〈 第1章 祖父・岸信介 〉・・ ( こっそり結ばれた日米安保条約 )
・岸の動きは早かった。昭和30年6月の重光・ダレス会談の6ヶ月後に保守合同を成し遂げ、自由民主党を結成した。ダレスの言った、共産主義勢力に対抗できる保守勢力の結集を図ったのである。
・前述したように岸は11月に定めた『党の政綱』の中に、「憲法改正」を掲げた。次の政治プログラムは、「安保改定」だった。
松田氏は、ここで当時の安全保障条約の第一条を紹介し解説します。
〈 第一条 〉・・米軍の駐留を最優先した内容だった。
・日本は国内へのアメリカ軍駐留の権利を与える。
・駐留アメリカ軍は極東アジアの安全に寄与するほか、直接の武力侵攻や外国からの教唆などによる日本国内の内乱などに対しても援助を与えることができる。
〈 第四条 〉・・米軍の駐留を半永久的に認める一方的内容だった。
・安全保障措置の効力を生じたと、両国政府が認識した場合に失効する。
ではこの不平等条約を、誰がどのようにして結んだのかについて、氏の著書を離れ先日別途調べたダイヤモンド・オンラインの情報を紹介します。平成27年8月4日掲載の、蔭山克秀氏の『やりなおす戦後史』の文章です。長くなりますが、省略せずそのまま転記します。記事には次のようなのタイトルがつけられています。
「夜中にこっそり結ばれた運命の日米安保条約」
・調印場所は、当時サンフランシスコのプレシディオ国立公園内にあった「下士官クラブ」。華やかなオペラハウスとは対照的に、ここは米軍将校用の酒場だ。
・こんなところに吉田茂は池田勇人だけを随行させて出向き、そこで日本代表としてたった一人で条約に署名したのだ。
・なぜ吉田は、この条約にたった一人で署名したのか? アメリカ側はディーン・アチソン国務長官、ジョン・フォスター・ダレス国務省顧問ら4人が署名しているというのに。
・それはこの条約が、おそらく日本国内ではすこぶる評判の悪いものになるであろうことが、分かっていたからだ。
・だって、日本の安全保障をアメリカに委ねるかわりにアメリカに基地を提供するなんて、独立国家としてはあり得ない。
・僕たち日本人は、この環境にあまりに慣れすぎたせいで、自分たちのおかしな点が見えなくなってしまっているが、もしこれと同じ条約を、例えば中国とブルネイが結んだら、どう見えるか想像してみてほしい。
・南シナ海に面した南国の青い空の下、自国の軍隊を捨てて得意満面で「平和国家」を宣言するブルネイ。でもそこには、「ブルネイの平和は俺たちが守ってやる」と、中国軍基地と中国人兵士がウジャウジャ・・・。
・それを見た人はおそらく「あーあブルネイ、中国に騙されるぞ。傍目から見ればただの属国じゃん」と思うはずだ。
・だが僕らに笑う資格はない。なぜなら日米関係も、これと同じだからだ。
氏の説明は分かりやすいけれど軽薄な印象を与えると、前回言いましたが、今も同じです。しかし分かりやすいと言う点では、無視できない意見です。
・そもそも、独立した主権国家の中に外国軍隊がウロウロしているなんて、本来あってはいけないのだ。でもこれが起こっている。なぜか? それは同条約が、事実上の「占領政策の継続」だからだ。
・つまり、日米安保条約は、日本が独立国家としての誇りを捨てることで、その見返りにアメリカが日本のガードマンになってくれるという契約なのだ。
文章の中に口語文を入れていますので、軽い印象が真面目な読者には引っかかりますが、ここまで遠慮なく核心をついている記事を「ねこ庭」ではこれまで読んだことがありません。
・だから吉田は池田勇人に言った。「この条約には私一人が署名する。君は書かんでいい。君の経歴に傷がつくぞ」と。
・では吉田茂は、なぜこんな条約に署名したのだろうか? それは彼が “ 通商国家 ” としての日本をめざしていたからだ。
・通商国家で世の中を渡っていくには、できるだけ身軽なほうがいい。だから吉田は、軍隊という「高コストの組織」はアメリカに任せ、できる限り “ 節約 ” できる道を選んだのだ。
・対してダレスは、「我々の望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利」をほしがっていた。ここに両者の思惑は一致し、吉田一人による日米安保条約締結にいたったのだ。
どこまで正確な情報なのか「ねこ庭」では分かりませんが、吉田元首相の「軽武装論」と合致していますので、有力な参考情報として紹介します。ダレス長官が署名者の一人だったとすれば、重光外務大臣の申し出を一蹴した理由もうなづけます。
話が横道へ逸れましたので、次回は松田氏の著書77ページに戻ります。
文鮮明が岸信介、児玉誉士夫らの協力を得て、反共政治団体「国際勝共連合」を日本に設立したのは昭和43年4月だったと、ウィキペディア自身が説明しています。つまり岸氏が頻繁に訪れていたと言う、「国際勝共連合の本部」は昭和35年半ばにはまだ存在していません。
辻褄が合わないのは、次の追加文も同じです。