俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

一夫一妻制

2009-02-10 13:23:58 | Weblog
 感情は本来、制度に先立つ。人間の自然な感情に基づいて社会のシステムが構築される。ところが制度が感情を作り出すこともある。男女における嫉妬はその典型例だろう。
 一夫一妻制という制度があるから「独占欲」が生じる。独占されまい、あるいは独占したいという欲が嫉妬を生む。
 「一番好き」という感情は必ずしも正常なものとは思えない。「どちらも好き」が自然な感情だろう。ラーメンが大好きな人でも同じ店の同じラーメンばかり食べる訳ではない。様々な店のラーメンを食べるし、たまには別の料理を食べることもあるだろう。
 男女の関係をラーメンに喩えるのが不謹慎なら愛読書という例を挙げても良かろう。愛読書は何度読み返してもその度に新しい発見がある素晴らしい本だ。しかし特定の愛読書ばかり読んでいれば視野が狭くなる。全く違った本を読むことによって愛読書の理解も深まるだろう。
 私は本来の得意ジャンルである哲学や心理学に留まらず科学や歴史あるいは漫画からさえ学びたいと考えている。幸い、哲学は科学や歴史を否定しない。もし結婚という制度が多彩な異性との交流を否定する制度なら、私はその制度を否定せざるを得ない。
 同性間の「友情」と比較して異性間の「愛情」は明らかに歪められている。一人の異性を選び他の異性に興味を持ってはいけないというルールは無理を生む。
 一夫一妻制は様々な要因の対立を緩和するために作られた妥協の産物であり矛盾だらけの社会制度だ。人間の自然な感情や健全な成長とは敵対するものだろう。

理論武装

2009-02-10 13:13:22 | Weblog
 私は理論武装をしたことが無い。理論武装とは真に奇妙な姿勢だと思う。
 意見が食い違った場合は徹底的に議論すれば良い。どこかで解釈の違いが見つかるだろう。もしかしたら自分の間違いに気が付いて目から鱗が落ちる思いができるかも知れない。
 理論武装は自分の主張をゴリ押しするために都合の良い理屈を拾い集めることでしかない。そんなくだらないことをする暇があれば、現在の自分の考えが正しいかどうかを検証するほうが良い。
 間違った考えを持つことは間違った生き方を選ぶことに繋がる。間違った生き方をすれば一生を台無しにしてしまう。
 例えばオウム真理教の信者のようにとんでもない教義を信じたばかりに私財を捨て、あげくの果てには犯罪者になってしまうのは、理論武装ばかりをして聞く耳を持たなかったからだ。
 聞く耳さえ持っていれば偏狭な考えに捕らわれることは無い。自分で自分の間違いに気付く自浄作用が働く。
 理論武装をするよりは武装解除をして自分と違った意見を喜んで聞く耳を持つべきだ。

景気浮揚策

2009-02-10 12:56:24 | Weblog
 アメリカの民主党の一部では「穴掘り作業による景気浮揚策」が大真面目に検討されているそうだ。つまり穴を掘ってそれを埋めるという無意味な労働に賃金を払ってでも金を市場に流通させようという考え方だ。
 これよりはビルの屋上から金をばら撒いたほうがマシだろう。無駄な労働に時間と体力を使うよりは、時間も体力も使わずにアブク銭を手に入れたほうが積極的な消費に繋がるだろう。
 勿論どちらも愚策だ。穴掘りや金のばら撒きに使う金はもともと税金として徴収された国民の金だ。こんな馬鹿げた対策に使うよりは減税すべきだ。
 減税では失業者対策にならないと言うのならもっと公益に繋がる人員増を図れば良い。例えば消防署員の増員とか介護報酬の引き上げとか公益に繋がる金の使い方は幾らでもある。
 45年前に作られた東海道新幹線は日本のビジネスの活性化のために大いに役立った。東京・大阪間が日帰りできるようになったからだ。民間ではできない非収益事業を長期的な公益のためにやることが「官」の仕事だ。「かんぽの宿」を作って叩き売りをすることなどは公益に反する。官の金を民に移せば民の活性化に繋がるという理屈は詭弁でしかない。
 いっそのこと現代の小作農とも言える土地を持たない農業労働者に支援金を出すとか食料品の消費税率をゼロにするとかいったことに貴重な血税を使ってみてはどうだろうか。小作農業者に支援金を出せば食料自給率の向上にも繋がって一石二鳥の対策になるだろう。