【ただいま読書中】

おかだ 外郎という乱読家です。mixiに書いている読書日記を、こちらにも出しています。

1%の重み

2012-08-23 18:54:14 | Weblog

 「99%当てる人間」は「1%の間違い」を悔やみます。「99%外す人間」は「1%当てたこと」を大声で吹聴し、あろうことか「99%当てる人間」の「1%の間違い」を揶揄します。

【ただいま読書中】『或る「小倉日記」伝』松本清張 著、 新潮文庫、1965年(86年39刷)、440円

 本書に初めて出会ったのは、私は高校の時だったかな。変わった文体の作家だ、という感想を持ちましたが、それと同時に「森鴎外」が軍医の「森林太郎」であることも教えられて、すごく得をした気分になりましたっけ。

目次:或る「小倉日記」伝、菊枕、火の記憶、断碑、笛壺、赤いくじ、父系の指、石の骨、青のある断層、喪失、弱み、箱根心中

 すでにご存じの方が多いでしょうが、『或る「小倉日記」伝』は、失われた森鴎外の「小倉日記」を再現するために、不自由な体と聡明な頭のギャップを抱えて苦闘する青年の物語です。「再現」の手法は、当時生きていた人々への「聞き込み」。戦前の日本ですから、「明治」はまだそう遠くなかったのです。聞き込みの過程は、まるで上質な推理小説です。そして、そこで描かれる「戦前の日本社会」。松本清張が何を見つめ何を表現したいのか、その重要なパーツがここには揃っています。それがそのまま後の社会性の強い推理小説につながっていると言えるでしょう。また、古代への関心も本書には濃厚に見ることができます。
 ただ、「頭の良さ」「学歴(への反発)」「美醜」「貧乏」「病気」「不幸」「家庭不和」「権威(への反発)」「流浪」への言及も本書には満ちています。なにか“分析(もどき)”をしようというわけではありませんが、著者が執筆活動の原動力としていたものが何か、なんとなく感じることができるような気がします。しかし、最後の「箱根心中」。男と女と運命の心理描写の透明さが、「地に足をつけた純文学」としてこちらの心に迫ってきます。著者は、なかなか懐の広い作家です。もうちょっと美しい文章だったら純文学系のファンなどにさらに人気が出たのではないかなあ。