなるべく回避したい。(語感が汚い上に見た目も幼稚っぽく映りますから。さらにこちらにある通り厳密にいえば「た」「です」という助動詞の連続が文法的誤りに該当するようです。)それで「美味しいと思いました」「面白いと感じました」のような複文に書き換えたりします。ところがこちらによると既に「美しいです」「大きいです」がかつては問題視されていた言い方だったとのこと。何だか「平明・簡素な形」とやらをお情けで使わせてもらっているような気分になりました。でも、そういうのをいちいち気にしていたら日本語が書けなくなってしまうでしょうね。
追記2
「入ります」と「入れます」
「乗ります」と「乗せます」
「続きます」と「続けます」
「進みます」と「進めます」
「並びます」と「並べます」
挙げていけばキリがありませんが、このように日本語では漢字(語幹)が同じ動作でも語尾によって自動詞になったり他動詞になったりします。(検索してこちらの一覧表を見つけました。)それだけでも日本語学習者にとっては十分ややこしいはずです。
さらに、それぞれが本文で触れたⅠ動詞とⅡ動詞のどちらなのかもケースバイケース。(これが英語なら同じ動詞を使い回すことがあっても活用が変わったりはしません。またスペイン語は元から別々の動詞を当てるし、他動詞の目的語を自分自身にする「再帰用法」で自動詞的に使うこともあります。)何となくながら、自動詞にはⅠ、他動詞にはⅡが多いんじゃないかと思ったのですが、実はそんな単純な話ではありませんでした。(冒頭の例はそれに該当するものを意図して集めただけです。)
「出ます」(Ⅱ)と「出します」(Ⅰ)、「降ります」(Ⅱ)と「降ろします」(Ⅰ)のような逆パターンも予想外に多く、リンク先の表では自動詞におけるⅠとⅡの割合がほぼ3:2になっていました。また「残ります」「残します」、「回ります」「回します」、「失くなります」「失くします」はどちらもⅠだし、「見えます」「見ます」はどちらもⅡ。さらにダメ押しとして自動詞の「降ります」(Ⅱ)には同音の他動詞「折ります」(Ⅰ)まで存在することに気が付きました。
今更ながら「何と理不尽な言語だろう」と、ある意味感心してしまうほどですが、この拙稿から学習者の苦労を少しでも想像してもらえたら執筆した甲斐があったというものです。