やあよのブログ

コツコツと詩を書いています。楽しく読んでいただければうれしいです。

独りでいたいとき

2019-06-17 07:13:16 | 日記
東日本大震災で傷つかれた方の話をよく聞きました。You Tube で震災の閲覧注意の動画も当時観ました。
わたしは鈍いほうで、動画も無感動で観れましたが、閲覧注意とあっただけあってひどい内容でした。
普通、悩みやストレスを抱え、独りでいたいときがあると思います。多くの場合、自分は傷つきやすい、と感じているかもしれません。それなのに、言い返して傷つけあう、そんな経験も多いのではないでしょうか。
わたしが知る限り、人は皆、デリケートなものです。ましてや家にいるときくらい、そっとしておいてほしい時もあると思います。そんなときに家族になにか言われるなんて、もってのほかです。
わたしは結婚して、生まれてはじめて家族に毒のある暴言で攻撃され、心にグザグサきて、ずっとすきだった音楽を聴いても、すっかり感じなくなってしまいました。心が太くなったというより、ますます鈍くなりました。家庭内で言葉の暴力に遇うことほど、矛盾したことはありません。家庭が壊れてしまいます。自分が悪いならわかります。でも、理不尽な暴言に混乱し、心をグサグサにされ、それも過去のことになりますが、音楽に感じる心を取り戻すには、時間がかかりそうです。
最近は、独りでいたいときが一日のほとんどで、人を傷つける加害者にだけはなるまいと思うのです。
自分が傷つきやすいなら、絶対に人を脅かしてはいけません。1度傷つけばわかります。
また、感じる心を取り戻せたら、音楽に感動したり、そんな毎日を送りたいです。

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大人の欠点は無関心

2019-06-17 06:45:16 | 日記
心理テストを勧められてしたことがあります。結果が出る前から「大人って出るんじゃない?」と言われました。
いくつかの項目に答えて出た診断は「大人」。欠点としては無関心が挙げられていました。
わたしは確かにいつのころからか主人のことさえあまり関心がなく、一つには主人も大人で自分のことは自分でできますし、仕事だけでなく、家事もしてくれます。自分の世話ができ、子供なり周りの世話までできるとなると、無関心になるかもしれませんね。
子供っぽい人は、心理テストの結果から推し量ると、周りに興味を持つのでしょうね。他人を自分だと思っているのでしょうか。他人と自分の境界線がない、見境なく興味を持つ、子供はそうかもしれません。敏感でもあるのでしょうね。
主人も職場や仕事のことはほとんど言いませんし、わたしもお小遣いでなにを買っただの、家事についてあまり主人に言う必要は感じません。帰宅すると主人は勉強を始め、わたしは夕飯作りに取り掛かります。上手くいっているのかもしれませんね。
以前、子供が受験でぴりぴりと神経質になっている親の話を聞きましたが、主人とわたしなら、子供の受験を見守るのにドンと構えているかもしれませんね。親がぴりぴりと神経質になっていたら、受験の子供もたまったものじゃないと思います。家の中の空気が受験の子供に精神衛生上よくないのではないでしょうか。
ネコの加齢による衰弱も、見守っていました。天国へ行く見送りに、最期に安心して過ごせる(死んでいける)環境をと思ってです。
人が病気になっても、弱気になっている話を同情しながらも、平常心で聞いています。聞く側(受け皿)がおろおろとしていては、あまりいい聞き手ではないかもしれません。
大人の欠点、無関心は、いいことでもありそうです。周りがどうであろうと、自分の仕事や生活が優先で、極端なようですが、なにもできない子供が周りに関心を持つより、「無関心教育」でも実行に移し、自分の身の回りの世話をまずできるようになることから、自分のすべきことに集中する教育のほうが早いかもしれません。
最近はそんな風に考えています。

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トイレの電気の消し忘れ

2019-06-12 08:04:25 | 日記
うちはよく、トイレの電気を家族が消し忘れます。いつものことなので、たいてい何も言いません。
そういう家族のクセを、「まただ、まただ」と思う方もいらっしゃるかもしれませんね。
今使っているPCはオンゲー用に買ったもので、なのにオンゲーにインすると、よく凍るんです。買った当初からそうでした。
それも、「また凍った、また凍った」とイライラする方もいらっしゃるかもしれませんね。わたしはイライラせずに、対策をとったのですが、自然にオンゲーはやめてしまい、もう凍ることはありません。
対人型RPGだったので、あるとき人に「実はあの人、苦手なんだ」と打ち明けられました。わたしは「あの人はああいう人なんですよ」と答えました。
諦観しているわけではありませんが、あまり物事に引っかかるほうではないようです。
「また家族の機嫌が悪い」「また母親が口うるさく忠告をしてくる」など、いつものことで、それを「まただ、まただ」と思って生涯暮らすのはどうなんでしょうか。
「またネコが靴下を噛み千切って穴をあけた」などありますが、ネコの出入りする部屋にはそういうものを置かないようにしています。
わたしにも、悪いクセはあるかもしれませんね。
でも、毎日「まただ、まただ」と家族に言われて暮らすのはどうでしょう。
あるいは毎日「まただ、まただ」と家族に言って暮らすのはどうでしょう。
「こういうことなんだよ」、「こういう人なんだよ」、くらいしか、とわたしは言うことはないのです。

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たいちゃん1度の面会で里親決まる

2019-06-11 10:59:27 | 日記
たいちゃんのことを知るまでは、20代から飼っていたことちゃんというターキッシュバンの20歳になる女の子のネコがいました。ターキッシュバンは飼い主を親友と思う性質で、愛すべき、しかも存在感のある、筋肉質型のネコで、走る姿は颯爽とし、まるで名馬でした。特別存在感のある子だったので、ことちゃんが20歳を迎えたころ、まだ元気でしたが、「ことちゃんが死んだら、生きていけない」とさえ思い、ことちゃんの代わりになる子はそう見つからないだろうと思いながら、動物病院の受付カウンターで里親募集の冊子をたまたま見たら、冊子のトップにたいちゃんの画像が載っていました。

「ことちゃんと似ている」と思い、早速動物病院の先生に相談したところ、動物愛護センターに引き取られている、ということで、即面会に行きました。
生後6か月くらいで迷子になり、風邪を引いているところを発見され、愛護センターに保護されていたのです。

他のネコちゃんたちは面会多数で、それでいてなかなか里親が決まらないようでした。
たいちゃんは冊子のトップを飾っていたにもかかわらず面会はうちだけということでした。

たいちゃんは愛護センター1活発で元気いっぱいの人懐こい当時生後6か月の男の子で、ころころと太っていて、まるでエネルギーの塊、ふくふくとしていて、愛護センターでの仮の名前は「大福ちゃん」でした。わたしはそのエネルギーを素晴らしいと思い、即、飼いたいと申し出ました。

それからうちに来るまでの段取りを得て、たいちゃんがうちへやって来ました。ことちゃんもそのころはまだ足腰もしっかりしていて、元気でしたが、筋肉は衰弱してきていました。毛も老化して、バサバサになってきていたでしょうか。

ことちゃんは自立していて、大人の立派なネコになっていましたが、たいちゃんは生後当時7か月、どんなにことちゃんが愛らしい子でも、赤ちゃんのたいちゃんのほうが可愛い、そんな感じでした。正直なところ、大人のことちゃんより、赤ちゃんのたいちゃんが可愛くて、ことちゃんも自立して立派でしたが、たいちゃんが可愛くて仕方ありませんでした。

そして、たいちゃんが来て1年半後、ある日突然ことちゃんが歩くのにふらつくようになり、足腰が立たなくなってきました。ネコは4か月で1つ年を取ると言われています。その通り、ことちゃんは歩くのにふらつくようになってから、4か月後に老衰で亡くなりました。

ペットの死に落ち込む人は多いと思います。わたしもお葬式で泣いてしまいました。

人は自分に似た物を選ぶと言われています。ことちゃんもたいちゃんも筋肉質が立派で、たまたまなようで、わたしも自分に似たことちゃんとたいちゃんを選んだのだと思います。ある意味、わたしは人気がなくて、ことちゃんもたいちゃんも面会の少ないタイプだと思います。2匹ともめっぽう気が強いですしね。自尊心も動物らしい以上の高さかもしれません。

人を怖がらず、太い心をしていて、心に傷のない子です。
人を警戒し、気を許さないネコちゃんもいますね。いろいろな子がいますが、自分に似た子を選ぶという傾向はあるかもしれませんね。
たいちゃんはそういうわけで、人気はなかったのですが、1度の面会で里親が決まったのです。

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知恵

2019-06-11 09:55:04 | 日記
ゆみにはある想い出がある。小学校4年のころだったと思う。
ゆみは父と母、兄の4人暮らしで、おおむね平穏な日々を営んでいたが、
父と母が不仲になり、ある日母がゆみを連れて家を出た。
ゆみは母の実家の近くの小学校へ転校することになってしまった。
しかし父からの再三の呼びかけで、ゆみは母と一緒に父と兄のもとへ
戻ることになった。
転校してから1か月くらいのことである。
ゆみはもとの小学校の教室に出戻ることになった。
子供の心にも出戻りは影響があった。
父や兄が転校せずにいたことで、家庭の問題だということは
同級生にもなんとなくわかったはずだ。
ゆみは教室で気まずさに耐えていた。
そして出戻ってすぐに、テストがあった。
1か月の転校の間に、教科書が違ったため、教わっていない問題ばかりがテストに出ていた。
ゆみはテスト用紙を前に困り果てた。
そして机の引き出しからドリルをこっそりと少しだし、答えを用紙に書いた。
カンニングだ。
ゆみは汗をかきながら、ドリルから答えを書き写した。
その日の放課後、学級会で中村という少年が、
ゆみのカンニングについて議題を出した。
「川上さんが今日のテストでカンニングをしていました。
よくないことだと思います。」
中村は中傷するかのようにそう言った。
ゆみは全身が恥辱で真っ赤になるほどだった。
「わたしはカンニングをしていません!わたしはカンニングをしていません!」
ゆみはあまりの恥辱に泣き出してそう言った。
嘘をついたつもりはなかった。
ゆみの涙は止まらなかった。
クラス中の同級生がしんと静まり返った。
クラスのものでゆみに同情しないものはいなかった。
カンニングの件は、誰も追及せず、そのまま立ち消えになった。
立ち会った担任の先生もなにも言わなかった。
議題を出した中村少年だけが、なにか心に思ったまま、
ゆみは追及を免れた。
40を過ぎ、当時の自分と同じ年頃の子供を持つようになってからも
ゆみはその想い出が忘れられない。
ゆみの子供も心の働きがある。
素直に伸びて行ってくれればいい、ゆみはそう思っている。

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