しろみ茂平の話

郷土史を中心にした雑記

~やわらかに柳青める北上の~ (岩手県渋谷村)

2024年04月23日 | 旅と文学

岩手県の「渋谷村」という地名は、石川啄木によって今でも日本有数の有名な村名のように思う。
現在は県都・盛岡市の市域になっている。


渋谷村に行くと、
かにかくに渋民村は恋しかり  おもひでの山 おもひでの川  啄木
ふるさとの山に向かひて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな  啄木
などの看板が目につく。
だが、やはりこの歌がいい

やわらかに柳あをめる 北上の 岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに  啄木


この歌は、映画【北上夜曲】と名曲【北上夜曲】とも一体化している。
〽匂い優しい 白百合の
濡れているよな あの瞳 
想い出すのは想い出すのは
北上河原の 月の夜 

 

 

旅の場所・岩手県盛岡市玉山区渋民 「渋民公園」
旅の日・2018年6月30日
書名・「一握の砂」
著者・石川啄木
発行・「石川啄木」 石川啄木 筑摩書房 1992年発行

 

この日の北上川。
岩手山は山頂が雲に隠れてしまった。

渋民公園は観光客を目的にしたような公園と思うが、少し錆びれた感じがした。

 

石川啄木は歌人としては天才だろうが、

気難しい人だったのだろう。


「岩手県の歴史」山川出版より転記する。


石川啄木は渋民村に明治19年2月に生まれ、上京し、文学に志したが病をえてはたさず、帰盛して詩活動に従う。
収入は一文もなく、盛岡に新居をかまえた。
明治39年
渋民村の代用教員をつとめた。
明治40年
校長排除のストライキを指導し免職となり、一家離散。
妹をつれて北海道函館にて小学校の代用教員となり、その後転々と北海道の新聞社を歩き、上京の志おさえがたく
明治41年上京し
明治42年朝日新聞社に入社。
明治43年
「一握の砂」を発刊した。

 

コメント
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