表題になった文章は、国際日本文化研究センター第一回国際研究集会の基調講演の原稿をまとめたものです。
この基調講演のメンバーが凄いですよー。梅原猛氏の他のお二人はドナルド・キーン氏と(何と!)あのレヴィ=ストロース氏ご本人だったというのですから(そちらの内容も拝見してみたいものです)。
※梅原猛『日本人の「あの世」観』中公文庫 / 1993年2月10日初版発行
<構成>
第一部
世界の中の日本の宗教(日本人の「あの世」観)
甦る縄文
日本語とアイヌ言語は異言語か
基層文化としての沖縄文化
第二部
原古事記と柿本人麻呂
人麻呂をめぐる「万葉集」と「古今集」
新しい時代を創造する賢治の世界観
第一部では日本人は「あの世」をどう考えてきたのかが語られます。
もともと日本人は死んだ人間は皆「あの世」へ行くと考えていたらしいのです。
あの世に関する古い考え方は、沖縄とアイヌ人の間にその痕跡が残っていて、あの世とこの世はそう変わりがないらしいのです。ただし『全てがアベコベだ』という点が違っています。
あの世では右と左は逆になるので、死んだ人の着物は左前に着せますし、お通夜で送り出すとあの世には夜明けに着く、使っていたお茶碗を欠いたらあの世では完全な形になる、こう考えるとお葬式の作法もナットクですね。
で、「あの世」へ行くのは人間だけではなく、生きとし生けるもの全てが「あの世」へ行くのです。
アイヌには『熊送り』という儀式がありますが、熊を大切に「あの世」へ送れば、送られた熊は『人間の世界でこんなに歓待された』と仲間に伝えるので、次の年には大勢の熊が(毛皮と肉を『ミアンゲ(=身上げ=土産)』として持参して)この世にやってくるのだ、とか。
※アイヌに伝わる『熊送り(イヨマンテ)の神事』(村瀬義徳「アイヌ熊祭屏風」市立函館博物館蔵)
これ以降、ここに神道と仏教が入り込んで、この「あの世」観が変質していきます。
このとき、亡くなった人の魂を「あの世」へ送る仕事は専ら仏教が引き受け、神道はおもに生に関わる事柄(結婚など)に特化していくのです。
ここで仏性の問題が出てきます。
奈良仏教は『一部のヒトだけが仏になれる』との立場でしたが、最澄は『全ての人間は仏になれる』と言ってこれを退けました。空海になるともはや『草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)』で、生きとし生けるもの全てに仏性があるという立場になります。そして法然は『念仏すれば極楽往生間違いなし』と言い、以降念仏が爆発的に広まったのです。
親鸞に至っては『念仏すればもはや戒律も必要ない』という立場をとりますが、この親鸞『二種廻向』という考え方をするのです。すなわち『あの世へ行った人間は再びこの世に戻り衆生を救わねばならない』というのです。
親鸞に至って日本人の「あの世」観は、本来の土着宗教に回帰したかのようです。
すなわち『この世とあの世は同じだがあべこべの世界』とか『あの世で誰を返すか話し合った結果で赤ちゃんが生まれる』そして『ご先祖は山の向こうから見守っている』という考え方です。
実に素朴な考えのようですが、現代の遺伝子に関する研究成果が取り入れられると『生まれ変わりという考えもあながち荒唐無稽とは言えなくなる』というのです。
現代文明が行き詰まりを見せているこの時代に『人間の文明を発生の原点に立ち帰って考え直す必要がある』と主張してこの基調講演は終わっています。
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