『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[おっ、松浦光修先生が、阿比留瑠比記者にも本を送っていたゾ!]

2011-11-27 23:39:17 | 保守の一考
☆今日は、バイトで登戸を駆け回りつつ、私は無法者なので、コンビニでビールを買って休憩中に飲んだりしているのだが、

 飲みながら、携帯で、気になるブログを見て回った。

 産経新聞の阿比留瑠比記者のブログ「国を憂い、われとわが身を甘やかすの記」を読んでいたら、最近のエントリーにこんな一文があった。

 《・・・先日、皇學館大の松浦光修教授から著書『【新訳】南洲翁遺訓 西郷隆盛が遺した「敬天愛人」の教え』と『【新訳】留魂録 吉田松陰の「死生観」』の2冊を送っていただきました。・・・》

 「うひょひょ^^」と私は嬉しくなった。

 だって、私も松浦先生から送られていたし、また、人気政治ブロガーである阿比留記者と「つながり」が出来たような気がしたからだ^^

 まあ、松浦先生から阿比留記者へは、「参考になると思いますよ」って感じで、

 松浦先生から私へは、「学びたまえ」ってトコかな。

 しかし、私の頂いた『【新訳】留魂録 吉田松陰の「死生観」』だが、非常に好著である。

     

 吉田松陰の手紙や論文などの現代語新訳なのだが、それ以上の長さで、松浦先生による、その文章の書かれた「(時代)状況」が語られ、また、訳の後には、「(思想)背景」が説明され、なんか、とてもスリリングに感じられるのだ。

 上記の写真を見てもらえば分かるように、ビニールのカバーを付けている。

 吉田松陰の手紙や論文はけして長いわけではないので、ちょっとづつ、噛み締めて読んでいくことが可能な本なので、ビニールのカバーで保護して、いつも持ち歩きながら読んでいる次第。

 そういった読み方がされるべき本で、読んでいると、吉田松陰の「青春」の息遣いが感じられて、

 吉田松陰が身近に感じられ、感じられつつも、その真摯さに圧倒されもする。

 「身近」に感じられると言うことは、「つながり」が出来ると言うことである。

 この本で重要なテーマとされているのは、「自らが死んでも、引き継がれ生き続ける天命たる意志・意思(吉田松陰の「死生観」)」の存在である。

 私は、三十路を過ぎてからと言うもの、ずーっと、とにかく、「自分の一部を継ぐ子孫」だけは残したいと念願している。

 吉田松陰は子孫を残さずに死んだ。

 しかし、その「意志・意思」は、今なお、多くの者に引き継がれている。

 小物の私は、不安なので、私の「意志・意思」の一部を血で引き継いでくれる者を待望している。

 松浦先生も、吉田松陰の如く大らかに、自分の「意志・意思」を多くの者に伝えようとしている。

 だが、基本的に、私は普段、「性と死」のことしか考えていないので不適格な面もあろう。

 と言いたいが、松浦先生は最後にこう書いている。

 《・・・松蔭と(高杉)晋作は、ともに短い人生であったという点では同じです。しかし、一方の松蔭は“謹厳実直”というほかない生涯を送り、一方の晋作は“放蕩三昧”といってよい生涯を送っています。一見すると、まったく色あいがちがう人生です。それでも、私は本書を書き終えて、“つまるところ松蔭も晋作も、「おもしろきこともなき世」を「おもしろく」生きたという点では、同じではなかったか”と思っています。・・・》

 私は、例え、阿比留記者のように松浦先生に献本のお礼の電話などしても、気の利いたことが言えない男なので、電話できないが、

 「有事」の際には、晋作の「爪の垢」程度の働きは出来ると思うので、重宝して頂きたい^^;

 ・・・世の中の「悪意」のほとんどは、それを為した者の「人格の欠如」が大きな原因だと私は信じていて、

 対象の人格をおおむね把握してから戦い始める私のやり方は、かなり「強力」だと思っていますよ^^v

   ◇

 なお、今回は、『【新訳】留魂録 吉田松陰の「死生観」』の感想ではありませんよ。

 感想は、ちゃんと熟読してから更新します^^

[新訳]留魂録
クリエーター情報なし
PHP研究所


                                                    (2011/11/27)
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[ 映画『怪物くん』を観た(短信)]

2011-11-26 23:28:24 | 物語の感想
☆仕事を終え、私、四十路にして「モテ期」らしく、2日続けて野暮用を済まして帰宅、すぐに甥っ子・姪っ子を伴い、見に行った^^

 あまり期待していなかったが、予告やポスターなどで、ヒロイン役の川島海荷が、暗色のファンデーションと濃いアイメイクで、インドのお姫様に扮しているのですが、それになぜか魅力を感じ、

 まあ、話はボチボチだろうと思っていたのですが、見て行きました。

 うん、確かに、小さくて丸くて、川島海荷は可愛かった^^

 驚いたのが、無難なアイドル演技なのかと思いきや、しっかりした演技で、何よりも、声の張りがあることだ。

 いい女優になる片鱗が感じられる。

 彼女だけでなく、「バラエティ」ノリの作品ながらも、みんなしっかりと演じていて、

 物語の最後には、「国を背負うリーダーとしてのわがままと責任」と言うテーマを、分かりやすく骨太に浮き上がらせてくれて、ちょいと感動した。

 主演の怪物くんを演じる大野智は(著作権にうるさいジャニーズなので、上のタイトル写真には出ていないが)、ジャニーズゆえに子供向け作品の中でもカッコ良さを出したいところもあるのだろうが、コミカル&わがままな役を全うし、それに徹したがゆえに、妙な魅力が出ていたのが素晴らしかった^^

 お供のドラキュラとオオカミ男とフランケンも、コメディリリーフ(掛け合いの間が良かった^^)と、最後、怪物くんに主人公としての資格を問う役として、笑いとホロリ部分で活躍してくれた。

 でも、その三人のモンスターそれぞれの特徴が、作品内で全く活かされていなかったのはもったいない。

 三人とも弱過ぎ!

 怪物ランドの、新大王の戴冠式に集うモンスターたちの造形は、「スターウォーズ」に出てくる異星人たち以上にバラエティに富んでいて面白かった。

 が、その場で、お供の3モンスターが「族長」とされるというのだが、ドラキュラ族やオオカミ男族はいいとして、フランケン族がいるという設定には失笑した^^;

 テレビ版でのライバルであったデモキン役の松岡昌宏の助っ人としての登場が、作り手はドラマチックさを期待していたと思われるも、あまり効果をあげていないのが痛かったが、デモリーヌ役の稲森いずみは、可愛い川島海荷の対比の中で美しかった^^

 この作品、インドロケもしていて(るんだよね?^^;)、ノリが、かつての、堺正章が悟空を演じたドラマ『西遊記』を髣髴とさせ、なかなか楽しめた^^v

                                                   (2011/11/26)
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[放射能危険厨は、古川聡さんを差別せよ!(た、た、た、大変だぁ!)]

2011-11-23 23:38:47 | 保守の一考
☆不思議なんだよ、殊更に放射能を恐れ(もしくは、実際は放射能なんか恐れていないけど、僻み妬み嫉みの感情で)、

 例えば、福島の物産展を主催した地方自治体に非難の電話をし続けたり、糾弾メールを送り続けたりする奴らは、・・・それでは、何を目指しているのだろう?

 福島産の花火や薪、福島からの転校生などさえも、忌避の対象としてやがる

 安全確認が為されているものを、そうまでして排除しようとする理由が分からない。

 ふん、では、当然、彼もまた、差別の対象になる訳だよね。

   《帰還の古川さん地上の100年分の被曝量 東電作業員上限線量の半分超(産経 2011/11/22 14:30)》

 <強い放射線が飛び交う宇宙は人間にとって過酷な環境だ。国際宇宙ステーション(ISS)は飛行士が浴びる放射線を最小限に抑えるように管理されているが、約5カ月半滞在した古川聡さんの被曝(ひばく)量は、日本の地上生活のおよそ100年分に達したとみられる。
  太陽や銀河などから飛んでくる強い宇宙放射線は、ISSの壁を簡単に突き抜けるため、飛行士は滞在中に1日約0・5~1ミリシーベルトの放射線を浴びる。
 宇宙に167日間滞在した古川さんの放射線量は累積で推定100~150ミリシーベルト程度。日本で自然に浴びる放射線量は年間約1・5ミリシーベルトなので、最大で約100年分に相当する。東京電力福島第1原発で働く作業員の上限線量(250ミリシーベルト)の半分以上だ。
 古川さんは滞在中、高精度で小型の国産線量計を常に身に付けた。太陽活動の活発化で関係者に緊張が走った時期もあったが、線量は許容範囲内に収まったという。
 多量の宇宙放射線を浴びると造血組織が影響を受けたり、がんや白内障の発生率が高まったりするとされる。飛行士の宇宙滞在期間は放射線量によって制限されており、その低減は将来の火星旅行などの実現に向けた重要課題にもなっている。
 放射線医学総合研究所の保田浩志・放射線防護研究センターチームリーダーは「放射線だけをみても、今のままではISSなどで一般人が普通に暮らすのは難しい。何らかの対策が必要になる」と話している。>

 ・・・堂々たる被曝者である。

 こりゃ、もう、原発反対派は、宇宙開発の反対運動も合わせて行わなくちゃならないわな!

 このままでは、宇宙への旅立ちは、直結して、自殺に赴かせるような様なものになっちゃうものね~?^^

 この放射性物質体は、そのうち、日本各地を講演して回るぞ!

 放射線を四方八方にばら撒くぞ!

   ◇

 簡単に書いておく。

 宇宙飛行士の健康管理を十年以上に渡って管理、NASAに報告していたミズーリ大学のトーマス・D・ラッキー生化学教授に紹介されたホルミシス効果(1982年)によると、

 100ミリシーベルトレベルの被曝ならば、細胞の一部は破壊されるも、修復機能が働き、再生および免疫力も上がるのだそうだ(抗酸化機能増強、DNA損傷修復機能増強、細胞自爆(アポトーシス)活性化、免疫細胞機能増強・・・)。

 それこそ、古川さんが、宇宙滞在で「若返った」とされる理由の一つである。

   ◇

 ・・・いいかい?

 放射線は、ある一定のレベルまでは「健康増進」するのだよ。

 どんなに栄養があるとされる物も、摂り過ぎると毒に成るのと同じ理屈だ。

 放射能は、「栄養とされる物」が本義なんだよ。

 しかし、人類は、放射能と、「原爆」と言う最悪の出会いをしてしまった。

 それだけのことだ・・・。

                                                    (2011/11/23)
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[映画『恋の罪』を観た]

2011-11-22 23:59:11 | 物語の感想
☆バイトで疲れた後に見たのだが、その力強い演出に、二時間半、夢中で見た。

 ストレスが溜まる展開かと思いきや、普通に面白かった。

 ・・・生真面目過ぎる夫(序盤から変な夫だったが…)との生活に、人生の希望を描く上でも、性的な欲求にしても満たされぬ思いを感じていた、見事なオッパイの若奥様・いずみ(神楽坂恵)が、

 憂鬱な生活に張りを求め、バイトを始め、そこから、次第に「人生の希望」と「性的な欲求」を同時に満たすかのような世界に迷い込み、そこで、その権化とも言うべき女・美津子(冨樫真)と知り合い、猟奇殺人事件に帰結する物語。

 平行して、女刑事・和子(水野美紀)が、その殺人事件の捜査を続けていく。

   ◇

 ありきたりの設定だが、若奥様の「美しい形のデカパイ」、淫売の美津子の表の顔・大学助教授時の美しい顔、やや歳を重ねたが相変わらずに美しい水野美紀の瞳・・・、それらと、その熱演が私を釘付けにした。

 作品の中核である、美津子の「思想」が私には充分に理解できなかったのが痛いが、

 美津子がいずみを伴って自分の家に行き、そこでの母親(ババァ^^)との対面シーンの凄まじさたるや、映画史上稀に見る緊張感・・・、そして、弛緩、があった。

 この時の、洋館の窓から差し込む午後の陽光を背後にした美津子の顔の端正さたるや、筆舌に尽くしがたい。

 だが、美津子、脱ぐと貧弱過ぎるんだよなぁ^^;

 ババァの言うとおり、ホント、「下品」だし・・・。

 作中に、娼婦のバラバラ殺人が起こるが、これって、美津子の顔と、いずみの胸をコラージュしろとの暗喩にも思えたよ。

 ・・・多くを語れるだけのパワーを秘めた作品だが、私、眠いので、寝ます^^;

   ◇

 ただ、物語としては、都合二回、主人公と水野美紀が、夫以外の(見知らぬ)者との性行為の最中に、夫に電話させられるシーンは、気が重くも心にグッときてしまう点があるね(水野美紀のほうは変則パターン)。

   ◇

 ・・・さて、先ほど、「作品の中核である、美津子の「思想」が私には充分に理解できなかったのが痛い」と記したが、その「とば口」は、私は、既に過去に書いている。

 最初、この『恋の罪』を監督した園子温が、私の書いた文章をパクったのかと思ったよ^^;

   (引用・・・[ミド蘭の『FFⅣ・日記』 その3・ローザの夜這い(2007/12/23)]より)

 《・・・そして、ローザを突き飛ばした。
 しかし、ローザは倒れつつ、俺の手を掴んだ。
 俺とローザは、もんどりうって、重なって床に倒れた。
 立ち上がろうとする俺の腰をローザの両脚が「クワガタ」のように捉えて離さない。
                   ストリップ小屋の生板ショーでの踊り子の技の一つだ・・・^^;
「お、おい、放せよ!」
 俺は、慌てた。
「私を抱きなさい」
「なっ、そんなこと、強制されても!」
「私を抱いて、そして、お金ちょーだい!」
「なんでやねん!? ローザ、君は俺を好きなんだろ? もちろん、愛し合うには色んな段取りがあるし、何よりも、何で恋人からお金を稼ごうとするんだよ!!^^;」
「だって、私のママが『殿方と性行為をしてお金を貰わなかったら、ただの<淫乱>だよ』って言ってたもん」
「じゃあ、お金を貰ったなら何なんだよ?」
「<淫売>・・・」
「どっちもどっちじゃね~か!!! ^^;」
 ・・・そして、俺は、身体を駄々っ子のように振り回して、どうにかしてローザを振り切った。
「出てけっ!」
「そんな、ひどい・・・」
 かくして、ローザは、ローラ姫のような言葉を残すと、部屋から出て行った・・・。・・・》

 ねっ、なんか似てるでしょ?

   ◇

 それから、いずみだが、極限の中での、いつまでも垢抜けない、男から見るとしみったれた甘え声の「ウザさ」が、10年ぐらい前に活躍したAVギャルの有森いずみにそっくりだった。

 「いずみ」つながりもあるし、なんか、作り手だけが分かっている関連性があるような気がしてならない。

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                                                   (2011/11/22)
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[近況報告 (116・脱肥満/ヨウ素131)]

2011-11-20 23:59:08 | 保守の一考
☆うひ~、ふぅー、疲れています。

 今日はバイトだったのですが、誰も経験したことのない地域・藤沢だったので、内勤が見積もった作業量が多過ぎて、私、午後の八時になっても、藤沢周辺で作業していました。

 タイトル写真は「江ノ電」です^^

 正直、減らない作業量に、私、泣きが入っていたのですが、終わり際に彼女が現われ、「救いの女神様」に見えた。

 が、最近、彼女のことを書くことが多いので、しばらく、オノロケ封印します^^;

 ただ、せっかく疲れたトコに現われたのに、車で来たんじゃないのは、ちょっとムッときた・・・。

 しかし、私は、つくづく、「晴れ男」ですわ^^

 昨日、あんなに雨が降っていたのに、今日は快晴、暑かった。

 汗もたっぷりかきました^^(だから、電車で彼女と隣りあわせで座って帰るのが、汗臭くて恥ずかしかった)

 一年前までは、体重が80キロ前半でしたが、今は、70キロ前半です。

 もう肥満じゃありません^^

   ◇

   《浪江の甲状腺被曝量、チェルノブイリの千分の1(2011/11/19 読売)》

 <東京電力福島第一原子力発電所から20キロ前後に位置する福島県浪江町の住民の甲状腺被曝(ひばく)量は、チェルノブイリ原発事故後の周辺住民の被曝に比べ、1万~1000分の1だったことが、札幌医大の高田純教授(放射線防護学)の調査でわかった。18日に神戸市内で開かれた日本放射線影響学会で発表した。
 原発事故で施設外へ放出される放射性物質のうち、ヨウ素131(半減期約8日)は甲状腺にたまりやすく、被曝量が多ければ甲状腺がんを引き起こす可能性もある。
 高田教授は事故後の4月8、9日、同県内の避難所で、18歳~60歳代の浪江町民計40人の甲状腺被曝量を測定した。結果は3・6~7・8ミリ・シーベルトで、平均は約5ミリ・シーベルトだった。一方、チェルノブイリの周辺住民は、数シーベルトから50シーベルトとされている。>

 ・・・これ、やっとニュースにのぼりましたか・・・。

 私、稲恭宏博士の話を聞いていたので、四月の時点で、よーく理解できていましたよ。

 ポイントは、

   ① チェルノブイリ事故で、科学的に、その影響とされた後遺症は、ほとんどが甲状腺がん。

   ② チェルノブイリ周辺住民は、民族的にヨウ素が欠乏していた。

   ③ ヨウ素は、ヨウ素を持たない者に吸収されやすく、
          ヨウ素131はチェルノブイリ周辺住民の甲状腺を急速に内部被曝せしめた。

   ④ 日本人は、民族的にヨウ素を充分に体内に蓄えているので、ヨウ素131が吸収される隙がない。

 ・・・私の職場のおばさんで、マスコミの煽りのニュースばかり見ていて、感化され、当時、

「政府は、とにかくヨウ素を配れ!」

 とか、

「福島のほうれん草食って、東電の社長に抱きついてやる!」

 などと、ダミ声で吐き捨てるように言ってた方がいましたが、今は、もう飽きたかな? そのヒステリックは収まったのかな?^^;

 ただ、私は、「東電の社長に(放射性物質となって)抱きついてやる!」と言う発想が、当時、おどろおどろしくて、なんか気持ち悪いなぁと思ったものです・・・。

                                                     (2011/11/20)
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[映画『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』を観た]

2011-11-18 16:38:03 | 物語の感想
☆では、これから、映画『タンタンの冒険』の試写会に行ってきます^^

 最初は純子供向けで退屈そうに思えましたが、映画館での長い宣伝を見たら、その躍動感に「こりゃ、いいかも知れん」と期待が高まっています。

 私は、「タンタン」には詳しくないですが、タイで、「タンタン」シリーズの表紙をあしらったTシャツを、そのセンスがあまりにも良かったので、おみやげとして大量に購入し、自分も着続けているので、文字通り、非常に「愛着」を持っています^^

     
      かなりの種類持っていますが、これが、とりあえず、目につきました。

 宣伝では、CGのタンタンが、なんかヌメッとしていてキモイ感じもあるのですが、さて、楽しみに見てきますね^^

 では、観た後の感想をお楽しみに~^^v

   ◇

 観てきました^^

 3DCGアニメ物としては『クリスマス・キャロル』の流れを汲む現実感ある作りで、

 冒頭の、鏡やガラスに映り込むタンタンの描写からして感心させられる。

 実写を取り込んでいるのだろうが、全編を通して、その緻密さには驚かされる。

 気になると思われたキャラクター造形は全く問題なく、愛犬のスノーウィーに至っては、作り物めいていて、町でおばちゃんと散歩しているトイプードルチックで却ってリアルだ^^

 このスノーウィーが序盤は地味に活躍してくれて、「お前はアクティブな三毛猫ホームズかよ」ってな雰囲気で物語が進む。

 私は、昨今のスピルバーグ印の『スーパー8』や『カウボーイ&エイリアン』などを見て、スピルバーグの「原点回帰」志向を考えているのだが、この作品で、さらに裏打ちされた感がある。

 この作品でも、欧米の子供には「古典」とも言える少年ヒーローの定番の物語を、スピルバーグ自身の正攻法で、3DCGアニメと言う新しい衣をまとわせて語っている。

 『カウボーイ&エイリアン』で、アクション映画のインフレを、西部劇の時代を舞台にすることで、自分らの望む次元のアクションに誘い込んでいるのと同じ理屈である。

 ただ、物語に派手さはないね。

 アクション描写の数々は、スピルバーグらしく、リアルな重力感の中で、漫画チックな小技を連続させてくれて、非常に面白いのだが、

 それらが、例えば、町を震撼させる犯罪の解決のためではないので、スケール感に欠ける。

 まあ、それは、こちらの先入観なのだが、それでも、タンタンの関わる事件の規模が、世界を救う英雄ではなく、起こった事件を紐解いていく少年探偵であることに、こちらの期待が逸らされよう。

 そこが、タンタンをインディ・ジョーンズにさせていないポイントだ。

 もっとも、私の「タンタン」Tシャツコレクションで知った題名の、「ユニコーン号」編の他、「レッドラッカム」編も話に織り交ぜているようなので、話の密度を濃くする努力はされているようだ。

 アクション自体は、「インディ」シリーズに負けていないのである。

 ナカトミビルを探索するような船の中での活劇や、海上を舞台にした「北北西に進路を取れ」的な軽飛行機からの銃撃戦(「北北西に進路を取れ」のあのシーンには、固有のアクション名があったと思われるのだが、今は思い出せない。「トウモロコシ畑チェイス」だったっけ?)、キーアイテムである「3枚の羊皮紙地図」を巡る6局の追っかけ(タンタン・ハドック船長・スノーウィー・レッドラッカム・隼・戦車)のノンストップアクション、作品全般において宮崎駿など大興奮するのだろうが、特に喜ぶと思われる港の据え置き型クレーン重機でのタイマン勝負などなど、これらのシーンを吟味するだけに再見も楽しいと思えるほどだ。

 ただ、そのアクションに、大きな意義が見い出し難いのが惜しい作品だ。

 タンタンの、いつもの新聞記者としての生活が全く描かれていないのも、登場人物をきわめて少なくしてしまい、世界観を狭めてもいる。

 もちろん、その難点は、作品の完成度を悪くするほどではない。

 シリーズ化キボンヌ^^

                                                      (2011/11/18)
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[JOJO話(2・ダービー兄と「億泰の兄貴」)]

2011-11-17 23:59:08 | 物語の感想
☆今日は久し振りの完全オフで、朝から、酒を飲んで風呂に入り、のんびりしています^^(昨夜、飲んだくれて更新していないので、昨夜の日付で書かせていただきます)

 高校生の姪っ子を学校に送り、近所のレンタル店に行きましたら、「ジョジョ・第3部」の<一番くじ>があった。

 私は、この色んなキャラクターのグッズが当たる<一番クジ>をやったことないのだが、私の大好きな「ジョジョ・第3部」が精巧にグッズ化されているとなると、つい「一回くらい・・・^^」とやってしまった。

 上位賞は、DIOの<ザ・ワールド>フィギュアだ。

 まあ、それは無理だろうけど、なんとなく、いいものが当たりそうな気がした。

 ・・・結果、<オシリス神>のダービー兄が作中のポーカー勝負で使用していたトランプ&コインSETが当たった!

 

 これは、なかなかの品だ^^v

 賭けに負けた相手の魂をコインに封じるのだが、作中で負けたジョセフとポルナレフの顔も再現されている。

 当時・・・、20年ぐらい前だが、コインに封じ込められたポルナレフの顔が、五島勉の「ノストラダムスの大予言」の表紙の絵に似ているなぁと思ったものだ。

ノストラダムスの大予言―迫りくる1999年7の月、人類滅亡の日 (ノン・ブック 55)
五島 勉
祥伝社


ジョジョの奇妙な冒険 8~17巻(第3部)セット (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫(コミック版))
荒木 飛呂彦
集英社


   ◇

 「ジョジョ」には、兄弟のスタンド(超能力)使いがいっぱい出てくる。

 ダービーも、後から、「勝負に負けた魂を人形に封じる」と言うスタンドを使う弟が出てきた。

 また、「第5部」などでは、マフィアがコンビで行動するので、擬似兄弟関係が何パターンも出てきた。

 そこでは、「兄貴」と言う言葉が使われていた。

 ・・・さて、これまでも何度も書いたが、私は、「ジョジョ・第3部」のジャンプ連載がクライマックスのバトルを迎えていたとき、一年間、ニュージーランドにワーキングホリデーに行った。

 コミックス二巻にまたがる承太郎とDIOの激闘は、私にとっては空前絶後のものだった。

 その結果を一年も見ることが出来ないのは辛かった(今のようにインターネットもなければ、ニュージーランドへのジャンプの輸入などもなかった)。

 で、同じくワーキングホリデーの期日待ちの友人に、ジャンプの「ジョジョ」の箇所だけを切り取り郵送してもらった。

 私は、送られてきた切抜きジョジョを舐めるように読んだ。

 だが、本当の極限クライマックスのところで、その友人もオーストラリアに旅立った。

 私は、続きが読めなくてやきもきした。

 だが、ニュージーランド滞在中にオーストラリアに行くことになり、シドニーには、日本の書籍が置かれている書店もあるので、私は真っ先に赴いた。

 残念ながら、出ているだろうコミックスはなく、数週間遅れのジャンプが数号、4倍くらいの値段で売られていた。

 だが、買う!

 見て驚いた。

 なんか変なリーゼントのジョジョが活躍していたのだ(丈助である。今でこそ好きなキャラだが、当時、承太郎と比べての違和感は凄まじかった)。

 なんちゅうか、異国の生活と、変な見たことないジョジョの姿がシンクロし、私は今だに、その時の空気感を鼻先に甦えらせることができる・・・。

 エピソードは、丈助VS虹村兄弟のバトルだった。

 だが、私の買った号には、弟は出てこない。

   

 で、この時、虹村兄弟の兄のほうに、丈助は「億泰の兄貴よぉ~」と呼びかけている。

 だから、私は、この、虹村兄弟の兄を「億泰」と言う名前なのだと、ずーっと、帰国するまで思っていた。

 「億泰の兄貴よぉ~」は、「億泰 is 兄貴」なのかと信じていた。

 しかし、帰国して、その前後の話がまとまったコミックスを読んだら、見たことのないキャラクターが「億泰」と呼ばれているのだ。

 私は、自分の記憶がおかしいのかと思った。

 しかし、娯楽の少ないニュージーランドの生活の中で、私はオーストラリアで購入したジャンプを繰り返し読んでいたのだ。

 間違うはずがない。

 しかも、私が「億泰」と思っていた人物が「形兆」と呼ばれていたのだ。

 ・・・、・・・その時、私は分かったんだ。

 「億泰の兄貴よぉ~」は、「兄貴 of 億泰」であることを!!!

ジョジョの奇妙な冒険 18~29巻(第4部)セット (集英社文庫―コミック版) (集英社文庫(コミック版))
荒木 飛呂彦
集英社

                                                    (2011/11/17)
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[素晴らしい原子力発電(2 天秤/小松左京/被曝と被爆/ドイツの欺瞞)]

2011-11-16 23:23:36 | 保守の一考
☆・・・一部の人は、自分が100%正しい判断を下しているという、おこがましい考え方を捨て去るべきだ。

 世の中に、100%正しいことなんて存在しないし、そう吹聴しているヤツの多くが、八割がた間違っている。

 「全員」から好意を得ようと下心を押し隠して邁進する…、その帰結が、民主党政権である^^;

 何かの判断を下そうとする時、個人の経験則で答えを出すのも危険だ。

 世の中の「問題」とは、往々にして「例外」から生じるからだ。

 何か答えを求める時は、そこに、経済的損得感情ではない「天秤」を持つべきだ。

 なるべく多くの情報(構成因子)を集め、それを、最低でも二元論の秤に掛けて、冷徹な答えを出そう。

 100%の正しさなどは存在しなくて、人は大なり小なりの「悪」を内包しなくちゃならないのが、世の常、だ・・・。

   ◇

 なお、「放射能ヒステリー」という言葉を使い始めたのは、このブログが最初だと思っていますよ^^v

   ◇

 ≪本日の名言・2≫

 小松左京

 「数千万人の人々を不安にさせているが、二〇一一年七月現在、まだ一人も死に至らしめていない。この事実を冷静に見つめたい」

 《【産経抄】8月2日
 亡くなった小松左京さんは20代の中頃、経済雑誌の編集長を務めた経験がある。知人の紹介で入社したのは、昭和29年に大阪で創刊された『アトム』という雑誌だった。誌名は、東京で隆盛だった『ダイヤモンド』に対抗して「硬くて強そう」と選ばれた。
 ▼特に原子力を意識したわけではなかったものの、まもなく原子力三法が制定され、開発への機運が高まっていく。小松さんは原子力中心の誌面を作るために、原子力発電の将来性や放射能の危険性などについて、猛勉強したという。
 ▼その後の石油ショックなど、エネルギー事情の変化を踏まえて、30年後に行われたある座談会で述懐している。「あのとき原子力の研究に着手していなければ、いまのように電力の安定供給はできていないかもしれませんね」。
 ▼小松さんの遺稿は、今月刊行の『3・11の未来 日本・SF・創造力』(作品社)に寄せた文章だった。『日本沈没』で、日本民族の底力を描いた作者らしく、「まだ人間の知性と日本人の情念を信じたい」とある。
 ▼一方で、原発の事故をめぐっての憂慮は深かったようだ。収束の遅れに対するいら立ちの声が強まるなか、原発の将来や安全性をめぐる論議が、専門家の間でもまったくかみ合っていない。経済産業省原子力安全・保安院の「やらせ」問題などで、国の原子力政策への不信感は強まるばかりだ。
 ▼菅直人首相が、広島と長崎の原爆犠牲者追悼式典を「脱原発」をアピールする場として、政治利用する懸念もある。小松さんは、国民にこう訴えている。「数千万人の人々を不安にさせているが、二〇一一年七月現在、まだ一人も死に至らしめていない。この事実を冷静に見つめたい」》

 かえすがえすも信じられない事実だよね。

 これだけ、日本や世界を騒がせているのに、現在でさえ、ただの一人の被害者も出ていない。

 私などは、現在の、日本国土にある放射能で、どうすれば死ねるのかを知りたいと、いつも切に願っている^^;

 「人が一人も死んでないじゃん」と言うと、反原発の方は、「数年後に必ず影響がある」と嬉々として言う・・・。

 だが、正直、スリーマイルやチェルノブイリの「後遺症」と呼ばれるものの大多数が、事故との科学的なつながりが証明されていない。

 ・・・私が恐れているのは、最近の医療では、生まれる前にほとんど判明していて、悲しいかな堕胎されていた、(福島第一原発事故の影響とは関係ない)重い奇形障害児たちが、

 左翼の言説に利用されるためだけに産み落とされる可能性があるということ、だ。

 左翼と言うのは、平気でそういうことをやらかすのだ。

 自分たちの「正義」の規模が、何よりも優先されると信じ込んでいて、それに伴う欺瞞を欺瞞と認識できないのだ。

   ◇

放射線のひみつ
中川 恵一
朝日出版社


 「解題・放射線のひみつ(2・被爆と被曝)」

 「ひばく」と聞くと、原子爆弾による「被爆」を想像しますが、放射線によるものは「被曝」と言います。

 両方の言葉の「ばく」の漢字の偏を見てください。

 片や「火」偏で「焼かれる」と言ったニュアンスを想像できます。

 もう一方は「日」偏で、「浴びる」と言ったニュアンスか。

 「被爆」は、放射線を含んだ高温度の熱戦と強力な爆風による直接的な被害と、後遺障害として<原爆症>と呼ばれる放射線障害や白血病や癌などの病気を被曝者に起こします。

 「被曝」のほうは、「放射線にさらされる」と言うことです。

 読みは同じですが、意味は全然違います。

 私は、よく「被曝」とされるチェルノブイリの被害者は、「被爆」だと考えているのです。

 だって、チェルノブイリは、炉心が核暴走・大爆発を起こしている。

 原子核融合の爆発でこそないが、あまりにも規模が大きかった。

 対して、福島では爆発など起きてない。

 えっ? 水素爆発が起こったって?

 あんなものは、一種の水蒸気爆発に過ぎないよ。

 私が高校の時の化学の時間に、試験管で先生が実演してくれたものだった^^

 ・・・そもそも、人類は、古来から、放射線を「被曝」し続けています。

 放射線は、自然界に普通に存在しているものだからです(後述)。

 その歴史上の放射線量たるや、福島原発事故の記録と大差ない・・・。

 そんな中を、日本国民は無自覚にのんびりと暮らしていた。

 さて、「被曝」について、ちょっとは分かって頂けたでしょうか?

 「正しい知識を持てばリスクも減らせますし、予防もできる」と言うことです。

   ◇

 論評誌『撃論』の中川八洋論文についても、語っています(2)。

 今回は「ドイツの欺瞞」。

撃論 vol.3 (OAK MOOK 398)
クリエーター情報なし
オークラ出版


 ・・・原発は世界三十ヶ国(四三六基)が保有しているが、このうち「脱・原発」を決めた国家はわずか三ヶ国で、ドイツ・イタリア・スイスであり、「福島事故後」に原発発電ゼロを決定したのはイタリア。新規原発の建設の全面禁止を決定したのがドイツ。他の二十七ヶ国は、原発の稼動をやめる気配はない、とのこと。

 なぜ、二十七ヶ国はやめないのか、先ほど書いたが、あらゆる情報を「天秤」に掛けた帰結なのである。

 それは、例えば、東京電力と国会議員の癒着による利権などに代表されるような矮小な問題ではなく、

 もっと、人類の良心に準じた結論だと思う。

 現在、どうあっても、この最先端の、「リスクの少ない」エネルギーは必要なのである。

 有名なことだが、さて、脱原発後のドイツは、エネルギー確保をどうするのか?

 ・・・原発大国フランスから輸入するんですよね。

 あたかも世界に先駆けて脱原発を宣言し、クリーンなイメージを世界に発しつつ、他国からの原子力によるエネルギーの輸入・・・、卑劣な国である。

 元々の「脱原発」衝動を考えると、そんなことを真顔で出来る道理はない。

 放射能には国境はない。

 そもそもが、「放射能への恐怖」で「脱原発」を掲げたわけで、それさえも、彼らの脳裏にある事故の可能性においては、国内であっても、国外(隣国フランス)であっても全く変わらないのだが・・・。

 ドイツは、世界はおろか、ドイツ国民に対しても欺瞞を撒き散らしている。

 もっとも、ドイツの脱原発後の皮算用として、シーメンス社の商業活動方針に顕著な、代替エネルギーとしての風力発電を世界各国に売りつける軽薄さがあるのだろう。

 でも、前回も書きましたが、日本での風力発電の普及は、自然環境的に無理がありますよ・・・。

                                                     (2011/11/16)
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[映画『第7鉱区』を観た(短信)]

2011-11-15 23:40:01 | 物語の感想
☆昨夜は飲んだくれて、早い時間に寝たので、今日はハードなバイトだったのだが、パワーが残っていて、レイトショー鑑賞と相成った。

 彼女も、家に来ている大きい姪っ子も、それぞれ、どちらも誘ってみたのだが、どちらも時間が合わず断られ、一人で映画館に向かったら、館内もお客が私一人だけだった^^;(ギリギリでおっさんが一人入ってきた)

   ◇

 そこそこ楽しめるかと思ったら、本当に「そこそこの出来」で、私は途中から飽きてしまった。

 最近の韓国の娯楽作の作りが成長著しいのは理解しているつもりだが、

 今回の、ハリウッド産のアクションホラーを、ただなぞるだけの内容にかったるくなった。

 だったら到底、『エイリアン』や『ディープブルー(レニー・ハーリン監督の海洋ホラーアクション。傑作!)』に遠く及ばない・・・。

 ちょいと、いいトコ(マネッコじゃないオリジナルの箇所)を探してみようかな。

 モンスターが、出現するとすぐに、その威容をこちらに示してくれるのは手っ取り早くて良かった。

 物語前半の、海上採掘基地での長い待機時間をもてあますメンバーの姿はちょいと良かった。

 韓国の技術100%の、モンスター造形のCGは見事だった。

 短髪ヒロインの、最後の身体を張ったポール・ダンスが斬新で良かった。

 ・・・それぐらいかな。

 妙にメンバーそれぞれの描写に時間をかけているが、それが全然、人間関係での余韻につながっていない。

 女性研究者役は、西川史子先生に似ていた^^;

 最後、海中での、「メンバーの寄せ書き」を眺める主人公のシーンは意味なし。

 モンスターを倒し、自爆する鉱区から、ヒロインがバイクで大海原にジャンプするシーンで終えていたら、そこから遡及効を起こし、作品全体のグレードがあがったかもしれん(『バニシングポイント』『テルマ&ルイーズ』みたく)。

                                                    (2011/11/15)
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[映画『コンテイジョン』を観た(短信)]

2011-11-12 23:59:18 | 物語の感想
☆う~む、私は、その評価に悩んでいる。

 スティーブン・ソダーバーグ監督による「ウィルス感染症のパンデミック」ものである。

 描き方が、実に実にクールなのである。

 幾らでも、サスペンスやお涙頂戴ものに出来るのに、それをしないで、淡々と、状況を追っていく。

 「状況」が派手なので、その硬質さはキューブリック作品以上である。

 面白くしようと思えば、幾らでも出来ることをしていない。

 あえてしていないようだ。

 それは、ソダーバーグ監督の、先の『チェ』二部作で理解できていたことでもある。

 私は、映画と言うもののあり方を、「可能性」を考えさせられつつ、じっくり見た。

 シナリオにおいては、最低限の起伏は提供しつつも、作品は、そこで描かれる「人間」こそが大事なのだとばかりに、それぞれの役者の演技を引き出しているかのようだ。

 伝染病対策の最高責任者でありながら、事態の深刻さゆえに、インサイダー情報を恋人に漏らすチーヴァー博士(ローレンス・フィッシュバーン)。

 香港出張の折、第一感染者となるベス(グウィネス・パルトロウ)は不満のない家庭がありつつ、浮気をしていた。

 夫のミッチ(マット・デイモン)は、妻を亡くし、息子を亡くし、娘を守るために、近づく娘の恋人を遠ざける。

 チーヴァー博士の部下、ミアーズ医師(ケイト・ウィンスレット)は、自分自身が感染しつつ、朦朧とした意識の中、隣りのベッドで寒さに震える患者にジャンパーを渡そうとする(私は、この人、非常に演技派だと思っています^^)。

 WHOのドクター・レオノーラ(マリオン・コティヤール)は、ワクチン要求のため、香港のとある村の住人に誘拐されてしまうのだが、同僚が、偽のワクチンを渡し自分を解放したと分かるや、その村の住人に情を持ってしまっていたがゆえに茫然自失となり、失踪する。

 自称「フリー・ジャーナリスト」のアラン(ジュード・ロウ)は、政府による感染病対策への陰謀論をネット上で展開し、一躍、時の人となっていく。

 どの役者も、着実な最上の演技で、個々の役柄を魅せてくれる。

 けれんなどは全くない。

 クールに状況を追っていくことを一義とした演出スタイルだ。

   ◇

 音楽だけは、サスペンスフルで、それはそれでとても良かったし、

 マット・デイモンの娘役の子が、顔がちんまくて可愛かったぞ^^(名前が分からん)

 ・・・この作品は、福島第一原発事故による放射能ヒステリー、風評被害のパンデミックの渦中にある現在の日本人にこそ、見て欲しい作品である。

 ネット上の煽り屋・アランのような人間の言葉に、多くの人が乗せられているのが現状だ。

 アランのような人間って、自分が正しいことを言っていて、それに付随する嘘の数々は当然に許容されると信じ込んでいるので、始末に悪い・・・。

                                                      (2011/11/12)
コメント (6)
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[映画『インモータルズ -神々の戦い-』を観た]

2011-11-11 23:59:24 | 物語の感想
☆名作『落下の王国』(クリック!)の監督ターセム・シンの最新作だ。

 こりゃ初日に観たいと、午後七時半から歯医者だったのですが、それだとレイトショーでも観れないので、仕事を終えたらすぐに、「時間を間違えちゃいました^^;」と強引に歯医者に行き、治療してもらって、さあ、これより見てきます^^

 予告編などを見ると、ちょいと一抹の不安もよぎるのですが、良作であることを期待し、これより、見てきますね^^

 帰ってきたら、感想をエントリーします^^v

   ◇

 さて、見てきましたよ。

 寸評としては、面白かったが、多くを考えさせられる強烈さはなかった…、が正直なところだ。

 それは、見る前から予想できた。

 物語的には新味のないギリシャ神話を背景にした英雄の物語だからだ。

 古典的物語の再構築であるがゆえに、私は、私が『落下の王国』で感じた、ターセム監督の美学や哲学が出し切れないのでは、と思っていた。

 しかし、序盤から、地下空間の大広間中央に設えられた巨大な黒い箱がドーンと画面上に現われ、それが角の部分から壁面部にカットが流れ、壁面部の格子から、その内部が覗け、そこに封印されたタイタン族たちがめざしの様に串で束ねられ、だが、その目は爛々と輝いているのを見たとき、ターセム美学、全く遜色なし! と思わせられた。

 古典的な物語だが、それを彩る美術には、相変わらず見惚れる。

 クライマックスの舞台である「ダム」屋上の、「どこでもドア」みたいな扉なんて、意味ありそでなさげだけど、アート的にはグッとくる。

 この監督、屋根が好きではないらしい、天井のない夜空の見える廃屋なんてシーンがやたらと多かった。

 もちろん、そういうシーンは、絵画のごとく決まっている^^

 悪の王・ハイぺリオン(ミッキー・ローク)の兜(クワガタ風)や、悪の軍団の被り物のデザインも大胆で良し!

 ・・・だが、作品にテーマ性が感じられなかった。

 まあ、この作品は、与えられた企画で、ターセムの情念(テーマ)を盛り込むまで行かなかったのだろう。

 大学生の頃、西田勝と言う左翼先生に文学の一つの科目を習ったのだが、まあ、左翼先生ではあったが、当時、「成る程なぁ」と思わせられた話に、「文学者には、その体験からのモチーフによって、テーマに昇華できる作品と言うのは、その活動において、せいぜい数件しかない」という話であった。

 つまり、ターセム監督の持つテーマ性は、前作でとりあえず吐き出せたのだろう。

 その希薄さを救うのが、映画『300』を作ったスタッフによる斬新なアクション描写である。

 特に、ギリシャの神々のバトルは、血みどろだが、人体が豆腐のように切断され崩れていく様は見ていて心地良ささえ感じる^^;

 それぞれの神々、その名前が、クライマックスであっても、いちいち字幕で入るのがウザかったが、作品全体を通しての、インド出身の監督主導による、他国で見る者との感覚のズレ(例えば、神々の装束、キャスティング、妙な残虐性などなど)は、却って、新鮮であり良かった。

 神の巫女を演じたフリーダ・ピントーは、いつものごとく美しいが、ギリシャ神話に、明らかなインド系の女性が出てくることについて、ギリシャ人などは面食らわないのだろうか?

 まあ、ギリシャは、国家破綻の真っ最中なので、そのような余計なことを考えている余裕がないのだろうか。

 アテナ(イザベル・ルーカス)も、メリハリのいいアクションと優しげな美貌で良かったなぁ^^

 ただ、ギリシャの神々の派手なバトルは、どうしても英雄テセウスらの人間界の戦いとは、分断されている・・・。

 どうしても神々の戦いのほうが派手で楽しいのだ。

 今回、この作品を見て思ったのが、ターセム監督は、その芸術感覚だけでも作り手としてやっていけるだろう、と言うことだ。

 そう思うと、ターセム監督は、ジョン・ウーみたいなタイプの映像作家なのだと思います^^

                                                     (2011/11/11)
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[映画『スマグラー おまえの未来を運べ』を観た(短信)]

2011-11-09 23:43:51 | 物語の感想
☆ちょっと気になっていたので見てきた。

 物語を簡単に言うと、だらだらと日がな一日をパチスロなどで暮らしていたフリーター・砧が、つい、うまい儲け話に引かれ、案の定、失敗し、多額の借金を返すために「裏の運送業」で稼がなくてはならず、そこでの、ヤクザとチャイニーズマフィアの抗争の狭間で、今後の人生を見つめなおすという「拷問ムービー」だ。

 最初、主人公を演じた妻夫木聡の役柄が内気の性格であったので、そのセリフが聞き取れず、対するチャイニーズマフィアの訛りもあって、なかなか物語にノレない雰囲気だった。

 おまけに、ヤクザ事務所のくだりは、変な小芝居っちゅうかショートコントのようなノリで、違和感が大きかった。

 そこへ乗り込んでくる中国人最強の殺し屋コンビも、その戦闘服を着ていること自体にリアルが感じられず、

 また、その戦いの描写も、緩急区分の明確な撮り方のつもりなのかもしれないが、なんか物語のテンポを崩していた。

 だから、私は、この作品内の役者・演出を含めた諸要素を「許せる」「うざい」で判断し見続けていた。

 序盤などは、全てが「うざく」感じられた。

 二人のチャイニーズの殺し屋の言い知れぬ不気味さや、仲間のジジィの矮小な感じは、うざかった・・・。

 つまり、流れが一貫しておらず、部分部分でありながら悪い評価を下してしまっている自分がいたわけだ。

 が、そんな、芝居や演出、撮り方も、中盤になると慣れてきて、

 やっぱり美しい情報屋役の松雪泰子や、活舌のいい、感情を殺した男口調の、組長の女を演じた満島ひかり、いぶし銀の魅力が光る役柄の永瀬正敏などに、物語に感情移入できる面白さを感じてきた。

 最後には別れのシーンがあるのだが、荒んだ物語の中、妙に叙情的であった。

 ・・・しかし、主人公を拷問しまくるヤクザ役の高嶋政宏の「狂気のチンピラ」役はキモかった。

 先日見た「探偵はBARにいる」では、弟の高嶋政伸も、異なるが、異常なことについては似たような拷問ヤクザ役を演じていて、

 兄弟揃って、何をやっているんだよ^^; と思った。

 普通、悪役と言うか、殺し屋みたいな役って、何がしかの魅力があるものだが、今回の高島兄弟、それぞの殺し屋役は、負の格好良さを感じるよりも、キモさだけが際立っていた^^;

 それはそれで凄いことだ^^;

                                                    (2011/10/09)
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[素晴らしい原子力発電(1 ダライ・ラマ/基礎用語を知ろう/ペケ風力発電)]

2011-11-08 23:58:28 | 保守の一考
☆バイトを終えて帰宅したら、郵便が届いていた。

 皇學館大學の博士の松浦光修先生が、私が誕生日だったからだろうか、新刊を送ってくれていた^^

 私は、これまでも松浦先生(の著作)については語っているが、一番最近のエントリー[目に見えないもの(松浦光修氏の著書から)](クリック!)で、松浦論文を語りつつ、原発肯定の内容に結び付けてしまっていたので、「もしかすると怒っているかも知れない・・・^^;」と思っていたのだが、「まあ、よろし」と黙認してくれたのかな^^;

 何にしても、私のような者を気にかけてくれるのは嬉しい限りだ。

 新刊は、吉田松陰の『留魂録』の松浦先生の手による編訳である。

[新訳]留魂録
松浦光修
PHP研究所


 読んでいきたいと思う。

 ……吉田松陰は、どんな者に対しても、自分が学ぶ姿勢を持っていた人物だ。

 その吉田松陰を敬愛せし松浦先生も、雑草のような私から、例えば「しぶとさ」を学んでくれているのだろう。

 ・・・て、ことは、私も「先生」だ^^

 ミド蘭先生・・・。

 冗談はさておき、副題に<吉田松陰の「死生観」>とある。

 まだ読んでいなくて、浅い認識で記すのだが、

 私、福島原発の避難区域ギリギリまで行った時、数パーセントは、黒船に乗り込んだ吉田松陰の気持ちと重なるものがあったと思っている。

 私の信念とキャラクターにおいて、あそこには行かざるを得なかった・・・。

   ◇

 ≪本日の名言・1≫

 ダライ・ラマ14世

 「・・・「常に物事は全体を見るべきで、一面だけを見て決めるべきではない。破壊的な目的で使うものは、破壊的なものしか産まない・・・」

 <脱原発だと「貧富の差広がる」 ダライ・ラマが記者会見で述べる (2011/11/ 7 12:56)
 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世(76)が2011年11月7日、都内で記者会見を開いた。
 ダライ・ラマは10月末に来日。高野山で講演した後、11月3日から6日にかけて仙台、石巻、郡山など東日本大震災の被災地を訪問した。被災地訪問後に記者会見を開くのは初めて。
   「常に物事は全体を見るべき」
 会見では、東京電力福島第1原発から20キロ圏内に放置された動物の写真をダライ・ラマに見せる記者もいた。さらに、記者は
「人間にも動物にも、放射能におびえずに生きる権利があるのではないか」
と問いかけた。ダライ・ラマは20キロ圏内の惨状に顔をしかめながらも、
「常に物事は全体を見るべきで、一面だけを見て決めるべきではない。破壊的な目的で使うものは、破壊的なものしか産まない」
として、広島を訪問した時のエピソードを披露。
「原子力が兵器として使われるのであれば決して望ましくない」
 一方で、「平和目的ならば別問題」と、当面は原子力をエネルギーとして活用すべきだとの考えを示した。
   代替エネルギーでは、将来の電力需要を満たすのは困難
 原子力以外の発電手段については
「ダムは自然を破壊するなどの悪影響がある。風力、太陽エネルギーもあるが、十分ではないかもしれない。十分というのは、『先進国にとって十分』ということではく、これから発展を遂げる国にとっても十分でなければならない。そうでなければ、貧富の差が広がってしまう」
と、現時点で開発されている代替エネルギーでは、将来の電力需要を満たすのは困難だとの見方を示した。ただ、
「安全には万全を期すことが大事。あなた方が『原発はいらない』とお決めになるのなら、それはそれでいいと思う」
と、国内で広がっている「脱原発」への動きに対する批判は避けた。
また、パレスチナや尖閣諸島、TPPの問題については、
「大きな、複雑な問題」
「日本の問題」(Japanese Business)
「TPPについて勉強していない」
として、コメントを避けた。>

 ・・・「TPPについては勉強していない」からコメントしていない。

 が、原発については勉強してくれたが故に、素晴らしい言葉で語ってくれている。

   ◇

 では、「放射線のひみつ」を紐解いていきましょう。

放射線のひみつ
中川 恵一
朝日出版社


 「解題・放射線のひみつ(1)」

 ・・・先ず、第一章は<放射線を語るための「言葉」から始めましょう。>とある。

 ふいに、生活を脅かす「シーベルト」「マイクロ」「ベクレル」などと言う耳慣れぬ言葉の数々に、日本国民は圧倒され、恐怖するに至り、国益を壊滅的に損ねているのが現状です。

 確かに放射線は「扱いを誤れば危険です」。

 しかし、何がどのように、どうして危険なのかをはっきりと認識しなければ、恐怖の程度が分かりませんし、

 また、人間として生きるためには、克服・・・、恐怖への対処をしなくてはなりません。

 第一章では、対処を真っ当に行うために、そう、「正しく警戒」「正しく怖がる」ための、放射線を表わすための「言葉」を知りましょう、と大前提を主張しています。

 私は、それは、例えば、野球を知るために、ルールを覚えなくちゃならないが、その前に、「ストライク」や「ファール」「バント」などの基礎用語を覚えることと同じだと考えている。

 いや、放射線について最低限知らなくちゃいけない言葉は少ない。

 誰も、「タッチアップ」や「エンタイトル・ツーベース」を真っ先に覚えろとは言ってません^^

 そうして、あるいは、現在の放射線数値が、まったく恐れるに値しないこともわかるかも・・・。

   ◇

 論評誌『撃論』の中川八洋論文も、語っていきたい。

 今回は「代替エネルギーとしての風力発電のナンセンス」についてだ。

撃論 原発安国号 Vol.2 (OAK MOOK 388)
クリエーター情報なし
オークラ出版


 日本の自然環境は、自然エネルギーによる発電に不向きであること。

 そこに、自然環境の全く異なる外国の例を重ねるのは妄想でしかない。

 妄想ではなく、きちっと想像すると、以下のように・・・。

 風力発電で、浜岡原発一基分(138万キロワット)と同じ発電をするには、お台場の大観覧車クラスのプロペラ直径90メートルの風車(定格出力3000キロワット)が2300基必要となる(風車の実際の発生電力は約2割と看做し)。

 2300基の風車の建設コスト・維持管理費などを厳密に計算すると、原発の安さがすぐに理解されるだろう。

 浜岡原発は、5号機のほかに4号機も停止されたので、更に倍! 4600基の巨大風車が必要になる。

 近いうちに予想される東海大地震において、この4600基の巨大風車はことごとく倒壊する。

 地震に弱いと原発は批判されるが、原発以上にあからさまに地震に脆弱な風力発電には、原発反対派の妄想は作用されない^^;

 ・・・ここから、私の私見。

 また、あまりにも巨大過ぎて、景観を乱す問題もある。

 旅行で眺めるには楽しくも、そこに在住する苦痛はある。

 視界の隅に、常に巨大なプロペラがグルングルン回っているのである。

 精神への作用は多大だ。

 風車の起こす超低周波・低周波騒音の問題もある。
 
 現在の数値での、福島原発事故での放射線が、住民に与える影響は科学的には皆無である。

 で、それについては、多くの人間がヒステリックな妄想に取り憑かれ恐怖しているのに、風車の起こす超低周波・低周波騒音が地域住民の精神に作用することについては誰もが無頓着である。

 ストレス以上の影響で、鶏は卵を産まず、牛も乳を出さなくなり、お母さんも母乳が出なくなり、浜岡原発のある静岡のお茶っ葉は味を劣化させるだろう。

 そもそも、静岡に限らず、日本には、そんな風車ばかりを建造できる土地などないし、

 風も思うようには吹かないゾ!

                                                   (2011/11/08)
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[映画『カイジ2~人生奪回ゲーム~』を観た]

2011-11-05 23:39:42 | 物語の感想
☆う~む、面白い^^

 原作は言わずと知れた、今なお続く傑作ギャンブルマンガだ。

 前作(クリック!)でも、私は大概、熱狂して楽しんだのだが、その一個の映画作品にするための改変を不満に思う人も少なくなかったようだ。

 「帝愛」と言う金融会社には、返し切れない莫大な債務を持った者が突き落とされる「地下強制労働収容所」があるのだが、一つに、この数々のエピソードを生んだ舞台が前作では蔑ろにされ、無難にスルーされていたことに起因する。

 そこが簡単にクリアーされ、カイジが、地上を舞台にした戦いでクライマックスを迎え、勝利しちゃったことが、今後の続編に影を落とすだろうという危惧があったようだ。

 しかし、今作は、それをいとも簡単に解決している。

 カイジは、またも借金にまみれ、「地下強制労働収容所」に落とされていたのだ。

 物語はそこから始まる。

 またも、「地下強制労働収容所」での、悪魔の室長とのチンチロ対決は、「007」のアヴァンタイトルのように簡略化されてしまい、

 カイジが、地下の仲間からの希望を託され、地上での限られた二週間の生活の中で、自分と仲間の借金2億円を返す賭けに打って出る物語だ。

 ・・・「地下強制労働収容所」での簡略化されたチンチロ対決は、原作ならば、室長の仕掛けたイカサマに、カイジらはイカサマで仕返すという皮肉が効いていたのだが、今作では、イカサマを見破って終わってしまうという、原作を知る者には物足りない序盤展開だ。

 いきなり、クライマックスの話で申し訳ないが、何段階もの起伏のどんでん返しがあるが、そこで、カイジは何度も絶望し、情けない「命乞い」みたいなことをする。

 そこで助けてくれるのが、どちらも仲間なのだが、結局は、そのヘルプが、お金の問題でしかないのが少し不満だ。

 私の思い描くカイジならば、その「命乞い」には、何らかの計算が働いているはずなのだが・・・。

 でも、手すりに縋り、下半身を「帝愛」の「戦闘員」に引っ張られているのが駄々っ子みたいで面白かったし、昔、シュワちゃんの「トータルリコール」でこんなシーン見たことある^^;

 ただ、同じ「二人の仲間それぞれのお金の融通」が二度繰り返されちゃうのは、片方の人物が、原作からの改変部分のオリジナルキャラクターによるものであり、

 数度は読んで見知っている原作を、より面白さをアップさせてくれたのが今回の改変部分でもあるので、痛し痒しだ^^

 そのオリジナルキャラクターは、吉高由里子が演じている。

 前作のチョイ役だ。

 それが、全く女っ気のない原作に、グレードの高いヒロインを加えてくれていた。

 メインの舞台である<人喰いパチンコ"沼">は原作通りに堂々と、

 しかし、改変部分のオリジナルギャンブル<プリンセス&スレイブ>では、<人喰いパチンコ"沼">のカジノでのメイド服の吉高由里子が、黒衣の王女様に扮装したりして、

 また、悪女として…、過去に心にキズを負った女の子として、演技力を駆使していて、

 私は、

「やっぱ、このイイ女は、チンポにクルなぁ!^^」

 と、確信するのだった(<プリンセス&スレイブ>は、現在連載中の「カイジ・和也篇」のプロローグの和也の小説を髣髴とさせて良かった)。

 カイジ役の藤原竜也だが、この人の演技は、物語が盛り上がれば盛り上がるほど、共感できる普通っぽさが感じられ、そこがいい。

 前作での敵役であり、今は落ちぶれている利根川を演じている香川照之に、私はかつて、「同じ役柄しか出来ない」などと言っていたものだが、その後の多彩な活躍は文句なく、今回も、落ちぶれたが臥薪嘗胆にある「カッコ良さ」を存分に見せてくれていた・・・、素晴らしい!

 藤原竜也、吉高由里子、香川照之と、もう一人、カイジに「"沼"攻略」を見込む男がいるのだが、それを生瀬勝久が演じていて、アクが強いが、その情動は普通人に近く、見ている私たちを非現実的世界へ橋渡ししてくれる。

 そんな4人が、「オーシャンズ11」のように、「"沼"攻略」に挑み、私は燃える^^

 4人を迎え撃つ、<人喰いパチンコ"沼">のカジノのオーナー・一条を伊勢谷友介が演じているのだが、

 私は、どうやら、このケレン味たっぷりの役者が好きなようである。

 『十三人の刺客』『あしたのジョー』と観てきて、この人が出てくると、画面から目が離せなくなる。

 ああ、俺の大好きな広末と、かつてつきあっていたことも頷けるし、

おお、名作『ブラインドネス』にも出ていたんだね^^

 私が、原作「カイジ」の<人喰いパチンコ"沼">篇で感心したのが、その攻略方法の「本格ミステリー」的な大仕掛けにでした。

 かなり入り組み、理解が難しい状況を、画面に3D表現のCGを組み込むことで、うまく理解させてくれました。

 原作では、ラストバトルは、確か、釈放を待つ「地下強制労働収容所」の仲間のトコにもバトル状況が放送され、盛り上がった記憶があるのだが、今回の作品では、そういった多角的な視点に欠けていた点もある。

 バトルの熱さに流されて最後まで圧倒されたが、

 物語に、やや「カイジ」っぽい、現代の若者の労働への無気力と追い込まれた後のサバイバルの描写が弱かった気がするが、

 それでも、面白かった^^

   PS.写真で登場の「美心(みここ)」は、ブスではなかった^^

                                                  (2011/11/05)
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