毎日、阪急交通さんや、JTB旅物語のパンフを眺めています。
何のために?もちろん、次回、訪問したいところを物色するためですが、行ってしまったところもコースやホテルのグレード、金額など眺めながら「ため息」をつくこともあります。
「ため息」の内容?もちろん、反省することですが・・・反省するだけなら猿でもできる!ごもっともです。
そこで、去年(08年8月)のスペイン旅行での反省の第一を考えてみたいと思います。
反省の第一は、事前学習です。
今回からは、反省を生かして十分、勉強するぞ!と意気込んだのですが、結果は無惨なものでした。
めずらしく事前勉強はしたのですが、実際に旅行してみますと、これが生かされていないのです。
具体的に「トレド」の例で申し上げますと、事前学習は、次のようでした。
スペイン情報
1 トレド
古都トレドは、NHKの「探検ロマン世界遺産」のページに次のように紹介されています。
「もし一日しか滞在することができないのなら、迷わずトレドへ行け。」スペインの首都マドリッドから南へ70キロ。灼熱の太陽に焦がされた赤茶けた大地の中に忽然と姿を現す中世の街、それが古都トレド。南北1.3キロ、東西1.5キロ。三方を川に囲まれた岩屋の上に立つ荘厳な大聖堂。まるで中世のテーマパークのような街全体が世界遺産に登録されています。
6世紀、西ゴート王国の首都となったトレドは、8世紀にイスラムに征服され、11世紀、再びカトリック・スペインの都となりました。
16世紀、都がマドリッドに移るまでの間、支配者が目まぐるしく変わりながらも、この都はヨーロッパ随一の栄華を誇り、政治、経済、文化の中心であり続けました。
なで、それほどの繁栄を謳歌することができたのでしょうか?そして、そのご、突然、繁栄の歩みを止めてしまったのでしょうか。
となっています。
こんな紹介は、書き写せばよいのであるから猿でもできる!まぁ、そういうことですが、そのほかにも色々調べました。
まず、トレドの概要ですが、
トレドは、スペイン、カスティーリャ・マンチャ州の州都でトレド県の県都、人口約7万7千人、そして、NHKの紹介にもあるように中世にはイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の文化が交錯した地であり、「街全体が博物館」と言われています。1614年に没したギリシャ人のエル・グレコが活躍した街でもあります。
そして、歴史ですが、これが日本人には、なかなか理解できにくいのであります。
560年に西ゴート王国の首都になるのですが、この西ゴート王国というのは、今で言うところのキリスト教の信者の人達といったらよいのでしょうか?そういうヨーロッパの人達が支配していたところのようですが、711年にウマイヤ朝というイスラム教の人達に征服されてしまいます。
その後、ウマイヤ朝滅亡後に分裂割拠した諸侯であるタイファ諸国のうちのトレド王国にアリフォンソ6世という方が1,085年に入場してカスティーリャ王国を建国したとされています。
なんだか、メモした小生がよく分からなくなってきましたが、この後も長い歴史があったはずですが、トレドばかりなく、スペインは、キリスト教勢力とイスラム教勢力が長く争った歴史を持っていることが大きな特徴なのです。
スペインといいますと「レコンキスタ」という言葉がよく出てきますが、日本語では何というのでしょうか?「再征服」?でよいのでしょうか。
まぁ、そういうことで、その歴史的象徴である教会にその歴史が良く表れています。
トレドでいえば、トランシト教会やサンタ・マリア・ラ・ブランカ教会などがイスラム教とキリスト教の建築様式が融合した「ムデハル様式」のようです。
問題は、こういうように一応、勉強したのですが、現地で確認しなかったことです。
ああぁ、スペインにもう一度行って確認したいな!!!