こうして、大友皇子の皇位に対するライバルである大海人皇子は、吉野へ去りました。しかし大友皇子と、その補佐役の者たちの不安は去らなかったようです。渡部氏の解説を紹介します。
「仏道に入ったと言っても、恐ろしい叔父なのである。宮廷の西殿にある敷物の広間の仏像の前に、六人が集まった。大友皇子、左大臣、右大臣、三人の大納言である。まず大友皇子が香炉を取って立ち上がり、宣誓の言葉を述べた。」
「この六人は心を同じくして、天皇より次期政権担当の詔(みことのり)をいただいた。もしこれに背くようなことがあったらば、必ず天罰を受けるであろう。」
続いて六人が順番に香炉を取り、泣血宣誓(なきてうけひ)したと言います。泣血宣誓とは、血が出ると思われるほど涙をながして泣くことだそうです。
「われわれ臣下六人の者は、殿下(きみ・大友皇子)にしたがって、天皇の詔をいただきました。もしそれにそわないようなことがありましたら、四天王も打ちたまい、天神・地祇(あまつかみ・くにつかみ)もきっと懲罰してくださいませ。三十三天もこのことを御照覧あれ。裏切りましたら、子供も絶え、家門も必ず滅びるようにさせてください。」
泣血宣誓(なきてうけひ)という言葉を初めて知りますが、六人揃って、このような宣誓をする叙述に不自然さがあります。氏の解説も、私の疑問を裏付けます。
「次の天皇になる方と、輔弼(ほひつ)の家来たちが、こんな盟約を取り交わすのがそもそもおかしい。天智天皇のお言葉を、謹んで受ければ良いだけの話である。これでは何か、謀反を起こすときの集団の宣誓に似ている。」
「これは六人の者たちの後ろめたさ、あるいは弱さの現れと見て良いであろう。恐ろしい虎は吉野にいて、虎視眈々としている。」
氏の解説には判官贔屓とでもいうのか、大海人皇子への肩入れが感じられますが、事情を詳しく知らない私にすれば、いずれの側にも与する理由がありません。私が感じるのは人間の性(さが)、あるいは業(ごう)か、「疑心暗鬼」の世界です。
反日左翼と保守の対立する現在の日本も、「疑心暗鬼」が双方を支配しています。米国の民主党と共和党も、「疑心暗鬼」が対立を深めています。もっと言えば、米中の対立、ロシアと自由主義諸国との対立もみなこのせいです。もっともらしい嘘の情報が飛び交い、人々が何を信じれば良いのか分からなくなっています。
大海人皇子と大友皇子の対立も、こんな視点で眺めますと、古代も現代もなくなります。悪意の情報と噂がこれに輪をかけ、頼山陽の言う「大風」となります。渡部氏も、私と似たような気持になったのかもしれません。
「大友皇子たちは、吉野に行った大海人皇子を、放っておていもよかったのかも知れない。いずれにしても、大海人皇子を挙兵せしめるような事態が起こったのである。」
天智天皇が亡くなられた翌年の五月、大友皇子が、大海人皇子を滅ぼそうとしているという情報が吉野に届きました。大海人皇子の家来の報告です。
「私は自分の用事で、美濃に参りました。近江朝廷(大友皇子)は、美濃と近江の国司(くにのみこともち)に、〈天智天皇の山稜(みささぎ)を造るために、人を集めておくように〉、と命令を下し、各人に武器を持つようにさせております。」
「これは山稜を造るのでなく、きっと別の計画があるのでしょう。早く避難なさいませんと、危険なことが起こるに違いありません。」
この他にも様々な情報がもたらされ、大海人皇子はそれが本当かどうかを確かめさせたそうです。報告が事実だったと知ると、皇子は決意されました。
「自分が皇太子を譲って出家遁世したのは、自分の病気を治し、百歳までも長生きしようと思ったからである。それなのに今、やむおえず禍を受けようとしている。どうしてこのままなにもしないで、ほろぼされてなるものか。」
これが頼山陽の残る四行の漢詩の、最初の一行です。
大風一たび起こって虎に翼を生ず
関西(かんせい)の草木皆色無し
当初虎に被(き)するに袈裟をもってす
爪牙(そうが)皆露わるるを奈何(いか)にすべき
古代と違って現在は、様々なことが地球規模で起こります。「疑心暗鬼」も地球規模で広がっています。大海人皇子の置かれた状況が、現在の日本に似ていると考えてしまいます。敵対する中国、韓国・北朝鮮がいて、ロシアも加わろうとしています。飛来する核ミサイルへの備えも不十分な日本は、どうすれば良いのか。
憲法の制約のため、敵対国の侵略を思いとどまらせる軍事力の行使もできません。私も含め、国内外に蔓延しているのは「疑心暗鬼」という人間の業(ごう)です。こんな時こそ神様の出番だと思いますが、キリストもムハンマドもヒンズーの神様も、日本の八百万の神々もなりをひそめておられます。
「地球と共に一蓮托生の破滅」
私たち庶民に残されているのは、こんな覚悟だけなのかと思いながら本日はここで終わります。残る三行の紹介は、次回といたします。
漫画家の手塚治虫氏の晩年の作品に、
『火の鳥(太陽編)』というのがあります。
猫様は漫画など、あまりお読みにならないと思いますのでご存知ないかもしれませんが、、、、
実はこの『火の鳥(太陽編)』は、
白村江の戦いから、仏教と日本の土着信仰の対立、大友皇子と大海人皇子との軋轢などを
テ-マにしております。
もちろん、漫画ですので、正統的な歴史書の見地とは違いますが、
日本の神話や古代史に全然知識のないひとが、この手塚治虫さんの『火の鳥』シリーズを読んで、それをきっかけに
古事記日本書紀を読んで見ようと思った人もいます。
そういう意味では、それなりの価値はあるでしょう。
火の鳥というのは、たぶん、縄文時代のころからの守護神???らしいです。
手塚治虫氏の初期の作品の鉄腕アトムなどは天真爛漫ですが、
火の鳥などの晩年の作品は風刺に満ちており、読者からの毀誉褒貶が激しいです。
また、手塚治虫氏は、保守系の皇道愛国者の範疇には入りませんが、
真面目な思索者ですので、参考には、なります。
猫様の今回シリーズの少しばかり関連性がありますので、ふと、この話しを思いだしました。
考古学の「こ」の字も知らないまま
訪ね歩いた場所です。
古代の歴史が語り伝えるもの
それは決して「忘却の物語」ではなく
今そこにある現実に結びつく出来事なのだと
改めて考えさせられます。
「鉄腕アトム」から「火の鳥」へと、大きく作風が変化した漫画家だったのですね。日本が誇るべき偉大な「漫画家」の一人だと考えております。
「火の鳥」を読んでいませんが、縄文時代からの守護神として描かれているのなら、それは太陽神つまり、天照大神を象徴しているのかもしれませんね。
いつか機会があれば、手に取ってみたいと思います。興味深いコメントに感謝いたします。
歴史の街を丁寧に歩き、神社仏閣に頭を下げ、たんねんに観察されている貴方には、渡部氏の解説がきっと色々な記憶を呼び覚ましてくれるのでしょうね。
この本は若過ぎると、呼び飛ばすだけだったのでしょうから、今の時期に出会った幸運をありがたく思っています。
渡部氏の解説の元になっているのは、『日本書紀』と『万葉集』です。門外漢の私たちには読みこなせない古書ですから、渡部氏のおかげで古代史の世界を教えられます。
貴方の歴史探訪の旅で、知らない神社仏閣の由来や、土地土地の祭りを教えられ、日本の過去を知る喜びを得ているのと似ています。
肩肘張って日本の過去を語らなくても、反日の学者に異を唱えなくとも、「厳然として日本がある」と、最近はそんな気持ちになりつつあります。
コメントに感謝いたします。