愛媛県の松山沖に大小の島々が浮かび、それを中島諸島と呼んでいる。
その中島諸島の興居島(ごごしま)は、
いちばん松山から近い島で三津浜港の目の前にある。
興居島は今、ミカンや船踊りで有名だが、伊予富士という名山でも知られる。
フェリーで興居島に向かうと、「あれがターナー島か」
とすぐに気づくほどに、たしかに名画を思い浮かばせる無人島がある。
旅の場所・愛媛県松山市興居島
旅の日・2011.7.14
書名・坊ちゃん
著者・夏目漱石
発行・集英社文庫 1991年
君釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。
赤シャツは気味の悪るいように優しい声を出す男である。
まるで男だか女だか分りゃしない。
男なら男らしい声を出すもんだ。
向う側を見ると青嶋が浮いている。
よく見ると石と松ばかりだ。
赤シャツは、しきりに眺望していい景色だと言ってる。
野だは絶景でげすと言ってる。
絶景だか何だか知らないが、いい心持には相違ない。
ひろびろとした海の上で、潮風に吹かれるのは薬だと思った。
「あの松を見たまえ、幹が真直で、上が傘のように開いてターナーの画にありそうだね」
と赤シャツが野だに言うと、野だは「まったくターナーですね。
どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。
ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙っていた。
舟は島を右に見てぐるりと廻った。
波はまったくない。
赤シャツのお蔭ではなはだ愉快だ。
すると野だがどうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかとよけいな発議をした。
赤シャツはそいつは面白い、吾々はこれかそう言おうと賛成した。
この吾々のうちにおれもはいってるなら迷惑だ。
おれには青鳴でたくさんだ。