松坂牛の贅沢牛丼を食べ、水分補給のためタップリのお茶を啜りお店を出立した。
正直なところ、もう一杯は食べられたが、満腹は旅ランではNGである。
亀山城の多門櫓である。
多門櫓とは長屋状の櫓(やぐら)のことだ。
旧東海道から、ちょっと離れている。
遠方から眺めるだけにした。
走るために、歩きながら牛丼を早く消化しなければならない。
食べた後、休まずに動くことは行儀としては悪いが、ウルトラマラソンの練習になる。
立派な畳屋
いまじゃ畳屋は少なくなった。
東京の下町でもドンドンなくなっている。
手間がかかる割にもうからない商売だと思う。
しかも、家族以外の後継ぎがいない。
子供が継がなければ廃業になるのだ。
職人さんは絶滅危惧職種である。
ドブの風景、その5(京口坂の下の小川)
ドブ(溝)とは言いがたいような美しい流れだ。
京口坂を下ったあたりの野村地区の町並み、
美しい景色を眺めながら、少しずつ走り出す。
この辺りは、なぜか立派な家が多い。
野村一里塚である。
樹齢約400年の椋(むく)である。
榎に似た木である。
道の反対側には榎の一里塚があったらしいが、いまはない。
布気皇舘太神社(ふけこうたつだいじんじゃ)という、なんだか立派な名前の神社である。
鎮守の森に囲まれていて、相当な歴史の古さを感じる。
布気という地名だが、民俗学者の柳田國男によると、全国どこの村にもみられるごく普通の地名で、日本を代表する湿地地名の一つだということだ。
まあ、俺は初めて聞いた地名だったが・・・。
要するに地面の凹地を指すらしく、「ふけ田」は沼田のことらしい。
鈴鹿川の氾濫などで、このあたりも沼田だったのだと思う。
両脇に石灯篭が並ぶ参道があまりに長いので、社殿まで行く気はなかった。
この辺りから、お尻の筋肉が痛くて走ってない。
硬直している感じだ。
ひたすら、歩いた。
そして、時たま
ザックを背負ったままガードレールにつかまって、足を4の地固めの様に組んだまま、片足でペタンとしゃがみこんでお尻のストレッチ
を何度もしたのだった。
ガードレールの裏側(歩道側)で和式○所スタイルで屈む俺の姿に、その道の俺とは反対の車線を、軽トラックのオジサンが怪訝そうな顔して走っていった。
それは、誤解ですよ!
動画のようにやってもよいが、ガードレールなどにつかまって、シッカリしゃがみ込んだほうが効果あり。
さらには、膝の裏に自分の腕を突っ込むとより強烈に効く。
観音庵という小さなお寺
右脇にトイレがあったので使わせてもらった。
結構、どこのお寺にも綺麗なトイレが設置されているから、旧東海道でトイレの心配は無用である。
観音庵脇の旧坂を下ると鈴鹿川に出会う。
結構な川幅がある。
ここから川沿いにまっすぐな幅広の道が約3キロ以上ほど続く。
そういう道を畷(なわて)というらしい。
歴史民俗辞典によると畷は
----------------
①田の中の細道。あぜ道。なわてじ。なわて道。
②まっすぐな長い道。
----------------
と書かれてあった。
ここでは「太岡寺畷(たいこうじなわて)」といって、東海道で最も長い畷道(なわてみち)である。
昔は松並木の続く街道だったらしいが、今は桜並木の道である。
桜の咲く時期は見事にちがいない。
ここでも歩くが、走ったら気持ちの良いところだ。
水戸黄門一行が歩いていても違和感のない景色である。
写真ではよく写っていないが、かすか遠くに鈴鹿山脈がみえる。
旧東海道は、あの山脈を越えなければ京に行くことはできない。
観るだけで、ため息がでそうなぐらい高いのだ。
関宿に着いた。
お尻の筋肉はもうかなり痛くて、完全に固まっている。
だから、名古屋に早めにいき、お風呂屋で解(ほぐ)そうと思った。
関宿の見物は次回来た時に、ゆっくり見よう。
とにかく、JR関駅へ向かった。
(なぜか、出会う観光客は大きな声で喋りまくっている中国人の集団ばかりであった。
日本中の観光地いたるところに中国人集団である。
観光地を見ているというより、仲間同士で歩きながらワイワイ喋っている。
日本の観光地にお金を落としてくれて、ありがたいのであるが、あの大声だけはなんとかならないものだろうか?)
名古屋駅に着き、いつも利用している駅から徒歩5分の風呂屋の炭の湯に向かう。
4時からオープンなのだが、その5分前に到着。
俺が一番風呂である。
まだ、誰もいない。
(お得な情報:この炭の湯は皇居ランナーの御用達風呂屋バンドゥーシュと同じで、荷物をロッカーに置いて、ジョギングしたのち、銭湯を利用することができる。ただし、シャンプー等はおいてないので、持参するか、フロントで小さな容量の風呂セットを購入のこと。)
風呂と水風呂を交互に入り、血行促進疲労回復に努めたのだった。
十分に汗を流し着替えて、そのまま、名古屋駅高架下の手羽先の「世界の山ちゃん」へ向かう。
走った後の風呂とビールは最高だ!
これがあるから、旅ランはやめられない。
世界の山ちゃん、名駅西口店のHPより写真借りました。
そこで、ビール(瓶ビールを2本とハイボール1杯)を飲みながら、幻の手羽先、味噌カツを堪能し、ほろ酔い気分で新幹線にて上機嫌で帰京したのであった。
--------------
次回は関宿から草津宿になると思うが、来年、暖かくなってからにしたい。
鈴鹿峠で凍えて走るのは勘弁だ。
じゃぁ、それまで、旅ランはしないのかというと、そうではなく、京都到着まで待たずに中山道中膝痛シ(旧中山道ランニング)を始めようと思う。
始めても、まだ東京の近くなので、寒くなっても町中なら、なんとかなるからである。
地図は江尻光良のHPより借りました。
(終わり)
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NPO法人ネイチャーズは、走Run会名誉会長、ウィンドサーフィンの師匠の山下光哉さんが運営する若者のためのNPO。
悩める若者や親御さん、是非お御問合せください。丁寧に対応してくれると思いますよ。
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正直なところ、もう一杯は食べられたが、満腹は旅ランではNGである。
亀山城の多門櫓である。
多門櫓とは長屋状の櫓(やぐら)のことだ。
旧東海道から、ちょっと離れている。
遠方から眺めるだけにした。
走るために、歩きながら牛丼を早く消化しなければならない。
食べた後、休まずに動くことは行儀としては悪いが、ウルトラマラソンの練習になる。
立派な畳屋
いまじゃ畳屋は少なくなった。
東京の下町でもドンドンなくなっている。
手間がかかる割にもうからない商売だと思う。
しかも、家族以外の後継ぎがいない。
子供が継がなければ廃業になるのだ。
職人さんは絶滅危惧職種である。
ドブの風景、その5(京口坂の下の小川)
ドブ(溝)とは言いがたいような美しい流れだ。
京口坂を下ったあたりの野村地区の町並み、
美しい景色を眺めながら、少しずつ走り出す。
この辺りは、なぜか立派な家が多い。
野村一里塚である。
樹齢約400年の椋(むく)である。
榎に似た木である。
道の反対側には榎の一里塚があったらしいが、いまはない。
布気皇舘太神社(ふけこうたつだいじんじゃ)という、なんだか立派な名前の神社である。
鎮守の森に囲まれていて、相当な歴史の古さを感じる。
布気という地名だが、民俗学者の柳田國男によると、全国どこの村にもみられるごく普通の地名で、日本を代表する湿地地名の一つだということだ。
まあ、俺は初めて聞いた地名だったが・・・。
要するに地面の凹地を指すらしく、「ふけ田」は沼田のことらしい。
鈴鹿川の氾濫などで、このあたりも沼田だったのだと思う。
両脇に石灯篭が並ぶ参道があまりに長いので、社殿まで行く気はなかった。
この辺りから、お尻の筋肉が痛くて走ってない。
硬直している感じだ。
ひたすら、歩いた。
そして、時たま
ザックを背負ったままガードレールにつかまって、足を4の地固めの様に組んだまま、片足でペタンとしゃがみこんでお尻のストレッチ
を何度もしたのだった。
ガードレールの裏側(歩道側)で和式○所スタイルで屈む俺の姿に、その道の俺とは反対の車線を、軽トラックのオジサンが怪訝そうな顔して走っていった。
それは、誤解ですよ!
動画のようにやってもよいが、ガードレールなどにつかまって、シッカリしゃがみ込んだほうが効果あり。
さらには、膝の裏に自分の腕を突っ込むとより強烈に効く。
観音庵という小さなお寺
右脇にトイレがあったので使わせてもらった。
結構、どこのお寺にも綺麗なトイレが設置されているから、旧東海道でトイレの心配は無用である。
観音庵脇の旧坂を下ると鈴鹿川に出会う。
結構な川幅がある。
ここから川沿いにまっすぐな幅広の道が約3キロ以上ほど続く。
そういう道を畷(なわて)というらしい。
歴史民俗辞典によると畷は
----------------
①田の中の細道。あぜ道。なわてじ。なわて道。
②まっすぐな長い道。
----------------
と書かれてあった。
ここでは「太岡寺畷(たいこうじなわて)」といって、東海道で最も長い畷道(なわてみち)である。
昔は松並木の続く街道だったらしいが、今は桜並木の道である。
桜の咲く時期は見事にちがいない。
ここでも歩くが、走ったら気持ちの良いところだ。
水戸黄門一行が歩いていても違和感のない景色である。
写真ではよく写っていないが、かすか遠くに鈴鹿山脈がみえる。
旧東海道は、あの山脈を越えなければ京に行くことはできない。
観るだけで、ため息がでそうなぐらい高いのだ。
関宿に着いた。
お尻の筋肉はもうかなり痛くて、完全に固まっている。
だから、名古屋に早めにいき、お風呂屋で解(ほぐ)そうと思った。
関宿の見物は次回来た時に、ゆっくり見よう。
とにかく、JR関駅へ向かった。
(なぜか、出会う観光客は大きな声で喋りまくっている中国人の集団ばかりであった。
日本中の観光地いたるところに中国人集団である。
観光地を見ているというより、仲間同士で歩きながらワイワイ喋っている。
日本の観光地にお金を落としてくれて、ありがたいのであるが、あの大声だけはなんとかならないものだろうか?)
名古屋駅に着き、いつも利用している駅から徒歩5分の風呂屋の炭の湯に向かう。
4時からオープンなのだが、その5分前に到着。
俺が一番風呂である。
まだ、誰もいない。
(お得な情報:この炭の湯は皇居ランナーの御用達風呂屋バンドゥーシュと同じで、荷物をロッカーに置いて、ジョギングしたのち、銭湯を利用することができる。ただし、シャンプー等はおいてないので、持参するか、フロントで小さな容量の風呂セットを購入のこと。)
風呂と水風呂を交互に入り、血行促進疲労回復に努めたのだった。
十分に汗を流し着替えて、そのまま、名古屋駅高架下の手羽先の「世界の山ちゃん」へ向かう。
走った後の風呂とビールは最高だ!
これがあるから、旅ランはやめられない。
世界の山ちゃん、名駅西口店のHPより写真借りました。
そこで、ビール(瓶ビールを2本とハイボール1杯)を飲みながら、幻の手羽先、味噌カツを堪能し、ほろ酔い気分で新幹線にて上機嫌で帰京したのであった。
--------------
次回は関宿から草津宿になると思うが、来年、暖かくなってからにしたい。
鈴鹿峠で凍えて走るのは勘弁だ。
じゃぁ、それまで、旅ランはしないのかというと、そうではなく、京都到着まで待たずに中山道中膝痛シ(旧中山道ランニング)を始めようと思う。
始めても、まだ東京の近くなので、寒くなっても町中なら、なんとかなるからである。
地図は江尻光良のHPより借りました。
(終わり)
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