▼昨日、いつものMOVIX昭島に行き、公開されたばかりのウィル・スミス主演『アイ・アム・レジェンド』を姪っ子と観た。
MOVIXポイントも70Pを超えて、これにて次の映画鑑賞は一回無料で見れるぞい^^
自らを「私は伝説だ」などとのたまうタイトルなので、能天気なヒーロー物かと思いきや、なかなか重厚な物語で、私にとっては嬉しい誤算だった。
・・・と、思いきや、人類壊滅に至る原因の「方々」が、なかなか「俗(^^;)」な方々だったので、それも下世話に楽しく、二重に嬉しい誤算の作品だった。
▼・・・人類死滅後、ニューヨークに唯一生き残った男の孤独なる物語である。
主人公のネビルは科学者であり、日中はニューヨーク市外を散策し、夜間は自宅の地下の研究室で、人類を壊滅に至らしめた謎の病原菌の研究に勤しむ。
無人の廃墟と化したニューヨークを、機関銃片手に愛犬とスポーツカーで疾走する主人公。
CDショップでは、お気に入りの音楽や映画を借り放題だ。
ただ、孤独である。
町に立つマネキンを友人に見立てて語りかける毎日・・・。
ガソリンスタンドでは、手動ポンプでタンクからガソリンを得て、車や家のエネルギー源とする。
家には、スーパーから調達したであろう大量の食料のパッケージがうずたかく積まれている。
私は、映画『ゾンビ』で描かれた「複合スーパーマーケット独り占め」の状態や、映画『ビューティフル・ドリーマー』でも描かれていた「一つの町一人占め」状態みたいのが大好きである^^
・・・ただ、この作品の主人公は、何かを恐れている。
腕時計に設定されたアラームで示される時刻をやたらと気にしているのだ。
そして、自分の自宅に戻り、夜になると、厳重に戸締りをする・・・。
外では、野獣たちの奇声が鳴り止まないのだった・・・。
▼ある日、いつもの通り、朽ち果てたニューヨークを散策していると、愛犬サムが、暗闇の廃屋に逃げた鹿を追いかけていってしまう。
夜は危険だった。
・・・暗闇は危険だった。
しかし、孤独な毎日の中で、サムは唯一の友だちだった。
連れ戻さなくてはならない・・・。
ネビルは、廃屋の中に突入していくのだった・・・。
▼ここからが『バイオハザード』的な展開になって、私は大いに興奮した。
何よりも、怖かった・・・。
暗闇の中で、「やつら」が蠢いているんだもの^^;
それは、「やつら」が突然現われて、私が「ギャッ!」と驚くべき類のものだけでなく、
例えば、いつものマネキン人形が、「あるはずのない場所」に立っている、などと言う心理的恐怖もあった。
いや、別に普通の生活ならば、マネキン人形なんて、誰かに移動されていてもおかしくないのである。
しかし、ここは自分以外に誰も存在しない世界なのである。
それが、移動してるっちゅうんだから、言い知れぬ恐怖なのである。
また、そのマネキン人形移動は、「やつら」の罠なのであるが、その罠にネビルはかかる。
だが、日中であるが故に、「やつら」は罠にはまったネビルを眺めているしかない。
ネビルは、白昼の摩天楼の谷間で、もがくのだった・・・。
こういったゆっくりした時間の中での、ひたひたと押し寄せる恐怖と言うものは、いやはや、スリリングである^^;
▼私にとっては、この作品、ややネビルの孤独の描き方が淡白な感じがして、ネビルが「人類は死滅してしまったんだ!」と、これまでの絶望的な経験から信じ込んでしまっている気持ちが伝わりにくい気がした。
何となく、ネビルは、前向きに日々を生きているように、序盤の物語展開からは見て取れたのだ。
だから、愛犬のサムを失う場面でも、「ウィル・スミス、いい演技してるなぁ」程度にしか思えなかったのだが、
隣りで観ていた姪っ子はボロボロ泣いていた。
私も怖かったので、姪っ子も怖くて泣いていたのかと思ったら、主人公が愛犬を失う悲しさに共感し泣いていたのだった。
私の姪は、非常に美少女であるが、中学に入り、「腐女子」になってしまった。
だから、黒人俳優が主人公の映画は、最初は避けていた気配があったようなのであるが、観終えると、すっかりウィル・スミスファンになっていた。
私 「観て良かったね~」
姪 「うんっ! ^^」
(2007/12/16)
MOVIXポイントも70Pを超えて、これにて次の映画鑑賞は一回無料で見れるぞい^^
自らを「私は伝説だ」などとのたまうタイトルなので、能天気なヒーロー物かと思いきや、なかなか重厚な物語で、私にとっては嬉しい誤算だった。
・・・と、思いきや、人類壊滅に至る原因の「方々」が、なかなか「俗(^^;)」な方々だったので、それも下世話に楽しく、二重に嬉しい誤算の作品だった。
▼・・・人類死滅後、ニューヨークに唯一生き残った男の孤独なる物語である。
主人公のネビルは科学者であり、日中はニューヨーク市外を散策し、夜間は自宅の地下の研究室で、人類を壊滅に至らしめた謎の病原菌の研究に勤しむ。
無人の廃墟と化したニューヨークを、機関銃片手に愛犬とスポーツカーで疾走する主人公。
CDショップでは、お気に入りの音楽や映画を借り放題だ。
ただ、孤独である。
町に立つマネキンを友人に見立てて語りかける毎日・・・。
ガソリンスタンドでは、手動ポンプでタンクからガソリンを得て、車や家のエネルギー源とする。
家には、スーパーから調達したであろう大量の食料のパッケージがうずたかく積まれている。
私は、映画『ゾンビ』で描かれた「複合スーパーマーケット独り占め」の状態や、映画『ビューティフル・ドリーマー』でも描かれていた「一つの町一人占め」状態みたいのが大好きである^^
・・・ただ、この作品の主人公は、何かを恐れている。
腕時計に設定されたアラームで示される時刻をやたらと気にしているのだ。
そして、自分の自宅に戻り、夜になると、厳重に戸締りをする・・・。
外では、野獣たちの奇声が鳴り止まないのだった・・・。
▼ある日、いつもの通り、朽ち果てたニューヨークを散策していると、愛犬サムが、暗闇の廃屋に逃げた鹿を追いかけていってしまう。
夜は危険だった。
・・・暗闇は危険だった。
しかし、孤独な毎日の中で、サムは唯一の友だちだった。
連れ戻さなくてはならない・・・。
ネビルは、廃屋の中に突入していくのだった・・・。
▼ここからが『バイオハザード』的な展開になって、私は大いに興奮した。
何よりも、怖かった・・・。
暗闇の中で、「やつら」が蠢いているんだもの^^;
それは、「やつら」が突然現われて、私が「ギャッ!」と驚くべき類のものだけでなく、
例えば、いつものマネキン人形が、「あるはずのない場所」に立っている、などと言う心理的恐怖もあった。
いや、別に普通の生活ならば、マネキン人形なんて、誰かに移動されていてもおかしくないのである。
しかし、ここは自分以外に誰も存在しない世界なのである。
それが、移動してるっちゅうんだから、言い知れぬ恐怖なのである。
また、そのマネキン人形移動は、「やつら」の罠なのであるが、その罠にネビルはかかる。
だが、日中であるが故に、「やつら」は罠にはまったネビルを眺めているしかない。
ネビルは、白昼の摩天楼の谷間で、もがくのだった・・・。
こういったゆっくりした時間の中での、ひたひたと押し寄せる恐怖と言うものは、いやはや、スリリングである^^;
▼私にとっては、この作品、ややネビルの孤独の描き方が淡白な感じがして、ネビルが「人類は死滅してしまったんだ!」と、これまでの絶望的な経験から信じ込んでしまっている気持ちが伝わりにくい気がした。
何となく、ネビルは、前向きに日々を生きているように、序盤の物語展開からは見て取れたのだ。
だから、愛犬のサムを失う場面でも、「ウィル・スミス、いい演技してるなぁ」程度にしか思えなかったのだが、
隣りで観ていた姪っ子はボロボロ泣いていた。
私も怖かったので、姪っ子も怖くて泣いていたのかと思ったら、主人公が愛犬を失う悲しさに共感し泣いていたのだった。
私の姪は、非常に美少女であるが、中学に入り、「腐女子」になってしまった。
だから、黒人俳優が主人公の映画は、最初は避けていた気配があったようなのであるが、観終えると、すっかりウィル・スミスファンになっていた。
私 「観て良かったね~」
姪 「うんっ! ^^」
(2007/12/16)