<プージャの夜はババァの夜>
ホテルに戻り、シャワーをまた浴びた後、夜のガンジス川のDashashwamedh Ghat(ダシャーシュワメード・ガート)で、毎日、日没後に祈りの儀式プージャというのをやっていいるので出かけてみた。
もちろん、夜になってしまうのでヘッドライトを持参した。
プージャ(礼拝)とはヒンズー教の神像礼拝の儀礼である。
俺はバラナシ滞在中、毎日みていたが満月が過ぎると、徐々に観光客は増していった。
これはゴールデン・テンプルのシヴァのお祭り(シヴァラートリー)の最中で、満月の日から数えて14日目がお祭りで、それに合わせて日々徐々に参拝客が増えるため、合わせてプージャの見学客も増えるということのようである。ちなみにヒンドゥ教の聖典に「バラナシで死んだ人にはシヴァ神がニルヴァーナ(涅槃)を授ける」とある。
満月が正確にいつだったのか、は判らないが、翌々日あたりの夕日が沈むころ、いつも朝日があがる場所に満月があったので、多分その日が満月だったんではないかと思う。
その時、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」ではないが、
ガンガーや月は東に日は西に
の状態であった。(ガンガーはガンジス河の呼称)
(これまた、満月の写真は撮らなかった。
そこで、同じような写真を発見したので、コピペします。
勝手にすみません!…☆ ナオコの 世界ウルルン一周 記 ☆より)
(上の絵はシヴァという破壊神です。
美女に見えますが、女の神ではなく、男の神です。
なお、シヴァラートリーの参拝客は私の滞在中、日々、激増していき、まるで明治神宮の初詣のような様相になります。)
話をもどそう。
その時のプージャの様子を動画に撮ったので紹介する。
(この後、カメラの電池残量半分マークが表示された。)
プージャ(バラナシ)
これを毎晩やっているのである。
お坊さん達と歌を歌っている人はイケメンで、インドの女性たちはウットリとみていた。
チョッと演歌ショーっぽいのだが、インドの方は手を合わせたりして真剣だった。
船に乗って河から眺めて、手を合わせている人も大勢いた。
なぜか、欧米人がインドのお坊さんのような恰好で一等席に胡坐し、瞑想しているようだったが、あれだけ騒がしくては瞑想する環境じゃないだろう。
まあ、とにかく、修行者のような恰好をした観光客は多く、なぜか目立つところで瞑想している人が多かった。
俺には、とてもじゃないが、恥ずかしくてできないと思った。
そういえば、バラナシにきて、やたらと「ババァ」と呼ぶ声が聞こえるのだが、プージャの最中もババァという声がアチコチでするので、俺も、つい、そちらを振り向いてしまうのだった。
L君から聞いた話ではババとはお坊さんの意味だということで、また、日本にきてから調べたら聖者や悟りを開いた魂に対してババと尊敬を込めて呼ぶらしく、また、お父さんという意味やインドでは尊敬している男性に対する呼称らしい。
L君は日本の年配の女性が勘違いして怒ることがある、と言っていた。
さて、プージャが終了したので、夕食をとりたかったが、適当なレストランがわからないので、ホテルのレストランで食事をすることにした。
レストランはホテルの3階である。
レストランはオープンテラスになっていて、昼間は景色が最高である。
2年前に女房達が泊まった時、絶賛していた場所である。
テラスの半分は猿除けのため、金網の中にある。
このホテルは猿が多いため、窓も網が張ってあったり、鉄柵があったりする。
ただ、夜は真っ暗闇なのでガンジス河はよくみえない。
俺は柵の中のレストランで食事をした。
正直に言えば、美味しくなかった。
レストランもランプの光で雰囲気を出しているのだが、暗すぎて食べているものの色形がよくわからない。
いまでも、何を注文したのか覚えていない。
翌日以降から、外で食べることにその時決めた。
インドにいるのだから、カレーの美味しい店に行こうと思った。
この日は9時にヤモリの部屋で就寝した。
疲れもあって、あっという間に寝てしまったが、俺の部屋には全く蚊など殆んどいないようだった。
(河沿いに景色のよい部屋は蚊が多くて大変だったようである。
苦情を言ってる外人がいたから、多分そうだろう。
俺は蚊取り線香を持参していたが、ほとんど使用しなかった。
2匹のヤモリがいたからであろうか?)
(つづく)
当ブログは若者の自立を支援する団体、NPO法人ネイチャーズを応援しています。
NPO法人ネイチャーズは、走Run会名誉会長、ウィンドサーフィンの師匠の山下光哉さんが運営する若者のためのNPO。
悩める若者や親御さん、是非お御問合せください。丁寧に対応してくれると思いますよ。
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ホテルに戻り、シャワーをまた浴びた後、夜のガンジス川のDashashwamedh Ghat(ダシャーシュワメード・ガート)で、毎日、日没後に祈りの儀式プージャというのをやっていいるので出かけてみた。
もちろん、夜になってしまうのでヘッドライトを持参した。
プージャ(礼拝)とはヒンズー教の神像礼拝の儀礼である。
俺はバラナシ滞在中、毎日みていたが満月が過ぎると、徐々に観光客は増していった。
これはゴールデン・テンプルのシヴァのお祭り(シヴァラートリー)の最中で、満月の日から数えて14日目がお祭りで、それに合わせて日々徐々に参拝客が増えるため、合わせてプージャの見学客も増えるということのようである。ちなみにヒンドゥ教の聖典に「バラナシで死んだ人にはシヴァ神がニルヴァーナ(涅槃)を授ける」とある。
満月が正確にいつだったのか、は判らないが、翌々日あたりの夕日が沈むころ、いつも朝日があがる場所に満月があったので、多分その日が満月だったんではないかと思う。
その時、与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」ではないが、
ガンガーや月は東に日は西に
の状態であった。(ガンガーはガンジス河の呼称)
(これまた、満月の写真は撮らなかった。
そこで、同じような写真を発見したので、コピペします。
勝手にすみません!…☆ ナオコの 世界ウルルン一周 記 ☆より)
(上の絵はシヴァという破壊神です。
美女に見えますが、女の神ではなく、男の神です。
なお、シヴァラートリーの参拝客は私の滞在中、日々、激増していき、まるで明治神宮の初詣のような様相になります。)
話をもどそう。
その時のプージャの様子を動画に撮ったので紹介する。
(この後、カメラの電池残量半分マークが表示された。)
プージャ(バラナシ)
これを毎晩やっているのである。
お坊さん達と歌を歌っている人はイケメンで、インドの女性たちはウットリとみていた。
チョッと演歌ショーっぽいのだが、インドの方は手を合わせたりして真剣だった。
船に乗って河から眺めて、手を合わせている人も大勢いた。
なぜか、欧米人がインドのお坊さんのような恰好で一等席に胡坐し、瞑想しているようだったが、あれだけ騒がしくては瞑想する環境じゃないだろう。
まあ、とにかく、修行者のような恰好をした観光客は多く、なぜか目立つところで瞑想している人が多かった。
俺には、とてもじゃないが、恥ずかしくてできないと思った。
そういえば、バラナシにきて、やたらと「ババァ」と呼ぶ声が聞こえるのだが、プージャの最中もババァという声がアチコチでするので、俺も、つい、そちらを振り向いてしまうのだった。
L君から聞いた話ではババとはお坊さんの意味だということで、また、日本にきてから調べたら聖者や悟りを開いた魂に対してババと尊敬を込めて呼ぶらしく、また、お父さんという意味やインドでは尊敬している男性に対する呼称らしい。
L君は日本の年配の女性が勘違いして怒ることがある、と言っていた。
さて、プージャが終了したので、夕食をとりたかったが、適当なレストランがわからないので、ホテルのレストランで食事をすることにした。
レストランはホテルの3階である。
レストランはオープンテラスになっていて、昼間は景色が最高である。
2年前に女房達が泊まった時、絶賛していた場所である。
テラスの半分は猿除けのため、金網の中にある。
このホテルは猿が多いため、窓も網が張ってあったり、鉄柵があったりする。
ただ、夜は真っ暗闇なのでガンジス河はよくみえない。
俺は柵の中のレストランで食事をした。
正直に言えば、美味しくなかった。
レストランもランプの光で雰囲気を出しているのだが、暗すぎて食べているものの色形がよくわからない。
いまでも、何を注文したのか覚えていない。
翌日以降から、外で食べることにその時決めた。
インドにいるのだから、カレーの美味しい店に行こうと思った。
この日は9時にヤモリの部屋で就寝した。
疲れもあって、あっという間に寝てしまったが、俺の部屋には全く蚊など殆んどいないようだった。
(河沿いに景色のよい部屋は蚊が多くて大変だったようである。
苦情を言ってる外人がいたから、多分そうだろう。
俺は蚊取り線香を持参していたが、ほとんど使用しなかった。
2匹のヤモリがいたからであろうか?)
(つづく)
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NPO法人ネイチャーズは、走Run会名誉会長、ウィンドサーフィンの師匠の山下光哉さんが運営する若者のためのNPO。
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