ねこ庭の独り言

ちいさな猫庭で、風にそよぐ雑草の繰り言

日本の知識人へ - 8 ( 「汝自身を知れ」、と言う言葉 )

2019-12-30 09:47:58 | 徒然の記
 ウォルフレン氏の母国オランダを知れば、氏の分析の偏向が分かります。
私が今ひとつ、息子たちに伝えなくてならないのは、「ナチス・ドイツと日本の比較論」です。
 
 「ドイツに比べると、日本は反省が足りない。」氏だけでなく、欧米の知識人がよく比較をします。日本の反日左翼学者も、似た意見を述べます。今回は、これに関する氏の意見を紹介します。
 
 「全ての戦争は悪だとする平和主義を推し進めることは、日本人が、過去の自分たちの戦争を歴史として受け入れることを、いつまでも妨げることになる。」
 
 「日本人にはあまり知られていないだろうが、日本人とドイツ人は、欧米の知識人の間で、常に比較されており、ドイツ人が道徳と知性の面で、今なお大戦にこだわり続けているのに対し、日本人はそうしていないと考えられている。」
 
 日本とナチスドイツの相違点を正しく整理せず、検討無しに並べるという悪意の主張をしています。しかも氏は道徳と知性の面で、日本人がドイツ人に劣ると思い込んでいます。
 
 「ドイツ人は、国を挙げて詳細な記録を残そうとしているから、若者も過去に何があったかを知ることができる。」「知的な討論がずっと続けられ、何がナチズムを可能にしたかを、解明しようと努力している。」
 
 ドイツ人たちが努力し続けているのは、戦争についてでなく、ナチズムについてです。ドイツ人は、ユダヤ民族を600万人も地上から抹殺しようとした、「民族浄化」の原因を解明しようとしているのです。一番肝心なことを欧米の学者がスルーしている事実について、氏もまた言及しません。
 
 「まるで対照的なのは、日本の若者たちにとって、過去が現在に生かされていないことだ。」「どこで歯車が狂ったのかにつき、本音の討論がない。記録は選別されつつあるし、日本の行為が正当化されすぎたため、相当数の日本人が、戦争の最大の犠牲者は日本人だと信じ始めている。」
 
 ここから氏の説明が「反日左翼」へ傾き、私たちを苦しめる理屈を準備します。何をもって本音の討論がないというのか。どのような日本人が、戦争の犠牲者は自分たちだけと主張しているのか。具体的に語って欲しいではありませんか。読者の注目を引きたい時、氏はいつもこのように具体性のない曖昧な言い方をします。
 
 「日本とドイツ国民の態度がこうも違うのは、ドイツ人がヒトラーを投票により政権につかせたのに対し、日本人は天皇の名で行われたことがらに、国民が影響力を及ぼさなかったと、そう感じているためではないかと思われる。」
 
 彼ら欧米人たちは、頭の中でヒトラーと天皇陛下を同列に並べ、双方に「独裁者」のレッテルを貼り、「戦争責任者」にしたいと考えています。しかしそれを言えば日本国民の怒りが爆発し、激しい攻撃が自分に向けられると知っているから書きません。ヒトラーと陛下を比べて語るところから、間違いが生じていますが、氏は気づいていません。
 
 その原因は、氏が外国記者クラブの会長だった過去にあります。マッカーサーが作ったこの組織は、もともと日本を批判否定するもので、集まる日本人も反日左翼ばかりです。そんな日本人と談笑し、食事をし、親睦を深めているのですから、国を大切にする日本人の意見が伝わる訳がありません。共産党本部の食堂で懇親会を重ね、「これが日本人の意見だ」と喋っているようなものです。
 
 「日本国民は確かに、満洲の軍部に対し、いかなる統制力も持たなかった。」「初めから権威主義的な勢力に導かれている人々に、責任を持てとは言えないだろう。」
 
「その結果としてかなり教育程度の高い日本人も、20世紀日本の最も重大な事件の、原因と結果を理解することが難しいといった事態が、生じてきているのである。」
 
 氏のいう「かなり教育程度の高い日本人」とは、反日左翼で天皇制を否定する学者たちを指しています。216ページで、氏は自分の立場を誇示します。
 
 「私は世界中に友人を持っている。ニューヨークタイムズ、ロンドンタイムズ、」「ロサンゼルスタイムズ、ワシントンポスト、そいういところに友人が多いということで、彼らも多少恐れをなしたのだと思いますけれど・・」
 
 どれも反日の新聞社ですから、氏の意見は彼らの代弁でもあります。白人に弱い反日左翼の記者たちは、氏が他社の名前を並べると、それだけで氏の意見を持ち上げます。そして氏は、私の次の意見を認めません。
 
 ・ ドイツは世界中から、「ユダヤ人虐殺」「民族浄化」を非難攻撃されている。
 
 ・ 日本は大東亜戦争中一度も「民族浄化」をしていない。
 
 ・ 日本がしたのは「戦争」だから、謝罪したり反省したりするものではない。
 
 ・  大東亜戦争は幕末以来、列強の侵略から国を守るための自衛戦争である。
 
 ・ 文明の遅れた国々を侵略し簒奪、虐殺した欧米諸国に、日本を批判する資格はない。
 
 前回紹介した、『オランダの340年に及ぶ過酷な植民地支配』の資料を思い出してください。インドネシア人を抑圧し、人格を無視したオランダ人を見れば分かる通り、氏の中にあるのは「アジア人蔑視」の思考です。自分の意見を述べても、氏はアジア人である私たちの意見に耳を貸しません。
 
 本日で氏書評を終わりとし、明日は今年最後のゴミ取集日ですから、本棚の悪書をまとめてゴミ袋へ入れ、焼却処分します。
 
 《    追  記    》 12月30日 月曜日
「相当数の日本人が、戦争の最大の犠牲者は日本人だと信じ始めている。」
 
氏の説明を読み、誰がこんなことを言っているのかと反論しましたが、一晩置いて考えたら、新聞のスクラップ帳に答えがありました。
 
 「私たちは、あの無謀な戦争の犠牲者だった。軍国主義の犠牲者だった。」
 
 毎年8月15日になると、日本中のマスコミが大合唱します。忌々しいあの反日マスコミ報道が、ウォルフレン氏には日本人「犠牲者論」の根拠でした。お情け頂戴の追悼記事の氾濫は、氏でなくとも、私からみても異常です。
 
 「戦争の記憶を無くしてはならない、」と、老人の思い出話や人形劇を全国で展開しているのが、氏には「日本人の犠牲者論」と見えていたのでしょう。日本を知る学者だと自認するのなら、氏は同業者として日本のマスコミに異議を申し立てれば済むことです。
 
 愚かな報道を定例行事にしているのは、彼らですから、氏が正面から指摘すれば、日本のためにもなります。それとも捏造記事を書く者同士として、遠慮があるのでしょうか。「同病、相哀れむ」ということなら、氏の名前に傷がつきます。
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日本の知識人へ - 7 ( 氏の母国オランダが、インドネシアでしたこと )

2019-12-28 18:00:13 | 徒然の記
 今日は12月28日土曜日です。あと三日で、令和元年が終わります。通りへ出ますと、爽やかに晴れた美しい空です。晴れた空とは裏腹な気持ちで、昨日の続きを書こうと思います。オランダの植民地についてです。
 
 オランダは、17世紀から18世紀にかけて植民地大国として飛躍し、「オランダ海上帝国」と呼ばれた時代がありました。七つの海を支配する大英帝国が台頭する前は、オランダが世界に威を払っていました。
 
 オランダより先に海洋に乗り出し、世界各地を荒し回ったのは、スペインとポルドガルでしたが、彼らを打ち負かしたのですから、オランダも大した国でした。オランダが全部の植民地を失うのは1970年代ですから、およそ400年間他国を侵略していたことになります。
 
 高々35年間の日本の朝鮮統治や、日中戦争の8年間を、ウォルフレン氏が批判できる立場にいるのでしょうか。時代が違うので殊更に騒ぎ立てる気はありませんが、私にすれば氏の日本批判の多くは、笑止千万です。
 
 息子たちに、私が調べたオランダの歴史を紹介します。
 
 「度重なる英蘭戦争で、北アメリカの植民地を奪われ、さらに南アフリカの植民地も、超大国に成長したイギリス帝国に敗れて失うなど、列強としてのオランダの国際的地位は凋落していった。」
 
 「この時期は、長崎出島での日本との独占貿易権が、東アジアでの、唯一の牙城だったが、続くナポレオン戦争での敗戦により、海外覇権はほぼ消滅する。」
 
 「第二次世界大戦でオランダ本国も、1940年にナチス・ドイツの侵攻により、占領された。」「またオランダ領東インドは、大日本帝国の侵攻を受けて占領された。 」「第二次世界大戦の終結後、オランダが植民地支配を復活させようと、軍隊を派遣したため、インドネシア独立戦争が勃発したが、戦闘の激化に抗し切れず植民地を手放すことになった。」
 
 オランダ領東インドが、現在のインドネシアのことですから、もしかすると氏は日本に負けた悔しさも手伝い、盛んに反日の著書を出しているのでしょうか。
 
 『オランダの340年に及ぶ過酷な植民地支配』という資料を見つけましたので、参考として紹介します。長いのですが、これでも一部分です。
 
 〈 1 - 強制栽培制度 〉
 「オランダは、耕地面積の5分の1で、コーヒー、茶などオランダ向けの生産物を強制的に栽培させたため、多くの村が崩壊し、食料自給体制が解体、餓死者が続出し、平均寿命は35才にまで低下した。」
 
 「オランダが植民地から得た利益は、国家予算の3分の1を占めた。」「ジャワ・マドゥラ地方の、人口の半分に当たる400万人が強制栽培に従事させられ、稲作の減少による米価の高騰を招いた。」
 
 「1850年には、強制栽培に凶作が重なって飢饉が起こり、ドゥマックの村は人口が33万6000人から12万に、ゴロボガン村では、人口8万9500人が9000人に減少した。」
 
 〈 2 - 混血児政策 〉
 「当時のオランダは、ヨーロッパの中でも小国で、人口が少なかった。」「宗主国として人口の少ないオランダが、数倍の民族を支配する為、大がかりにインドネシア人との混血児を作り、彼らを間接統治の官吏とした。」「行政官は混血児と華僑に任せ、インドネシア人の政治参加、行政参加はほとんど禁止した。」
 
 「オランダ女性と、インドネシア男性の混血児は生まれていない。」「オランダ男性の『性奴隷』として、インドネシアの女性が扱われたのである。」「植民地政策として合法で罪にならない強姦を繰り返し、うまれた混血児を、民族の分断と統治に利用してきたのである。」「国家ぐるみの犯罪行為が、340年間繰り返されたのである。」
 
 〈 3 - 中国人による間接統治 〉
 「中国明代の末期と清代初期の混乱期に、多くの中国人がインドネシアに移住している。」「中国人に対するオランダの政策は、政経分離であった。」「オランダは中国人の経済進出を認めたが、政治には一切関わらせず、中国人とインドネシア人は隔離して管理されていた。」
 
 「中国人には、中国人を統治させる分割統治を行い、中国人の住む地域も限定した。」「経済的に有利で巧妙な中国人は、商業活動によりインドネシア人の上位に階層を形成することになる。」
 
 「オランダ政府は、インドネシア人に税金を重たく課し、オランダ政府から許可された中国人がそれを厳しく取り立てた。」「払えないインドネシア人に対し、中国人は高利貸となり、高い金利でインドネシア人を苦しめ続けた。」「インドネシア人の不満を、間接統治に利用した中国人へと向かうように仕向けた。」
 
〈 4- オランダ・英国・ポルトガルによる分割統治 〉
 「1824年に締結された、イギリス=オランダ協定により、インド・マレー半島はイギリスが、」「スマトラ島・ジャワ島などの諸島はオランダが、それぞれ植民地とすることで、合意した。」「分割によってシンガポールは、イギリス領として承認された。」「民族や言語に関係なく、列強の軍事力で植民地の境界が、決められてきた。」
 
 「19世紀末には、マレー半島・ジャワ島・スマトラ島、バリ島・ボルネオ島・セレベス島などを、オランダ・イギリス・ポルトガルが、分割統治していた。」
 
 〈 5 - 愚民政策 〉
 「知識階級が生まれ、独立心・反抗心が芽生えることを防ぐのが、文盲・愚民政策の目的であった。」「オランダは、インドネシア人の教育を、基本的に禁止していた。」「20世紀になり世界の批判を受け、初等教育(3年間)だけは実施したが、学校に通えたのは僅か数%だった。」「上級学校へ進学する者には、オランダ語を強制し、大学卒業のインドネシア人は、年に10人程度であった。」
 
 「オランダ人は神のような存在で、絶対服従することが当然であるように、洗脳教育を繰り返していた。」
 
 〈 6 - 部族間の交流妨害 〉 
 「インドネシアは島が多く、それに比例し部族も多い。部族にはそれぞれ言葉があり、部族の数だけ言語が存在している。」「オランダ人は、部族同士の交流を禁止する為、部族の言語しか使わせないようにし、部族同士の交流が出来ないようにしていた。」「反乱に結びつくので共通言語を禁止し、近隣の部族同士が互いに諍う様に仕向けていた。」
 
 〈 7 - インドネシア人の集会・団体行動の禁止 〉
 「住民の集会は一切禁止し、独立運動家はすべてニューギニアなどの島に流刑、または死刑にした。」「住民に、武力反乱を起こさせないように、青年の体育、団体訓練を禁止し、数人の行列行進も禁止した。3人以上のインドネシア人が、路上で立ち話をすることも許さなかった。」
 
 半分以上割愛しましたがウォルフレン氏は、自国の植民地支配と日本の朝鮮統治を、一度比べてみたらどうなのでしょう。こういう偏見の知識人と意を通じ、「永続敗戦論」を唱える白井氏は、恥ずかしい人間です。
 
 息子たちに言います。
「日本が絶対に正しいとは言いませんが、日本だけが間違っていた、悪いことをしたなど、」「世界の歴史を知れば惑わされなくなります。」ましてウォルフレン氏などに・・
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日本の知識人へ - 6 ( ウォルフレン氏と 臼井氏と朝日新聞の共通項 )

2019-12-28 08:01:22 | 徒然の記
 白井聡氏の「永続敗戦」論を紹介します。
 
  ・ 昨今の領土問題で、わが国の主権に対する侵害という観念が、社会に異常な興奮を呼び起こしている。
 
  ・ 中国や朝鮮に対する挑発的なポーズは、対米従属的な状態によって生じている 〈主権の欲求不満〉 状態を、埋め合わせるための代償行為である。
 
  ・ 戦後とは、自らを容認し支えてくれるアメリカに対しては臣従し、侵略した近隣諸国との友好関係はカネで買うことによって、平和と繁栄を享受してきた時代である。
 
  ・  A級戦犯を祭った靖国神社に参拝したり、侵略戦争の定義がどうこうと、理屈をこねたりすることにより、日本人は自らの信念を慰め、敗戦を観念的に否定してきた。
 
  ・ 必敗の戦争に突っ込んだことについての、戦争指導者たちの国民に対する責任はウヤムヤにされたままである。
 
  ・ 対内的な戦争責任があいまい化されたから、対外的な処理もおかしなことになったのである。
 
  ・  戦後の日本人はずっと被害者意識で生きて来た。加害者としての責任感を持っていない。
 
  ・  日本人が英語が下手なのは、言うべき事柄がないからだ。つまり、自分の意見がないからだ。
 
 
 6年前の朝日新聞の記事からの抜粋です。白井氏が述べているのは、尖閣諸島への領海侵犯と竹島の不法占拠に対する政府抗議への批判です。
 
 さすがに反日朝日新聞が掲載する学者の記事となると、悪いのは日本と言う話になります。領土問題に関する日本の対応が、対米従属の欲求不満の代償行為とは、どこから出てくる思考なのでしょう。なんと不思議な次元の理屈かと、あの時も思いましたが今も変わりません。
 
 日本人が英語が下手なのは、自分の意見がないからと言う意見に至っては、新進気鋭の学者の言葉かと、空いた口が塞がりません。この程度の知能しかない氏に、「対米従属の欲求不満」と言われても、中身を問う気になれません。

 戦後を生きた両親や大人たちを見て育った私には、あの日々は、そんな簡単な言葉で片づけられるような、時間と空間ではありませんでした。
 
 国民全体が汗と涙の日々を重ね、寝る時間を惜しんで働き、やっと手にした「繁栄」であり、「平和」でした。アメリカに服従したため、自然現象のように繁栄したのではありません。近隣諸国に支払った賠償金は、血のにじむような国民の税金です。自分の両親だけでなく、当時の大人たちに対する冒涜ですから、「カネで買うことによって、平和と繁栄を享受した・・」などと、罰当たりなことを言わせる気持ちになりません。

 調べてみますと白井氏は、息子たちよりずっと若い学者で、父君は早稲田大学の元総長だそうです。レーニン研究などで学位を取ったと言う経歴からして、私の嫌悪する左翼系の学者です。
 
 遠回りをして、ウォルフレン氏に戻ります。
 
 「大東亜戦争は、全て日本が悪かった。」「日本は、責任を取らない加害者だ。」と、彼らの意見がここで一致しています。つまり「東京裁判史観」です。
 
 これまで何度も「ねこ庭」で取り上げてきましたが、東京裁判というのは、アメリカが戦勝国として行った「復讐裁判」です。果たして裁判と言うに相応しかったのかと、疑問を呈する資料も現れている現在です。
 
 愛国心のない朝日新聞と白井氏とウォルフレン氏が声を合わせ、日本の侵略と植民地支配を糾弾しています。日本の韓国統治期間は35年間で、日中戦争は8年間でした。氏の母国オランダは、下記の通り植民地を持っていましたが、どのような統治をしていたのか。次回はこれについて報告します。
 
 《 オランダの植民地 》
 
  オランダ領東インド   台湾        セイロン島(スリランカ)
  西アフリカ       ケープ植民地
  北アメリカ       オランダ領ギアナ  オランダ領アンティル
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日本の知識人へ - 5 (氏が評価する、日本の知識人二人 )

2019-12-27 19:51:38 | 徒然の記
 本日は前回の続きで、軍部と協力した官僚の戦争責任についての意見です。
 
 「今日では軍部が全ての責を負っているが、エリート官僚たちにも、同じように責任があった満州への軍事介入から、広島空爆に至るまでの、15年にわたる国内社会体制は、単なる軍事事情では決してなかった。」
 
 「官僚は、権力主義的計画に中心的役割を果たした。」「目的推進のため、国民大衆に嘘をついたことについては、軍部より官僚の責任の方が大きかった。」
 
 日本の悪業と失政は、何にでも官僚に責任があると言うウォルフレン式理論の展開です。まずもって日本の官僚の範囲を、あそこまで広げれば、政府の指導者の中に官僚でない人間を探す方が難しくなります、
 
 「広島の原爆」についてはわざわざ「広島空爆」と表現し、日本の官僚の責任を問うほどにはアメリカの無差別殺戮に力を入れて説明しません。これで日本を愛すると公言するのですから、氏の神経を疑います。
 
 「アメリカが日本を占領し、経済官僚が台頭する以前は、」「内務省が、司法省と文部省を重要な協力者として、社会統制を推進した神経中枢だったのであり、軍部は、ごく限られた程度においてのみ、監督的機能を保持していたに過ぎない。」
 
 氏の説明を読みますと、戦時中の政治には軍部の影響力がなく、内務省の官僚が主導権を持っていたように聞こえます。確かに戦前の内務省は「官庁の中の官庁」、「官僚組織の総本山」 と呼ばれる最有力官庁でした。
 
 敗戦後GHQに解体されましたが、総務省・警察庁・国土交通省・厚生労働省を指し、今でも「旧内務省系官庁」と呼ぶ者がいます。だからと言って、内務省が軍部より、大きな力を持っていたと言うのは言い過ぎです。内務省が軍部に協力したのは間違いないとしても、主導権を持っていたのは軍部です。牽強付会をここまでやると、氏の良識に疑問符がつきます。
 
 「戦後の官僚にはこの遺産があること、そしてその権力がコントロールできなくなる可能性が、引き続き存在することについて、判断の過ちを犯してはならない。」「1945 ( 昭和20 ) 年以前の官僚制と、1945 ( 昭和20 ) 年以後の官僚制の間には、制度的断絶がなかった事実を、十分に認識する必要がある。」
 
 「GHQの致命的な失政は、官僚制を手付かずのまま残したことだった。」「役人たちが経験したのは、天皇の官僚から国家の公務員へとレッテルの変更である。」「官僚たちは依然として、社会に対する最大限のコントロールを維持したいと考えている。」
 
 歴史的に見れば、官僚は明治時代の国策だった「文明開化」と「富国強兵」を、政治家と共に押し進め、欧米列強の侵略から国を守り、第二次大戦後は焦土となった国を再建し、ついには日本を、世界第二の経済大国にまで発展させた指導者たちです。バブル崩壊前には、政官財で結託し、国民不在の「金権政治」を行い、日本をダメにしにしたのも彼らです。
 
 官僚組織に対する私の思いは、深い信頼と強い不信感、尊敬と憎しみ、賞賛と侮蔑など、相矛盾するものがせめぎあう複雑な気持ちで、ひと言では尽くせません。それだけに悪意を持つ氏の、単純化した官僚批判論に嫌悪感が生じます。日本人は何も知らないから、自分が教えてやると言う氏の姿勢には、一言言わずにおれなくなります。
 
 「貴方に指摘されるまでもなく、日本人は考えている。」「日本ついて余計なことを言わず、貴方は自分の国で蔓延している覚醒剤の悪習の心配をしなさい。」
 
 日本の知識人と氏が語る人物の中に、森永卓郎氏と白井聡氏がいます。
森永氏は憲法改正に反対する人物で、もしも他国が攻めてきたら戦争をせず、何もかも捨て一人で逃げると、自己中心的な意見を述べる経済評論家です。愛国心も家族への愛もない氏は、私から見れば人間の屑ですが、マスコミに重宝されテレビや新聞に登場しています。
 
 白井氏は「永続敗戦」という新造語を考え出し、新進気鋭の政治学者ともてはやされています。6年前に朝日新聞が、氏の意見を大きく取り上げていました。白井氏の意見も、ウォルフレン氏に劣らず独りよがりの論理ですから、こう言うところで共感したのかもしれません。
 
 今回はスペースの都合でここまでですが、次回は臼井氏の「永続敗戦」論を紹介します。ウォルフレン氏との共通点が分かります。
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日本の知識人へ - 4 ( 我田引水の反日ウォルフレン氏 )

2019-12-27 01:00:56 | 徒然の記
 本日は説明なしに、ウォルフレン氏の意見を紹介します。
 
 「我々は官僚のことを語る場合、一般に呼ばれているよりもっと大きなカテゴリー、つまりたいていの他の国では、明確に官僚ではないが、日本では、政府の役人とほとんど区別できない、権力保持者のグループまで含めて考えなくてはならない。」「経団連とか日経連といった日本の経済団体で活動する、有力な人々も、私の考えでは官僚である。」
 
 「こういう人々は、利益を稼ぎ出すことでなく、統制することを仕事としており、これを企業家というのは確かに間違いだ。」「自民党議員のうち、最大の勢力を誇る3分の1は、官僚出身者からなっている。」「彼らは、官僚のように考え行動しており、概して言えば、官僚的な関心を捨て去っていない。」「従って彼らもまた、引き続き官僚という名称を与えるのが、適切であると私には思われる。」
 
 官僚の中に、経団連と日経連の企業人も加えると言いますが、どうして日本の場合だけ、こんな乱暴なことをするのでしょう。企業人が似たようなことをするからと言っても、官僚とは言いません。官僚出身の議員がいても、政治家と官僚は区別するのが、正しい分類です。自民党の議員の3分の1が官僚出身者というのは、日本の政治が官僚に大きく影響されていると言う一つの事実ですから、事実だけを語れば良いのです。
 
 日本の官僚が諸外国に比べ、格段の権力を持つと言う自説を有利にするため、他国の場合なら除外する議員や企業人を加えるのは、強引な論理です。我田引水の中国や韓国政府と同じレベルですが、そんな無理をするより、日本の歴代総理の何人が官僚だったかを説明すれば、その人数の多さの方が読者にはインパクトがあります。
 
 官僚の無責任体制が語りたければ、真珠湾攻撃前夜の日本大使館の状況と、国益と歴史を汚した大失態でありながら、その大事が不問にされたままの事実を挙げれば良いのです。
 
 私は日本の官僚組織について、敬意と賞賛を惜しまない一方で、氏以上の怒りを抱いている事実が、いくつかあります。
 
 私は定年退職をした年金生活者ですが、日本の歴史や政治などをブログにしています。試行錯誤の面白くないテーマばかりですが、真面目に読んでいる方々がいます。つまり日本には、官僚や政治家について、氏に負けず考えている国民がいくらでもいると言うことになります。こんな事実さえ研究せず、氏は日本人の知識レベルが低いとか、個人が確立されていないとかマッカーサーみたいなことを言います。
 
 しかし我慢して、氏の意見を紹介します。
 
 「政府ばかりか、実業界のトップにも存在する日本の官僚たちは、世の中の細かい仕組みを決定する巨大な権力を保持している。」「日本の官僚が持つ権力のうち相当程度は、公式な法規にもとづいていない。」
 
 「公式法規なら一般市民も、民主的手段で訴えたり、変更したりできるのである。」「こうした官僚権力の多くは、官僚機構のライバル部門以外は、いかなる組織や人物からもチェックされていない。」
 
 氏が述べているのは、官僚の権力行使が法律でなく、役人が出す通達で行われている慣行のことです。誰にもチエックされないと言うのは、「国益よりも省益第一」とする官僚組織の欠点の指摘です。この点に関する氏の批判は、私の考えと一致しています。
 
 「日本における官僚権力は、理論上は国会議員によるコントロール下に置かれているが、実際はそうでない。」「官僚機構のブレーキ役になっているのは、他省庁の官僚グループである。彼らは互いに絶え間なく争い、自分たちの縄張りを守ることに汲々としている。」
 
 「従って、他省庁同士が争う理由を認めない特定分野では、官僚の権限は野放しになりがちだ。」「おしまいにもう一つ分析を申し上げれば、官僚は自らを、コントロールできない。」「知識人が、官僚監視の姿勢を緩めてならないのはこのためである。」
 
 ここまでは正論と思いますが、次から少しずつ左旋回します。
 
 「日本の官僚の野放しの強大な権力を、それほど心配する理由は何かと訝る向きがあるかもしれない。」「日本及び外国の多くの人々が、忘れてしまっているように思われるのは、超国家主義をもたらし、ついには1945 ( 昭和20 ) 年の敗戦を導いた政策と運動が、軍部と官僚の協力により鼓吹され、はぐくみ育てられたものであった事実である。」
 
 ここからは氏の独断と、乏しい日本史の知識で分析した偏見の「真実」です。もっと簡単な言葉で言えば、「東京裁判」を正しいとする戦勝国側に立ったオランダ人の意見です。日本人である私には不愉快な意見ですが、反日左翼のマスコミ界からは歓迎される主張です。
 
 今回は、スペースの都合でここまでとし、氏の高説の紹介は次回とします。
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日本の知識人へ - 3 ( ウォルフレン氏の、日本官僚論 )

2019-12-25 23:11:36 | 徒然の記
 第一章のタイトルは、「なぜ日本の知識人は、ひたすら権力に追従するのか。」です。日本の官僚について、氏がどのように考えているのかがよく分かる叙述です。18ページの文章を、そのまま紹介します。
 
 「官僚を、官僚であるからという理由だけで貶すのは、近視眼的というものだろう。」「だが官僚に対する我々の姿勢は、官僚があまりに強大な権力を奮い始めたときには、その監視と妨害がなされなくてはならないことを、いつも、自覚しているべきである。」
 
 「知識人は何よりもまず、権力保持者が国家利益のために活動するとは、決して信じてはならない。あらゆる時代の、あらゆる地域の権力保持者はみんな、自分はそうしていると、必ず主張した。」「しかし彼らは普通、まず第一に、自分自身のために活動するのである。」
 
 ここで私が引っかかったのは、「あらゆる時代の、あらゆる地域の権力保持者は、」という表現でした。世界共通の論理を述べるのなら、「あらゆる地域」ではなく「あらゆる国」でと、書くべきです。つまり氏は他国のことを省略し、日本を念頭におき意見を展開しています。
 
 「なぜなら彼らの行うことの多くが、容易に目につかないからである。」「そして知識人は、これに関する批判的な目を維持するのに、最も適した場所にいる。」「日本では他のどこにも増して、批判的な目が緊要である。」
 
 「日本の官僚の地位は、異例ともいえるほどのものだ。彼らは、他の先進工業国の官僚より強大な権力を保持しており、」「しかもそうした権力を制限する制度的規制面で、日本は、はるかに遅れをとっているからである。」
 
 反日左翼と、グローバリストの話は、90パーセントがまともな意見です。目立った嘘がないし、読者は他国との比較データを持っていませんから、何となく納得させられます。しかし氏はいったいどこの国と比べ、日本の批判をしているのでしょう。ドイツかフランスか、イギリスなのかアメリカなのか、これらの国の官僚は、日本とどのように違うのか。氏は具体的に述べず曖昧にしています。
 
 息子たちに言います。四日前のブログを思い出してください。 『ひとりがたり馬渕睦夫』 のなかで、カーン・ロス氏の著書『独立外交論』を紹介しました。平成21 ( 2009 ) 年の出版ですから、平成7年出版のウォルフレン氏の著書より、ずっと最近の官僚論が書かれています。ロス氏が外交官を辞めたのは、国連と祖国に失望したためです。直接の原因は五大国の政治家と、官僚の横暴さへの怒りと幻滅でした。
 
 ウォルフレン氏の著作を読んでいますと、日本の官僚だけが強大な権力を使い、国民を騙しているようになりますが、ロス氏の話は小さな日本国内のものでなく、世界を左右する五大国の政治家と官僚の行為です。日本の読者のため、もう一度ロス氏の本の一部を紹介します。
 
 「安保理事会で力を発揮しているのは、政治家ばかりでなく、実務家である外交官、つまり官僚です。」「彼らのもとにあらゆる情報が集まり、彼らはそれを分析し、報告書にまとめ、決断する政治家へ渡します。必要とあれば彼らは、自分に有利な情報だけを集め、政治家へ届けたりします。」
 
 国連の各国外交官たちは、国益のためだけでなく、現在よりより高い地位と報酬を求め、エゴを隠さず競争しています。国益という立派な隠れ蓑をまといながら、米、英、仏、ロ、中の外交官たちが、海千山千の戦いをしています。
 
 オランダは五大国のメンバーでありませんから、こうした情報は入りません。そこでオルフレン氏が得意そうに、「日本の官僚は、格段に酷い。」という嘘がつけます。言っている本人も正確な情報を知らないのですから、嘘とも思わず活字にしています。
 
 私の目的は、氏の著作を台無しにすることにありませんから、これ以上の追求はやめます。初回で言いましたように、意見はどれも真剣で真面目ですから、耳を傾ける価値があります。そんな見方もあるのかと教えられ、学徒の向上心も刺激されます。氏の意見が全て正しいと思わないで、距離を置いて読めば参考になります。
 
 本日はこれまでとし、次回も氏の「官僚論」の続きです。
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日本の知識人へ - 2 ( 日本外国特派員協会とウォルフレン氏 )

2019-12-25 14:26:37 | 徒然の記
 私が知らないだけでウォルフレン氏は、日本の出版業界ではなかなかの寵児でした。ちょっと調べますと、角川書店、早川書房、新潮社、徳間書店、小学館、毎日新聞社などから、著作を沢山出していました。中央公論や月間Asahi、THIS IS読売、文芸春秋、季刊窓という月刊誌にもたびたび寄稿しています。
 
 氏の略歴が裏扉にありますので、紹介します。
「1941 ( 昭和16 ) 年、ロッテルダム生まれ。」「1962 ( 昭和36 ) 年以来日本在住。オランダのNRCハンデルブラッド紙の、極東特派員。」「1982 ( 昭和57 )から、1983 ( 昭和58 )年に、日本外国特派員協会会長。」
 
 何年か前に、日本外国特派員協会について調べたことがありましたが、すっかり忘れましたので、もう一度調べました。現在の会長は、ピーター・ランガン氏となっていますが、興味深い歴史を持つ協会なので、息子たちのためもう一度転記します。 
 
 〈 1.  設立の経緯 〉
  ・昭和20年8月15日、日本が連合国軍の占領下におかれ、9月に日本新聞遵則(日本出版法)が制定
  ・日本の全てのメディアに対し、検閲を含む情報統制が開始
  ・日本で活動する連合国および中立国のメディアの記者やジャーナリストのため、サポート組織が必要となる
  ・情報統制を受けない彼らのため、マッカーサー元帥の命令によって設立
  ・場所は、マッカーサーの執務室があった、第一生命ビル内
  ・設立時の名称は「東京特派員クラブ」
 
 〈 2.  改称と移転 〉
 
  ・占領終了後の1952 ( 昭和27 )年に、「日本外国特派員協会」と改称
  ・1954 ( 昭和29 )年11月に、外務省所管特例民法の社団法人として認可
 
 〈 3.  活動内容 〉
 
  ・外国報道機関の特派員及びジャーナリスト会員に、職業上の便宜を与える
  ・会員相互間の友好親睦を図ることを目的に、彼らに、
    ニュースの蒐集、配信の便宜、取材のための設備の提供
    講演会、討論会や記者会見等の開催運営
    会員向けの記者室や図書館、レストランやバーも併設
 
 前に調べた時も疑問を持ちましたが、協会全体が「日本批判組織」という雰囲気を持ち、記者会見する日本人も反日左翼の人間が多く、日本への批判や悪口を言います。外務省の所管する団体と知ったときは、やっぱり害務省かと腹を立てましたが、今は違います。
 
 GHQの流れで続いているとなれば、外国人記者たちの特権意識も受け継がれているわけですから、彼らの我儘もそのまま生きているのではないでしょうか。つまり、この協会も「特別永住者」に似た戦後利得者の団体です。彼らの戦勝国意識が色濃く残る組織だと分かれば、外務省ばかりを責めて済む話でなくなります。といっても、担当官庁の外務省が敗戦思考のまま、このような組織を存続させている無責任さは、やはり「害務省」です。
 
 三年前だったと思いますが、蓮池薫氏の兄透氏が協会に招かれて会見をしました。

 「政府が、対話を続けながら制裁を強化するなんて、矛盾している。」「言っていることとやっていることが、ばらばら。」
 
 「帰国した拉致家族にしても、政府の生活支援はほとんどありません。」「こんな話を北にいる拉致被害者が聞いたら、帰る気になりませんよ。」

 「安倍さんは拉致問題を踏み台にして、首相の座を手にしたんだと思っています。」
 
 外国特派員たちが、この話を記事にし母国へ送るのですから、日本が理解される訳がありません。ウォルフレン氏が、この協会の会長だったと知れば、著作が左へ傾いているのも理解できます。氏が出版業界の寵児本というのは、日本のマスコミが反日左翼勢力に偏っている証拠でもあります。著作だけ読んでいると見えないものが、周辺事情を調べると浮かんできます。
 
 特派員協会の外国人記者たちは、朝日、毎日、東京新聞、あるいNHKやテレ朝などの記者と交流し、併設のバーやレストランで親交深めていますから、不偏不党の報道が世界に伝わるのが不思議というものです。
 
 「私は日本の学者や知識人のように、政府やこれに関係する団体から、金銭的支援を受けていません。」「何の利益も受けていないから、客観的な批評ができます。遠慮のない分析と、主張ができるのです。体制に絡めとられた御用学者と、私は違うのです。」
 
 著書の中で氏が語っていますが、これは正しい説明ではありません。政府に直接金銭をもらっていませんが、「日本外国特派員協会」会長の肩書はには威力があります。氏は反日左翼のマスコミとつながり、著作料を稼がせてもらい、新聞や雑誌社から原稿料を受け取り商売繁盛です。反日左翼マスコミ業界の、お抱え外国知識人と言っても言い過ぎではありません。これ以上、政府の支援がどうして要るのでしょう。
 
  「反日は、金になる。」
 
 誰の言葉だったか忘れましたが、私は氏に謹んでこの言葉を贈りたくなりました。
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日本の知識人へ ( 有意義な悪書 )

2019-12-25 01:02:14 | 徒然の記
 図書館からもらって来た未読の廃棄本が、子供部屋の机に30冊くらい積み上げてあります。以前は片っ端から読み飛ばしていましたが、最近は精読しているため、なかなか減りません。
 
 その本の山に、カレル・ウォルフレン氏の著作をもう一冊見つけました。『日本の知識人へ』という表題の、223ページの単行本です。立派な装丁で、平成7年に窓社という聞きなれない出版社から出されています。18日に読み終えた同じ著者の『世界が日本を認める日』 が平成17年の出版でしたから、その10年前の著作です。村山内閣の時なので、24年前の本になります。
 
 118ページを読んでいますが、京極純一氏の『日本の政治』と同じ、「有意義な悪書」という印象です。自称日本を愛するオランダ人特派員ですが、私には、日本に強い関心を持つ、物好きなオランダ人の意見としか受け取れず、叙述のどこにも、日本への愛を感じることはできませんでした。氏を、西欧を代表する権威のある知識人として持ち上げる窓社の編集員にも、違和感があります。窓社について別途調べてみました。
 
 《 株式会社 窓社 》
  ・  業務内容 書籍の編集/刊行
  ・  社名の由来
   「世界が、その分別臭くて、さもしい利己主義に浸かって、窒息して死にかかっている。」「世界の息がつまる。もういちど窓を開けよう。広い大気を流れ込ませよう。」「英雄たちの息吹を吸おうではないか    ーー ロマン・ロラン」
 
 臨終の床にあったゲーテは、窓のカーテンを見ながら「もっと光を」と言って亡くなったと聞きます。ロマン・ローランはカーテンでなく、「窓を開けよう」と、意欲満々ですが、ウォルフレン氏の著作が、開けた窓から流れ込む広い大気に該当するのかどうか。世界が窒息し死にかかっているとか、息が詰まるとか、そんな言葉も、日本を思う私の気持ちには無縁です。
 
 不偏不党を社是とする朝日新聞と違い、私は左翼反日、グローバリストへの偏見を隠しません。七生報国を叫ぶ右翼には敵いませんが、自分の生まれた国への愛国心も隠しません。ウォルフレン氏は、日本を研究し分析し意見を述べている人物で、悪意や敵対心はないのだろうと思います。私と同じ学徒の心で日本を語っているのだと考えますが、滲み出てくる不快感を持て余します。
 
 氏が指摘している事実は、確かに日本の課題ですから否定しません。官僚組織、政治組織、憲法問題、戦前の軍隊等々間違った意見ではありません。私の思いと重なる部分が沢山あり、最初はそれで勘違いしましたが、氏は私とは別の場所に立っています。考えてもいない切り口から、氏が日本の問題を分析し説明します。そんな見方もあるのかと教えられ、学徒の心が刺激されます。意見はどれも真剣で真面目ですから、耳を傾ける価値があります。
 
 「私に反対する日本人の学者は、私がオランダ人だから日本の深いところは、分からないと言います。」「しかし何人であれ、物事の真実や論理は共通しています。」「日本人や、日本の国が特殊であるというのは、真面目な議論からの逃避であり、ごまかしです。」
 
 著書の中で氏が反論していますが、その気持ちを半分だけ理解します。自然科学分野における真実と、社会科学での真実は同じでありません。 「1 + 2 = 3 」「地球は丸い」は、自然科学分野の真実で反対する人はいません。「金持ちは、悪人ばかりだ。」「人殺しは犯罪だ。」これは、社会科学分野の真実で、絶対に正しいと主張する人もいますが、そうでない場合があります。
 
 貧乏人と同様、金持ちにも善人と悪人がいます。人殺しは普段なら犯罪ですが、戦争の時は犯罪になりません。ここを区別しない氏は、議論の出発点を間違っています。
 
 自然科学での真実は、数学の公式に似て世界共通の事実ですが、社会科学分野の真実は、それを主張する学者の数だけあります。国によって違いますし、時代によっても変化します。
 
 いつからか私は、ブログで「真実」という言葉を使うのをやめ、「事実」という言葉を当てるようにしています。氏は日本の一番の問題は「官僚組織」にあると言い、自分の分析が「真実」であると主張します。しかし私から見れば、それは一つの「事実」であるに過ぎず、絶対の「真実」ではありません。
 
 日本の社会を歪め、日本を世界から孤立させているのは官僚組織であり、政治家は国政に関する決定権を何も持っていないと断定します。日本政治の無責任体制は、官僚組織に中にあり、知識人は誰もそれを指摘しない、このままでは日本がダメになると、これが氏の著書の根底を流れる思想です。
 
 さらに氏は「軍隊」も官僚組織であるから、憲法を改正したら、また戦前の過ちを繰り返す可能性があると言います。かと言って、氏は憲法改正に反対しているのではありません。戦前の反省を本気でするためには憲法を改正し、危険な軍隊を制御せねばならないから、そこで初めて日本人は他国と同じレベルで、軍隊の統率方法や管理方式を学ぶのだと、こういう意見です。ここまで日本人を愚弄しながら、どの口が「日本を愛する」と言わせるのでしょう。
 
 今回はまだ具体的な書評に入っていませんが、不快感が次第に怒りへと変化していきます。氏は東京裁判史観を信じる記者で、「日本だけが間違った戦争をした。」「日本だけが、悪かった」と言外に語っています。こういう考えを持つ人間に、「日本を愛している」と言わせたくありません。
 
 息子たちに言います。この年末の忙しい時、不愉快な氏の著作を読むかと言えば、氏のような意見がヨーロッパやアメリカで通用し、信じられている事実があるからです。他国がどのような「真実」で日本を理解しようと、それは彼らの考える「事実」の一つに過ぎず、日本には日本の「事実」があると、それを子供たちに知って欲しいからです。
 
 本を読んでいますと、世間の広さを改めて感じます。色々な人間がいて、いろいろな出版社があって、思い思いの意見を発信しています。この世には自分の知らないことが、まだ限りなくあるということです。これでは、なかなか死ねません。
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まる10年

2019-12-22 22:01:10 | 徒然の記
 ブログを始めたのが、平成21 ( 2009 ) 年の12月31日でしたから、今月でまる10年になります。10年一昔という言葉もありますので、長く続いたのだろうと思いますが、実感はありません。
 
 今76才ですから、次の10年後、私は86才です。郷里の母は、今年98才ですが、まだ元気です。時々息子の私を忘れたりしますが、話をしていると、ちゃんと思い出します。
 
 「ボケてしもうたのに、口だけは達者で、」「相変わらず、よけいなことを言うとるよ。」「早よ死ねばいいと思うのに、まだ生きとる。」
 
 電話で話すと、必ず言います。
 
 「この間、死んでやりましょうと思うて、ご飯を食べんことにしたら、」「時間が経つと、腹が減ってしもうて、」「我慢できんようになったんよ。」
 
 「餓死するのは難しいと分かったんで、今度は、息をせんことに決めた。」「そしたら今度は、苦しうて、苦しうて、」「窒息死も、難しいて分かった。」「本当に、人間はなかなか死ねんもんやねえ。」
 
 話を聞いて、電話口で大笑いしまいました。冗談でなく、母が本気なので、なおさら吹き出してしまいました。死にたくないと、世に未練を残す人は、たいてい長生きしません。母のように執着しない人間は、返って長寿になるような気がいたします。
 
 「薬なんか、いらん。」「人間は、死ぬときは死ぬ。」
ずっとそうして今日まで来ました。
 
 「病院なんか、行かん。」「病院に行ったら、なんやかんや言われて、」「本人も知らん病気を見つけられて、」「返って、病気にさせられてしまう。」
 
 製薬会社と病院と医者には迷惑な老人ですが、厚生労働省や財務省には、きっと喜ばれる人間です。いい加減な思考スタイルが、なんとなく母に似ている私は、もしかすると長生きするのかもしれません。そうなると、あと20年はブログが書ける計算になり、10年なんて、大したことはないということになります。それが言いたくて、母の話をいたしました。
 
 あと20年もブログを続けるとなれば、この際、息子たちに言っておかねばなりません。
「こんな、重苦しいことばかり書いて、親父はいったい、幸せだったのだろうか。」
 
 私がこの世から消えた後で、ブログを読んだ息子たちに、そんなことを思われたら心外ですし、同情されるのは困ります。憲法改正、愛国心、反日・左翼、東京裁判史観と、テーマは確かに重苦しいばかりで、ブログには、笑いや陽気さがありません。こんなことを毎日考えているのですから、陰鬱な日々を送る、陰気な姿を想像されても文句は言えません。
 
 しかし、息子たちに言います。父は毎日、充実した、幸せな気持ちで暮らしています。ならばブログには、偽りが書いてあるのか、捏造なのかと、反論されるのも迷惑です。なぜ私が、切羽詰まったテーマでブログを綴っても、幸せな気持ちでいられるのか。実に簡単なことなのです。
 
 気障に聞こえるので、言いたくなかったのですが、12月は一年の区切りの月ですから、きちんと話をせねばなりません。その秘密は、「愛と感謝」の気持ちがあるからだと、自信を持って言います。愛と感謝なんて、いつからクリスチャンになったのかと、息子に疑問を抱かれかねませんが、愛と感謝は、もともと日本の文化と、歴史の産物です。
 
 愛や感謝という言葉は、おそらく明治以前には無く、西洋文化を受け入れたときの、翻訳語だろうと思います。昔から日本にあった、思いやり、慈しみ、情愛、献身、滅私という観念が、「愛」という言葉に集約され、謝意、謝辞、お礼、謝恩、恩義、有り難さという思いが、「感謝」という言葉にまとめられたと、私はそのように考えています。
 
 沢山の言葉を使わず、一語で済む便利さから、「愛」と「感謝」が世に広まっただけの話で、元々の気持ちは日本の文化としてあったものです。キリスト教など異国の宗教の、専用語ではありません。という話を踏まえた上で、「愛」と「感謝」の叙述に戻ります。
 
 私の中にあるのは、揺るぎない「日本への愛と感謝」です。同時に、揺るぎない「家族への愛と感謝」、揺るぎない「世間への愛と感謝」と続きます。口を極めて、反日・左翼の人々を批判しても、私はそれらの人々を敵視したり、憎悪したりしていません。政治家や学者や官僚や経済人を、激しく責めても、揺るぎない「日本への愛と感謝」の上に立って、述べています。
 
 残虐な殺人を是としない文化があるから、日本人は誰も、敵対する相手を簡単に殺しません。他国の騒乱や内紛には、酷い殺戮がつきものですが、日本にはありません。日本人だけでなく、外国人も、日本に住んでいれば、政治的対立で殺人をしません。 ( ただし、犯罪者の話は別です。犯罪者は、どこの国にもいて、邪悪な想念に取り憑かれ、身勝手な理由で人を殺します。)
 
 政治や宗教や思想の争いで、反対する者を殺す文化が、日本にはないのです。この風土は、世界に誇る日本の宝だと、私は大いに自慢します。宗教家でもないのに、対立する人々に、愛と感謝を忘れないのは、「日本への愛と感謝」、「家族への愛と感謝」、「世間への愛と感謝」の念が、この文化から生まれるためです。重く、苦しいテーマを、毎日綴っても、悲壮感や絶望に繋がりません。
 
 こうしている只今の時でさえ、感謝があります。冷たい雨が降り、外はしんしんと冷えていますが、部屋は暖かく、穏やかな時間が流れています。飢えも恐怖もなく、襲いかかる不幸もなく、変わらない日常があります。「日本への愛と感謝」、「家族への愛と感謝」、「世間への愛と感謝」・・・わざわざ言わなくとも、自然と湧いてきます。
 
 これが、ブログ開始から「まる10年」の気持ちです。息子たちに伝えたい、父の思いです。
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「ひとりがたり馬渕睦夫」 - 3 ( 国際金融資本家と社会主義者 )

2019-12-21 13:47:27 | 徒然の記
 本日は、ロス氏の意見を紹介します。4年前には意識せずに読んでいましたが、馬淵氏の動画を見て、ロス氏の意見が無視できない発言だったと、気づきました。
 
 氏の説明によりますと、国連の最高機関である安全保障委員会が決定した、国連の目標があります。つまり五大国が決めた、世界の未来像です。
 
 なんとそれが、「グローバル化」なのです。氏が、反対意見を述べています。
 
 「官僚言葉でグローバル化などと曖昧に言わず、世界の文化の均質化、資本市場の開放、労働力の流動化と問題を具体的にして議論すべきだ。」
 
 「政治家たちが、なぜ具体的に語らないのかと言えば、グローバル化とは、国家や領土や民族までも超越した、地球世界へとつながっていく概念だからだ。」
 
 「国毎の歴史や、伝統を大切にする国民が、大多数を占めている現在においてハッキリ言いすぎると、邪魔されるため、曖昧にして進めているのがグローバル化なのだ。」
 
 グローバル化とは、強いものが弱いものを淘汰していく、弱肉強食の世界政策です。4年前の私の意見が、現在そのまま通用します。
 
 「一部の大富豪が、世界の富を独占してしまうグローバル化に、私は到底賛成できない。」「職業外交官として、こうした正論を表明したロス氏は、きっと勇気のある人物なのだろう。」
 
 ここでやっと、馬淵氏の動画へ戻ります。
 
 「トランプ大統領は、アメリカファーストと言っています。」「マスコミはこの言葉だけしか伝えませんが、次の言葉が重要なんです。大統領はなんと言っているか、各国ファーストと言っているのですよ。」「アメリカだけがファーストでなく、世界の国々がそれぞれファーストだと、そう言っているんですよ。」
 
 「国連が目的としているのは、世界のグローバル化です。」「人も物も金も自由に行き来し、国境も何もない地球国家を作ろうとしているんです。」「世界の金融を支配する人々にとっては、都合の良い国家ですね。」「アメリカの指導者たちは、国連を舞台にして、そんな世界を作ろうとしているんです。」
 
 「トランプ大統領の国連演説は、このグローバリズムへの明確な反対なのです。」「大統領は、こうも言いました。アメリカの目指すゴールは、世界の調和だ。」
 
 対立と破壊を繰り返し、それを進歩と捉え、是認してきた世界の思想があります。その中で日本は和の尊さを語り、神々の共存を認め、調和のある社会を目指してきました。トランプ氏の意見は、日本の文化そのものだと氏が語ります。そこまで広げるのは考え過ぎでないかと言う気もしますが、氏に言われると私は賛成したくなります。
 
 ロス氏の著書を思い返しますと、馬淵氏の言う「国連の目的が、世界のグローバル化」だと言う意見が、単なる思い込みでないことが分かります。世界のグローバル化を目的としている勢力は、下記の2つです。多くの人には別々のものと思われていますが、どこかでつながっているとそんな気がしています。
 
  1.  世界の金融界を支配する、国際金融資本家たち 
  2.  社会主義者・マルキストたち
 
 「彼らはこれまで、金と物のグローバル化には成功しつつあります。」「それがIMF ( 国際通貨基金 ) と 、WTO ( 世界貿易機関 ) ですね。」「金と物の動きは、この二つでグローバル化の道がつきました。」「残るのは、人の動き、人間の流動化です。」「経済的移民を促進させるだけでなく、彼らがやっているのは、世界各地で大量の難民を動かし国境を越えさせることです。」「難民を発生させ、ヨーロッパやアメリカに動かしているのは、顔を見せない彼らなんです。」
 
 「一方で、大量の移民を合法的に動かすのは、人材派遣会社です。」「彼らが、儲けますね。」
 
 この時私はすぐに、竹中平蔵氏の顔を思い出しました。氏は米国の金融資本の代理人として、日本政府に送り込まれた学者であり、自己中心的な悪徳商人です。馬淵氏の話は怪しげな陰謀説が混じると言う人もいますが、私は氏の言葉のはしはしに、愛国心を感じ取ります。
 
 氏はさらに、トランプ大統領の国連演説について語ります。
 
 「世界のリーダーがなすべきこととして、大統領は六つのことを述べました。」
 
    1.  祖国を大切にし、祖国を建設すること
    2.  文化を大切にすること
    3.  歴史に敬意を払うこと
    4.  国民を宝とすること
    5.  国を強くし、繁栄させること
    6.  道義的に正しい国家を作ること  
 
 「ここに述べられていることは、日本の古事記の思想そのものです。」「私はこのような話は、トランプ氏でなく日本の総理大臣にしてもらいたかったですね。」
 
 現在のトランプ氏が、道義的に正しい言動をしているのか、首をひねるところですが、演説をする勇気にf敬意を表します。安倍総理にしても、移民法を成立させたり、アイヌ新法を作ったりロクでもないことしていますが、保守の旗は下ろしていません。
 
 馬淵氏と田中英道氏が、トランプ氏と安倍総理を否定しない間は、私も是々非々でいく考えです。息子たちに言います。大切なことは、自分の国を愛して、愛する日本を自分の子供たちに残すことです。間違っても、次の二つの勢力に騙されてはいけません。
 
  ・ 世界の金融界を支配する、国際金融資本家たち
 
  ・ 社会主義者・マルキストたち
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