科学は知恵が累積されるから確実に進歩する。先人の業績を踏まえてそれを応用すれば新しい成果が生まれる。
人文科学(私は「科学」とは思わないが)ではそうならない。カントやニーチェの素晴らしい業績があっても、人はそれを理解するので精一杯で更に発展させることなど至難の業だ。
科学は確実に実績を残すから人々から信頼される。一時期は公害などの問題を起こして科学万能主義の神話が崩れかけたが、科学自らがそれを解決することによって信頼を取り戻しつつある。
科学はなぜ成功したのか。「実験」を通じて「事実」を積み重ねたからだ。実験によって再現できるものだけに基づいたからだ。つまり再現できないものを科学の領域から排除することによって厳密な「学」としての地位を築いた。これは数学が数値化できることのみを対象にすることによって最も厳密な学となったのと同じ手法だ。
しかし昨今、科学がオカルト化しつつある。科学に可能な領域を越えて情報発信をしようとしている。権力者と組んだ偽科学が社会に広まるという憂うべき事態がしばしば生じる。足利事件では誤ったDNA鑑定が行われた。トランス脂肪酸を不飽和脂肪酸として奨励したこともあった。あるいはダイオキシンを超危険物質と決め付けて日本社会から焚き火を駆逐してしまった。CO2による地球温暖化など正に眉唾物のオカルト理論としか思えない。
医学では「エビデンス(根拠)主義」として治療効果を科学的に検証する動きが広まっているが、科学そのものも原点に戻る必要がある。科学のための科学などは、哲学における壮大な形而上学と同様の無用の長物になりかねない。
人文科学(私は「科学」とは思わないが)ではそうならない。カントやニーチェの素晴らしい業績があっても、人はそれを理解するので精一杯で更に発展させることなど至難の業だ。
科学は確実に実績を残すから人々から信頼される。一時期は公害などの問題を起こして科学万能主義の神話が崩れかけたが、科学自らがそれを解決することによって信頼を取り戻しつつある。
科学はなぜ成功したのか。「実験」を通じて「事実」を積み重ねたからだ。実験によって再現できるものだけに基づいたからだ。つまり再現できないものを科学の領域から排除することによって厳密な「学」としての地位を築いた。これは数学が数値化できることのみを対象にすることによって最も厳密な学となったのと同じ手法だ。
しかし昨今、科学がオカルト化しつつある。科学に可能な領域を越えて情報発信をしようとしている。権力者と組んだ偽科学が社会に広まるという憂うべき事態がしばしば生じる。足利事件では誤ったDNA鑑定が行われた。トランス脂肪酸を不飽和脂肪酸として奨励したこともあった。あるいはダイオキシンを超危険物質と決め付けて日本社会から焚き火を駆逐してしまった。CO2による地球温暖化など正に眉唾物のオカルト理論としか思えない。
医学では「エビデンス(根拠)主義」として治療効果を科学的に検証する動きが広まっているが、科学そのものも原点に戻る必要がある。科学のための科学などは、哲学における壮大な形而上学と同様の無用の長物になりかねない。