老いた父は少々面映ゆかった。
入院先を訪ねてきた娘に、何気なく渡したのは
パジャマや下着類だった。
汗が染み、嫌な老人臭にまみれているであろう
それらは、当然、妻のところへ持ち帰ってもらうものだと
ばかり思っていたら、娘はやはり年老いた母を慮ったのか
自分の家で洗濯してくれたのだという。
あのじゃれていた幼き子が、今はもう40も後半、
成人したばかりの一人娘を持つ母親になっている。
その子が、父の洗濯物、それも夫以外の男の汚れた物を
手にするのはおそらく初めてだっただろう。
それらを手にしつつ、老いた父に対しどんな思いを
抱いたであろうか。
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嫌な思いをしたのではなかろうか、そう思う半面、
何の抵抗もなくそさくさと洗濯してくれたのでは
と願う複雑な心の置きどころに戸惑ってしまう。
そして、こうやって一つ一つ子の世話になっていく
わが身の老いが沁みてくるのである。
「何か欲しい物ある?」
「そうだな。おやつを少し……」
「どんな物がいい?」
「まかせる」
「わかった」
洗いたての下着類と一緒に、好物のレーズン菓子や
シュークリームなど5個を届けてくれた。
面会もままならないご時世、交わす言葉は少なくとも
娘の笑顔は「まだまだ生きなきゃダメよ」
と言っているようだった。
娘に和まされ、励まされた父は病室に射し込む
陽の光がいつに増してまぶしかった。
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