ときどき「速読の広告」を見かけることがあるのですが、私もその訓練を受けたらもっと速く本が読めるようになるのでしょうか? 訓練する時間が惜しいので今まで見過ごしていましたが、人生の残り時間が少なくなってきたら未読の山の巨大さを少しでも減らしたいと思うようになってきたのです。ただ、脳の情報処理能力には限界があるので、「文字が速く読め」ても「文章の意味を掴む」「雰囲気を堪能する」方の能力が削られたら困る、とも思います。単位時間に処理できる量以上の情報を流し込んでも無駄になるだけですから。
そんなことで悩んでいる暇があったら、読書した方が良いですね。
【ただいま読書中】『日本テレビとCIA ──発掘された「正力ファイル」』有馬哲夫 著、 新潮社、2006年、1500円(税別)
1953年ワシントンで「テレビを含む国際通信のためのユニテル・リレー網計画」説明会が開かれました。事業主は正力松太郎。集まったのは、アメリカ政府・議会・軍・航空の関係者でした。そこで説明されたのは「テレビを含む軍事通信網」を日本だけではなくて、太平洋ネットワークの一部として構築する構想でした。日本テレビが放送を開始する3箇月前のことです。この説明会をコーディネートしたのは「CIA」「ジャパン・ロビー(米対日協議会)」「元OSS(戦略情報局)員」での3グループでした。日本の民間テレビ局開局のために、どうしてこういった面々が集結するのか不思議ですが、激化する冷戦下で軍事通信網構築のためだったら支援をしたくなるでしょう。特に共産主義のプロパガンダが効果を示しているのですから、それに対するカウンターとして同じくプロパガンダの必要性が高まっています。
正力の側にも大きなメリットがあります。民間テレビ局を開局するのにアメリカのバックアップはありがたいし、さらに機材購入などに必要な「ドル」を調達するためのアメリカでの1000万ドル借款も楽にできそうです。さらに放送枠をVOAやアメリカ企業に売れば、スポンサー探しの努力が軽減されるし借款返済に必要な「ドル」が直接手に入ります。(当時の日本では「ドル」は“貴重品”だったのです)
民間テレビ放送網・駐留アメリカ軍通信網(マイクロ波)のバックアップ・自衛隊のレーダー網を一挙に整備しようとするのは、あまりに計画が壮大すぎる気がしますが、ここまで話を大きくしたら日米の政府も動いて話は実現しやすい、と関係者は考えたのかもしれません。
朝鮮戦争中、日本が侵略・占領されるシナリオを国務省は作っていて、それを防ぐためには防空システムの強化が必要だと結論づけていました。そのためのUHF中継施設として、正力の構想を援助して米軍にレンタルさせれば、そちらの問題はほぼ解決します。さらに建設費用はドル借款ですが、借款である以上返済されるのですからアメリカの経済負担は軽減されます。ということでCIAも正力に注目し援助しようとしていました。
しかし話はすんなりとは進みません。アメリカ国内では、巨額の国際援助を巡っては、複数の機関がしのぎを削っていました。CIAはそこにこっそりと秘密工作資金を紛れ込ませようと画策します。吉田政権は末期で、これも1000万ドル借款に影を落とします。さらに「正力構想」を詳しくすっぱ抜いた「怪文書」が出回り、日本のマスメディアは大騒ぎとなります。単にテレビ局ができるのではなくて、新聞・ラジオ・電話・通信などほとんどすべてを網羅した「網」を構築する、というのですから、既存のメディアには脅威なのです。著者は「怪文書」を出したのは吉田ではないか、と推測しています。目的は、日本テレビによるマイクロ波通信網建設の阻止。
「日本テレビvs電電公社」「日本政治での感情的な対立」により、正力構想は膠着状態になってしまいます。それでも結局軍事用の通信網は別に建設され、太平洋ネットワークは完成します。そしてテレビは「アメリカに好意的な日本人を増やす」機能を果たすことをアメリカからは期待されることになりました。
「日テレ」の正式名称は「日本テレビ放送網株式会社」です。この「網」の部分に、正力の最初の構想が“生き残っている”と著者は述べます。軍事ではなくて娯楽に生きるテレビ局となりましたが、これから“初心”に帰ることはあるのかな?
著者がお世話になったアメリカの公文書館には、二つの「銘」があるそうです。一つは「過去から引き継がれたものは未来を生み出す種となる」、もう一つは「民主主義の代価は、永遠に監視を続けることだ」。さて、日本の「民主主義」にはどんな「銘」が刻んであるのでしょうか?