レアル・マドリードは過去も、監督問題に揺れています。
2015-16シーズンのラファ・ベニテスの解任
2018-19シーズンのロペテギ解任
2003-04シーズンのカルロス・ケイロスの解任
2004-05シーズンの ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴの解任
他にも2シーズンしか政権が維持できなかったベルント・シュスターとマヌエル・ペレグリー二の事例もあります。
それは彼らが既存戦力を最大限活用できなかったことも、ロビーニョがチェルシーと契約希望し、結果的にマンチェスター・シティへの移籍を強引に決断という、移籍問題もありましたね。
実はこの年、指揮官デル・ボスケは、ユヴェントスから移籍した、ジネディーヌ・ジダンをどう活用するかで悩んでいました。
彼を左に置く4-4-2は、右のルイス・フィーゴと2トップのラウル・ゴンザレスとフェルナンド・モリエンテスと有効活用できると思われました。
しかし、どうしてもジダンがタッチラインのそばにいることができず、中央にスライド、変則的な4-2-2-2になってしまい、布陣がいびつになるのです。
中盤センターにクロード・マケレレのみを起用する4-3-1-2,つまりジダンを中央に置くとバランス劇的に改善しますが、両翼の勢いが失われますね。
レアルはこの年、通算9度目となるチャンピオンズ・リーグを獲得しましたが、序盤は布陣の見極めで苦戦したシーズンでした。
その移籍問題で揺れたのが2001-02シーズンです。
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