江畑氏の28年前の著書ですから、ベトナムのカムラン湾のソ連軍基地がどうなっているのか、私は知りません。
基地の情報収集範囲が、南シナ海全域も含まれていたとすれば、ベトナムはロシアと喧嘩別れするより曖昧なまま残し、中国やフィリピンやマレーシア、台湾の情報がもらいたかったのではないでしょうか。
今回氏はこの問題に深入りせず、当時のベトナム軍の内情を説明しています。
「ベトナムがいくつかの軍事的問題に直面しているのも、事実である。」「南シナ海の中国をはじめとする周辺諸国との、領有権問題に加えて、」「カンボジアとの、領有権問題も抱えている。」「1993 ( 平成5 ) 年末現在、まだ表面化していないが、」「近い将来、外交の場で解決せねばならない。」
「その際にベトナムが、軍事力を背景にすることはマイナスであろうが、」「軍事力の背景がないと、外交の場で非常に不利な立場に立たされることは、」「否定できない現実である。」
やはりそうかと納得すると同時に、軍事力なしの平和外交を掲げてきた、日本の戦後を考えてしまいます。
「ベトナム軍の近代化は、東南アジア諸国の中で極めて遅れている。」「一言で言えば、ベトナム戦争の終結以来、ほとんど変化していない。」「装備は旧ソ連製か、南ベトナム政府軍から引き継いだ、」「米国製の古いものである。」
氏の説明によりますと、軍の組織に柔軟性が欠けているせいだそうです。ベトナム軍は陸軍が110万人、海軍3万6千人、空軍2万人で、極端な陸軍偏重となっています。
「これからは海上の軍事能力が重要になるから、これでは冷戦後の戦略状況に対応するのは難しい。」「ベトナムの海岸線の長さだけでも、3,444キロもある。」
日本と比較するため、2020 ( 令和2 ) 年現在の防衛省の資料を調べました。
・陸軍が13万8千人、海軍4万3千人、空軍4万3千人
・海岸線の長さ 3万6千キロ
日本の海岸線の長さは世界で6番目に長く、ベトナムの比ではありませんでした。自衛隊の戦力が適切なのかどうか、素人に判断できませんので、先へ進みます。
「6,900万人の人口に115万人の軍隊は、いかにも過大だが、」「陸軍を削減し、予算を海軍や空軍に振り向けようとすると、」「失業問題を生じてしまう。」「それに、陸軍の削減を良しとしない組織上の問題も存在するようだ。」
専門家の説明を聞きますと、ベトナムの軍隊にもいろいろ問題があるようです。詳細な説明をされても理解できませんので、簡単な部分だけを紹介します。
・空軍の戦闘機は、もしこれが稼働できるなら、東南アジアではかなりの攻撃能力を持つと言える。
・しかしこれらは全天候作戦に使用できないし、洋上作戦能力はほとんど期待できないだろう。
・小型輸送機は使われているが、大型輸送機は部品の入手に不自由しているのだろう、必要最小限の機数が動いているに過ぎないだろう。
・ヘリコプターも台数だけは多く、ほとんどソ連製だが、どのくらいが稼働しているのか不明である。
これだけでも散々な評価ですが、氏はさらに貧しいベトナムの内情を説明します。
・1987 ( 昭和62 ) 年から1991 ( 平成3 ) 年まで、ベトナムが購入した兵器は、600万ドルで、他のアジア諸国に比べると群を抜いて少ない。
・インドの15億7千万ドルは別としても、ラオスですら1億3千3百万ドルと推定されている。
・ベトナムの兵器購入額は、他の国と比べて二桁から三桁少ない。
・そこでベトナムは、米国供与の兵器を外国に売却し、外貨とソ連兵器のスペア部品の調達を計画したらしい。
・一説にはイランが、自国兵器用部品を取る目的で一機購入したと言われる。
・同じ機を所有するヨルダン、インドネシア、タイの軍隊は、購入を見合わせたとも伝えられる。
・ヘリコプター用タービン・エンジンは、100機以上輸出用の梱包がされたままになっているという。
どこから入手するのか、軍事専門家というのは、相手国の懐具合だけでなく、放置された輸出用梱包の数まで把握しています。ということは、何の警戒心もない日本の軍事情報は、周辺国に筒抜けであることが分かります。まして「平和憲法」で動けないのですから、なんの脅威も与えません。
氏の説明が続きます。
・空軍が洋上作戦能力を欠くなら、海軍も同様である。
・最大の戦闘艦は旧ソ連のフリーゲートで、5隻所有しているはずだが、現在何隻が稼働状態にあるのか分からない。
・他に2隻、南ベトナムから引き継いだ戦闘艦もあるが、果たして動けるのかも疑問である。
兵器の名前と数が詳しく説明されますが、どれも動いているのかどうか分からないと言います。面倒なので結論の部分だけを紹介します。
〈 結論 1. 〉
「決定的に不足しているのは、空軍海軍を含めての、機動展開、緊急展開能力である。」「有事に短時間で必要な場所に駆けつけるという、冷戦後の世界で最も重視されている、」「軍事機能に大きな欠陥がある。」
〈 結論 2. 〉
「もしベトナム軍が、近代装備を持つ軍隊に生まれ変われるのなら、」「南シナ海と太平洋を結ぶ交通の要所という、戦略的位置から、」「アジアにとどまらず、世界の安全保障に大きな役割を演じることになろう。」
ここまで明快に他国の事情を説明する氏が、果たして日本についてどのように語るのか。関心が高まります。しかしまだ著書はやっと半分の110ページで、次回は「フィリピン」です。