【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

出藍の誉れ

2010-05-01 17:58:40 | Weblog
 師匠を超えない弟子はただの「山を賑わす枯れ木」にすぎません。弟子は師匠を越えて初めてその価値が生じ、そのことによって師匠も価値が高まるのです。

【ただいま読書中】『杉(1)』有岡利幸 著、 法政大学出版局(ものと人間の文化史149-1)、2010年、2700円(税別)

 「杉」と言えば「花粉症」ですが、日本の山にこれだけ杉が植えられているということは、つまり「杉」は日本人にとって利用価値の高い木であることを意味します。
 スギ科の植物は世界に9属15種あります。日本にはその内の2属2種(スギ属スギとコウヤマキ属コウヤマキ(高野槇)がありますが、スギ属スギは学名がクリプトメリア・ジャポニカ、日本の固有種です。
 日本で最古のスギの化石は新生代第三紀中新世(1200~2400万年前)に発見されています。花粉の研究で、その後気候の変動(氷期と間氷期)によってスギは生育環境を変遷させながらずっと生きていました。九州では1500年くらい前から、明らかに造林による増加傾向を示しています。
 スギは温度に関しては非常に広い適応範囲で、最寒月の平均気温は4.0~マイナス2.0度、最暖月は25.0~20.0度で、青森県から屋久島まで分布しています。
 縄文時代によく使われたのは、スギではなくて栗でした。石器では針葉樹よりも広葉樹の方が切ったり加工がしやすいのです。弥生時代にスギが活用されるようになったのは、登呂遺跡でわかります。水田のあぜ路に矢板としてスギを割った板が何万枚も打ち込まれていました。その他、家や柵などの建築材料はほとんどがスギ材です。鋸がない時代にどうやって製材したのか、厚さ7mmの板なんてものまであるそうです。木製の台所用品(皿、鉢、桶、腰掛けなど)もスギが最も多く用いられています。田下駄や運搬用の木槽(きぶね)もスギ材です。
 なお、日本最古の植林の証拠は万葉集の「古(いにしえ)の人の植えけむ杉が枝にかすみたなびく春は来ぬらし」という歌だそうです。
 平城京や藤原京の調査では、建築用の柱の使用頻度は、檜・高野槇・杉の順番でした。角材では、杉・コナラ類の順。やはり杉はけっこうな人気です。
 ちょっととばして江戸時代。各藩では「御留木」と称して、領民に木の種類や大きさによって伐採制限をしていました。ただし単に伐採をしたら罰するぞ、というだけで、特に植林を盛んにしたとかはほとんどありません。そのため「木の国」であった紀州藩でも秋田杉で有名な秋田藩でも、山はどんどん淋しい状況になっていったそうです。人の管理(行動制限)は好きだけれど未来のことは気にしない、日本の官僚の基本姿勢は江戸時代からの“伝統”のようです。
 もちろんきちんとした植林も行なわれています。本書には『日本三代実録』から、鹿島神宮が造営用材確保のために杉の苗を4万本宮周辺の空き地に植えたことが紹介されています。4万本! 江戸時代には山の“開発”が進み、それによって「治山」の概念も生まれます。さらに、「治水」(水源涵養)のための植林も始まります。ただ、どうしても“開発”の方が、儲かる分だけ人気があるんですよね。開発が先行した結果の木材欠乏が結局造山の動機づけになります。19世紀はじめの文化~天保のころ、天災が続き日本の経済状況が逼迫した時代になって、造山は盛んになっています。薪を必要とする里では松の植林に人気がありましたが、用材を必要とするところでは杉を盛んに植えました。
 また飛んで戦時中。「国が敗れて森林の存在に何の意義があるのか」とまで言われて、木は大々的に伐採されました。植林はほとんど行なわれませんでした。敗戦後は長期的な投資が必要な造林事業の推進は困難でした。それでも政府は昭和21年に「強行造林五ヶ年計画」を立てます。5年で258万町歩の造林計画でしたが、昭和21年の実績は4万7千町歩でした。計画は何度か組み替えられますが、結局朝鮮特需や神武景気で経済が復興するにつれて造林は順調に進みます。ところが高度成長で薪炭の需要が激減。建築用材やパルプ用材の需要は高まりますが(当時は外材輸入が自由化されていなかったため)国産材では需要をまかないきれず値段は高騰します。そこで盛んに造林が行なわれますが、そこで外材の輸入が増加。さらに人手不足もすすみ1970年代には造林は落ち込みます。
 なお、2002年の統計では、人工林(日本の森林の41%)の樹種別比率は、杉44%、檜25%、松9%、落葉松10%、その他の針葉樹10%、広葉樹2%、だそうです。人工林ではやはり杉の多さが突出していますね。本書によると、「杉」を含む日本語の単語は「松」より多いそうで、日本人にとって「杉」は昔からなじみのある(有益な)植物ということなのでしょう。