尖閣諸島への強制上陸(国境侵犯や軽犯罪法違反)や大津教育長殺人未遂事件を見ると、それで何が解決するのだろう?という感想を持ちます。この世界に、これからどんな良いことが起きるのだろう、と。本人には「正義の動機」があるのも、それを実行したことでカタルシスを得ただろうこともわかりますが、「解決」への道はどのくらい短くなってます?
【ただいま読書中】『裏切り ──野村証券告発』大小原公隆 著、 読売新聞社、1999年、1800円(税別)
最近の野村証券は「不祥事」で釈明に追われていますが、これは20世紀の「不祥事(の内部告発)」の話です。
かつて証券会社では「利益供与」はごく普通の行為でした。1982年に総会屋への利益供与が禁止され明日が、親族会社を介在させるなどザル状態。しかし91年に損失補填事件(証券会社40社が2300億円を有力顧客の損失穴埋めに使った)が明るみに出て、92年にすべての利益供与と損失補填が法律で禁じられました。前者は商法、後者は証券取引法違反です。証券取引等監視委員会も設置されました。
著者は、野村証券が会社ぐるみで行なっている総会屋への利益供与に気づき、警察・証券取引等監視委員会・東京地検特捜部に内部告発をしていました。さらにはマスコミの取材も受けています。しかし、捜査陣もマスコミもどこも表立ってはなにも動きを見せませんでした。捜査が隠密で行なわれるのは当然でしょうが、記者たちも、せっかく得た材料を、たとえば野村証券との取り引きに使おうとしたりしています。そういった、ここで描かれる記者たちの姿は、(きわめて抑制的に書かれていますが)なんとも“美しくない”ものです。「真実」とか「社会正義」よりも大切なものがある、と言わんばかりの新聞記者たちの態度には、「社会正義よりも会社の利益が大切」の証券会社の姿勢に通じるものがあります。
1997年、新聞は大々的に報じましたが野村証券は否認を続け捜査陣は沈黙。内部告発は不発に終わるのか、とも思える状況の3月、野村はなぜか「自白会見」を行ないます。社長が出張で不在のときに「常務二人が、利益の付け替えの手口で総会屋の親族企業に利益供与をしていた」ことを“白状”したのです。著者は勝利の美酒に酔いしれますが、その日、逮捕されてしまいます。
著者はおそらく「皆、新聞などで詳しい情報や記憶を持っているはず」を前提として本書を書いたのでしょう。まさか十年経ったら、ほとんどの人がこの事件のことを覚えていない、なんてことは想定していなかったはず。ですから本書を読むにはちょっと予備知識を入れておくか、記憶を呼び起こすか、第1章は我慢して読んで第2章に突入するか、が読者には求められそうです。もちろんしっかり覚えている人はそのまま楽しめばよいでしょうが。
91年の損失補填事件(と暴力団稲川会との巨額取り引き)が問題となり結局野村証券では社長や常務が辞任する事態になったとき、著者はジャカルタ支店にいました。酒巻新体制で野村には「業務管理本部」が設置され、内部浄化を実行しようとしました。著者は新設された「法人営業管理部」に転属となり、取り引き管理をすることになります。野村証券では、それまで行なわれていた「株価操作もどき」「営業ノルマ」が全廃となり、それが遵守されているかどうかを管理する部門が必要となったのでした。その「管理サイド」から、著者は「現場の変容」を実感します。臆病なくらい法律を守ろうとするようになったのです。野村の商売は、異常なくらいやせ細ってしまいました。
そんな日が続いていた93年、著者は奇妙な大口取引に気づきます。禁止されている一任勘定(顧客が一々注文をしなくても、証券会社が勝手に株の売買をする)で大儲けをしている会社があったのです。著者の指摘は一蹴されます。会社の上層部が組織だって、総会屋に資金を渡すために行なっていたのですから。そういった“構図”の全体像は見えないまま、著者は「とにかくこのままでは会社がまた拙いことになる」と確信します。ではそれを止めるためには?
著者は、マスコミ・警察・証券取引等監視委員会に通報しますが、どこも黙殺。94年にヘッドハントされ著者は野村を退職します。ネタは鮮度を失い、著者は“部外者”になりますが、97年にやっと事態が動いたわけです。
さて、著者の逮捕ですが、本来は「預けた金を返せ」という民事。それがなぜか「詐欺」という「刑事事件」になって、そこに野村証券の重役逮捕に関する検察の思惑や国会議員の優遇口座に関する国政調査やマスコミのいろんな思惑やらが絡んで、話は不必要に複雑になります。
著者は「裏切り」をしたことにずいぶんなこだわりを感じていますが、私は本書から著者の野村証券への愛社精神を感じました。退社しこんな不祥事(最終的に自殺者が6人出ています)の発端となってしまった後でも、言葉の端々に野村への愛が感じられるのです。会社って、一体誰の所有物なんでしょうねえ。