俗物哲学者の独白

学校に一生引きこもることを避けるためにサラリーマンになった自称俗物哲学者の随筆。

好投手

2011-07-26 15:02:43 | Weblog
 好投手に最も必要な条件は剛速球でも凄い変化球でも針の穴を通すようなコントロールでもない。「打ちにくい球を投げる」ことだ。
 打ちにくい球とは何か。手元で微妙に変化するクセ球やタイミングのとりにくいフォームなどだ。これはテレビで見ていても分からない。実際に打席に立った打者だけが正しく評価できる。
 昔、巨人に角という投手がいた。変則的なフォームから繰り出す速球は威力があった。誰もが速球投手だと思っていた。ところがスピードガンで測定すると130km台だった。全然速くなかったが速く見えた。投手にとって重要なのは物理的な速さではなく打者が感じる速さだ。投手の評価を決めるのは打者だ。打者が打ちにくいのが好投手だ。
 同様に善人かどうかは本人ではなく他者が決める。本人は善意のつもりでも他人には余計なお節介でしかないかも知れない。滅私奉公に励んでいるつもりでもスタンドプレイにしか見えないかも知れない。良かれと思ってやったことが誤解されることもある。誤解するほうが悪いのではなく誤解されるような行為が悪いのだ。意志さえ正しければそれで良いという考えは速い球さえ投げていれば打たれないと信じる投手と同じ間違いを犯している。相手がどう感じるかということが大切だ。このことを理解しない人は周囲から「独り善がりの人」と評価される。

共産主義

2011-07-26 14:47:15 | Weblog
 私は共産主義を評価しない。それは人を等しく貧乏にするシステムだからだ。最も能力の乏しい人でも不自由なく暮らせるようにするために能力の高い人の生む付加価値を没収するのは一見公平な仕組みのようだが、これはイチロー選手の年収を300万円にして草野球の選手全員に300万円を支給するようなものだ。ベストセラー作家の著作権を取り上げてブロガーに金をバラ撒くようなものだ。画期的な発明の特許権収入を錬金術師に配布するようなものだ。
 これは付加価値を生む仕事を冷遇して付加価値を生まない仕事を厚遇する仕組みだ。有意義な仕事が生む利益を無価値な仕事のために費やす行為だ。
 寝たきり老人や重度障害者などの最弱者が生きるためには支援が欠かせない。つまり余剰を生む人がいて初めて支援は成立する。もし成果が報われないなら誰も苦労をして余剰を生もうとはしない。成果を残した人に正当に報いた上で税として徴収するなら彼らもnoblesse oblige(ノブレスオブリージュ=高貴な者の義務)として受け入れるだろう。正当に評価されないのなら馬鹿馬鹿しくてやっていられない。
 高い能力を持つ人がその能力を発揮することで初めて余剰が生まれる。この余剰があれば福祉は成立する。余剰が無ければ福祉は成立せずその結果として全員が貧しくなるだけだ。全員が貧しくなることによって実現される格差解消は悪平等でしかない。

年金

2011-07-26 14:31:54 | Weblog
 年金は最も有利な金融商品だろう。私の積立額は1300万円だが、60歳から64歳までの年金は約130万円/年、65歳以上になれば約200万円/年だ。69歳まで生きれば採算が合う。こんな有利な金融商品は他に無い。民間の生命保険や医療保険など総て解約してでも最優先に納めるべきだろう。年金がこんなに有利になるのは国民年金の半額を国が負担しているからだ。
 なぜこんな有利な制度を利用しない人が少なくないのか不思議でならない。多分、外資を含む保険会社が情報を歪めているからだろう。消えた年金問題が大騒ぎになったのは当時の野党と保険会社による陰謀だろう。年金の信頼性を損なうことによって民間の保険会社は事業を拡大した。税金によって補助される国民年金と民間企業による保険とでは最初から勝負にならないからイメージダウンを狙ったのだろう。
 年金よりも有利な戦略が1つだけある。生活保護だ。年金を一切納めず無収入・無年金の人が生活保護を申請する。奇妙なことに生活保護費は最低額の年金よりも高額だ。こんな変なセーフティネットがあるから年金など納めずに最初から生活保護を狙う人が跡を絶たない。健康な人には生活保護ではなく強制労働を課するべきだと私は考えるのだがどんなものだろうか。