7月5日(金)からナショナル・シアター・ライブの作品として、
映画館上映が始まった舞台「ザ・モーティヴ&ザ・キュー」(以下、TMaTC)。
初日やトークイベントを含め、合計3回映画館で鑑賞しました。
2023年6月に現地ナショナル・シアター(以下NT)で観劇した時の記事はこちら↓(NTで観たのは2回。)
ちなみに観劇後、ジョン・ギールグッド卿を演じた私の大好きなマーク・ゲイティスは、
この役でオリヴィエ賞演劇主演男優賞を受賞しました。
Mark Gatiss wins Best Actor for The Motive And The Cue | Olivier Awards 2024 with Mastercard
喜びで震える手で投稿する当時の私↓
私が世界で一番愛する俳優がついに主演男優賞取ったど!!!!!!!!!!!!!
— ミウモ 𝕄𝕖𝕨𝕞𝕠 (@notfspurejam) April 14, 2024
実はNTで見た時には、戯曲も劇評もたくさん読んでいたし、セリフの内容は頭で理解出来ていたけれど、
旅の疲れもあって感情は完全についていっていたわけではなかったので、
それぞれの演技を素晴らしいと思っていても、そこまで感動出来る芝居だったのだろうか?と思うところがありました。
演劇賛歌としてのTMaTCは、理解しきれていなかったかもしれません。
ところが、今回映画館で見たところ、特に第2幕以降、涙が止まらなくなってしまいました。
NTLive『ザ・モーティヴ&ザ・キュー』予告編
特に胸打たれたのは終盤。
演出家のジョン・ギールグッドが主演のリチャード・バートンに、
よりよい報酬がもらえる映画にも出ることが出来るのに、何故舞台に立つのか?と問う場面。
バートンはいくつか答えるけれど、ギールグッドは「違う」と否定します。
「まるで答えを知っているみたいな物言いだ。教えてくれ、答えを…」とバートンが言うと、
「芸術が好きだからだ」と答えるギールグッド。
他の芸術にはない、観客との美しい劇空間を欲しているのだと。
このセリフに私はボロ泣きしてしまいました。
と言うのも、先月2本の舞台を見ていたことが大きく影響しています。
TMaTCを現地で観に行った時も、他にストレートプレイやミュージカルを見ていたので、
現地で演劇の空気にも触れ続けていましたが、つい先月、日本で続けて舞台を見ていたことで、
10代〜20代の頃の演劇を好きになり始めた頃の興奮を思い出していました。
日本の舞台で久しぶりに観客や客席を巻き込んでの演出を体験したり、
笑いが起こって客席全体が温かい雰囲気になったり、
劇団と観客との親密な関係が感じられるような空間にいたことで、
劇場の中で観客も一体になっているという感覚を味わったばかりでした。
シェイクスピアのような古典劇ではありませんが、演劇でないと味わえない体験がそこにはあるのだと、
はっきりと思い出したタイミングでもあったのです。
何故そこに行くのか。それは、そこでしか味わえない体験があるから。
演者にとっても観客にとってもそれは同じなのです。
さらに、コロナを経ての上演であることも大きな意味があるでしょう。
二幕の冒頭でノエル・カワードの‘Why must the show go on’が流れますが、
NTで見た時にはサビに入ったところで笑いが起こっていました。
この曲は、まさにこの舞台のテーマと言っても過言ではないと思います。
なぜ芝居を続けるのか… 必要不可欠なものでもないのに…
劇中のバートンやギールグッドだけでなくロックダウン中に演劇関係者が皆が考えていたであろうこの問い。
この舞台の演出家であるサム・メンデスもこの問いをコロナ禍で抱えながら
演劇界の状況を受けてこの作品を作るに至っています。
そして観客としての私も、当時客席が埋まっていない公演を見たりした後に、
最近の活気が戻った日本の舞台を見て良かったなぁと思ったばかりだったので、
ギールグッドの与える答えにグッときてしまうのであります。
そしてそれを乗り越えて、カンパニーが一つの芝居を作り出すと言う、
その仲間意識も困難な時期を経て貴重なものとして感じとることが出来たためかもしれません。
(TMaTCでも、例えばこの作品の原案となった本を書いたレッドフィールドや、オフィーリア役の子が
初めはバートンとテイラーのホテルの部屋に入るのも緊張していたのに、
最後のパーティでは皆と打ち解けた様子なのがリハーサルの時間の流れを感じさせました。)
それぞれの登場人物の演技や舞台にかける思いを感じられたのも感動出来たポイントの一つ。
ギールグッドと対立して怒りに任せて演技するバートンに
「怒りに駆られて木に牛を掘っても美しくなり得るか?」 と言う問いを掲げるレッドフィールド。
映画で力を発揮出来ていないマーロン・ブランドの出演作品を同業者として冷静に記憶し観察しているエリザベス・テイラー。
劇中に登場する役者たちはそれぞれに俳優としての矜持を持っていることがわかります。
(バートンに「やめてもいいのよ。訴えられても映画に何本か出れば賠償金払える」とか、
過去の名優である演出家として皆に讃えられながらも役者としての出番を失っていたギールグッドに
「また返り咲ける!」と言って元気づけることが出来るのは、エリザベス・テイラーだからこそだよな。)
そして、エネルギッシュで対抗心むき出しなバートンを恐れながらも、
舞台役者としての勇気を奮い立たせて対峙するギールグッド。
バートンがハムレット向きの役者ではないと思いながらも
「久しぶりに条件のいい仕事だったから」と演出を引き受けたギールグッドは、
自分のセクシャリティまで揶揄されながらも、最後の最後までバートンに付き合い、舞台へと送り出す。
バートンがオールドヴィックでギールグッドが演じたシェイクスピアの役の数々を挙げていくところで、
本当に彼が自分を尊敬しているのか疑わしく思っていたギールグッドの感極まった表情は、
劇場で見た時よりも表情がはっきりと見てとれて、こちらまで胸を動かされます。
NTで見た時には、バートンのギールグッドの対立の印象が強く残っていて、
気まずさの方が記憶に残りやすかったけれど、改めて日本語字幕付きで見ることで、
双方がよりよい芝居にしようと思うあまりの対立であることがより鮮明に伝わってきました。
テイラーの助言もあり、父親に対するコンプレックスと不満感という落としどころを見つけるところで、
二人は一定の合意を得るに至る過程は感動的です。
感動ポイント以外で、TMaTCの日本語上映で少し気になったのは、
ギールグッドのセクシャリティ描写が直接の言及以外にちゃんと伝わってるのかってところ。
例えば酔っ払ったバートンがギールグッドを揶揄してわざとナヨナヨした手振りをしてるところは、
あまり日本語字幕にそのニュアンスが乗っていなかったと思います。
センシティブなので表現が難しいのかもしれませんが、
あそこでバートンが取り返しのつかない侮辱をしたことで緊張が最高潮になるので、そこははっきりと表現してもらいたかったです。
そして、ホテルに男娼を呼び込んだギールグッドが傘を落として警官に呼び止められた際に「妖精」呼ばわりされた件。
「妖精」はゲイの隠語ですが、そのまま訳してしまうとちょっとわかりにくくなかったかなと心配。
(ゲイが集まる誕生日会の騒動を描いた舞台"The Boys in the Band"にも出てきました。)
ところで、今回上映を観た後に同性愛者としてのギールグッドの記事をずっと読んでいましたら、
どうやら、劇中のパーティーの場面でギールグッドが話題を振った
「最近猥褻な電話かけた人ー?」って台詞は実際に本人が言っていたらしい。
しかもジュディ・デンチにも「卑猥な電話かかってきた?」と訊いてたとか(笑)。
サー・ジョンは、実は下ネタ大好きだったみたいですね。
「ベッドに入る前にはいちゃつきがつきものだからな」とか
「私は緊張しないために自慰する」とか性的なジョークが織り交ぜられていたのは、
こういった証言を元に反映させてるのかもしれません。
映画館で見直して、現地の劇場の空気感も思い出したりしました。
テイラーとギールグッドの洒落た会話の朝食シーンで爆発的に起こる笑いや、
ギールグッドがバートンに「君のハムレットは馬鹿げている!」と本音を言うシーンで観客の息を呑む音。
ギールグッドの”Speak the speech”の独白を見守る時の静けさ。
Day 11でバートンがスクリーンの前でタバコを吸いますが、
ジョニー・フリンは毎回煙で綺麗な輪っかを作ってたのも思い出します。
映像だと引きなのでわかりにくいのが残念。
バートンが台詞を叫ぶように言うため、ギールグッドが”You shout wonderfully.”とオブラートに包みきれずに言う場面や、
バートン演じるハムレットがポローニアスを殺してしまうシーンで”MOTHER! MOTHER! MOTHER!”と呼び、
ガートルードが「あの子が来るのが聞こえます」と言う場面も、
デカい声で呼んでるのに「聞こえます」もないだろう!と笑いが起こってたっけ。
そんな空気感も、やはり劇場でしか感じられない体験ですね。
7月15日にTOHOシネマズ日本橋で行われたナショナル・シアター・ライヴのトークイベントでは、
翻訳家の松岡和子さんと柏木しょうこさんが登壇されました。
松岡先生はリチャード3世の演出をしていた若かりしサム・メンデスにインタビューをしたことがあり、
円陣に椅子を並べて読み合わせすることが効果的だったと話していたそうで、
リハ画像を見て今でもそのやり方が変わっていないことに感動されていました!
お二人ともバートン版のハムレットが大好きで、
定番と思われているオリヴィエの映画版ハムレットは
「生きるべきか死ぬべきか」の場面といい、ツッコミどころ満載だと(笑)。
それに、NYの前衛集団ウースター・グループが、
バートン版ハムレットの映像を流しながらその前で全く同じように演ずるパフォーマンスをやっていたという興味深い話題も。
今回の舞台にも取り上げられたり、いつの時代も注目されるバートン版は、
数々演じられてきた20万人の中の伝説的なハムレットの一人なんですね!
トークイベントで今回の舞台の役者の話題は出てきませんでしたが、
マーク・ゲイティスに関することなら私におまかせを!!
公演の発表以降、リハーサル&本編&舞台裏写真、予告編、インタビュー、劇評、オリヴィエ賞授賞式の様子を、
以下にまとめていますので確認されたし!↓
自分の一番好きな俳優が出ているから見る、と言う使命感などすっかり忘れて、
この作品を見るたびに物語自体の世界に没頭してしまいますが、
カーテンコールになると、こんなに素晴らしい作品にマークが出演していること、
何よりこの作品を感動的なものにしている一人がまさに彼であることにさらに涙してしまいます。
何度見ても心動かされる作品です。
そういえば、昨日NT Live見て、ギールグッド卿が帽子をクルリとやってからかぶってるのを見て、あ、そういえばやってた!って思い出した。Three Days in the Countryの時もやってたんだよね。素敵。
— ミウモ 𝕄𝕖𝕨𝕞𝕠 (@notfspurejam) July 6, 2024
(私の作ったGIFだと分かりにくいけど…) pic.twitter.com/R7p4SyUEkK
余談↓
あ!そいえば私、ハムレットの舞台のモデルになったデンマークの城に行ったことがあるんですよ!
— ミウモ 𝕄𝕖𝕨𝕞𝕠 (@notfspurejam) July 6, 2024
歴代のハムレット俳優のパネルもあって、もちろんオリヴィエ(3枚目)もギールグッド(4枚目下段左)もいました。その隣には城の前で撮影されたメタトロンことデレク・ジャコビのハムレット! pic.twitter.com/GApT5gfKOg