塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

どうしてサッカーは、簡単に監督をクビにするのか(2)

2012-03-17 23:06:58 | 日記
 例えばスペインでは2011シーズン終了後、ラ・コルーニャが2部に降格しました。

 セルタからすれば「2部へようこそ」という心情かもしれませんが、ラ・コルーニャ
の関係者からすれ、イルレタの指揮の下、

 「スーペル・デポル」

 と讃えられた2000年代の栄華が、完全に崩壊したことを悟ったはずです。

 数年前からラ・コルーニャの金庫にはお金が無いことで有名でしたが、降格したことで
収益はやはり落ち込んだと思います。

 監督解任の理由のひとつが、この

 「2部降格の責任を背負う」

 というものです。

 2部降格は極端でも、成績不振での解任も目立ちます。

 モウリーニョ、ベニテス、クリンスマンといった青年監督だけでなく、トラパットーニ
やリッピのような熟練者でも、解雇は経験していますからね。

 特にユヴェントスやリバプールなど「名門」と謳われるクラブが、数シーズンにも渡って

 「チャンピオンズ・リーグ」

 に出場していないことは、大きな失望でありスキャンダルでもあります。

 リバプール、ユヴェントスがそれぞれダルグリッシュ、コンテという「正解」を得よう
としている今、今度はインテルが沈没しそうな気配です。

 つまり

 「金の成る木」

 を逃しても監督は解任されます。

 例えばベニテスは現在無職ですが、日本や韓国のような新興リーグは、選手獲得も含めて
案外今の時代は彼らを招くチャンスなのかもしれません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

どうしてサッカーは、簡単に監督をクビにするのか

2012-03-17 22:54:33 | 日記
 日本では既にガンバのセホーン体制の終焉が囁かれ始めています。

 またレイソルはレッズに敗れ開幕2連敗となり、グランパスも黒星がつきましたね。

 僕は開幕前FC東京の善戦を予想する記事を書きましたが、サッカーではどうしてこう
も監督解任が巻き起こるのでしょうか?

 その理由を僕なりに考えると次の2点になります・

 理由その1・野球、バスケットと異なり試合数が少ない
 理由その2・何よりもサッカーには降格制度が存在する

 特に野球で顕著なのは、どんな名門、どんな貧乏球団でも、一回対戦しただけでは力の
差が判別しない、だからこそ何試合も戦ってこそ初めて

 「地力の差」

 がわかるというものです。

 しかしサッカーは原則ホーム・アンド・アウェーの2試合しかありませんし、対戦する
2クラブの間に埋めようの無い差が存在しようとも、皆が承知の上ですね。

 逆に言えば

 「ジャイアント・キリング」

 の醍醐味がここに存在し、例えばレアルがチャンピオンズ・リーグでキプロスのアポエル
に敗れるようならば、キプロスだけでなく首都マドリード、そしてカタルーニャの地で

 「悲鳴と絶叫、そして愉悦の雄叫び」

 が挙がることでしょう。

 試合数が異なるのは、サッカーがリーグと代表戦を同時にこなすことも含めてのことで
すが、監督の首が簡単に飛ぶのは、やはり

 「降格制度とお金」

 がまとわりついて離れない為です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

社会貢献における矛盾点

2012-03-17 00:55:22 | 日記
 ナンバー798号では、川崎フロンターレの社会貢献の様子が掲載されていました。

 パルセイロも選手と有志の皆さんが

 1・篠ノ井駅前の清掃
 2・南長野運動公園の手洗いの清掃

 をしてくださり、心から感謝していますが、実はこれ、少しおかしい麺があります。

 各クラブの清掃の取り組みのことではありません。

 つまり地域貢献、社会貢献の中での「ゴミ拾い」は、ゴミを捨てる人間がいなければ
確実に

 「無用の長物」

 であり、僕らが日常スタジアムのトイレを使う際の心配りに欠けている証拠でもあ
るからです。

 僕のスーパーでも投書で

 「植え込みのゴミを拾いなさい」

 と意見されますが、僕の自論は

 「ゴミは拾わない側の問題ではなく、捨てた人間の問題だ。
  責められるのはまず無作法な人間ではないだろうか?」

 というもので、その疑念がいつまでたっても拭えません。

 スタジアムではどこでも禁煙でしょうが、やはり火災の危険がある以上禁煙の方向は
間違っていないでしょう。

 同様に火気を使う売店も、重々注意しないといけません。

 例えば分別してゴミを捨てようとして袋が一杯ならば、それはクラブの責任です。

 しかしそのゴミ袋が分別されないまま一方的に捨てられたゴミで一杯ならば、それは
完全に僕たちの責任であり、クラブに謝罪しなくてはいけません。

 社会貢献は人間の節操ひとつでその役目が必要ない麺もあると思います。

 僕は観戦に出かけた際、自分のマナーに気を配っているほうですが、傍から見ていると
案外そうではないのかもしれません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

サッカーができる社会貢献

2012-03-17 00:46:42 | 日記
 僕はこの先、「社会貢献」出来ない企業は人々の支持を失い、淘汰されると考えます。

 例えば僕が今飲んでいる紅茶はリプトンのイエロー・ラベルですが、包装の裏側には

 「レインフォレスト・アライアンス認証茶園で育てた茶葉100%使用のブレンドに」

 と記されています。

 要は地球環境の保護と、茶園で働く人々生活と労働環境の向上に努めているという、
リプトンの

 「所信表明」

 なのです。

 実際このティー・バッグを僕はとても気にいっていますし、廉価版とは思えない品質
を誇っていると思います。

 先日パルセイロのホーム・ゲームを観戦の際、シャトルバスの座席に腰掛けた際、車内
には

 「このバスを利用するだけで、カーボン・オフセットに協力できます。」

 という案内の掲示がありました。

 僕以外にどれだけの方が気付いたかはわかりませんが、サッカーは地域に根ざす以上
地域貢献が今後ますます不可欠となります。

 「インチャーダ・ナガノ」

 の発案で、ボトルキャップを集めていることも、パルセイロ・ファンならご存知で
しょうし、僕も選手が呼びかけた震災の募金に協力しました。

 不要な資源(ボトルキャップ)が必要な資源(お金、道具)に変わるなら、どんどん
協力しましょう。

 僕のスーパーもボトルキャップの収拾を今も行っていますので、今も協力している
毎日です。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする