Toshiが行く

日記や趣味、エッセイなどで描く日々

父の洗濯物

2023年03月21日 15時48分57秒 | エッセイ


老いた父は少々面映ゆかった。
入院先を訪ねてきた娘に、何気なく渡したのは
パジャマや下着類だった。
汗が染み、嫌な老人臭にまみれているであろう
それらは、当然、妻のところへ持ち帰ってもらうものだと
ばかり思っていたら、娘はやはり年老いた母を慮ったのか
自分の家で洗濯してくれたのだという。

あのじゃれていた幼き子が、今はもう40も後半、
成人したばかりの一人娘を持つ母親になっている。
その子が、父の洗濯物、それも夫以外の男の汚れた物を
手にするのはおそらく初めてだっただろう。
それらを手にしつつ、老いた父に対しどんな思いを
抱いたであろうか。



嫌な思いをしたのではなかろうか、そう思う半面、
何の抵抗もなくそさくさと洗濯してくれたのでは
と願う複雑な心の置きどころに戸惑ってしまう。
そして、こうやって一つ一つ子の世話になっていく
わが身の老いが沁みてくるのである。

「何か欲しい物ある?」
「そうだな。おやつを少し……」
「どんな物がいい?」
「まかせる」
「わかった」
洗いたての下着類と一緒に、好物のレーズン菓子や
シュークリームなど5個を届けてくれた。

面会もままならないご時世、交わす言葉は少なくとも
娘の笑顔は「まだまだ生きなきゃダメよ」
と言っているようだった。
娘に和まされ、励まされた父は病室に射し込む
陽の光がいつに増してまぶしかった。



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