【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

夏休みの終わり

2012-08-30 18:46:46 | Weblog

 私が小中学生をやっていたときには、夏休みは基本的に8月いっぱいで、北海道とか本州でも雪が良く降るところでは1~2週間早く2学期が始まる(その分、冬休みが長くなる)というのが普通だったと記憶しています。しかし最近は、学校も週休2日になって休みが増え、しかも学ぶべきことはどんどん増えているせいでしょう、二学期が8月下旬から始まる学校が、寒冷地以外でも増えているようです。
 地球は温暖化しているのにね。

【ただいま読書中】『ヒエログリフ解読史』ジョン・レイ 著、 田口未和 訳、 原書房、2008年、2400円(税別)

 ロゼッタストーンは、大英博物館の象徴的な収蔵物でありエジプト学の象徴であると同時に、英仏対立の象徴でもありました。
 ロゼッタストーンが作られた紀元前2世紀、エジプトはギリシア語で統治されるようになっていましたが、神々が語る言葉は相変わらずヒエログリフ(神聖文字)で書かれていました。
 イスラム支配下の(元)東ローマ帝国領では古代ギリシアの文献などはきちんと保存され研究されていました(それがのちのルネサンスで大活躍します)。それと同じことがエジプト学でも行なわれたのではないか、と著者は推測していますが、その分野での研究はほとんどないそうです。「イスラムに対する過小評価」と著者は書いていますが、それで片付けちゃっていいのでしょうか?
 ヒエログリフに関する知識はエジプト人からさえ失われていましたが、そこに音声的要素があることに気づいたのはアラブ人です。あの象形文字が「口に出して読める」とは、ちょっとショッキングな事実です。「象形文字がアルファベットである」という概念は、中世から近代までヨーロッパでは受け入れられていませんでした。しかし、それでも優れた人々は(優れていない人々も)研究を続けます。それは「失敗の歴史」でした。
 ナポレオンのエジプト遠征は、軍事的には失敗でしたが、学術的には成功でした。イギリス軍の侵攻に備えてロゼッタの古い要塞では強化工事が行なわれましたが、そのとき奇妙な石版が発見されます。最下層のギリシア文字と中間のデモティク(民衆文字、ヒエログリフを簡略化したもの)が同じ内容であるらしいことがわかったとき、人々は興奮します。最上段のヒエログリフも同じ内容であるのは間違いないだろう、ということは、ヒエログリフの解読が可能なのではないか、と。エジプトでの戦争はイギリスの勝利に終わり「ロゼッタストーン」はイギリスに接収されます。
 次は学術での“英仏戦争”です。
 イギリス側からはトーマス・ヤング。「ヤングの実験」(光の干渉性)・人の目の解剖学的研究・目街路を認識するメカニズム・ヤング係数(個体の弾性)・エネルギーの科学的用法の定義・ヤングの法則(生命保険)……とんでもなく幅の広い研究者です。言語学にも興味を持っており、最先端の研究にも興味を持っているため、当然のようにロゼッタストーンの解読にも取り組むことになりました。ヤングはまずデモティクの解読に取り組みます。デモティクがほぼ解読できたら次はいよいよヒエログリフ。ヤングは楕円で囲まれた部分が王の名前であると推測し、そこから解読を開始します。いくつかの重要な単語と「数の体系」を解明したところで、ヤングは他の分野へ興味を移してしまいます。ヤングは「謎」を放置できない性格でしたが、「あらゆる分野」に興味を持つため、ある程度謎が解決したらもう次の謎に突進してしまう傾向があったようです。
 ヤングはデモティクを解読し、ヒエログリフについては「合理的な法則に従った文字体系である」という基本概念を提示しました。このヤングが導いたのが、シャンポリオンでした。ヤングが理系人間としたら、シャンポリオンは文系です。性格的な問題と政治的な立場(ワーテルロー以後のフランスで、シャンポリオンのような左派は肩身が狭い立場でした)によって、シャンポリオンには敵が多くできていました。学術の問題に政治が絡むと大体ろくなことにはならないのですが、ここでもそうです。
 1821年に発見されたオベリスクには、ギリシア語とヒエログリフが刻んでありました。フランスのシャンポリオンはギリシア語に「クレオパトラ」があることを認め、そのヒエログリフを特定します。しかしそこからが大変。どのように発音されていたかを知るためには、コプト語を学ぶ必要がありました。古代ギリシア語にコプト語ですか。私には無理だな。シャンポリオンは十代のときに中国語も学んでいて、それもヒエログリフの解読に役立ちます。何が役に立つかはわからないものです。その過程でも「誰がヒエログリフの解読の真の貢献者か」で英仏論争が熱心に行なわれます。
 さて、解読はできましたが、さらにここで新たな問題が。キリスト教会は世界が創造されたのは紀元前5508年だとしていましたが、ヒエログリフの記述はそれより前に及んでいたのです。さて、ここから(19世紀~21世紀の)「科学と宗教の論争」が始まります。
 本書には、「線文字B」を解読したマイケル・ヴェントリス、古代マヤ文字を解読したユーリ・ヴァレンチノヴィチ・クノロゾフも紹介されます。かれらの解読についての解説を読むと、「思い込み」がいかに人間の知的作業の邪魔をするかがよくわかります。知性とは単に頭がよいことだけではなくて、有害な思い込みをいかに効率的に排除できるかの過程でもあるようです。さらに「文字を解読する」ことは、「その文字を書いた人々」の生活・習慣・思想に対する洞察も必要とします。文字の列はそれらを反映しているのですから。おっと、それは「すでに知っている文字」を読む場合にも同じことが言えますね。重要なのは「文字」を読むことだけではなくて「文字が示していること」「文字自身が持っている雰囲気」も知ることなのですから。