【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

空腹

2009-12-21 18:38:43 | Weblog
 最近妙に腹が減ることがあります。「第二の成長期かな」などとありがちな冗談を言っていましたが、実際に成長期かもしれません。“成長”するのは腹囲ですが。……おっと、これもありがちな冗談でした。

【ただいま読書中】『天才と分裂病の進化論』デイヴィッド・ホロビン 著、 金沢泰子 訳、 新潮社、2007年(09年5刷)、1900円(税別)

※もしかしたら、タイトルだけから「精神障害者差別反対」と主張する人が現われるかもしれません(「統合失調症」ではなくて「分裂病」になっている点で)。ただ、中をきちんと読みもしないでそんな思いこみだけですべてを判断する人は、要するに「中身に関係なく思いこみだけですべてが判断できると思っている」点で差別主義者(「肌が黒いから劣等」「女だから劣っている」)と同じ論理構成なので、そういった人とは特に議論したいとは思いません。
 著者は別の意味で差別と戦っているからでしょう、「科学においては詳細にしばしば悪魔がひそみ、発見の解釈にも誤謬がつきものだ。しかしその分野についての特別の知識があれば、総合的な概観についてはほぼ疑いの余地はない。」なんてことも本書では書いています。
 ちなみに著者は英国分裂病協会の医学顧問でもありますので、どちらかといえば「差別される側」に立つ人です。

 現生人類は先行人類とは異なる特徴を持ちます。著者が特に注目するのはその象徴芸術です。そこで著者はまず、芸術的・技術的業績をもつ“個人”に注目し、その共通因子を抽出し、それによって現生人類の「精神の特徴」をあぶり出そうとします。それはまるで人類史的な「病跡学」のようです。ドニゼッティ、シューマン、ベートーベン、ベルリオーズ、シューベルト、ワグナー、ボードレール、スウィフト、シェリー、ポー、ハイネ、カント、ウイトゲンシュタイン、パスカル、アインシュタイン、ニュートン、ファラディ、コペルニクス、リンネ、エジソン、メンデル、ダーウィン……などの名前が、分裂病と関連する人として挙げられています。どう関連しているかは本書をお読み下さい。
 また、著者は、人類の進化には、環境因子(選択圧)と遺伝子の生化学的反応の両方を同時に考慮することが必要とします。環境だけで「進化」が生じるのなら、環境が変化したときその地域にいた生物は皆同様の環境圧を受けるはずです。しかし、その中で特定の動物(たとえば現生人類)だけがそこに新たに適応できたとしたら、それはその動物固有の条件(たとえば突然変異)でその原因を説明する必要が生じます。ちなみに、遺伝子変化は直接的には特定の蛋白質(酵素)の変化を生じます。つまり、進化を論じるのなら生化学の知識も必要なのです。
 本書で紹介される「栄養の生化学」は、その素養がない者には難解です。しかし、それを読み解く努力は必ず報われます。知的な喜びとして。

 脳の増大に不飽和脂肪酸が重要であること(人の研究でわかっています)、たった一つの遺伝子の変化が「知能」に重大な影響を与えること(マウスの実験が紹介されています)、そして驚愕の「分裂病に対する栄養投与実験」。

 もしかしたら、ヒトがヒトであるためには、分裂病を起こす遺伝子群が突然変異で生じたことが決め手だったのではないか、という著者の仮説は、なんとも刺激的です。さらにその裏付けとなる生化学的な知見もまた私には刺激的でした。
 「人類の進化」と「精神分裂病(統合失調症)」を「栄養の生化学」で説明できるかもしれない、という野心的な試みに興味を持った方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。