Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

幽玄の世界

2020年03月09日 20時26分11秒 | 旅行記
    案外と優雅な怪物の名は「キューロク」。何とも可愛い名だ


 背から射す電柱の光が、僕を黒づくめの巨人にしている。その巨人は、両腕を横に大きく広げ、今にも向かってきそうな怪物を阻むかのように向かい合う。その黒光りのする怪物は、愛称「キューロク」と可愛げだが、全身を鋼で包んだいかつい巨体、 かつての花形蒸気機関車・9600型29612号である。
 決戦の場は、すっかり日の落ちた「豊後森機関庫公園」(大分県玖珠町)。JR九大本線豊後森駅、そのすぐ側にある。ここは、昭和9年から廃止された同46年までの間、九大本線の石炭、水などの補給基地、あるいは機関車の入れ替え作業など重要な役割を担ってきた。直径が20㍍弱の転車台を中心に放射線状に線路が機関庫へと延び、それに従い機関庫は扇型となっている。原形のまま残る機関庫は、九州ではここだけで、国指定の登録有形文化財・近代化産業遺産である。
 80余年もの間、雨風に打たれ続けてきた機関庫は、打ち捨てられたビルのようにコンクリートの壁面は黒ずんだ灰色をさらす。また、ところどころに戦時中米軍機に機銃掃射された痕を残しているのだというが、どれがそうなのか確かめようはない。割れるにまかせた窓ガラスは、もうその役割を放棄し、その破片が窓枠にしがみつく。転車台、そこから機関庫へ延びる線路は、言うまでもなく赤茶けている。そして、機関庫と転車台を後ろに従えるように、あの怪物「キューロク」がいる。
 夜になり、それらノスタルジックな構造物がライトアップされると、幽玄の世界となって浮かび上がってくるのである。それはまた、写真マニアにとり、絶対に見逃せないフォトジェニックな世界ともなる。写真撮影を趣味とする妻が、「そんな姿の機関庫を撮影したい」と言うので、ここへやって来たのである。妻と二人のカメラ仲間は、夢中でシャッターを押しているようだ。
 
 1人置かれた僕は、巨人となって「キューロク」と向かい合っている。77の爺さんの1人遊びである。すると、機関庫の奥の方に、いくつもの小さな光がチカチカと飛び交っている。今はホタルの季節ではない。遠くを行き交う車のライトが、割れた窓ガラスに乱反射しているのか。分からない。幽玄の世界に迷い込んだらしい。

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