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旅ラン「日光道中膝痛シ」…(古河宿~小山宿)その1

2018年08月25日 | 日光道走膝痛シ(旧日光街道ランニング)
今からレース車に乗るところです


  
    

とても暑い日の日曜日、旧日光街道ラン行ってまいりました。
今回は、古河宿から小山宿まで。

単調になりそうな街道ランを変化を与えるべく道草を食みながらジョグしてきました。

ガラガラに空いた湘南新宿ラインで古河駅まで行きました。
飲料水などを購入し、古河駅のスタートは9時過ぎころだったかと思います。


古河金毘羅宮(1814年)

この宮の持ち主のご先祖は八百屋から初まり、多業種展開して、幕末期に北関東一の富商現金だけで13万両、現在の価値で400億円を蓄財)となった大八百藤こと丸山家の屋敷神です。



初めて見る形です。
常夜灯と道標が合体しています。
左日光道、右筑波道と書かれてます。

この道標からすぐに神宮寺がありました。


雀神社の別当寺

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ウィキペディアより神宮寺

神宮寺(じんぐうじ)とは、日本で神仏習合思想に基づき、神社に附属して建てられた仏教寺院や仏堂。別当寺、神護寺、神願寺、神供寺、神宮院、宮寺ともいう。

別当寺は、神社の管理権を掌握する場合の呼称と考えられる。宮寺は、神宮寺を意味するほかに、石清水八幡宮寺や鶴岡八幡宮寺のように、神祇の祭祀を目的とし、境内には神社のほか仏教施設や山内寺院が立ち並び、運営は仏教僧・寺院主体が行った、神仏習合の社寺複合施設または組織をいうこともある。
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神宮寺の黒松

雀神社って可愛いらしい名前で気になりました。
昔話の「舌切り雀」と関係あるのかな?と思いましたが…。

雀神社はコチラという案内標識をみかけましたが、街道からかなり離れていたので行きませんでした。

どうも神社の立地場所が昔「雀が原」といったことからその名がつけられたとも、また「国鎮めの神」といったのが訛ってスズメになったともいわれているみたいです。

また、この先には、雀宮宿がありますので、そこでまたに関しては考えてみたいと思います。


うなぎの武蔵屋(国登録有形文化財)

うなぎ喰いたい!
最近、ウナギが高くて困りますね。
せめて、俺が生きてる間は幻の魚にならないでもらいたいです。


何かわかりますか?
ガラスが光ってて中の物体がよくわかりませんが、神輿とか山車とかみたいなものだろうと推測していました。

調べたら雀神社の夏祭りに市中をひきまわし狂言や歌舞伎などの余興を奉納した古河屋台(天保6年作)だそうです。

まあ、移動式の舞台ということでしょうか。
いまなら、ステージトラックですね。

はなももプラザ一般内覧より写真お借りしました。


古い家が並ぶと美しいです。


古い家がスナック?小料理屋?になっていました。

古いままじゃ客は入らないのかな?
建物の古さを活かしたスナック、東京なら人気店になりそう。


大和屋薬局



蔵のリノベーション?
そのまま家でしょうかね?
夏涼しく、冬暖かでしょうか?


最初、女子大でもあるのかと思いましたが、巨大な結婚式場でした。



日本橋から数えて10番目の小さな宿場、野木宿に入りました。


野木神社(街道から横に長い参道がある)

---------以下、野木町公式HPより一部抜粋

およそ1600年前、仁徳天皇の時代の建立。平安時代の征夷大将軍、坂上田村麻呂が延暦21年(802年)にここに詣で、勝どきをあげたといわれています。
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長い参道に惹かれて参拝することにした。 


参道



さらに参道


これが、野木神社!


この神社にはフクロウがいるらしいです。
鳥居横にはフクロウのモニュメントがありました。
さらには、フクロウ「不苦労」のお守りが売られています。

ふくろうのベビー(野木神社) Owl's baby


ひっそりとした森の中の神社で、静かで、なんだかいい神社です。
綺麗に清掃されていて、地元の人に愛されているという雰囲気がありますね。



横から本殿をみると屋根の一部に写真のような薄い木の細工がありました。


あと、鎌倉時代の建仁年間(1201年-1204年)に始まったものと伝えられる、提灯をぶつけ合う変わったお祭りがあるみたいです。

2013 12/3 野木神社 提灯もみ





この野木宿の街道沿いにある家々は敷地面積が大きいです。
どこも1000坪以上あるんではないでしょうか。
田舎じゃ当たり前ですかね。

ただ、そういう家が街道沿いに隙間なく連続してあるのが珍しい気がします。

大抵は田畑が間にあって、ポツポツと大きな家があるのがよく見られる街道沿いの田舎風景であるかと思うのですが、・・・。


野木神社の別当寺、「満願寺」


その入り口にある十九夜塔(女人講)

世界大百科事典内の十九夜講から以下抜粋
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…また関東地方には子産み盛りの婦人たちにより組織され,子安さまを信仰している子安講が現在でもある。19日に行われるので十九夜講ともいう。〈子安霊神〉の軸をかけて変り飯などを供えて談笑する。…
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要するに昔の女子会でしょうかね。





街道日光方面に向かって斜め右手に、古来より信仰の対象となってきた霊峰、筑波山が見えました。

筑波山とは不思議な山だ俺は思っています。
だだっ広い関東平野にポツンと孤城のように突然飛び出した山なのですから。

マグマが地下でゆっくり(数十万年から数百万年)冷えて固まり、他の周りの岩石に比べて軽い深成岩(花崗岩や斑糲岩など)の岩石が長い年月を経て、ゆっくり浮上してできたものだそうです。



日本アルプスのような造山活動ではなく、ひょっこり浮かんできたというところに面白さがありますね。

山のひょっこりひょうたん島ですかね。
そういえば、山の形もひょうたん島に似てるような気がします。

50年前の人形劇「ひょっこりひょうたん島」


どうやら屋久島もそうらしいです。

(つづく)



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NPO法人ネイチャーズは、走Run会名誉会長、ウィンドサーフィンの師匠の山下光哉さんが運営する若者のためのNPO。
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