吉良吉影は静かに暮らしたい

植物の心のような人生を・・・・、そんな平穏な生活こそ、わたしの目標なのです。

長谷川一夫主演『忠臣蔵』(1958年大映)・・・『シビリアン・コントロールへの逆襲!!!』

2016-12-13 15:30:39 | 映画・ドラマを観て考えよう
 やはり年末になると忠臣蔵、という訳で、久しぶりに大映映画の忠臣蔵を観た。

 2時間46分という大作なのだが、話そのものは通し狂言でまる一日掛かるようなシロモノだから、総集編でギュッと煮詰めたようで、いささか忙(せわ)しない。

 忠臣蔵のストーリーは無論ご存知でしょうということが前提になったツクリですから主要な場面が『ハイ、ここまで撮れば充分ですよね』って感じでドンドン切替わって行きます(例えばラスト『首尾よく吉良を討ちとった一行を多門伝八郎が橋の上で差しとめるが、その実廻り道を教えるシーン』で終わるといった塩梅)。

 しかし、知っていればこれが『小気味よいテンポで進んでいく』感じで、忠臣蔵をイイ感じで概観できる造りになっていて、その後の忠臣蔵のストーリーを決定づけた作品です。目付役多門伝八郎を演じる黒川弥太郎と垣見五郎兵衛を演じる二代目中村鴈治郎が実にイイ味を出してます。

 で、セットが実に見事『もう二度とできないだろう』と思えるような豪華さです。



 改めて見直してみると、この話は大阪夏の陣から76年経った江戸時代(戦闘の記憶を持った世代はほぼ亡くなっている)、もはや天下泰平の世となり、シビリアン・コントロールも行きわたったかという時代に、突然起こった武闘派の逆襲といいますか、時代錯誤の連中が刀を振り回した大事件と言えるのではないでしょうか。

 武家の長たる徳川幕府はすでに公家化して、朝庭との結びつきを強めようとしていた矢先の出来事だったのでさあ大変、しかし武士の本分は刀を持って戦うことなので、本来はアッパレ忠義の士のはずだが・・・というせめぎ合いの中で、やっぱり『時代はすでに変わっていたのだ』という結論に達したオハナシ、なのです。

 しかし、時代が変わっても不器用に筋を通す話は見ていて気持ちイイ。

 大石内蔵助辞世の句『あらうれし心ははるる身はすつる浮世の月にかかる雲なし』