今日も暑いのに、妻が朝から買い物へ出かけて帰ってきた。今日は僕の誕生日だ。高校生になる息子は「ケーキが食べられる!ケーキが食べられる!」とはしゃいでいた。
午後になって、妻は夕飯作りに取り掛かり始めた。洋風煮物のにおいがする。僕の好物のカレーだ。息子も喜んでいる。
「今日はサラダを買ってきたの。バジルチーズのと、海老とイカの明太子サラダよ」
妻の言葉に僕と息子はすっかり気をよくしていた。
「そうそう、バースデーケーキも用意したわよ」
給料日前だというのに、妻は近所のケーキ屋の苺のショートケーキも人数分用意していた。
妻が夕飯の支度をしている間、僕はTV、息子はPCでYou Tubeの動画を観ていた。妻がなぜかため息をついている。ため息がカレーの湯気にかき消されている。
「できたわよ。食べて」
「わー! うまそうー!」
いい年して誕生日を祝ってもらえることに感謝していた。よくできた妻だとも思っている。好物のカレーもいつもどおりおいしい。買ってきたというサラダも格別だ。
「ケーキ、食べていい?」つい、自分から催促してしまった。
「お母さんも食べなよ」息子が妻を呼んで誘ったが、妻はシンク前でなにかこちらに背を向けて片付けでもしているようだ。
「全部食べちゃうよー!」息子が無邪気に笑って言った。
妻の様子がおかしい。そう気づいたのはそのときだった。
「どうして全部食べちゃうの… どうして全部食べちゃうの… 毎日毎日、どうして全部食べちゃうの…」
妻が涙をにじませて、こちらをにらんでそう言った。なにが起きたのか僕にはわからなかった。息子も黙っていただけだ。
「疲れてるんじゃないの?」僕はかろうじて妻にそう言った。
「どうしてお盆休みなんてあるの… どうしてお盆休みなんてあるの…」
「疲れてるんじゃないの?」息子が気遣うようにおどおどした様子でそう言った。
「寝るわ…」妻がバースデーケーキも食べないで部屋を出て行った。
ダイニングに取り残された僕と息子は無言で料理とバースデーケーキをたいらげた。そういえば妻はなにも手を付けていないままだった。