今年1月15日の新聞に、木曽町三岳の西野川右岸の崖に「白川の氷柱群」が姿を現し、観光客やアマチュア写真家らが訪れているとの記事が掲載されていた。この時期気温が下がると共に、各地でこうした氷柱が見られている。
3年ほど前に、埼玉県小鹿野町の「尾の内氷柱まつり」に出かけたことがあった。秩父百名山のひとつ、両神山を源流とする尾ノ内渓谷で氷柱を見ることができるものである。我々が訪れたのは昼間であったが、夜にはライトアップされ、赤、青、緑に氷柱が色づいた様子は一層幻想的なものとなるそうである。
埼玉県小鹿野町の「尾の内氷柱まつり」のポスター(2016.2.12 撮影)
ここでは、自然に凍る川の水の他、放水して周囲の木々にも氷柱を作り出していて、「地元の方が丹精込めて造った氷柱です」という表現もあり、意外な思いであったが、他場所でも同様にして壮大な氷柱を作り出しているようだ。
尾の内の氷柱 1/3(2016.2.12 撮影)
尾の内の氷柱 2/3(2016.2.12 撮影)
尾の内の氷柱 3/3(2016.2.12 撮影)
ところで、氷はカラー・ライトアップすることで、美しく見せることができるが、もう一つ偏光を利用することで美しく色をつけることもできる。氷柱のような大規模なものではないが、以前「Focus in the Dark 科学写真を撮る」(伊知地 国夫著 2008年岩波書店発行)という本で氷の美しい写真を見たことがある。これはスチロールのカップに水を入れ、冷蔵庫内に置き、薄氷が張ったところでカップを取り出して、水面にできた円盤状の氷を、透過軸を直交させた2枚の偏光板の間に置き、撮影したものであった。
このところ、軽井沢でも夜間の気温がマイナス7度くらいまで下がる日が続き、1月になって数cmほどの雪も積もった。そこで、この低温を利用して、伊知地さんに倣って氷の表情を見てみたいと思い立ち、以下のような工夫をして、ビデオ撮影(タイムラプス:T/Lを主に用いた)を行ってみた。
雪の結晶も撮影したいとかねがね思っているのであるが、こちらはなかなか難しく、きれいな写真が撮れず、まだ休止状態である。
氷の撮影方法。面光源側に偏光板を配置し、その前に2枚のガラス板を1mmの間隔で貼り合わせ、その隙間に水を満たしたものを、夜間屋外に置く。ビデオカメラの側にも面光源側と透過軸を直交にした偏光板を用いる。撮影したのはおよそ10cmx5.6cmのエリアとした。
氷の常光線と異常光線の屈折率は、それぞれ1.309、1.313(波長589nm,0℃)であり、屈折率差は、0.004である。氷の屈折率の波長分散のデータは理科年表にはないが、水の屈折率の場合は1.331(波長656nm, 20℃) 1.335(546nm) 1.343(404nm)である。よく知られているように、氷の密度は水よりも小さいが、屈折率も氷の方が2%ほど小さくなっている。
さて、1波長の位相差を生じる氷の厚さは、0.1mm程度になるが、作りやすさを考え、ここでは2枚の板ガラスの間隔を1mmにして貼り合わせ、ここに水を満たして、夜間屋外に出しておき、氷ができる様子をビデオ撮影した。各映像の下に示した温度は、ガラス容器を屋外にセットした時のもので、凍り始める時の温度ではない。あくまで参考程度のものである。
その結果を次に見ていただく。何度か試みたが、外気温の違いによるものか、氷のできる様子はずいぶん違っている。そして、凍り始めるときは最初の映像のように、シャープな形状の氷ができることもあるが、過冷却状態から、一気に全面が毛糸か羽毛のような形状に凍ることが多い。
ビデオ映像の画面上部には、その映像の最初、中間、最終のキャプチャー画像を載せておいた。各映像の長さはまちまちなので、この静止画を参考にご覧いただければと思う。
氷のできる様子1(2019.1.9 22:00~1.10 00:53 300倍のT/Lで撮影、-7.5℃)
氷のできる様子2(2019.1.10 21:16~1.11 06:00 300倍/2400倍のT/Lで撮影後編集、-5.5℃)
氷のできる様子3(2019.1.11 20:29~22:58 30倍のT/Lで撮影、-5.5℃)
氷のできる様子4(2019.1.12 06:14~07:43 30倍のT/Lで撮影、-5℃)
氷のできる様子5(2019.1.22 21:25~23:47 300倍T/Lで撮影、-6.5℃)
美しい色が見られているが、これは直接氷を観察しても、もちろん見ることはできない。偏光の助けを借りてはじめて見えるようになるのである。色の違いは、氷の結晶の向きや、厚さが異なっているからであり、でき始めのように非常に薄い氷の層の場合には無彩色であったり、氷が成長してからでも、結晶の向きが特別な方向に並んでいるときには、まっ黒に見えたりすることがある。
このまっ黒な状態は、初期にはまだ氷ができず水のままの場合ももちろんあるが、動画の後半でも黒く見えているのは、氷の結晶構造の軸の一つがガラス板に垂直になっている場合や、水平でかつ特定の方向に向いている場合であって、氷ができていないのではない。
ところで、氷は身近なものであるが、その結晶構造はとなると、意外に知られていないのではと思う。ウィキペディアなどで調べてみると、氷の結晶構造はウルツサイト型の六方晶構造であり、その中で酸素原子の配置は、正四面体の4つの頂点と、正四面体の中心にくるとされている。
ウルツサイトはZnSを主成分とする鉱物で、繊維亜鉛鉱と呼ばれるもので、同型の構造を持つものには、CdS、BeO、ZnOなどがあるとされている。ただしかし、こう聞いても結晶構造を思い浮かべることができる読者は少ないのではないだろうか。
少し面倒な話になるが、氷の結晶構造がどうなっているか見ておこうと思う。
原子や分子が規則的に配列した個体の状態を結晶と呼んでいるが、原子・分子はできるだけぎっしりと詰め込まれた状態になろうとする。パチンコ玉を隙間なく積み上げた状態を思い浮かべるとよいとされているが、実際このような状態の原子配列をとるものがある。しかし、原子・分子の性質上の制約で、全ての原子・分子がこうした単純な配列をするわけではなく、いくつもの複雑な結晶構造が知られている。
次の図は、この原子をパチンコ玉と見立てた時に、これを隙間なく平面配列し、さらにその上にも積み上げる場合に採りうる2つの場合を示している。最初の1層目の配列Aに対して、2層目を積み上げる場合には配列Bと配列Cのいずれかを選ぶことができる。ここでは配列Bを選ぶことにして、次に3層目を積み上げる。この場合には、配列Aに戻る選択と配列Cと更に異なる配列を選ぶことができる。
原子を球状と仮定した場合の平面配列と、その上の層での配列の仕方
このような積み上げ方は、実際の結晶でも起きていて、A-B-A-Bと交互に積み上がっているものと、A-B-C-A-B-Cと3層ごとに繰り返しながら積み上がっているものとがある。前者を六方最稠密構造とよび、後者を等軸(立方)最稠密構造とよぶ。次の図はこれを横方向から見たものである。この六方最稠密構造の配列AやBに対して垂直な方向はC-軸と呼ばれる。この言葉は後に出て来る。
球状の原子をぎっしりと積み上げる2つの方法
六方最稠密構造の元素結晶の例としては、Au,Ag,Cu,Pt,Ca Al,Niなどがあり、等軸(立方)最稠密構造にはBe,Mg,Zn,Cd,Zr,Ru,Osなどがある。
さて、氷の結晶構造は、ウルツサイト型の六方晶構造であるとしたが、その中での酸素原子の配置だけをみると、上記の六方最稠密構造の変形となっていて、配列のしかたで見ると、A-A-B-B-A-A-B-B・・という配列をとっていることがわかっている。一つ置きにみると、A-B-A-Bになっていて、氷の場合にはこの六方最稠密構造のつくる正四面体構造の中心部分に、もう一つ酸素原子が入り込むという、六方最稠密構造を2つ組み合わせた形になっていると考えることができる。六方最稠密構造に比べて、隣接する酸素間の距離が大きくなっているのは、最後の図に見る通り、最近接する酸素原子間に、水素原子が1個入っているためである。
氷の結晶構造における、酸素原子の配列
各酸素原子間の距離は次のようになっていて、正四面体の幾何学構造から計算されるC軸方向(配列A面に垂直方向)の格子定数は7.377Åになるので、実際は0.2%程度縮んでいることになる。
氷の結晶構造における、酸素原子の配列
正四面体の構造と寸法
ではここで氷の結晶構造を見ていただく。この図では隣接する酸素原子間に1個づつ、すなわち1個の酸素原子の周囲に4個の水素原子を書き入れている。各酸素原子は2個ずつの水素原子と強く結合していて、残る2個の水素原子とは水素結合という弱い結合になっているとされている。このような結果として、酸素原子すなわち水分子の作る個体の構造には、液体の水に比べても隙間が多くなり、氷は水よりも比重が小さく、水に浮かぶという不思議な特徴を持つことになっている。
斜め方向から見た氷の結晶構造
C-軸方向から見た氷の結晶構造
今回の氷を見ていても、この結晶構造を思わせるような外形形状は見られなかったが、ご存知のとおり雪の結晶ではこの結晶構造が反映されていて、あの美しい六角形を基本とした形になっている。雪の結晶に似た構造が少しは見られるのではと期待していたのであるが、その点では残念な結果になった。
3年ほど前に、埼玉県小鹿野町の「尾の内氷柱まつり」に出かけたことがあった。秩父百名山のひとつ、両神山を源流とする尾ノ内渓谷で氷柱を見ることができるものである。我々が訪れたのは昼間であったが、夜にはライトアップされ、赤、青、緑に氷柱が色づいた様子は一層幻想的なものとなるそうである。
埼玉県小鹿野町の「尾の内氷柱まつり」のポスター(2016.2.12 撮影)
ここでは、自然に凍る川の水の他、放水して周囲の木々にも氷柱を作り出していて、「地元の方が丹精込めて造った氷柱です」という表現もあり、意外な思いであったが、他場所でも同様にして壮大な氷柱を作り出しているようだ。
尾の内の氷柱 1/3(2016.2.12 撮影)
尾の内の氷柱 2/3(2016.2.12 撮影)
尾の内の氷柱 3/3(2016.2.12 撮影)
ところで、氷はカラー・ライトアップすることで、美しく見せることができるが、もう一つ偏光を利用することで美しく色をつけることもできる。氷柱のような大規模なものではないが、以前「Focus in the Dark 科学写真を撮る」(伊知地 国夫著 2008年岩波書店発行)という本で氷の美しい写真を見たことがある。これはスチロールのカップに水を入れ、冷蔵庫内に置き、薄氷が張ったところでカップを取り出して、水面にできた円盤状の氷を、透過軸を直交させた2枚の偏光板の間に置き、撮影したものであった。
このところ、軽井沢でも夜間の気温がマイナス7度くらいまで下がる日が続き、1月になって数cmほどの雪も積もった。そこで、この低温を利用して、伊知地さんに倣って氷の表情を見てみたいと思い立ち、以下のような工夫をして、ビデオ撮影(タイムラプス:T/Lを主に用いた)を行ってみた。
雪の結晶も撮影したいとかねがね思っているのであるが、こちらはなかなか難しく、きれいな写真が撮れず、まだ休止状態である。
氷の撮影方法。面光源側に偏光板を配置し、その前に2枚のガラス板を1mmの間隔で貼り合わせ、その隙間に水を満たしたものを、夜間屋外に置く。ビデオカメラの側にも面光源側と透過軸を直交にした偏光板を用いる。撮影したのはおよそ10cmx5.6cmのエリアとした。
氷の常光線と異常光線の屈折率は、それぞれ1.309、1.313(波長589nm,0℃)であり、屈折率差は、0.004である。氷の屈折率の波長分散のデータは理科年表にはないが、水の屈折率の場合は1.331(波長656nm, 20℃) 1.335(546nm) 1.343(404nm)である。よく知られているように、氷の密度は水よりも小さいが、屈折率も氷の方が2%ほど小さくなっている。
さて、1波長の位相差を生じる氷の厚さは、0.1mm程度になるが、作りやすさを考え、ここでは2枚の板ガラスの間隔を1mmにして貼り合わせ、ここに水を満たして、夜間屋外に出しておき、氷ができる様子をビデオ撮影した。各映像の下に示した温度は、ガラス容器を屋外にセットした時のもので、凍り始める時の温度ではない。あくまで参考程度のものである。
その結果を次に見ていただく。何度か試みたが、外気温の違いによるものか、氷のできる様子はずいぶん違っている。そして、凍り始めるときは最初の映像のように、シャープな形状の氷ができることもあるが、過冷却状態から、一気に全面が毛糸か羽毛のような形状に凍ることが多い。
ビデオ映像の画面上部には、その映像の最初、中間、最終のキャプチャー画像を載せておいた。各映像の長さはまちまちなので、この静止画を参考にご覧いただければと思う。
氷のできる様子1(2019.1.9 22:00~1.10 00:53 300倍のT/Lで撮影、-7.5℃)
氷のできる様子2(2019.1.10 21:16~1.11 06:00 300倍/2400倍のT/Lで撮影後編集、-5.5℃)
氷のできる様子3(2019.1.11 20:29~22:58 30倍のT/Lで撮影、-5.5℃)
氷のできる様子4(2019.1.12 06:14~07:43 30倍のT/Lで撮影、-5℃)
氷のできる様子5(2019.1.22 21:25~23:47 300倍T/Lで撮影、-6.5℃)
美しい色が見られているが、これは直接氷を観察しても、もちろん見ることはできない。偏光の助けを借りてはじめて見えるようになるのである。色の違いは、氷の結晶の向きや、厚さが異なっているからであり、でき始めのように非常に薄い氷の層の場合には無彩色であったり、氷が成長してからでも、結晶の向きが特別な方向に並んでいるときには、まっ黒に見えたりすることがある。
このまっ黒な状態は、初期にはまだ氷ができず水のままの場合ももちろんあるが、動画の後半でも黒く見えているのは、氷の結晶構造の軸の一つがガラス板に垂直になっている場合や、水平でかつ特定の方向に向いている場合であって、氷ができていないのではない。
ところで、氷は身近なものであるが、その結晶構造はとなると、意外に知られていないのではと思う。ウィキペディアなどで調べてみると、氷の結晶構造はウルツサイト型の六方晶構造であり、その中で酸素原子の配置は、正四面体の4つの頂点と、正四面体の中心にくるとされている。
ウルツサイトはZnSを主成分とする鉱物で、繊維亜鉛鉱と呼ばれるもので、同型の構造を持つものには、CdS、BeO、ZnOなどがあるとされている。ただしかし、こう聞いても結晶構造を思い浮かべることができる読者は少ないのではないだろうか。
少し面倒な話になるが、氷の結晶構造がどうなっているか見ておこうと思う。
原子や分子が規則的に配列した個体の状態を結晶と呼んでいるが、原子・分子はできるだけぎっしりと詰め込まれた状態になろうとする。パチンコ玉を隙間なく積み上げた状態を思い浮かべるとよいとされているが、実際このような状態の原子配列をとるものがある。しかし、原子・分子の性質上の制約で、全ての原子・分子がこうした単純な配列をするわけではなく、いくつもの複雑な結晶構造が知られている。
次の図は、この原子をパチンコ玉と見立てた時に、これを隙間なく平面配列し、さらにその上にも積み上げる場合に採りうる2つの場合を示している。最初の1層目の配列Aに対して、2層目を積み上げる場合には配列Bと配列Cのいずれかを選ぶことができる。ここでは配列Bを選ぶことにして、次に3層目を積み上げる。この場合には、配列Aに戻る選択と配列Cと更に異なる配列を選ぶことができる。
原子を球状と仮定した場合の平面配列と、その上の層での配列の仕方
このような積み上げ方は、実際の結晶でも起きていて、A-B-A-Bと交互に積み上がっているものと、A-B-C-A-B-Cと3層ごとに繰り返しながら積み上がっているものとがある。前者を六方最稠密構造とよび、後者を等軸(立方)最稠密構造とよぶ。次の図はこれを横方向から見たものである。この六方最稠密構造の配列AやBに対して垂直な方向はC-軸と呼ばれる。この言葉は後に出て来る。
球状の原子をぎっしりと積み上げる2つの方法
六方最稠密構造の元素結晶の例としては、Au,Ag,Cu,Pt,Ca Al,Niなどがあり、等軸(立方)最稠密構造にはBe,Mg,Zn,Cd,Zr,Ru,Osなどがある。
さて、氷の結晶構造は、ウルツサイト型の六方晶構造であるとしたが、その中での酸素原子の配置だけをみると、上記の六方最稠密構造の変形となっていて、配列のしかたで見ると、A-A-B-B-A-A-B-B・・という配列をとっていることがわかっている。一つ置きにみると、A-B-A-Bになっていて、氷の場合にはこの六方最稠密構造のつくる正四面体構造の中心部分に、もう一つ酸素原子が入り込むという、六方最稠密構造を2つ組み合わせた形になっていると考えることができる。六方最稠密構造に比べて、隣接する酸素間の距離が大きくなっているのは、最後の図に見る通り、最近接する酸素原子間に、水素原子が1個入っているためである。
氷の結晶構造における、酸素原子の配列
各酸素原子間の距離は次のようになっていて、正四面体の幾何学構造から計算されるC軸方向(配列A面に垂直方向)の格子定数は7.377Åになるので、実際は0.2%程度縮んでいることになる。
氷の結晶構造における、酸素原子の配列
正四面体の構造と寸法
ではここで氷の結晶構造を見ていただく。この図では隣接する酸素原子間に1個づつ、すなわち1個の酸素原子の周囲に4個の水素原子を書き入れている。各酸素原子は2個ずつの水素原子と強く結合していて、残る2個の水素原子とは水素結合という弱い結合になっているとされている。このような結果として、酸素原子すなわち水分子の作る個体の構造には、液体の水に比べても隙間が多くなり、氷は水よりも比重が小さく、水に浮かぶという不思議な特徴を持つことになっている。
斜め方向から見た氷の結晶構造
C-軸方向から見た氷の結晶構造
今回の氷を見ていても、この結晶構造を思わせるような外形形状は見られなかったが、ご存知のとおり雪の結晶ではこの結晶構造が反映されていて、あの美しい六角形を基本とした形になっている。雪の結晶に似た構造が少しは見られるのではと期待していたのであるが、その点では残念な結果になった。
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