昨年、北に帰ることなく雲場池にとどまり、夏を過ごした一羽のマガモ♂がいたことを紹介した(2021.10.1、10.15、10.29 公開の当ブログ)。このマガモの羽衣は春から夏へと次第に変化して♀に似た姿になっていったが、これはエクリプスと呼ばれている水鳥の示す形態変化である。
秋になり、再び北から仲間が帰ってくると、その中にはやはりエクリプスが混じっていて、これらと一緒になると雲場池にとどまっていたマガモ♂の姿も、次第に他の鳥と区別がつかなくなっていった。エクリプスはやがて冬羽に変化していき、美しい構造色の頭部や♂特有の羽衣へと戻っていった。
今年はどうだろうかと様子を見ていたところ、やはり一羽のマガモ♂が雲場池にとどまった。ただ、昨年と同一個体かどうかは判らない。
この残ったマガモ♂、昨年は多くのカルガモの群れに加わることが多く、自分自身をマガモではなくカルガモと思っているのではないかと感じたこともあったが、今年のマガモ♂の傍らには、しばらくして特定の一羽のカルガモが寄り添う姿が目に付くようになった。
カルガモの雌雄は区別がつきにくく、正確なことは判らないが、マガモ♂と常に行動を共にしているところから、このカルガモは♀ではないかと思える。
昨年の記録写真を見直してみると、やはり傍には1羽のカルガモの姿が写っているこもあるが、この時はそれほど気にならなかった。
そこで、今年はこの二羽に名前を付けて、マガオ君とカル子さんと呼ぶことにし、我が家で時々この2羽の様子について話し合うようになった。
1998年制作のロマンティック・コメディ映画に「恋におちたシェイクスピア」(Shakespeare in Love)という作品がある。アメリカとイギリスの共同製作で、監督はジョン・マッデン、脚本はトム・ストッパード、主演はグウィネス・パルトローとジョセフ・ファインズ。第71回アカデミー作品賞ならびに第56回ゴールデングローブ賞 コメディ・ミュージカル部門作品賞を受賞している。
内容は、名作「ロミオとジュリエット」の初演時の出来事を扱ったもので、若き日のウィリアム・シェイクスピアと彼を慕う上流階級の娘ヴァイオラとの恋愛を描いたものである。
ウィリアム・シェイクスピアは「ロミオとジュリエット」の上演の準備を行っていた。一方、芝居好きの資産家の娘ヴァイオラは、貴族との縁戚を望む両親のため、貧乏貴族のウェセックス卿との意に染まぬ結婚を控えていた。ウェセックス卿は結婚後、夫婦でアメリカの農園に移り住む計画を立てていた。
日本の歌舞伎と似ているが、当時の演劇では、女性は舞台に立つことができず、女装した変声期前の男性俳優が女性を演じていた。ヴァイオラは男装してトマス・ケントと名乗り、劇団に潜り込んで、抜群の演技力でロミオの役を得る。
ヴァイオラが男装した女性であることはシェイクスピアの知るところとなるが、シェイクスピアはこれを黙認する。
既婚者のシェイクスピアは、以前から女性の姿のヴァイオラに恋しており、2人は決して結婚できぬ間柄と知りつつ、忍んで逢う仲となる。
芝居の準備は順調に進んでいたが、トマス・ケントが女性であることが、一座の面々や、王室の祝典局長の知るところとなってしまう。それ以来ヴァイオラは姿を消し、シェイクスピアがロミオ役を務めることになった。
しかし本番当日、ジュリエット役の俳優が上演の直前に変声期を起こす。幕が開けられないと呆然とする一座の前に、結婚式を終えた直後のヴァイオラが駆けつける。かくして相手役のジュリエットの台詞が完璧に頭に入っているヴァイオラが、「女装した男性の俳優」としてジュリエットを演じることになった。恋する2人は迫真の演技で演じ、芝居は大成功する。
その後、ヴァイオラはウェセックス卿の妻となる運命を受け入れて、アメリカに行くこととなる。ヴァイオラを失ったが、「ロミオとジュリエット」の大成功で劇作家としての名声を確立したシェイクスピアは、エリザベス女王の命令で新たな芝居の制作を始める。難破した船から一人生き残ったヴァイオラが、アメリカ大陸に上陸するシーンで映画は幕を閉じる・・・という内容である。
この映画では、最終的にロミオをシェイクスピアが、ジュリエットをヴァイオラが演じたので、女性が「女装した男性の俳優」を演じるということになり、話はややこしいが、雲場池の女装したエクリプス・マガオ君が同じように♂かもしれないカル子さんと仲良くしている姿を見て、この映画のことを思い出したのであった。
ただ、そのように思ったのはずっと後になってからで、マガオ君は4、5月の時点では完全に♂の外観をしているので、この時点ではシェイクスピアの話とは異なっている。
さて、今年のマガオ君の様子を冬から順にみていこうと思う。冬の間、数十羽が群れて過ごしていた雲場池のマガモが北に帰り始めるのは3月下旬ころである。この時はまだコガモ、オカヨシガモ、ヨシガモ、ヒドリガモ、キンクロハジロ、オオバンなどの姿も同時に見ることができる。
雲場池で群れるマガモ♂(2022.2.2 撮影)
雲場池で群れるマガモ♂と♀(2022.3.17 撮影)
ヒドリガモ(左)、オオバン(右奥)とマガモ♂(2022.3.27 撮影)
この時期のマガモ♂の頭部の構造色はとても美しいのだが、時には朝日を受けて背中の羽も構造色に輝いて見えることがある。
マガモ♂の背中の羽も構造色に輝いて見える(2022.3.1 撮影)
また交尾行動と思える様子もこの頃に見られた。しかし、この時点ではまだ複数のマガモ♂がいたので、この♂が後のマガオ君かどうかは特定できない。
寄り添うマガモのペア(2022.4.1 撮影)
マガモの交尾と思える行動(2022.4.1 撮影)
4月に入るとマガモの姿は急速に減っていき、やがて雲場池に残ったのは1羽の♂だけになっていった。このマガモ♂にマガオ君という名前をつけたのはこの頃であった。
雲場池に1羽残ったマガモ♂、マガオ君(2022.4.7 撮影)
雲場池に1羽残ったマガモ♂、マガオ君(2022.4.12 撮影)
ところがある日、このマガオ君のもとに1羽のマガモ♀が現れた。あたかもマガオ君に北帰行を促しにやってきたようであった。
マガモ♂に北帰行を促すかのように現れたマガモ♀(2022.4.21 撮影)
しかし、マガオ君はそのまま雲場池にとどまり、マガモ♀も姿を消した。そしてしばらくすると、マガオ君のそばに寄り添うカルガモの姿を見るようになった。カル子さんである。
マガオ君とカル子さん(2022.4.27 撮影)
この後、雲場池ではマガオ君とカル子さんが一緒にいる姿を頻繫に見かけるようになった。マガオ君が北帰行を諦めたのはカル子さんが原因であったのか、それとも何らかの理由で今年、北帰行できなかったマガオ君がたまたまカル子さんと仲良くなっていったのか、その辺りは判らないが、我が家ではもっぱら前者であろうと判断し、「恋におちたマガオ君」と言うことにして、2羽のカモを継続観察することにしたのである。
ややあって、再び雲場池に1羽のマガモ♀が姿を見せた。マガオ君を誘いにやってきたのかもしれなかったが、マガオ君はこれに応じる様子はなかった。
再び雲場池に姿を見せたマガモ♀(2022.5.8 撮影)
マガオ君とカル子さん(2022.5.9 撮影)
マガオ君とカル子さん(2022.5.14 撮影)
マガオ君とカル子さんほか(2022.5.15 撮影)
マガオ君とカル子さん(2022.5.20 撮影)
マガオ君とカル子さん(2022.5.25 撮影)
マガオ君とカル子さんたち(2022.6.1 撮影)
カル子さんたちと過ごすマガオ君の外見には5月中は変化は認められなかった。まず頭部に変化が現れたのは6月になってからであった。