「やるかどうか」
3秒ほど迷いましたが
やることにしました
9泊10日の初ハワイの
旅行記44本の備忘録作成
この記録が今後破られることがある?
ヨーロッパでも行かないとムリ(笑)?
こういう長いのこそまとめておくと、
後で自分が便利かもと思います。
(※今後、別のハワイ旅行記が続くので)
全部の記事に写真を足すと44枚
さすがに一部にしときまーす(笑)
初ハワイはヒロから
見事なハワイアンキルトで
迎えられたハワイ島のヒロ
今日という日を繰り返す街
古い建物が使われ続けるヒロ
人生も今日という日の繰り返し
ハワイのケパニ
白亜の寺
ハワイ語で日系人をケパ二と
呼ぶことを初めて知りました。
1920年には日系人人口がハワイ
全体で43%に達したそう。
ヒロの街の至るところに
日系の影響がうかがえます。
癒しと安らぎの植物園
精霊の宿る谷
優しさと祝福に満ちた谷
ハワイ島を再訪するときは
また行きます
ヒロ・ファーマーズマーケット
新鮮で美味しいものが
たくさんありました。
マーケット以上に衝撃の
体験で忘れえぬものに。
この件はメルマガ「西蘭花通信」で。
Vol.0729 ~家を失った普通の人たち~
火の女神が住まう島
ペレ城ハレマウマウ
ハワイの神話と活火山の
リアルが火を噴く場所
ヒロ街歩き
エイプリルフールデー津波
第100歩兵大隊カフェ
ヒロの食
1946年4月1日にエイプリル
フールデー津波がなかったら
その後のヒロは今と違って
いたのかもしれません。
私たちの結婚記念日と同じ日に
起きていた悲劇に驚愕とし、
それまで何気なく目にしてきた
光景を改めて見直す思いでした。
モンキーポッドの木の下で
モンキーポッドの木の下の異国
の地で永久の眠りにつく人々に
自分も移民の日系一世なのだと
いうことを、深く自覚したヒロ
ハワイ・ベルトロードでアカカ滝へ
人の一生を見る村ホノム
慟哭のラウパホエホエ岬
エイプリルフールデー津波で
学校が流され、生徒と教職員
24名が帰らぬ人となった惨劇の岬
幻のヒロ鉄道
ここにかつて鉄道があったとは
鉄道もエイプリルフールデー津波
で短い歴史に幕を閉じました。
「農園から食卓へ」メリマンズ
「農園から食卓へ」のコンセプトの
第一人者ピーター・メリマンの店
立ち寄れてよかったです。
カイルアコナ入り
ハワイ島の東側のヒロから
西側の町カイルアコナへ
コナで見つけたNZ
コナ・コーヒーと日本人
移民一世とはなにか
内田博物館
コーヒー三昧の長い1日
コナ・イッセイ・コーヒー
パイオニアと称えられる日系一世。
移民としての自分の来し方
行く末に否が応でも思いを馳せ、
「移民一世とはなにか?」
を改めて自分に問う1日でした。
カイルアコナの夕陽
聖ベネディクト・ペインテッド教会
アメリカ最南端のパン屋
ふらりと立ち寄った
ペインテッド教会の衝撃と
真っ黒な溶岩の中の
オアシス的パン屋の和み
そして旅はいよいよハワイの
本丸オアフ島へ。
ワイキキ入り
ダイヤモンドヘッド詣
ダイヤモンドヘッドの頂上から
この光景を目にしたとき、
ほぼハワイ投資を決定(笑)
ワイキキの鎮守様
運河の向こうの日常
最初で最後のオノ・ハワイアン・フーズ
57年続いたオノ・ハワイアン
フーズは2017年8月に閉店。
そうとは知らずにその4ヵ月前
に予約もなく入れたのは
本当に幸運でした
エアビー初体験
観光客から投資家へ
あっという間に視線は
ワイキキよりその外側へ
コンドミニアムよりホテルへ
観光客から投資家に変身(笑)
ホノルルのオフィス街を
何度も行ったり来たり
ハワイ島産アワビのコナアバロニ
白い鳥居のハワイ出雲大社
そんな中で「和」にも遭遇
歩いて歩いて歩いて決定
建てられた時代を物語る建物
ここで5ヵ月の沈黙の後、
復活した旅行記(笑)
やはり前へ進まねば
おとぎの世界イオラニ宮殿
栄枯盛衰のキルト
めくるめく絢爛豪華さの
中に凛として漂う気品
栄枯盛衰の物悲しさと
永久(とわ)に美しい宮殿
ホノルルのチャイナタウン
ザ・ピッグ&ザ・レディー
アジア圏在住20年の私には
初めてでも懐かしい場所
終わりではなく始まり
いろいろなものに出会い
学び、感動した初ハワイ
一生の思い出とともに
一生の出会いになりました
リアルではこの旅行から3ヵ月で
ハワイのホテルの1室購入
あれからも何度か現地に足を
運んでいます。その旅行記も
いつか突然始まることでしょう(笑)
3秒ほど迷いましたが
やることにしました
9泊10日の初ハワイの
旅行記44本の備忘録作成
この記録が今後破られることがある?
ヨーロッパでも行かないとムリ(笑)?
こういう長いのこそまとめておくと、
後で自分が便利かもと思います。
(※今後、別のハワイ旅行記が続くので)
全部の記事に写真を足すと44枚
さすがに一部にしときまーす(笑)
初ハワイはヒロから
見事なハワイアンキルトで
迎えられたハワイ島のヒロ
今日という日を繰り返す街
古い建物が使われ続けるヒロ
人生も今日という日の繰り返し
ハワイのケパニ
白亜の寺
ハワイ語で日系人をケパ二と
呼ぶことを初めて知りました。
1920年には日系人人口がハワイ
全体で43%に達したそう。
ヒロの街の至るところに
日系の影響がうかがえます。
癒しと安らぎの植物園
精霊の宿る谷
優しさと祝福に満ちた谷
ハワイ島を再訪するときは
また行きます
ヒロ・ファーマーズマーケット
新鮮で美味しいものが
たくさんありました。
マーケット以上に衝撃の
体験で忘れえぬものに。
この件はメルマガ「西蘭花通信」で。
Vol.0729 ~家を失った普通の人たち~
火の女神が住まう島
ペレ城ハレマウマウ
ハワイの神話と活火山の
リアルが火を噴く場所
ヒロ街歩き
エイプリルフールデー津波
第100歩兵大隊カフェ
ヒロの食
1946年4月1日にエイプリル
フールデー津波がなかったら
その後のヒロは今と違って
いたのかもしれません。
私たちの結婚記念日と同じ日に
起きていた悲劇に驚愕とし、
それまで何気なく目にしてきた
光景を改めて見直す思いでした。
モンキーポッドの木の下で
モンキーポッドの木の下の異国
の地で永久の眠りにつく人々に
自分も移民の日系一世なのだと
いうことを、深く自覚したヒロ
ハワイ・ベルトロードでアカカ滝へ
人の一生を見る村ホノム
慟哭のラウパホエホエ岬
エイプリルフールデー津波で
学校が流され、生徒と教職員
24名が帰らぬ人となった惨劇の岬
幻のヒロ鉄道
ここにかつて鉄道があったとは
鉄道もエイプリルフールデー津波
で短い歴史に幕を閉じました。
「農園から食卓へ」メリマンズ
「農園から食卓へ」のコンセプトの
第一人者ピーター・メリマンの店
立ち寄れてよかったです。
カイルアコナ入り
ハワイ島の東側のヒロから
西側の町カイルアコナへ
コナで見つけたNZ
コナ・コーヒーと日本人
移民一世とはなにか
内田博物館
コーヒー三昧の長い1日
コナ・イッセイ・コーヒー
パイオニアと称えられる日系一世。
移民としての自分の来し方
行く末に否が応でも思いを馳せ、
「移民一世とはなにか?」
を改めて自分に問う1日でした。
カイルアコナの夕陽
聖ベネディクト・ペインテッド教会
アメリカ最南端のパン屋
ふらりと立ち寄った
ペインテッド教会の衝撃と
真っ黒な溶岩の中の
オアシス的パン屋の和み
そして旅はいよいよハワイの
本丸オアフ島へ。
ワイキキ入り
ダイヤモンドヘッド詣
ダイヤモンドヘッドの頂上から
この光景を目にしたとき、
ほぼハワイ投資を決定(笑)
ワイキキの鎮守様
運河の向こうの日常
最初で最後のオノ・ハワイアン・フーズ
57年続いたオノ・ハワイアン
フーズは2017年8月に閉店。
そうとは知らずにその4ヵ月前
に予約もなく入れたのは
本当に幸運でした
エアビー初体験
観光客から投資家へ
あっという間に視線は
ワイキキよりその外側へ
コンドミニアムよりホテルへ
観光客から投資家に変身(笑)
ホノルルのオフィス街を
何度も行ったり来たり
ハワイ島産アワビのコナアバロニ
白い鳥居のハワイ出雲大社
そんな中で「和」にも遭遇
歩いて歩いて歩いて決定
建てられた時代を物語る建物
ここで5ヵ月の沈黙の後、
復活した旅行記(笑)
やはり前へ進まねば
おとぎの世界イオラニ宮殿
栄枯盛衰のキルト
めくるめく絢爛豪華さの
中に凛として漂う気品
栄枯盛衰の物悲しさと
永久(とわ)に美しい宮殿
ホノルルのチャイナタウン
ザ・ピッグ&ザ・レディー
アジア圏在住20年の私には
初めてでも懐かしい場所
終わりではなく始まり
いろいろなものに出会い
学び、感動した初ハワイ
一生の思い出とともに
一生の出会いになりました
リアルではこの旅行から3ヵ月で
ハワイのホテルの1室購入
あれからも何度か現地に足を
運んでいます。その旅行記も
いつか突然始まることでしょう(笑)